第6話 普通に強い
翌日の放課後。
訓練林の前には、俺たち4人とマルクスがいた。
空は晴れている。
風は弱い。
林の奥からは、鳥の声が聞こえる。
見た目だけなら平和である。
見た目だけなら。
「課題を説明する」
マルクスは訓練林の入口を指した。
「林の奥に、赤い札が3枚設置されている。制限時間内にすべて回収し、ここへ戻れ」
「札を取って戻るだけですか?」
ルークが聞いた。
「だけ、と思うならそうだ」
嫌な言い方である。
「林の中には妨害役がいる。罠もある。札の場所は教えない」
「うわ、実技補助員ありかよ」
ルークが露骨に嫌そうな顔をした。
実技補助員。
認定資格を取得した卒業生や、学校に雇われた若手冒険者が、実習のために呼ばれることがある。
実習で妨害役が出る場合、大抵はこの連中だ。
在校生同士では手加減が曖昧になるし、教官が直接出ると課題にならない。
もちろん、本気で潰しには来ない。
だが、こちらを転ばせたり、足止めしたり、札を奪ったりするくらいは普通にやる。
つまり、普通に厄介である。
「勝利条件は3枚の札の回収と帰還。制限時間は1時間」
マルクスは懐中時計を取り出した。
「質問は」
レオンが手を上げる。
「妨害役を倒しても構いませんか」
「構わん」
「罠の破壊は?」
「好きにしろ。ただし、時間は止まらん」
「札は隠されているのですか」
「見つければ分かる」
「なるほど」
レオンは頷いた。
俺には何もなるほどではなかった。
セレスが静かに周囲を見る。
「怪我をした場合は?」
「自己申告。続行不能と判断すれば中止する」
「分かりました」
ルークが木剣を肩に乗せた。
「要は、邪魔を抜けて札を取って戻ればいいんだろ?」
「そうだ」
マルクスは頷いた。
「では始めろ」
懐中時計の針が動く。
実習が始まった。
◇
最初に動いたのはレオンだった。
「まずは奥へ進もう。札は目立つ位置にはないだろうけど、妨害役がいるなら、守る意味のある場所に置かれているはずだ」
「了解」
ルークがすぐに前へ出る。
セレスは少し後ろ。俺はさらにその少し後ろ。
自然とそうなった。
「アレン」
レオンが振り返る。
俺は足元のぬかるみを避けながら、顔だけを上げた。
「周りを見ていてくれ」
「俺でいいのか?」
「君は逃げ道を探すのが得意だろう?」
「褒め方が独特だな」
だが、否定はできない。俺は周囲を見た。道は3つ。
正面は広いが、足跡が多い。
左は細い。
右は少しぬかるんでいる。
普通に考えれば正面。
ただし、普通に考えたくなる道は、大体ろくでもない。
「右」
俺は言った。
「理由は?」
レオンが聞く。
「正面は踏み跡が多すぎる。誘導っぽい。左は細すぎて1人ずつしか通れない。右はぬかるんでるけど、逆に足跡が隠れにくい」
「なるほど」
「たぶんだけど」
「十分だ」
レオンは迷わず右へ進んだ。
信頼が重い。
右の道は歩きづらかったが、罠は少なかった。
いや、少ないというより、露骨だった。
ぬかるみに隠した縄。
倒木の陰に置かれた鳴子。
足を取らせる浅い穴。
ルークが途中でそれに気づき、にやりと笑った。
「これ、見えてたら怖くねぇな」
「見えてる時点で罠として失敗してるな」
「だよな」
「油断しないで」
セレスが短く言った。
その直後、木の上から何かが落ちてきた。
麻袋だった。
ルークが反射的に飛び退く。
袋が地面に打ち付けられると、白い粉が一面に舞った。
「うおっ」
「だから言ったでしょう」
セレスが冷静に言う。
「今のは避けられたから問題なし!」
「問題がなかったことと、危なくなかったこととは違うわ」
「はい」
ルークは素直に頷いた。
セレス、強い。
少し進むと、1枚目の札が見えた。
木の枝に吊られている。赤い札。
そして、その前に1人の実技補助員が立っていた。
木剣を持っている。
「来たな」
実技補助員は笑った。
「札が欲しければ――」
言い終わる前に、レオンが踏み込んだ。
速い。
木剣と木剣がぶつかる音がした。
一合。
二合。
三合。
そこで実技補助員の姿勢が崩れた。
レオンの木剣が、相手の喉元寸前で止まる。
「札をいただきます」
実に爽やかに。
実技補助員は固まったまま、少し遅れて頷いた。
「……どうぞ」
1枚目。
あっさりだった。
「強すぎない?」
俺が呟くと、ルークが笑った。
「首席様だからな」
「味方で良かった」
「だろ?」
なぜお前が得意げなのか。
◇
2枚目は、少し奥にあった。
今度は札の場所自体が分かりづらい。
木の根元。
草の影。
赤い布に見せかけた紐が、いくつも吊られている。
「偽物が多いわね」
セレスが言った。
「分かるのか?」
「分かるわ。風で揺れ方が違う」
「揺れ方?」
「札は板よ。布とは違う」
何の迷いもなくきっぱりと言い切った。
俺には全部同じに見える。
セレスは静かに歩き、いくつかの偽物を避け、低い枝を指した。
「多分、あれ」
たぶんと言いながら、声はほとんど確信していた。
そこには確かに赤い札があった。
同時に、横から実技補助員が飛び出してくる。
今度は2人。
「来た!」
ルークが前に出る。
1人目の木剣を受け、身体を捻って押し返す。
もう1人はセレスへ向かった。
セレスは慌てることなく半歩引いて、相手の踏み込みを外す。
木剣の軌道を読んで側面へ回ると、相手の手元に軽く打ち込みを落とす。
強く打ったようには見えなかった。
それでも相手の剣先がずれ、動きが止まる。
強い。
派手ではない。だが、無理がない。
力で止めるというより、流れをずらしている。
ルークは勢いで押す。
セレスは間合いで崩す。
レオンはそもそも相手を成立させない。
俺は何をしているのか。
そう思った瞬間、右側の茂みが揺れた。
もう1人隠れていたらしい。
狙いは札だ。俺たちが戦っている間に、札を外して持ち去るつもりなのだろう。
「ルーク、右!」
俺が叫ぶ。
「おう!」
ルークは目の前の相手を押し込み、その反動で横へ飛んだ。
隠れていた実技補助員の進路に割り込む。
木剣がぶつかる。
隠れていた実技補助員が、一瞬だけ驚いた顔でこちらを見た。
いや、そんな驚かれても。
茂みが動いた、ただそれだけだ。
レオンの声が飛ぶ。
「アレン、札!」
反射的に枝を見上げる。確かに、俺が一番近い。
俺は走った。
枝へ手を伸ばす。
だが、枝が高い。届かない。
人生とは理不尽である。
「セレス!」
呼ぶと、セレスは一瞬だけこちらを見る。
俺が枝を指す。それだけで通じた。
セレスは相手の打ち込みを避け、そのまま木の幹を蹴る。
軽く跳び、枝の札を剣先で弾いた。
落ちてきた札を、俺が掴む。
2枚目。
「取った!」
「下がって」
短い声が飛んだ。
俺は反射的に後ろへ下がる。
さっきまで俺がいた場所を、実技補助員の木剣が通り過ぎた。
危ない。今のはかなり危なかった。
下がるのが少しでも遅れていたら、今頃地面と仲良しになっていたかもしれない。
「助かった!」
「ええ、助け合うのがパーティだもの」
セレスは相手から目を離さず、何の気負いもなく答えた。
格好良すぎて一瞬惚れそうになった。一瞬な。
◇
3枚目は、さらに奥だった。
時間はまだある。思ったより順調だ。
いや、かなり順調だ。
「このまま行けそうだな」
ルークが言う。
「そういうことを言うな」
「何で」
「言った瞬間に何か来る」
「来ねぇよ」
来た。
上から網が落ちてきた。
「うおおおっ!?」
ルークが叫ぶ。
俺は横へ転がった。
レオンは一歩で範囲から抜けた。
セレスも後ろへ下がって避ける。
ルークだけが網にかかった。
「何で俺だけ!?」
「言ったからだろ」
「言葉のせいかよ!」
ルークが網の中で暴れる。
網の向こうから、実技補助員たちの笑い声がした。
3人。
今度は本気で足止めするつもりらしい。
レオンは一歩前に出た。
実技補助員3人のうち2人が、同時にレオンへ向かった。
判断としては正しい。
レオンを止めなければ、どうにもならない。
しかし、その決断が正しかったかどうかは別問題だ。
レオンの木剣が閃く。
1人目の剣を弾き、2人目の踏み込みを半歩で外し、返す剣で2人まとめて崩す。
本当に味方で良かった。
残った1人は、網にかかったルークへ向かおうとした。
「させない」
セレスが間に入る。
踏み込みは軽い。剣筋も大きくはない。
だが、相手が向かう先に、既にいる。
木剣が相手の腕に触れた。
それだけで、相手の足が止まる。
その隙に、俺はルークの網を解く。
「悪い、助かった!」
「礼より先に立て。邪魔」
「扱いひどくね!?」
「網ごと転がされるよりマシだろ?」
「なるほどな!」
ルークは立ち上がると、すぐに前へ出た。
今度はさっきより少しだけ動きが慎重だった。
レオンが崩し、セレスが止め、ルークが押し返す。
俺は後ろから見ている。
見ているだけのはずだった。
だが、不思議と分かる。
レオンが前に出る瞬間。
セレスが半歩引く癖。
ルークが勢いに乗りすぎる瞬間。
相手が札のある方へ意識を向ける瞬間。
「ルーク、出過ぎるな!」
「おう!」
「レオン、左の奴、札見てる!」
「了解」
「セレス、右、抜ける!」
「分かったわ」
声を出す。それだけで、少しずつ噛み合う。
レオンの剣が道を開く。
ルークがそこを塞ぐ。
セレスが抜けようとした相手を止める。
俺はその隙に、3枚目の札へ走った。
今回は届いた。
3枚目。
「取った!」
「戻るぞ!」
ルークが叫ぶ。
帰り道は、思ったより早かった。
実技補助員たちは追ってきたが、レオンが牽制し、セレスが進路を選び、ルークが後ろを気にしながら走る。
俺は息を切らしながら、転ばないことに全力を尽くした。
それもまた重要な役割である。たぶん。
◇
訓練林の入口に戻った時、マルクスは懐中時計を見ていた。
「32分」
早いのか遅いのか分からない。
だが、周囲にいた他の生徒たちがざわついたので、たぶん早いのだろう。
ルークが息を吐いて笑った。
「ほらな」
「網にかかってた奴が言うと説得力あるな」
「生還したら勝ちだろ」
「マルクスだな」
「死にたくなるな」
セレスはそんな俺たちの軽口を横目に息を整えながら、3枚の札を確認した。
「全部、本物ね」
「偽物だったら泣いてたな」
思わず漏れた。
セレスが小首をかしげてこちらを見る。
「泣くの?」
「心の中でな」
「心の声が漏れないといいわね」
真面目な顔で言うから、セレスの言葉は本気なのか冗談なのか分かりにくい。
レオンはマルクスの前に立つ。
「課題達成です」
マルクスは3枚の札を確認した。
「合格だ」
ルークが拳を握る。
「よし!」
正直、俺も少しほっとした。この4人なら、たぶん色々と何とかなる。
そう思った。
「初回にしては悪くない」
マルクスが言った。相変わらず、いちいち引っかかる言い回しをする人だ。
「素直に褒めて終われないんですか?」
俺が言うと、マルクスがこちらを見た。
「褒めてほしいのか?」
口元だけが、わずかに歪む。
余計なことを言った。本日最大の寒気が背中を走る。
「いえ、結構です」
「次も同じようにいくとは思わないことだ」
結局、釘は刺された。
だが、マルクスの目は昨日ほど険しくはなかった。
「今日は解散」
そう言って、マルクスは踵を返す。来た時と同じように、音もなく。
やはり台風より迷惑だ。
◇
帰り道。
ルークはまだ少し興奮していた。
「いや、普通にいけたな」
「網にかかったけどな」
「そこは忘れてくれていいだろ」
「印象に残りすぎた」
「俺の活躍は?」
「網から出た」
「活躍の基準が低い!」
騒ぐルークを横目に、レオンが笑った。
「でも、連携は悪くなかったと思う」
セレスも頷いた。
「私も、そう思うわ」
2人にそう言われると、悪い気はしない。実際、俺も悪くなかったと思う。
レオンは強い。
セレスはよく見ている。
ルークは勢いがある。
俺は、まあ、声くらいは出せた。
声ひとつで場が動くなら、補助術士というのも悪くないかもしれない。
「さっきの声、助かった」
レオンが言った。
そういうことをさらっと言うから、こいつは困る。
「俺は危なそうなところで声を出しただけだ」
「それで十分だと思うわ」
セレスまで言う。
やめてほしい。褒められると、逃げ場がない。
ルークが俺の肩を軽く叩いた。
「補助術士、案外向いてんじゃね?」
「案外は余計だ」
「じゃあ、普通に向いてる」
「それはそれで落ち着かない」
「面倒くせぇな」
それは否定できない。
俺はため息をついた。
面倒なパーティになった。
天才がいて。
真面目な軽剣士がいて。
雑な剣士志望がいて。
補助術士という名の便利屋がいる。
変なパーティだ。
でも。
普通に強い。
それだけは、間違いなさそうだった。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




