第63話 行ってきます
応接室を出た俺たちは、廊下を挟んだ別室で待っていた。
しばらくして呼び鈴が鳴り、部屋の隅に控えていた老人が顔を上げた。
「お話がお済みのようでございます」
老人に続いて、応接室へ戻った。
セレスは先ほどと同じ椅子に座り、子爵も向かいの長椅子へ腰を下ろしていた。
何を話したのかは聞かなかった。
セレスがこちらへ小さく頷いた。
それを合図に、俺たちも先ほどまで座っていた席へ戻った。
「待たせてすまなかった」
「いえ」
「今度は、君たちの話を聞かせてほしい」
俺が鞄から書類を取り出す間に、レオンが簡略図を卓上へ広げた。
丸まろうとする端をルークが押さえ、セレスが二人分の茶器を脇へ寄せた。
図は低い卓のほとんどを覆った。
子爵は広げられた図を一度見渡してから、俺へ顔を向けた。
「各地の異変と、残された時間についてはこちらにも報せが届いている。エルゼリオン侯爵家の禁書庫が、その調査に関わっていることも承知した」
俺は頷いた。
「では、なぜ神聖大陸へ向かうのか。そこから聞かせてもらえるか」
「禁書庫の扉が、物理と魔力の二重封印になっていたからです」
俺が答えると、レオンが図の表側を指した。
「こちらが物理側です。表面の装飾へ重ねて噛み合わせる、円盤状の部品があったと考えられています。現物は残っていないため、代わりになるものを作るのに必要な測定を、科学者たちが続けています」
レオンの指が、図の内側へ移った。
「僕たちが追うのは魔力側です。奥には形を変え続ける魔術回路があり、物理側と同じ瞬間に処理しなければ、扉は開きません」
「その回路が、神聖大陸のものなのか」
「似た特徴がある、というところまでです」
レオンが答えると、セレスが図の内側へ目を落とした。
「神聖大陸の形式だと分かったわけではないわ。でも、魔力側について、他に辿れる手がかりはない。だから向こうで、まず神聖魔法を学ぶ道を探すの。その上で、この回路を扱えるか確かめる」
子爵は娘へ視線を移した。
「父上の口添えがあれば、正式に学べる場へ入れるのか」
「話を聞いてもらうところまでは進めると思う。でも、受け入れてもらえるかは別よ」
「ならば、この図と依頼の経緯を先に父上へ送ってはどうだ。扱える術者を探してもらえれば、君たちが渡るより早いかもしれない」
「探したいのは、代わりに扉を開けてくれる人ではないわ」
子爵の目がセレスへ向いた。
「回路は、その時々で形を変えるそうよ。決まった術式を一つ覚えれば済むものではないの」
レオンが図の内側を指でなぞった。
「ここにあるのも、測定した一時点の形です。現場では変化を読みながら、それに対応する術式を重ね、物理側が動く瞬間に合わせる必要があります」
「……その役目を、お前が担うつもりなのか」
「できるなら、そのつもりよ」
セレスの答えに、子爵の指が膝の上で動きを止めた。
「まだ、私に適性があるかどうかも、実際に扱えるかどうかも分からない。だから、向こうで知識を得て、確かめるところから始めるの」
セレスはそのまま続けた。
「現場で回路を見ながら対応するなら、扉のことも、一緒に扉へ挑む三人のことも分かっている人間がいい。それに――」
セレスは一度言葉を切り、図の奥に描かれた回路を見た。
「失敗すれば、封印が組み直されるだけでは済まないかもしれない。干渉した術者へ、反動が返る可能性もあるわ」
レオンが頷いた。
「回路の仕組みが分からない以上、どの程度の反動になるかも判断できません」
「私たちが引き受けた依頼のために、誰かにその危険を押しつけるつもりはないわ」
子爵は何かを言おうとして、口を閉じた。
卓上の図へ落ちた目が、再びセレスへ上がる。
「誰かに負わせられない危険を、お前なら負っていいというのか」
「そういう意味ではないわ。私一人で決めるつもりもない」
セレスは俺たち三人を順に見た。
「私に扱える可能性があるなら、候補から外さない。でも、条件が揃わなければ三人が止める。私も、誰かが無理をしようとしたら止める」
子爵は膝の上で手を組み直した。
重なった指先に力が入っていた。
「止めます」
ルークが言った。
子爵がルークを見た。
「セレスだからじゃありません。条件が揃っていなければ、誰がやると言っても止めます」
「これまでも、そうしてきました」
レオンも続けた。
「アレン殿も、同じ考えか」
「はい。誰がやるにしても、必要な条件が揃うまでは進めません」
子爵は俺を見た後、もう一度セレスへ視線を戻した。
「向こうで何も得られなかった時は、どうする」
「その時は、時間を失っただけになるわ」
「それでも行くのか」
「ええ。もっと確かな道があるなら、そちらを選ぶわ。でも、魔力側については今のところこれしかないの。確度が低いからと確かめなければ、何もできないまま同じ時間を失うだけよ」
セレスが話し終えても、子爵は図へ目を戻さなかった。
やがて、子爵は組んでいた手をほどいた。
「セレスティア」
「何?」
「私は何をすればいい」
セレスは俺たち三人へ一度だけ目を向け、それから父親へ向き直った。
「お祖父様への紹介状を用意してほしい。私たち四人が直接事情を説明できるように、取り次いでほしいの」
「分かった」
子爵は卓上の書類を手元へ引き寄せた。
「父上がどう判断するかまでは約束できない。だが、君たち四人との面会は、私から父上に頼もう」
「ありがとう、お父様」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、レオンとルークもそれに続いた。
「神聖大陸までの船に、当てはあるのか」
「西の港で、ギルドを通して探すつもりです」
「それなら、アークノルト家の荷を預けている商業ギルドへ、私から話を通そう。神聖大陸へ向かう共同運航便が、間もなく西の港を出る」
子爵は俺たち四人を見渡した。
「貨物を運ぶための船だが、四人を乗せてもらうことはできるはずだ」
「助かります」
「出立は、いつを考えている」
「準備ができ次第です」
「船の予定は今夜中に確認させる。書状も明朝までに用意しよう。それまで、ここで待ってもらえるか」
俺は三人の顔を見た。反対する者はいなかった。
「お願いします」
◇
その夜、子爵は執務机に向かい、父への書状を書いていた。
世界の異変。エルゼリオン侯爵家の禁書庫。物理と魔力の二重封印。
書くべき事実に迷うことはなかった。
ペン先が止まったのは、訪ねていく者について記す段になってからだった。
娘セレスティアと、その同行者三名。
そこまで書いた文字を、子爵はしばらく見つめていた。
話を切り出したのはアレンだった。
レオンが図を示し、セレスティアは自分が担おうとしている役目と、その危険を隠さず話した。
ルークは条件が揃わなければ止めると言い、アレンも迷わず同意した。
三人と並び、自分の考えを述べる娘を、子爵は今日初めて見た。
誰か一人の判断に、残りの三人が従っているようには見えなかった。
子爵は書きかけの紙を脇へ置き、新しい便箋を取り出した。
今度は、グランドオーダーを担う四人の冒険者が訪ねることから書き始めた。
四人の名を書き連ね、最後まで書き終えると、子爵は呼び鈴を鳴らした。
◇
翌朝、玄関前には西の港へ向かう馬車が用意されていた。
子爵が話を通した共同運航便は、アークノルト家の荷を載せて神聖大陸へ向かう。
今朝発てば、出航には十分に間に合うらしい。
俺たちの荷物はすでに積み込まれ、老人が御者と港までの行程を確かめていた。
子爵は、封をした書状をセレスへ差し出した。
「父上宛てだ。今回の依頼と、君たち四人が訪ねることを記してある」
セレスは両手で受け取った。
「ありがとう、お父様」
「必要な事情は書いた。だが、最後は君たちの言葉で話した方が、父上にも伝わるだろう」
「ええ。そのつもりよ」
「戻った時には、向こうで何を見たか聞かせてくれ」
セレスは書状を見下ろし、それから父親を見た。
「分かったわ」
レオンとルークが先に馬車へ乗り込んだ。
俺も後に続こうとして、セレスが玄関前に残っていることに気づいた。
「それでは、お父様」
「ああ」
セレスは馬車へ向かいかけ、足を止めた。
「……行ってきます」
子爵は、すぐには答えなかった。
「行ってらっしゃい、セレスティア」
セレスは一度頷き、馬車へ乗り込んだ。
俺も最後に乗ると、馬車がゆっくりと動き出した。
馬車が門を抜けるまで、セレスは玄関前に立つ父親から目を離さなかった。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
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