第52話 正式依頼
「依頼の概要はシンプルだ」
ダグラスは、机の上の資料に手を置いた。
「赤い月および関連異常に関する継続調査協力。総本部の指示に基づき、関連資料の調査、必要に応じた関係者対応、追加確認を行う」
「シンプルって言いました?」
俺は思わず聞き返した。
「概要はな」
「そこだけ切り分けられた時点で、もう怪しいんですけど」
横で、ルークが小さく息を吐いた。
「……やっぱり戦って終わりじゃねえやつだ」
ようやく追いついたらしい。
「この依頼は、お前たちだけに出すものではない」
ダグラスは続けた。
「総本部主導で、複数の調査線を走らせる。お前たちはその一つを担う」
「調査線ということは、他にも動く者がいるのですね」
レオンが確認する。
「ああ。総本部、自然大陸管理局、各大陸の関係機関。それぞれが持つ記録、資料、異常報告を照合する」
「俺たちは、その中の一つを調べるってことか」
ルークが言った。
「そうだ」
セレスが、机の上の資料へ視線を落とす。
「私たちが担うのは、戦闘や討伐ではなく、資料調査に近いのですね」
「少なくとも初動はな」
ダグラスは頷いた。
「必要があれば現地確認も行う。ただし、主目的は関連資料の調査だ」
「資料、か」
ルークが眉を寄せる。
「俺、そういうの向いてねえ気がする」
ダグラスは、机の資料から視線を上げた。
「今回の依頼で必要なのは、資料を読むだけの人間ではない」
その言葉に、ルークが口を閉じる。
「記録には、事実しか残らん。だが、その場で何を見落とし、何を危険と判断し、どこで引いたのかまでは、書面だけでは拾いきれんからな」
「だから僕たち、か」
レオンが言った。
「そうだ。お前たちは、記録の外側を知っている」
ダグラスは短く答えた。
俺は、机の上の資料を見る。
まだ中身は伏せられている。
「確認なのですが」
レオンが口を開いた。
「この依頼は、マルクスも一緒ですか」
マルクスは答えなかった。
代わりに、ダグラスが口を開く。
「いや。マルクスには別件で動いてもらう」
「別件?」
ルークが聞き返す。
「ああ。総本部側で確認すべきことがある。現場を知る人間として、そちらに回ってもらう」
「じゃあ、マルクスは一緒じゃねえのか」
ルークが、少し拍子抜けしたように言った。
俺も、似たような顔をしていたと思う。
てっきり監督役にでもなるのだと思っていた。
元教官で、グランドマスターの元パーティメンバーで、俺たちの処遇判断にも意見を出していた人間だ。この流れなら、同行すると言われたほうが自然だった。
けれど、違った。
マルクスは腕を組んだまま、いつもの真顔でこちらを見ている。
「……じゃあ、本当に昇級を伝えたかっただけなのか」
俺が言うと、マルクスは当然のように頷いた。
「そう言ったはずだ」
「言ったけどさ」
「なら、そういうことだ」
ルークが小さく笑った。
セレスも、ほんの少しだけ目元を緩める。
真顔で情を出すなと言ったばかりなのに、この人は真顔のまま、本当にそういうことをする。
「勘違いするな」
マルクスが言った。
「俺は同行しない。だが、お前たちの判断が軽くなるわけではない」
「分かってるよ」
「ならいい」
「でも、ちょっとくらい心配してくれてもいいんじゃないか」
「心配はしている」
迷いなく返されて、俺は次の言葉に詰まった。
そういうことを真顔で言われると、茶化すにも少し間が悪い。
「だからこそ、俺は俺の仕事をする」
マルクスは続けた。
「お前たちは、お前たちの仕事をしろ」
俺はマルクスを見た。
ルークも、セレスも、レオンも、それぞれに言葉を探しているようだった。
先に視線を切ったのは、ダグラスだった。
彼は資料を一枚取り上げる。
「では、最初の依頼先を告げる」
俺は小さく息を吸った。
「早速だが、エルゼリオン侯爵家が所有する秘蔵文書を調査してきてくれ」
部屋の中が、静かになった。
エルゼリオン侯爵家。
荒漠大陸で、その名を知らない者はいない。
神聖大陸に祖を持ち、古い信仰と共に荒漠の地に根を下ろした大貴族。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
つまり、早速そっちじゃねえか。
「エルゼリオン侯爵家は、協力に同意しているのですか」
セレスが言った。
貴族家を相手にするなら、依頼の中身だけを見ていても仕方がない。相手がどの程度こちらを受け入れているのかで、同じ調査でも難易度は変わる。
「同意はしている」
ダグラスは答えた。
「秘蔵文書の存在も、エルゼリオン侯爵家側から申告があったものだ。こちらが無理に探り出したわけではない」
「なら、協力する意思はあるってことか」
ルークが言う。
「少なくとも、そう受け取っている」
「少なくとも?」
俺が聞き返すと、ダグラスは資料へ視線を落とした。
「古い貴族家だ。こちらに出てくる言葉と、現地で起きることが常に同じとは限らん」
「それ、遠回しに面倒って言ってません?」
「遠回しに言ったつもりはない」
「直球だった」
「エルゼリオン家は古い」
ダグラスは続けた。
「荒漠大陸に根を下ろして久しいが、神聖大陸に祖を持つ家でもある。家に残る記録や伝承には、他の貴族家とは違うものが含まれている可能性がある」
神聖大陸。
その言葉に、セレスの視線がわずかに動いた。
「歓迎されていると考えるべきではない、ということですね」
レオンが言う。
「そう考えておけ」
ダグラスはため息混じりに続けた。
「エルゼリオン家からは、秘蔵文書の存在と、調査協力の意思が示されている。だが、こちらに届いている情報だけで中身を決めつけるべきではない」
「ずいぶん慎重ですね」
「古い貴族家が、自分たちから秘蔵文書の存在を申告してきた。軽い話ではない」
ダグラスは資料を伏せた。
「実物を見て、必要なら周辺の記録も確認しろ。判断はそれからだ」
「つまり、行ってみるまで分からねえってことか」
ルークが言った。
「そうだ」
「分からないものを調べに行く依頼、か」
「調査とはそういうものだ」
「正論だけど、なんか納得しづれえ」
気持ちは分かる。
俺は資料の上に置かれた家名を見た。
エルゼリオン侯爵家。
貴族家で、秘蔵文書で、協力の意思はある。
少なくとも、表向きは。
正式依頼、一件目からこれか。
「断れるんですか、これ」
俺が聞くと、ダグラスは資料を伏せたまま答えた。
「制度上はな」
「制度上は」
「勧めはしない」
「でしょうね」
拒否権の形をした飾りだった。
断ったところで、エルゼリオン侯爵家の秘蔵文書が消えるわけではない。俺たちが第一発見者であることも、Bランクパーティとして扱われることも変わらない。だったら、知らないところで話だけが進むより、見える場所にいた方がまだましだった。
「了解した」
俺は言った。
ルークがこちらを見る。
セレスも、レオンも、何も言わなかった。
「分からないから行く。そういう依頼なんですよね」
ダグラスは、わずかに口元を動かした。
「そういうことだ」
ダグラスは資料をこちらへ押し出す。
「総本部指名依頼として受理する。詳細はその資料に記してある。確認しておけ」
ルークが資料を覗き込む。
「……字が多い」
「資料だからな」
「アレン」
「読むよ」
「まだ何も言ってねえ」
「顔が言ってた」
ルークは不満そうに口を曲げたが、反論はしなかった。
マルクスが静かに言う。
「お前たちならやれる」
俺は顔を上げた。
マルクスは、やはり真顔だった。
「根拠は?」
「俺が見てきた」
それを言われると、返しづらい。
本当に、この人は最後まで真顔で情を出す。
「明朝だ」
ダグラスが言った。
「エルゼリオン家から迎えが来る。遅れるな」
「分かりました」
レオンが答える。
俺たちは資料を受け取り、総本部の部屋を出た。
扉が閉まる直前、ルークが小さく呟いた。
「晴れてBランクパーティ、一件目がこれかよ」
俺は資料を抱え直した。
まったくだ。
晴れて、というには、行き先の雲が厚すぎる。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
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