表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
59/63

第58話 解析の行方

研究者が到着したのは、それから3日後の朝だった。


その間に、リリアナとエリオットの間でも何かしら話はついたらしいが、詳しいことは知らない。


「到着されたようです」


グレイアムに告げられ、俺たちは屋敷の正面へ向かった。


玄関前には、人を乗せてきた馬車のほかに荷車が一台止まっていた。木箱や金属製の箱、細長い筒、布で包まれた板状の器具まで積まれ、荷台にはほとんど隙間がない。


「……扉を調べるっていうより、持って帰る準備に見えるな」


最初に馬車から降りてきたのは、灰色の外套を羽織った40歳前後の男だった。


長旅の疲れは見えるが、目だけは妙に生き生きしている。その後ろから三人の助手が続き、それぞれ器具や工具箱、分厚い記録帳を抱えて降りてきた。


「クラウスです」


男は侯爵とグレイアムに頭を下げると、荷車を振り返って笑った。


「ずいぶん面倒な扉だと聞いたので、使えそうなものは一通り持ってきました。今日は徹底的に調べますよ」


「遠路、感謝する」


侯爵が応じる。


「移動は慣れています。それより、先に条件だけ確認させてください」


クラウスは指を折りながら続けた。


「壊さない。削らない。熱しない。薬品も使わない。何かを打ち込むのも駄目。これで合っていますか」


「その通りでございます。扉だけでなく、周囲にも傷はおつけになりませんよう」


グレイアムの返答に、クラウスは気軽に頷いた。


「承知しています。どれも、傷をつけずに調べるための道具です」


それから、俺たちへ視線を向ける。


「先に調査した冒険者というのは、君たちですね」


「まあ、そうだな」


「記録は読ませてもらいました」


クラウスは懐から紙束を取り出した。俺たちがまとめた調査記録の写しで、余白には細かな書き込みが増えている。


「寸法、壁との接合、打音、表面の反応。隣室や外壁だけでなく、上階と地下からも確認している。装飾線と紋章の位置まで残してくれたおかげで、こちらもすぐ本題に入れます」


クラウスは紙束を閉じた。


「専門家でもないのに、よくここまで調べましたね」


悪い評価ではないらしい。


レオンが一歩前へ出る。


「レオン・ヴェルクです。父から、あなたの名前を聞いたことがあります」


「ヴェルク?」


クラウスの視線がレオンの顔で止まり、すぐに納得したように頷いた。


「ああ、君があの人の息子か」


「父をご存じですか」


「研究記録は何度も読みました。本人にも一度だけ会ったことがあります。興味のある話になると、なかなか終わらせてくれない人だったな」


レオンは懐かしそうに笑った。


「それは、今も変わりません」


「元気そうで何よりです」


クラウスも笑い返すと、屋敷の方へ顔を向けた。


「では、扉を見せてもらいましょう」



禁書庫の扉の前に着くと、助手たちはすぐに荷を解き始めた。


折り畳み式の台を広げ、筒状の器具を扉の前へ固定する。記録係は俺たちの調査記録を開き、その隣に新しい記録帳を置いた。


「触りますよ」


クラウスがグレイアムを見る。


「傷をつけない範囲であれば、問題ございません」


「もちろんです」


手袋をはめたクラウスは、扉の表面を軽く叩きながら、装飾線の上へ指を滑らせた。


「表層温度は?」


「周辺壁よりわずかに高いです。ただし、一定ではありません」


助手の答えに、レオンが扉を見る。


「一定ではない?」


「触った程度では分からない差ですが、周辺壁と同じ値にはなりません。場所によっても変わっています」


続いて、細い針のついた金属板が扉へ近づけられた。


針は一度だけ揺れ、止まったかと思うと、また違う方向へ振れた。


「反応は拾える?」


クラウスが尋ねる。


器具を覗き込んでいた助手が頷いた。


「拾えます。ただ、安定しません。反応した場所から消えて、別の場所へ移っています」


「魔法の扉ではない、ということですか?」


セレスが尋ねた。


クラウスは扉から目を離さずに答えた。


「少なくとも、普通の魔法扉ではありません。魔素には反応していますが、それだけで動いているわけではなさそうです」


彼は装飾の一部を指でなぞった。


「表側は、機巧に近いですね」


「機巧?」


ルークが眉をひそめる。


「取っ手も鍵穴もねえぞ」


「見えるところにないだけかもしれません。むしろ、隠してある方が厄介です」


クラウスは装飾線の一部を示した。


「この線、深さが揃っていないでしょう。わずかですが、高さも違います」


言われて目を凝らしてみても、俺にはただの模様にしか見えない。


「これが動くのか?」


「この装飾自体が動くわけではなさそうです。別の部品を重ねて操作する形でしょうね」


クラウスが合図すると、助手が半透明の薄い紙を装飾へ重ね、その上から黒い粉を軽く乗せた。


やがて、紙の上に模様が浮かび上がる。


ただの線に見えていた装飾には細かな高低差があり、全体で一つの形を作っていた。


クラウスは紙を覗き込み、小さく頷いた。


「なるほど。ただの装飾ではありませんね」


「どういうことだ?」


「この模様自体が、機巧の一部になっています」


クラウスは紙の上を指でなぞった。


「何かを重ねて噛み合わせることを前提に、この形が作られている。つまり、これに対応する部品があったはずです」


「鍵か?」


「役割としては、そう考えていいでしょう。ただし、鍵穴に差し込むものではありません」


クラウスは扉全体を見上げた。


「この装飾へ重ねる、円盤状の部品だったはずです。言ってしまえば、こちらが凸で、失われた円盤の方が凹ですね」


侯爵の表情がわずかに曇る。


「そのような品の記録は?」


クラウスが問うと、グレイアムは首を横に振った。


「現存する記録にはございません。保管品についても確認済みです」


「となると、失われた可能性が高いですね」


開けるための部品がない。


それだけなら、探すか、作るかで済む。


けれど、クラウスは扉から離れなかった。


「表側だけなら、話は簡単なんですが」


そう言いながら、助手から別の器具を受け取る。


筒の先についた細い硝子板が、扉からわずかに離して固定された。器具の内側で、小さな光が揺れ始める。


色はあるのに熱はなく、炎とも違う。


「変化周期、一定ではありません」


反応を見ていた助手が言った。


だが、すぐに器具を調整し、首を振る。


「いえ。一定です。ただ、複数の周期が重なっています」


「いくつだ?」


「三つ。浅い層、中間の層、深い層で、それぞれ反応の間隔がずれています」


クラウスは器具の示す値へ、真剣な目を向けた。


「深い層だけ、流れの向きが変わっています」


そのまま器具を見つめながら、小さく呟く。


「……魔術回路のようなものですね」


「魔術回路?」


侯爵が問い返した。


「ええ。ただ、一般的な固定式とは違います。流れの向きや通る順序、反応の強弱を、一定の規則で変え続けている」


レオンが記録板を覗き込む。


「その変化が、表面にも影響しているんですね」


クラウスは嬉しそうに頷いた。


「やっぱり話が早い。そうです」


「父の研究で、似た話を聞いたことがあります」


「あの人が好きそうな話だ」


クラウスは扉を軽く叩いた。


「奥の回路が変化するたびに、表側の反応も変わっている。そのせいで、材質を一つに絞れないんです」


「だから、木でも石でも金属でもないように見えたんですね」


「どれでもないわけではありません。調べた瞬間ごとに、返ってくる性質が違っていたんでしょう」


「つまり、表側は機巧で、奥には魔術に近い仕組みがある。その二つが連動しているんですね」


クラウスは頷いた。


「大まかには、それで合っています。ただ、奥の回路には神聖大陸で使われる形式に近い特徴がある」


「神聖大陸のものなんですか?」


「そこまでは断定できません。古い形式ですし、別の土地へ伝わったものが独自に変化した可能性もある」


クラウスは記録へ目を落とし、それから扉を見上げた。


「少なくとも、私の専門だけで扱えるものではありませんね」


「要するに、封印ってことか?」


ルークが聞く。


クラウスは少し考えてから答えた。


「扉として作られてはいます。ただ、仕組みだけを見れば、開けるためのものというより、閉じたままにしておくためのものです」


一度、言葉を切る。


「扉というより、封印と考えた方が近いでしょうね」



解析は夕方まで続いた。


助手たちは器具を替え、位置を変え、同じ反応を何度も確かめていく。


日が傾き始めた頃、クラウスが全員を扉の前へ呼び戻した。


「分かった範囲を話します」


助手が広げた図には、扉の装飾を写し取った形と、奥を流れる魔術回路の変化が重ねて描かれていた。


「この扉は二重構造です。表面は機巧構造で、その奥には魔術回路がある。しかも、二つは別々に動いているわけではありません」


クラウスは表側の図を指した。


「機巧を動かすには、装飾に対応する凹状の円盤が必要です。ただ、形だけを写して作ればいいわけではない」


「奥の回路と連動しているからですね」


レオンが言う。


「その通り。円盤は鍵であると同時に、魔術回路の変化に合わせて機巧側を動かすための補助具だったはずです」


「作れるのか?」


俺が聞くと、クラウスは少し考えた。


「理屈の上では。ただ、科学大陸の技術では難しいですね」


「なら、どこならできる」


「機巧大陸です。あちらの絡繰技術なら、代わりになるものを作れる可能性があります」


「可能性か」


「元の円盤が残っていませんからね。最初から作る以上、断言はできません」


クラウスは次に、奥の回路を描いた図へ指を移した。


「それに、円盤だけ用意しても扉は開きません。魔術回路の方も処理する必要があります」


「どうやって?」


「流れを読み、それを打ち消す術式を流します」


「逆向きにするのか?」


「単純な逆向きではありません」


クラウスは図の線をなぞりながら説明する。


「この回路は、形を変えながら意味も変えています。流れを止めるのではなく、その時々の術式に対応するものを重ねて相殺する必要がある。回転を逆にするというより、概念的に逆周りへ流す、と言った方が近いでしょう」


ルークは図を見ながら腕を組んだ。


「……難しい話だな」


「ええ。しかも、魔術回路だけを処理しても扉は開きません」


クラウスは表側の図へ指を移した。


「術式を打ち消すのと同じ瞬間に、こちらの機巧も動かす必要があります」


レオンは二つの図を見比べた。


「つまり、機巧側と魔術側を完全に同期させる必要があるんですね」


「その通りです。寸分のずれも許されません」


クラウスは二つの図を見比べた。


「少しでも同期が狂えば、扉は開かない。それだけでは済まない可能性もあります」


「どうなるんですか?」


レオンが尋ねる。


「この手の封印には、封印破りへの対策として、封印の再構築や、干渉した術者へ反動を返す術式が仕込まれている可能性が高いです」


ルークが眉をひそめる。


「失敗したら、扉が開かないだけじゃなく、術者まで危ないってことか」


「ええ。だから、試しにやってみるというわけにはいきません」


レオンは改めて図へ目を落とした。

「必要なのは三つですね」


指を折りながら、順に挙げていく。


「失われた円盤の代替。奥の魔術回路を読み、概念的に逆周りの術式を流せる者。そして、その二つを完全に同期させる方法」


「そういうことです」


クラウスが頷いた。


「円盤には機巧大陸の技術が必要になります。この形式を扱える術者が必要です。ただし、術式を使えるだけでは足りません」


クラウスは回路の図を指でなぞった。


「変化を読みながら、その都度同じ精度で術式を重ね続けなければならない。かなり難しいでしょうね」


クラウスは図を閉じた。


「構造は分かりました。ただ、今ここでは解錠できません」


侯爵が静かに頷く。


「理由は」


「必要なものが揃っていないからです」


クラウスは扉を見上げた。


「円盤の代替。この形式を扱える術者。そしてそれらを成立させる手順。話はそれからです」


俺も扉を見る。


開け方が分からない段階は終わった。


その代わり、足りないものがはっきりした。


ギルド総本部を出て、14日。


俺たちはまだ、依頼に辿り着いていない。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ