表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/61

第47話 分類不能

1か月が過ぎても、結論は出なかった。


第三入口右脇道の先。


最初の4人が持ち帰った報告は、冒険者ギルド総本部の手で何度も確認された。


自然大陸へ向かう管理便は、荒漠大陸を出て数日かけて海を渡る。

自然大陸側に停泊できる時間は長くない。

戻るにも、また数日かかる。


それでも総本部は、確認隊を3組送った。


自然大陸外縁部の経験者。

測量と記録に長けた者。

魔素濃度やダンジョン内環境の異常を見てきた者。


急ぎ集められる限りの実務者を組み込んだ確認隊だった。


3組はそれぞれ第三入口の右脇道を進み、地図上の終端を越え、光の先へ出た。


そして、全員が戻ってきた。


持ち帰った結論は、ひとつだった。


未知の異常。


灰色がかった土。

薄く濁った結晶片。

生き物の気配が薄すぎる森。

知らない大気。

七大陸のどこにも照合できない、昼の空の薄赤い月。


記録には揺れがあった。


通路を抜けるまでの歩数が合わない。

出口の前後で方位感覚が狂う。

森の奥へ進むほど、音の距離がずれる。


だが、核は変わらなかった。


第三入口の右脇道の先に、七大陸のどこにも分類できない場所がある。


その事実だけが、1か月かけて積み上がった。



冒険者ギルド総本部の奥にある会議室。


長机には、最初の報告書と3組分の確認記録、採取物、写し図、航路記録、軽微報告の抜粋が積まれていた。


その端に、科学大陸から届いた警鐘の控えが混じっている。


グランドマスターは、最後の確認報告を閉じた。


「異常の有無を確かめる時間は終わったな」


記録管理官は古い索引帳を開いている。

現場統括官は第三入口周辺の写し図に赤い札を置いている。

連絡官の前には、まだ送られていない通達文が伏せられている。


第三入口の右脇道の先に、地図にも分類にも収まらない場所がある。


それはもう、確定している。


問題は、その先だった。


記録に残すにも、現場を止めるにも、他大陸へ照会するにも、総本部はまず、それを何として扱うのかを決めなければならない。


これを何と呼ぶのか。


グランドマスターは、最初の報告書に視線を戻した。


報告者4人の名前が並んでいる。


高ランクでも、名の知られた踏破者でもない。


だが、報告には必要なものが揃っていた。


場所。

目印。

採取物。

見たもの。

撤退した理由。


その名で通った報告ではない。


中身で、確認隊を動かした報告だった。


「始まりは、あの4人だったな」


グランドマスターが言った。


現場統括官が写し図から顔を上げる。


「あの報告がなければ、第三入口は今も低危険度のままでした」


「深入りせずに戻ったのも大きい」


記録管理官が続ける。


「最初の報告が残ったから、確認隊を送れました。異常の輪郭を掴む起点になった」


グランドマスターは、報告書の端を指で押さえた。


「あの若者ども、厄介なものを持ち込みおって」


言葉は軽く吐かれた。


だが、その矛先は4人に向いてはいない。


机の上に積まれた報告書へ向いていた。


正しい報告は、組織に逃げ道を残さない。


「分類は」


現場統括官が言った。


「まだ定まりません」


記録管理官が、4つの報告書を横に並べる。


「未踏区域、地図異常、未知鉱物、生態異常、天体異常。どれにも触れています」


記録管理官の指が、分類欄の上で止まる。


「ですが、どれか1つに入れた瞬間、危険の中心を見誤ります」


「中心?」


「鉱物が問題なのか。森が問題なのか。通路が問題なのか。月が問題なのか。それとも、あの場所そのものが問題なのか」


現場統括官が、赤い札を第三入口右脇道の先に置いた。


「危険度を上げるだけでは足りない、ということか」


「危険度は、同じ世界の中で測るためのものです」


記録管理官は静かに言った。


「魔獣が強い。地形が悪い。救助が難しい。魔素が濃い。そうした条件なら数字を上げられる」


彼は、赤い札を見た。


「ですが、ここはまず、どこなのかが分からない」


紙の上には、第三入口がある。

右脇道がある。

30歩地点がある。

その先に、赤い線が続いている。


ただの追記に見える。


だが、その先が自然大陸なのか。

ダンジョン内部なのか。

七大陸のどこかに繋がっているのか。

七大陸のどこでもないのか。


そこが分からない。


「既存のダンジョン異常とは違います」


記録管理官が言った。


「閉じた空間の変質なら、まだ分類できます。ですが今回は、空まで向こう側のものです」


現場統括官が赤い札を見る。


「領域ではなく、場所そのものに繋がった可能性か」


グランドマスターは答えなかった。


「確認隊は、3組とも帰還しています」


現場統括官が言った。


「戻れることは確認された」


「今は、だ」


グランドマスターの一言で、現場統括官の手が止まった。


「今日戻れる道が、明日も戻れるとは限らん。地図にない通路は、そういうものだ」


ギルドにとって、救助は重い言葉だった。


危険度の高い依頼でも、救助の前提はある。


地図がある。

方角がある。

距離がある。

時間がある。

戻るための道がある。


だが、そこは救助の前提になるものが、少しずつ欠けている。


「別枠だな」


グランドマスターが言った。


「危険度を上に足す話ではない。横に置く話だ」


「既存の危険度では測れない区域」


現場統括官が呟く。


「そうなる」


グランドマスターは、赤い札を指で押した。


「第三入口だけの話で済むなら、まだ扱いようはある」


連絡官が顔を上げる。


「済まない可能性を見ていますか」


「済むと言い切れる材料がない」


そこで、会議室の隅に置かれていた箱から、紙束が運ばれてきた。


自然大陸全域。

過去20年分の軽微報告。


整理はまだ終わっていない。


それでも、記録管理官はすでにいくつかの紙に赤い印を入れていた。


空の違和感。

方位の乱れ。

距離感のずれ。

匂いの差異。

森の音の薄さ。


当時は、魔素酔い、器具不良、疲労、感覚過敏として処理されたものばかりだ。


記録管理官は、赤い印のついた紙束から読み上げる。


「森の奥で、空の色が薄く見えた。処理は魔素酔い」


次の紙。


「方位針が一時的に乱れた。器具不良」


次。


「木道を進んだ距離と、戻った時の感覚が合わなかった。疲労による錯覚」


次。


「森の匂いが薄い。乾いた土の匂いがした。環境不慣れによる感覚過敏」


グランドマスターは、最後の紙を受け取った。


5年前。

低ランク冒険者の帰還報告。


魔獣遭遇なし。

採取失敗。

備考欄に、1行だけ記されている。


森の匂いが薄い。

乾いた土の匂いがした。


処理は、環境不慣れによる感覚過敏。


当時の判断としては、間違っていない。


その1枚だけなら、誰でもそう処理する。


自然大陸では、冒険者の感覚が乱れることがある。

匂いが薄い。

空が低い。

距離が合わない。

森の音が遠い。


そんな証言だけで依頼は止められない。

危険度は変えられない。

航路も止められない。


だが、赤い月の報告が出た後では、同じ紙が違う意味を持つ。


「洗わせた意味はあったな」


グランドマスターが言った。


「第三入口周辺だけなら、ただの局所異常で済んだ。だが、外縁部にも、離れた地点にも、似た証言が残っている」


記録管理官が頷く。


「まだ全体の整理は終わっていません。ですが、空、方位、距離、匂い、音に関する軽微報告は、自然大陸全域から拾えています」


「続けろ」


グランドマスターは言った。


「第三入口に寄せて読むな。先に答えを決めれば、また見落とす」


「了解しました」


未熟な報告は扱いづらい。


見間違いが混じる。

恐怖で膨らむ。

言葉が足りない。

因果が繋がらない。


それでも、消されずに残った言葉は、後から意味を持つことがある。


今回もそうだった。


ばらばらに処理されていた違和感が、最初の4人の報告を中心に並び直している。


地図外通路。

光の先。

知らない森。

昼の空に浮かぶ赤い月。


その報告があったから、確認隊を送れた。

その報告があったから、過去の軽微報告を読み直せた。


だから、1か月後の今がある。


連絡官が、別の封書を机に置いた。


封蝋には、科学大陸の観測局印が押されている。


「科学大陸からの警鐘です」


連絡官が読み上げる。


「自然大陸周辺航路における方位誤差の増加。星図照合値の微細なずれ。大陸収束運動の観測値の揺らぎ。古地図との照合不能箇所の増加」


現場統括官が腕を組む。


「どれも、最初は観測誤差として扱ってきたものだ」


「少なくとも、それだけで依頼や航路を止める材料にはなりませんでした」


記録管理官が答える。


「航路上の魔素干渉。測器の個体差。天候。自然大陸周辺特有の磁場乱れ。理由はそれぞれ立ちます」


グランドマスターの視線が、封書の上で止まった。


「それぞれ、か」


方位のずれ。

星図との誤差。

大陸収束運動の揺らぎ。

古地図との不一致。


ひとつずつなら、現場を止めるほどの材料にはならない。


だが、誤差は積み上がっていた。


日々の計測の中で、航路の補正は増え、古地図とのずれも広がっていた。


そこへ、大地震が起きた。


だから前回、ギルドは緊急特別依頼を発動した。


あれは、知っている現象が、知っている規模を超えた時の判断だった。


グランドマスターは、封書を机に置いた。


「だが、今回は違う」


机の上には、第三入口の写し図がある。

灰色の土がある。

薄く濁った結晶片がある。

昼の空に浮かぶ、赤い月の記録がある。


「知らないものが、見つかってしまった」


会議室から、紙をめくる音が消えた。


科学大陸の警鐘。

自然大陸で拾い上げられなかった軽微報告。

第三入口の地図外通路。

知らない大気。

昼の空の赤い月。


1本ずつは細い。


だが、束ねると切れなくなる。


グランドマスターは、赤い札を指で押さえた。


「分類は保留。記録上は、分類不能」


連絡官の筆が動く。


「前回の発令は解除しない」


現場統括官が顔を上げた。


「その上に重ねる」


記録管理官が、わずかに手を止める。


「前例は」


「ない」


グランドマスターは即答した。


「だから記録しておけ。前代未聞だ」


前代未聞。


その言葉が記された瞬間、会議室の筆音が変わった。


分類はできない。


それでも、止める場所はある。

知らせる相手はいる。

守るべき現場がある。


名前のつかないものを前に、ギルドは立ち止まらなかった。


立ち止まれなかった。


連絡官の筆が速くなる。

現場統括官が部屋を出る。

記録管理官が過去帳の束を抱える。

若い職員が封書をまとめ、通信室へ走る。


結論が出たから動くのではない。


結論が出ないまま動くしかないと、全員が理解したのだ。


グランドマスターは、報告書の最後にもう一度目を落とした。


昼の空に、薄赤い月。


七大陸のどこにもない月。


「これは、自然大陸だけの問題ではない」


返事の代わりに、扉が開いた。


荒漠大陸から、七大陸すべてへ向けて、同じ問いが放たれることになった。


お前たちは、この月を知っているか。


その夜、冒険者ギルド総本部の灯りは消えなかった。


荒漠大陸の港で積荷が組み替えられ、通信室では各大陸へ向けた封書が次々と封じられる。


自然大陸管理所には、第三入口周辺だけでなく、外縁部全域の再点検命令が飛んだ。


大地震のあと、世界は一度、大きく揺れた。


あの時に揺れたのは、大地だった。


そして今。


赤い月の報告は、七大陸が世界であるという前提を揺らし始めた。


自然大陸という名前は、この夜から別の意味を持った。


未開の大陸ではない。


豊かすぎる自然を抱えた大陸でもない。


どこか分からない場所へ、世界が繋がってしまった大陸として。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ