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第5話 負ける気はしない

翌日の朝。


俺は自分の身体が、自分のものではないような気分で目を覚ました。


正確に言うなら、自分のものではある。

ただし、かなり雑に扱われた自分のものだ。


肩が重い。

足がだるい。

背中が痛い。

頬の傷は昨日より少しだけ自己主張を強めている。


昨日の居残りは、訓練という名のもとに行われた合法的な嫌がらせだったと思う。


いや、合法かどうかは知らないが、少なくとも教官がやっている以上、学校的には合法なのだろう。


人生とは理不尽である。


「起きろ、アレン」


聞き慣れた声がした。


ルークだった。


「無理」


「即答すんな」


「今日は身体が労働基準を主張している」


「何だよそれ」


「働きたくないという意味だ」


「いつものことじゃねぇか」


ひどい。


俺は布団の中で少しだけ丸くなる。


「ルーク」


「何だ」


「今日、休みじゃない?」


「違う」


「じゃあ今日から休みにしない?」


「ならない」


「交渉の余地は?」


「ない」


朝から世界が厳しい。


ルークは俺の顔を覗き込み、にやりと笑った。


「昨日、結構やられてたもんな」


「結構じゃない。だいぶだ」


「でも生きてるだろ」


「生きてることを成果にするな」


「冒険者志望なら大事だろ」


「それを言われると反論しづらい」


俺は渋々起き上がり、重い身体を引きずるようにして身支度を始めた。


「今日は何だっけ」


「実習パーティの登録」


「……今日じゃなきゃ駄目?」


「昨日決まったんだから今日だろ」


「世の中には熟成という概念がある」


「実習パーティを寝かせるな」


正論だった。



冒険者養成学校の事務棟は、訓練場や教室とは少し空気が違う。


木剣の音も、砂を蹴る足音も、ここには届かない。

聞こえるのは羽ペンの走る音と、たまに誰かが書類をめくる音くらいだ。


壁には各種掲示が貼られている。


実習予定。

認定資格試験の案内。

ギルド依頼の写し。

過去の事故報告。

推奨装備一覧。

落とし物。


最後だけ妙に日常感がある。


その一角に、実習パーティ登録受付がある。


受付台の向こうには、眼鏡をかけた女性職員が座っていた。

年齢は三十代くらい。表情は穏やかだが、目がまったく笑っていない。


こういう人は、書類不備を絶対に許さない。


俺は直感でそう判断した。


「実習パーティ登録ですね」


女性職員は、俺たち四人を見てそう言った。


レオン。

セレス。

ルーク。

俺。


改めて並ぶと、少しおかしい。


まずレオンが目立つ。

次にセレスが目立つ。

ルークも黙っていれば見栄えは悪くない。黙っていれば。


そして俺。


なんだろう。


完成された絵の端に、間違って落書きされたような気分になる。


「代表者は?」


女性職員が聞いた。


俺は即座にレオンを見た。

ルークもレオンを見た。

セレスも一瞬レオンを見た。


レオンは俺を見た。


やめろ。


「代表者ならレオンでいいだろ。学年首席だし」


「僕でも構わないが」


レオンは穏やかに言った。


「ただ、僕が決めると、多分僕の剣を中心に考えてしまう」


「自覚あるんだ」


「ある」


「あるんだ……」


朝から優等生が自分の強みと弱みを整理するのは、精神に悪い。


「じゃあセレス」


俺は隣を見る。


セレスは少しだけ目を瞬かせた。


「私?」


「冷静だし、成績もいいし、真面目だし」


「向いていないと思うわ」


「即答」


「私は、最初に前へ出るより、見てから動く方が向いていると思う」


セレスは少し考えてから言った。


「多分、その方が役に立てるわ」


それも分かる。


セレスは大きな声で指示を出すというより、誰かの変化や違和感に気づく人間だ。

たぶん。


「じゃあルーク」


「俺?」


「代表者」


「やってもいいぞ」


俺は即座に首を振った。


「取り消す」


「早くね?」


「お前が代表者になったら、最初の活動場所が酒場になる気がした」


「さすがにしねぇよ」


「賭ける?」


「……初日はしない」


「ほら」


ルークは目を逸らした。


女性職員が無表情のまま、羽ペンを置いた。


「代表者は後で変更可能です。仮登録でも構いません」


助かった。


と思った瞬間、全員がこちらを見た。


助かっていなかった。


「待て」


俺は両手を上げる。


「仮だ。あくまで仮代表だ。仮という字には逃げ道がある」


「書類には代表者とだけ記載されます」


女性職員が淡々と言った。


逃げ道が塞がれた。


「民主主義の敗北を見た」


「多数決はしていないぞ」


レオンが言う。


「では何の敗北だ」


「現実ではないかしら」


セレスが言った。


マルクスみたいなことを言い始めないでほしい。



登録用紙には、名前、学年、実技評価、希望職能を書く欄があった。


正式なジョブ登録ではない。

冒険者ギルドカードを発行する時、あるいは学校の認定資格を取得する時に、職能登録は正式に行われる。


だが、2年にもなれば、自分がどの職能に向いているのかは意識する。


剣士。

魔法使い。

神官。

スカウト。

盾士。

薬師。

補助術士。


他にも細かい分類はあるが、大まかにはそんなところだ。


「レオンは剣士でいいだろ」


俺が言うと、レオンは頷いた。


「そうだね」


何の迷いもない。むしろ剣術首席が剣士以外を選んだら、世界の方が間違っている。


「セレスは?」


「軽剣士、かしら」


セレスは少し考えてから答えた。


「ただ、正式にはまだ決めていないんだけど」


「軽剣士って、剣士と何が違うんだ?」


ルークが聞いた。


女性職員が淡々と答える。


「重装備や正面突破より、速度、間合い、補助、回避、観察を重視する剣士系職能です」


「おお」


ルークが感心したように頷く。


「セレスっぽい」


「そう?」


「正面から力比べする感じじゃないだろ」


「それはそうね」


セレスは素直に頷いた。


「じゃあルークは?」


「剣士」


即答だった。


「お前、本当に剣士でいいのか?」


「何でだよ」


「いや、お前は……」


言いかけて、少し迷う。


ルークは剣も悪くない。というか普通に強い。実技だけなら上位に入る。

ただ、剣士というより、もっと別の何かに向いている気がする。


危険に気づくのが早い。

人の懐に入るのも早い。

逃げ足も速い。

逃げ足だけではない。撤退の空気を読むのも妙に上手い。

あと、なぜかトラブルの匂いを嗅ぎつける。


才能なのか、体質なのかは知らないが。


「スカウト向きじゃないか?」


俺が言うと、ルークは心底嫌そうな顔をした。


「やめろよ」


「何で」


「マルクスと同じ系統っぽいじゃん」


「理由が私情すぎる」


「重要だろ」


「重要かなぁ」


ルークは腕を組んだ。


「俺は剣士だ。前で戦う。格好いいから」


「理由が雑」


「格好よさは大事だろ」


「大事か?」


「大事だ」


セレスが小さく頷いた。


「分かるわ。どう名乗るかは、大事だもの」


なぜかセレスに援護された。


ルークは勝ち誇った顔をする。


「ほら見ろ」


「今のはお前の雑さを肯定したわけじゃないと思う」


「細かいな」


「大事だろ」


大事の基準が、さっきから信用できない。


「で、アレンは?」


ルークが聞いた。


全員の視線がこちらへ向く。


「俺?」


「お前以外に誰がいるんだよ」


俺は用紙を見た。


「……剣士?」


ルークが笑った。


「疑問形で書くなよ」


「じゃあ雑用」


「職能登録に雑用はありません」


女性職員が即座に言った。


厳しい。


「補助術士、ではないかな」


レオンが言った。


俺は顔をしかめる。


「補助?」


「君は前に出て斬るより、周囲を見て動く方が向いていると思う」


「見てない」


「見ているわ」


セレスが言った。


「見てない」


「昨日も今日も、見ていたわ」


「見てない。俺は自分の逃げ道を探しているだけだ」


「それが全員の逃げ道になるなら、同じことではないかい?」


レオンが穏やかに言う。


全然同じではない。責任の重さが違うじゃないか。


「補助術士って、何するんです?」


俺は女性職員に聞いた。


「味方の行動を補助する術や知識を扱う職能です。身体強化の補助、簡易付与、攪乱、撤退支援など、分類は広いです」


「便利屋では?」


「呼び方は自由です」


「自由にしないでほしい」


ルークが肩を震わせている。


「良かったな、アレン」


「何が」


「正式に雑用っぽい」


「支援職と言え」


「支援雑用」


「混ぜるな」


セレスが少しだけ口元を隠した。


俺は用紙の希望職能欄を見下ろす。


補助術士。


地味だ。かなり地味だ。


しかし、剣士と書いてレオンと並ぶのは精神に悪い。

スカウトと書くとマルクスの影がちらつく。

神官は無理。魔法使いでもない。盾士はもっと無理。

薬師は薬草の名前を覚える時点で挫折する。


そう考えると、補助術士は消去法としては悪くない。


前に出すぎず、後ろに下がりすぎず、必要な時だけ動く。

そして可能なら目立たない。


うん。悪くない。


「……補助術士で」


俺がそう言うと、ルークが即座に笑った。


「似合うな」


「どこが?」


「自分では主役になりたくないけど、口は出す感じ」


「最悪の似合い方だな」


レオンは少しだけ考えていた。


「補助術士か」


「何か問題ある?」


「いや」


レオンは微笑む。


「君らしいと思う」


それは褒めているのか。

それとも、面白がっているのか。


判断が難しい。



登録用紙を書き終えると、女性職員は内容を確認し、判を押した。


乾いた音が、やけに大きく聞こえた。


「登録完了です」


女性職員は、俺たちに控えを差し出した。


そこには、四人の名前と希望職能が並んでいる。


レオン・ヴェルク。剣士。

セレスティア・アルト。軽剣士。

ルーク・ガルド。剣士。

アレン・ヴァイス。補助術士。


そして代表者欄には、なぜか俺の名前。


なぜかではない。さっき書かされたからだ。


だが、気持ちとしてはなぜか、である。


「この面子なら、負ける気しねぇな」


ルークが控えを覗き込みながら言った。


「お前が言うと、急に負けそうになるからやめろ」


「何でだよ」


「言葉には流れというものがある」


「それっぽいこと言ってるけど、今のはただの言いがかりだろ」


「よく分かったな」


「分かるわ、それくらい」


レオンは控えを見ながら、少しだけ笑った。


「でも、ルークの言うことも分かる」


「分かるのか」


「うん。僕も、この四人ならかなりやれると思う」


やめてほしい。レオンがそう言うと、本当にやれそうな気がしてくる。


「セレスは?」


俺が聞くと、セレスは少し考えてから頷いた。


「悪くないと思うわ」


「悪くない?」


「ええ」


セレスは控えを見た。


「レオンは強い。ルークも実技は上位。アレンは……」


そこで少し止まるな。


「アレンは?」


「変」


「職能評価に感想を入れるな」


「でも、対応は早いわ」


「先にそっちを言ってほしかった」


「ごめんなさい」


謝られると、それはそれで困る。


だが、実際。


この面子なら、いけそうな気はする。


レオンがいる。

セレスがいる。

ルークもいる。

俺も、まあ、逃げるくらいはできる。


実習パーティとしては、かなり強い方なのではないか。


少なくとも、負ける気はしない。


「明日の放課後」


背後から低い声がした。


全員が振り返る。


マルクス・ヴァンハイトが立っていた。


いつからいたのか。

事務棟の入口から受付まで、まともな死角はなかったはずだ。

それなのに、気づかなかった。


気配を消して背後に立つのをやめてほしい。心臓に悪い。


「訓練林に集合しろ」


「訓練林?」


ルークが嫌そうな顔をした。


訓練林は、学校の敷地外れにある実習用の林だ。

薬草採取、索敵訓練、簡易野営、護衛実習などに使われる。


広さはそれほどでもないが、わざと見通しの悪い場所や、ぬかるみ、倒木、人工的な障害物が残されている。


つまり、面倒な場所である。


「課題は?」


レオンが聞いた。


「当日説明する」


「今は教えていただけないのですか?」


「教えたらつまらん」


マルクスが言った。教官の口から出ていい言葉ではない。


「お前たちは強い」


マルクスは登録控えを一瞥した。


「だから、まずは好きにやれ」


「いいんですか?」


ルークが目を丸くする。


「構わん」


マルクスは淡々と言った。


「調子に乗るところまで含めて実習だ」


「それ、見守る側の台詞じゃないですよね」


「安心しろ」


「安心材料あります?」


「この面子で何が不満だ?」


マルクスは登録控えを見た。


「剣術首席に、実技上位の軽剣士。勘だけは悪くない剣士志望。それから、逃げ足の速い補助術士」


「褒めるなら最後まで褒めてください」


「褒めている」


「どこが?」


「逃げ足は生存能力だ」


反論しづらい。


マルクスはそれだけ言って、踵を返した。来た時と同じように、音もなく。

言うだけ言って去っていく。


台風より迷惑だ。


「……今の、応援だったのか?」


ルークが首を傾げる。


「たぶん脅迫だろ」


「教官って難しいな」


「難しいのはあの人だけだと思う」


俺は登録控えをもう一度見た。


レオン・ヴェルク。剣士。

セレスティア・アルト。軽剣士。

ルーク・ガルド。剣士。

アレン・ヴァイス。補助術士。


代表者欄には、相変わらず俺の名前がある。


そこだけは納得できない。


だが、並んだ名前を見ていると、少しだけ思ってしまう。


この面子なら、勝てそうな気がする。


「明日、楽しみだな」


ルークが言った。


「お前が言うと急に不安になる」


「何でだよ」


「言葉には流れというものがある」


「またそれかよ」


レオンが笑った。

セレスも少しだけ口元を緩めていた。


悪くない。


本当に、悪くない。


俺は控えを折りたたみ、鞄にしまった。


明日は訓練林。

初めての実習パーティ。


面倒なことにはなるだろう。


でも。


不思議と、負ける気はしなかった。


ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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