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第55話 開かないものは開かない

翌朝。


俺たちは、改めて禁書庫の前に立っていた。


昨日は、ここまで辿り着いて、扉が開かないことを知った。


今日は、その開け方を探す。


問題は、目の前にあるものが、開け方を考えるための手がかりすら見せてくれないことだった。


扉の中央には、エルゼリオン侯爵家の紋章が刻まれている。


月を抱いた杯。


その周囲を、細い装飾が幾重にも囲んでいた。


取っ手はない。


鍵穴もない。


蝶番も、外から見える位置にはない。


見た目だけなら、古く頑丈な飾り扉だった。


侯爵から調査の許可は得ている。


ただし、破損させないこと。


当然の条件だ。


いつ造られたのかも分からない侯爵家の遺産を、開かないからと壊すわけにはいかない。


中にあるはずの文書まで傷つけたのでは、なおさら意味がなかった。


「まずは、残っている記録を見よう」


俺が言うと、グレイアムが用意していた資料を机の上に並べた。


歴代当主の覚え書き。


屋敷の修繕記録。


古い図面。


禁書庫について触れられた、わずかな記述。


量は多くない。


これだけ長く続いた家にしては、驚くほど少なかった。


レオンが古い帳面を開く。


「鍵について書かれたものは?」


「ございません」


「失われたという記録も?」


「確認できる範囲にはございません」


レオンはページをめくり、別の記述へ目を落とした。


「過去にも調査はしているんですね」


「はい。開閉方法を探った記録、屋敷の構造を調べた記録、外部からの侵入経路を探した記録がございます」


「結果は?」


「いずれも成果なし、とだけ」


ルークが横から帳面を覗き込む。


「何をどう試したかまでは残ってないのか?」


「そのようでございます」


これでは、過去に何をどこまで調べたのか分からない。


同じことを繰り返す可能性はある。


だが、それを避けるための情報も残っていなかった。


結局、自分たちで確かめるしかないらしい。


「まずは扉そのものだな」


俺たちは、寸法を取るところから始めた。


扉の高さと横幅。


床から紋章までの距離。


装飾の線が交わる位置。


左右の壁との間隔。


同じ形に見える模様も、一つずつ長さと位置を記録していく。


ルークは扉と壁の境目へ細い金属片を当て、刃先が入る余地がないかを確かめた。


無理に差し込めば扉を傷つける。


表面を滑らせるように、輪郭を少しずつ追っていく。


しばらくして、ルークが手を止めた。


「駄目だな。隙間に見える線はあるけど、刃先すら入らねえ」


扉の輪郭は確かに見えている。


けれど、その線は継ぎ目というより、表面に刻まれた溝にも見えた。


レオンが扉の下端へ目を向ける。


「力をかけた時に、縁が動くか見てみよう」


ルークが両手を扉へ当てた。


破損させない範囲で、慎重に力を加える。


だが、扉は揺れも軋みもせず、縁にも変化はなかった。


ルークは手を離し、もう一度輪郭を確かめる。


「駄目だ。力をかけても、縁に何の反応もねえ。最初から壁の一部みたいだ」


次に、扉の表面を一定の間隔で軽く叩いた。


紋章の上。


下。


左右。


中央から縁まで。


位置を変えても、返ってくる音に目立った差はなかった。


レオンは結果を書き留めながら、表面を指先で確かめていた。


木目のように見える模様はある。


だが、目立たない場所へ細い刃先を当てても傷はつかない。


石ほど冷たくはなく、金属のような音も返さない。


レオンはしばらく扉を見た後、首を横に振った。


「分からないな。見た目から考えられる材質と、実際の硬さや音が一致しない」


「木でも、石でも、金属でもないってことか?」


ルークが聞く。


「少なくとも、僕の知っているものには当てはまらない」


セレスは紋章と周囲の装飾を、位置を変えながら見比べていた。


やがて首を横に振る。


「規則性は見つからないわ。少なくとも、見たままではただの装飾ね」


午前中は、そのまま扉の調査に費やした。


装飾を紙へ写し取る。


線の間隔を測る。


叩いた位置と音を記録する。


灯りを横へ移し、浅い凹凸や擦れた跡が浮かばないかも確認した。


それでも、開閉に使われた形跡は見つからなかった。


昼前からは、調査範囲を周囲へ広げた。


ルークが左右の壁を一定の間隔で叩き、返ってくる音を比べる。


レオンは廊下と隣接する部屋の寸法を取り、古い図面に記された位置関係と照らし合わせた。


セレスは床板や天井の装飾を確認し、取り外せそうな箇所や不自然な継ぎ目がないかを探していく。


俺はグレイアムと一緒に隣室へ回った。


壁際の家具を動かし、禁書庫に接している側の壁を調べる。


窪みはない。


扉や板を埋めたような継ぎ目もない。


廊下と隣室の実測値を図面へ落とし込んだが、隠し空間を示すほどの差は見つからなかった。


「左右に別の入口がある可能性は低そうだ」


レオンが数字を見直しながら言った。


「図面そのものが間違ってる可能性は?」


「古い図面だから、正確じゃない可能性はある。ただ、実測との差は小さい。別の入口や空間を隠せるほどじゃない」


昼食を挟み、午後は屋敷の外へ回った。


禁書庫は1階の最奥にあり、その一面が外壁に接している。


午前中に取った寸法と図面を頼りに、禁書庫の外側に当たる位置まで回り込む。


正面の扉が開かないなら、外側に別の入口がないかを確かめるためだ。


そこにあったのは、他と変わらない石造りの外壁だった。


窓はない。


扉もない。


石材の継ぎ目を追い、後から塞いだ跡や、周囲と異なる補修がないかを確認する。


壁際の地面にも、石組みを外した跡や、不自然に土が沈んだ場所は見つからなかった。


「こっちにも入口はなしか」


ルークが壁から手を離す。


「少なくとも、ここから見える範囲には」


レオンが答えた。


次は屋敷へ戻り、地下へ降りた。


地上で取った寸法を図面へ当てはめ、禁書庫の真下に当たる位置を割り出す。


地下室の天井には古い配管と補修跡があったが、周囲のものと大きな違いはない。


上へ続く開口部も、塞がれた通路も見つからなかった。


地下を調べ終えると、今度は2階へ上がった。


禁書庫の真上に当たる部屋へ入り、家具と敷物を移動させる。


床板の継ぎ目。


後から張り替えた跡。


取り外せそうな箇所。


ルークが床を叩き、レオンが1階との位置関係を確かめる。


セレスは壁際や装飾の裏まで調べたが、下へ続く入口らしいものは見つからなかった。


屋敷の内外を回り、地下と2階からも調べた。


図面や修繕記録、歴代当主の覚え書きにも目を通した。


思いつく可能性を一つずつ確かめ、違えば別の方法を試す。


それを繰り返しているうちに、外は暗くなり始めていた。


夕方、俺たちはもう一度扉の前に集まった。


床には、朝から取った寸法や写し取った装飾、書き込みを加えた図面が広がっている。


丸1日かけた成果だった。


けれど、そのどれもが、扉を開ける方法には繋がっていなかった。


「一度、整理しよう」


俺が言うと、レオンが記録を見渡した。


「扉には、開閉に使う部品も、過去に動かされた形跡もない。左右の壁、外壁側、地下、2階からも別の入口は見つからなかった」


レオンは最後に、扉へ目を向ける。


「図面と実測にも、隠し空間があると判断できるほどの差はない。それに、扉が何でできているのかも分からない」


俺も扉を見上げた。


朝から何度も見た扉だった。


厚い。


古い。


頑丈そうで、飾りが多い。


丸1日かけて調べても、開け方に繋がる手がかりは一つも見つからなかった。


「うん、これ無理だ」


ルークが顔を上げた。


「おい、諦めんのかよ」


俺は肩をすくめた。


「餅は餅屋っていうからな」


ルークが眉を寄せる。


「……どういうことだ?」


「専門家に任せる」


セレスが扉を見たまま頷いた。


「それが現実的でしょうね」


レオンも記録へ目を落としたまま言う。


「ここまで調べて手がかりがないなら、僕たちだけで続けても同じ結果になる可能性が高い。少なくとも、今の知識だけでは足りない」


なら、次に考えることは決まっている。


できる人間を探せばいい。


「こういうものを調べられそうな人間に、心当たりは?」


俺が尋ねると、レオンは少し考えた。


「……心当たりはある、かな」


全員の視線が、レオンに集まる。


「父の知り合いに、材質分析を専門にしている研究者がいる。科学大陸の人だ」


「今回みたいなものでも見てもらえる?」


セレスが聞く。


「専門からは外れていないと思う。ただ、来てもらえるかは分からない」


「なら、まずは頼んでみるしかないか」


グレイアムが静かに口を開いた。


「外部の方をお招きする件は、侯爵閣下へお伝えいたします」


俺は軽く頭を下げた。


「お願いします」


侯爵家の最奥にある、歴代当主すら開けられなかった所蔵庫。


そこへ科学大陸の研究者を招き入れる。


侯爵の許可を取り、相手へ連絡し、ここまで来てもらう必要がある。


それでも、方針は決まった。


「よし」


俺は床に広げた記録をまとめながら言った。


「次は、その専門家を連れてこよう」


開かないものは開かない。


なら、分かる奴を連れてくればいい。


俺たちは1日分の記録を抱え、扉の前を離れた。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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