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第43話 掲示板の空白

第三入口関連の依頼票が、掲示板から外されていく。


1枚。

2枚。

3枚。


外された場所には、薄い空白が残った。


ギルドの中は、相変わらず騒がしい。


報酬額に文句を言う声。

依頼票を取り合う声。

酒場側から聞こえる笑い声。

受付で完了報告をしているパーティ。


その中で、第三入口の周りだけが、ぽっかり抜け落ちていく。


「目立つな」


ルークが椅子の背に腕を掛けて言った。


「依頼が止まってるからな」


「俺たちが何かやらかしたみたいじゃねえか」


「見つけたんだろ」


「見つけた結果、止まってる」


「じゃあ、やらかしたな」


「言い方」


ルークは不満そうに言ったが、少し楽しそうでもあった。


受付の奥では、俺たちの報告を受けた職員が、管理図の上に記録板の写しを広げていた。


南西外縁部の地図。

第三入口周辺の管理図。

外された依頼票の束。


別の職員が、その束の上に赤い札を載せる。


停止。


そこに書かれた文字は短かった。


「閉鎖?」


ルークが聞く。


レオンは受付の奥を見たまま、少しだけ首を横に振った。


「まだ停止だと思う。閉鎖なら、依頼票は奥へ下げる。今は管理図の横に置いたままだ」


「違うのか?」


「戻すか、閉じるかを決める前なんだろうね」


レオンの視線の先で、職員が管理図の右脇道に指を置いた。

その上に、俺たちの記録板の写しが重ねられている。


セレスが記録板を閉じた。


「安全確認を入れるのね」


「安全確認?」


ルークが聞く。


「管理図と違う通路が出たなら、そのまま依頼票を戻せない。誰かが次に入る前に、通れる場所なのか、閉じるべき場所なのかを確認する必要があるわ」


「外っぽいのが見えたからか?」


「それだけじゃないわ。通路が違った。魔灯もおかしかった。魔素計も戻らなかった。記録にない魔獣もいたわ」


「まとめると?」


「いつもの第三入口としては扱えないってことね」


ルークは嫌そうな顔をした。


「地味に嫌な言い方だな」


「ええ。地味に嫌な話だから」


セレスがそう言ったところで、受付の奥から職員がこちらへ目を向けた。


職員は記録板の写しと新しい用紙を手に取り、受付を回ってこちらへ来る。


「お待たせしました」


ルークが身を起こした。


「報酬ですか?」


「それも含めてです」


「含めて」


「今日の確認依頼分は支払います。通常完了ではありませんが、単純な未達にもなりません。管理記録と異なる情報を持ち帰った報告として扱います」


ルークの顔が少し明るくなった。


「詳しく聞こう」


「そこからですか」


職員は短く笑い、新しい用紙をカウンターに置いた。


「第三入口関連の依頼票は、いったん取り下げます」


「いったん」


俺が言うと、職員は頷いた。


「安全確認が終わるまでです。問題がなければ戻します。問題が残るなら、閉鎖扱いに切り替えます」


掲示板を見る。


外された依頼票の跡は、思ったより大きく見えた。


「外光らしきもの、でしたね」


職員が記録板の写しを指で押さえた。


「はい」


セレスが答える。


「外とは断定していません」


「助かります」


職員はそのまま、写しの横に管理図を並べた。


「外だった、出口だった、と断定されると、扱いが変わります。今の記録は、光、風、匂い、未進入。確認項目に落とせます」


ルークが首を傾げる。


「外みたいな場所があるだけなら、そこまで珍しくないよな?」


「珍しくありません」


職員はすぐに答えた。


「ダンジョンの中に、外のような環境を持つ区域がある例はあります。森や草原、湖のような階層ですね」


「じゃあ、何で止めるんだ?」


職員は管理図の右脇道を指でなぞった。


「第三入口には、その記録がないからです」


それは、単純だった。


管理済み低層ダンジョン。

地図がある。

行き止まりも確認されている。

危険度も設定されている。


そこに、地図にない通路が出た。


外のような場所が見えたこと自体が問題なのではない。

それが、記録にない場所で見えたことが問題だった。


「記録では、この脇道は30歩前後で終端です。奥に空間はありません。外のような区域につながる記録もありません」


レオンが管理図を覗き込む。


「崩れた可能性は?」


「あります」


「亀裂から光が入っている可能性は?」


「あります」


「別出口になっている可能性は?」


「あります」


職員はどれも否定しなかった。


「なので、確認します。崩落なら補修か閉鎖。亀裂なら広がる危険を調べます。別出口なら、安全に通れるのか、自然大陸のどこへ出るのかを確認します」


「どれか引っかかったら?」


ルークが聞く。


「閉鎖です」


返事は早かった。


「低層でも?」


「低層でもです」


職員は管理図から顔を上げた。


「低層は、浅いという意味です。安全という意味ではありません」


マルクスの言い方に少し似ていた。


たぶん、現場を知っている人間ほど、そういう言い方になる。


職員は新しい用紙をこちらに向けた。


まだ正式な依頼票ではない。

上に題名はなく、確認項目だけが並んでいる。


右脇道。

記録外通路。

壁、天井、床の損傷。

魔灯の偏り。

魔素計の戻り。

記録外魔獣。

光、風、匂い。

帰還経路。


ルークが用紙を覗き込んだ。


「字面が全然わくわくしねえ」


「安全確認だからな」


「未知の秘宝を追え、とかじゃないのか」


「管理済み低層ダンジョンに求められてもな」


「外は未踏の地かもしれないだろ」


「未踏にも種類があるんだよ」


「種類?」


「誰も行ってない場所と、行った奴が帰ってこない場所だ」


「究極の二択だな!?」


「安全確認だからな」


職員は、新しい用紙の端を軽く叩いた。


「その二択にならないよう、条件を付けます」


「条件?」


「天井、壁、床に崩落の兆候があれば撤退。魔獣の数や種類が前回と違えば撤退。魔灯の偏りが強くなれば撤退。魔素計の針が基準値近くまで戻らなければ撤退」


「撤退だらけだな」


「再開放のための確認ですから」


職員は淡々と言った。


「奥を攻略する依頼ではありません」


その一言で、少しだけ空気が変わった。


あの先に何があるのか。

外なのか。

出口なのか。

亀裂なのか。

ただの見間違いなのか。


確かめには行く。


でも、踏み込めるだけ踏み込む話ではない。


第三入口を、もう一度開けていいのか。

それとも閉じるべきなのか。


その材料を持ち帰るために行く。


「で、その確認は誰がやるんだ?」


ルークが聞いた。


職員は俺たちを見た。


「あなたたちに依頼する予定です」


「俺たちか」


ルークは用紙から顔を上げた。


「発見地点まで行ったのは、あなたたちですから」


それは、そうだ。


あの右脇道までの道順。

魔灯の光が壁へ寄った場所。

魔素計の針が戻りきらなかった場所。

草の匂いが混じった辺り。


もう一度そこへ行くなら、俺たちが一番早い。


ただ、今回は前と同じ感覚だけで済ませる話ではない。


「記録はどう残す?」


俺が聞くと、職員は小箱を一つカウンターに置いた。


「そのために道具を渡します」


箱の中には、縄と札、小さな紙束、予備の魔素計が入っていた。

魔灯も一本、横に置かれる。


「簡易測量用の縄。目印札。封緘用の記録紙。予備の魔素計。予備の魔灯。それと、管理図の写しです」


「封緘?」


ルークが紙束を覗き込む。


「確認地点ごとに、時刻と状況を書いて封じます。戻ってから書き換えたものではない、と分かるようにするためです」


「そこまでするのか」


「再開放に関わりますから」


職員の声は静かだった。


「安全だと判断して依頼票を戻し、その後に崩れれば、次に入った冒険者が死にます。危険がないのに閉鎖すれば、依頼が止まり、周辺管理にも支障が出ます」


掲示板の空白を見る。


ただ依頼票が外れただけではない。


そこにあった依頼を受けるはずだった冒険者。

その先で倒されるはずだった魔獣。

確認されるはずだった道。

集まるはずだった素材。


すべてが今は止まっている。


「開けるにも、閉じるにも理由が要るってことか」


俺が言うと、職員は頷いた。


「はい」


単純な話だが、軽い話ではなかった。


レオンが確認項目を見ながら言った。


「右脇道までは前回と同じ手順で入る。変化があれば、その時点で戻る」


「ええ」


セレスが続ける。


「魔灯は前回と同じ地点で使うわ。高さと向きもできるだけ揃える。予備の魔灯でも同じ偏りが出るか確認する」


「同様に、魔素計も同時に計測しよう」


レオンが言った。


「一つだけだと、計器の不具合かどうか分けにくい」


「なら、通路の長さは縄で実測かな」


俺は用紙の端に置かれた縄を見る。


「歩数じゃなく、実測で」


職員は頷いた。


「そこまで確認できれば十分です。無理に奥へ進む必要はありません」


「分かった」


俺は分かってる風な顔で、職員に頷きを返しておいた。


たぶん、こういう顔は便利だ。


職員はそれ以上何も言わず、代わりに仮の依頼票へ短く書き込む。


第三入口・再開放確認。


ルークがそれを見て、露骨に肩を落とした。


「やっぱり地味だな」


「お前、本当に題名にうるさいな」


「大事だろ。やる気が変わる」


「再開放確認でやる気を出せ」


「無理だろ」


ルークはそう言いながら、依頼票から目を離さなかった。


「……でも行くんだよな」


「行く」


俺が答えると、レオンも短く頷いた。


「行くね」


セレスも記録板を閉じる。


「行くわ」


全員、返事は早かった。


地味だ。

仕事だ。

再開放確認だ。


そういう名前を付けられても、あの光が消えるわけじゃない。

風も、匂いも、地図にない通路も、なかったことにはならない。


職員は仮の依頼票に印を押した。


「正式な依頼票は、準備が整い次第こちらで出します。次の自然大陸行きの管理便は明朝です。追加確認があれば呼びますが、なければ今日の手続きはここまでです」


「今日じゃないのか」


ルークが聞いた。


「今日の便はもう出ています。臨時便を出す案件でもありません」


「まあ、再開放確認だしな」


「ええ。それに、自然大陸側で夜を迎える行程になります」


「それは嫌だな」


「即答だな」


「自然大陸で夜は迎えたくねえ」


職員は依頼票と管理図の写しをまとめ、受付の奥へ戻っていった。


掲示板には、第三入口の空白が残っている。


さっきまで依頼票が貼られていた場所。

誰かが次に受けるはずだった場所。

今は、何もない。


ルークがそれを見上げる。


「結局、明日か」


「明日だな」


「またあそこまで行くんだよな」


「ああ」


右脇道。

30歩で終わるはずだった通路。

魔灯の光が寄った壁。

戻りきらなかった魔素計。

その奥から流れてきた、草の匂い。


ルークは掲示板を見たまま、ぽつりと言った。


「……外だったら?」


誰に聞いたのか分からない声だった。


亀裂から光が差しているだけなのか。

崩れた先に空が見えているのか。

ダンジョンの中にある、外のような場所なのか。

本当に別の出口なのか。


今はまだ、どれとも言えない。


俺は少し考えて、肩をすくめた。


「ま、行きゃ分かんだろ」


ルークがこちらを見る。


「急に雑だな」


「考えて分かるなら、もう分かってる」


「それっぽいこと言いやがって」


「それっぽい顔もしてるだろ」


「腹立つな、その顔」


レオンが小さく笑った。


「準備はするけどね」


「するする。ちゃんとする」


「その返事が一番不安だわ」


セレスが言う。


「信用しろよ。分かった顔は得意だぞ」


「そこを誇られても困るわ」


「分かった顔だけは本当に上手いからな」


ルークが頷いた。


「味方しろよ」


「今のは褒めただろ」


「褒め方が最悪なんだよ」


掲示板の空白は、まだ埋まらない。


第三入口は、開いたままではいられなくなった。


だから俺たちは次に、あそこへ行く。


開けていい場所なのか。

閉じるべき場所なのか。


それを確かめるために。


そして、そのついでみたいな顔をして。


あの光の先に何があるのかを、確かめに行く。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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