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第28話 立ってみなきゃ分からない

午後の集合場所は、実技場だった。


教室ではない。


それだけで、ただの連絡ではないと分かる。


追加演習か。

班別評価か。

実地訓練の説明か。


どれにしても、昼飯のあとに聞きたい話ではなかった。


「通達って言葉、嫌だよな」


ルークが小声で言った。


「分かる」


俺も小声で返す。


「だいたい何か増える」


「補習とかな」


「追加演習とかな」


「面談とかな」


「やめろ。全部嫌だ」


自分で言っておいて、少し気分がへこむ。


午前中の講義は半分聞いていなかった。

昼にはマルクスのところへ行った。

戻ってきて、ようやくパンを食べた。


そこからの通達である。


今日はもう少し平和に終わってもいいと思う。


たぶん無理なんだが。


実技場には、すでにいくつかの班が集まっていた。


重苦しい空気はなく、少し落ち着かない感じ。


何かを待っている空気だった。


二年のこの時期なら、実地訓練期が近い。


通常実地訓練なら、多くの班が順に外へ出る。


学校近郊の巡回。

街道沿いの採取。

近隣ギルド管理区域での補助任務。


どれも通常授業ではない。演習でもない。


養成学校の外へ出る。


その言葉だけで、少しだけ身体が前のめりになる。


冒険者を目指している以上、そこに何も感じないわけがない。


「実地っぽいな」


ルークが少し、期待するように言った。


「っぽいな」


「掲示板、二枚あるか?」


俺は実技場の端を見た。


布の掛かった掲示板が二枚並んでいる。


「ああ」


「ってことは」


「たぶん」


一枚目は通常実地訓練。


二枚目は自然大陸外縁部訓練。


この時期なら、その組み合わせだ。


自然大陸外縁部訓練。


毎年この時期に発表される、選抜班向けの実地訓練だ。


全員が行けるわけではない。


問題は、そこに俺たちの名前があるかどうかだった。


セレスは実技場の奥を見ていた。


「マルクスだけじゃないわ」


言われて、俺もそちらを見る。


マルクスが立っている。


それはまあ、いるだろう。


問題はその隣だった。


学校の教官ではない。


動きやすそうな服装。

胸元には、ギルドの徽章。


「ギルド職員か」


ルークが言った。


「だな」


俺は頷いた。


補習や説教のために、わざわざギルド職員を呼ぶとは思えない。


実地訓練、ほぼ確定だ。


「整列」


マルクスの声が響いた。


生徒たちが班ごとに並び始める。


俺たちも、いつものように並んだ。


レオンが前。

ルークがその横。

セレスは周囲を見ている。

俺は掲示板を見ていた。


二枚目。


そこに名前があるかどうか。


考えているのは、たぶん俺だけではない。


「今年度の二年次実地訓練許可班を発表する」


マルクスは余計な前置きをしなかった。


通達と聞いて嫌な予感がしたが、今回は外れたらしい。


いや、そこに名前があるのを確認するまで、油断は禁物か。


「通常実地訓練の対象班は、掲示一枚目を確認しろ」


周囲が小さく動いた。


だが、俺たちの視線は一枚目ではなく、二枚目に向いていた。


マルクスは続けた。


「加えて、例年通り、自然大陸外縁部訓練を実施する」


「今年度の参加許可は四班。該当班は掲示二枚目を確認しろ」


四班。


その数字で、実技場が少しザワついた。


学年全体から見れば、かなり少ない。


周囲ではわずかに姿勢を正す者、隣の班員と目を合わせる者と落ち着きがない。

ルークの口元が、わずかに上がった。


「四班かよ」


「少ないな」


「少ねえからいいんだろ」


それはそうだ。


ギルド職員が一歩前に出た。


「自然大陸外縁部訓練は、荒漠大陸本部の管理航路を用いて実施されます」


その言葉で、場の浮わつきが少し収まった。


荒漠大陸本部。


自然大陸へ渡る者なら、必ず耳にする名前だ。


それが出たことで、ただの校外訓練ではないのだと実感する。


「今回の訓練は、自然大陸外縁部での素材採取、および巡回確認です」


ギルド職員の声は落ち着いていた。


「対象区域は、ギルドが管理済みと判断している低危険地域です。引率教官、およびギルド監督員の指示に従うことを条件として、限定的な参加許可が出されています」


職員の説明が続く。


「……冒険者養成学校と冒険者ギルドとの提携業務に基づき実施されます」


「なお、訓練中の判断、報告、連携、撤退判断などは、今後の認定判断に反映されます」


試験ではないが、見られている。


試験ではありません、という顔をした試験ということだ。


自然大陸の低危険は、街道沿いの低危険とはわけが違う。


人が暮らす場所ではない。


魔獣がいて、ダンジョンがある。

人の都合で安定してくれない土地なのだ。


だから資源がある。


だから冒険者がいる。


悪くない。


見られるところまで来た。


そういう話だ。


「素材採取ってことは、戦闘じゃねえのか?」


ルークが小声で聞いた。


「素材が自分から袋に入ってくれればな」


「戦闘が目的ではない、というだけだね」


レオンは前を見たまま、俺のあとに続けて言った。


「一番嫌なやつじゃねえか」


「でも、多分その通りよ」


セレスが言った。


「自然大陸なら、何も起こらない前提では考えない方がいい」


それはそうだ。


危険が大陸になったような場所。


それが自然大陸だ。


それでも、自分たちの足で先へ進みたいと思うから、俺たちは冒険者を目指している。


たぶん、そこからして少しおかしい。


だが、そのおかしさがなければ、この学校には残れない。


マルクスが口を開いた。


「浮かれるな」


ざわめきが止まる。


「だが、怯えるな」


実技場が静かになった。


「自然大陸では、失敗の値段が上がる。それだけだ」


それだけ。


そう言い切るところが、マルクスらしかった。


怖がるなとは言わない。

喜ぶなとも言わない。


ただ、値段を間違えるなと言っている。


「今回の訓練は、冒険ではない。学校の延長でもない。お前たちが現場でどこまで通用するか、それを見るためのものだ」


マルクスの視線が生徒たちを横切る。


一瞬、俺たちのところで止まった気がした。


気のせいではないと思う。


「自分の役割を見失うな。判断を他人任せにするな。危ないと思った時に、格好をつけるな」


ただ、言われた意味をそれぞれ飲み込んでいる。


マルクスは、それを大げさに怖がらせる気も、軽く見せる気もないのだろう。


ただ、行くなら分かった上で行け。


そう言っているだけだ。


「以上だ。掲示を確認しろ。自然大陸外縁部訓練の該当班は、この後残れ」


掲示板の布が外された。


生徒たちが動き出す。


多くは一枚目へ向かった。


通常実地訓練。


自分たちの班があるかを探すなら、普通はそちらだ。


だが、俺たちは二枚目へ向かった。


「一枚目は?」


レオンが聞く。


「後でいいだろ」


俺は答えた。


「気になる方から見る」


ルークが笑った。


「だよな」


セレスも何も言わなかった。


反対ではないらしい。


二枚目の前に集まる生徒は、一枚目よりずっと少ない。


掲示の上には、こう書かれていた。


自然大陸外縁部訓練参加許可班。


その下に、四つの班が並んでいる。


一つ目。


見覚えのある班だった。


二つ目。


カイル・レイフォードの名前がある。


当然だ。


そこに驚きはない。


そして、三つ目。


アレン。

レオン。

ルーク。

セレス。


四つの名前が、同じ場所に並んでいた。


一瞬、周囲の音が遠くなった。


驚きとは少し違う。


嬉しくないわけがない。


ただ、手放しで喜ぶには少し重い。


それでも、悪くなかった。


「……あった」


ルークが言った。


声は、思ったより低かった。


「あるね」


レオンが静かに言う。


落ち着いた声だったが、口元がわずかに綻んでいた。


セレスは掲示を見つめたまま、小さく息を吐いた。


「選ばれたのね」


その言葉で、ようやく実感が追いついた。


昨日、負けた。


今日、解散しなくていいと言われた。


でも、それでよしとは言われていない。


それでも、この四人で行けることになった。


しかも、通常実地ではない。


自然大陸外縁部。


その許可が、俺たちの班に下りている。


その事実だけで、十分だった。


「嫌な予感が外れることもあるんだな」


俺は呟いた。


ルークがこちらを見る。


「通達の話か?」


「そう」


「まあ、たまには外れるんじゃねえか」


「毎回そうしてほしい」


これは罰でも補習でもない。


面談でも、班再編でもない。


冒険者を目指すなら、待っていた知らせだ。


前に進んでいる。


それだけは、分かった。


その時。


「……貴様」


低い声がした。


カイルだった。


掲示二枚目を見た直後なのだろう。


自分たちの名前を確認し、そのすぐ近くに俺たちの名前も見つけた。


顔が、分かりやすく険しくなっている。


正確には、俺を睨んでいた。


なぜ、貴様ごときが。


言葉にしなくても、そう聞こえる目だった。


「何?」


俺は言った。


「貴様は、自分の危うさを理解しているのか」


「急に親切だな」


「ふざけるな」


低い声だった。


感情が抑えきれていない。


「貴様の軽さで、自然大陸に立てると思っているのか」


「さてね。立ってみなきゃ分からない」


俺は肩をすくめてみせた。


カイルの眉が跳ねる。


「ふざけるなと言っている!」


声が少し大きくなった。


近くにいた生徒が、こちらを見る。


カイルは一歩、こちらへ近づいた。


「お前の軽さがパーティを殺す。そう言ったはずだ」


「僅差で勝った程度で、教官気取りか?」


「ッ、貴様……!」


カイルの顔が、はっきりと変わった。


今のは、効いたらしい。


ルークが横で「うわ」と小さく漏らした。


レオンは何も言わない。


セレスも止めなかった。


たぶん、まだ止めるところではないと思ったのだろう。


俺はカイルを見た。


「お前が言いたいことは分かる」


カイルの目が細くなる。


「なら――」


「でも、お前に言われる筋合いはない」


言葉を被せる。


カイルが黙った。


「俺たちを行かせると決めたのは、俺でもお前でもない。文句があるなら、そこで偉そうに立ってるやつに言え」


俺は実技場の奥を顎で示した。


マルクスがこちらを見ていた。


ものすごく嫌そうな顔で。


「……そこまでにしろ」


低い声が飛んできた。


「該当班は前へ集まれ」


カイルは不満そうに息を吐き、先に実技場の奥へ向かった。


背筋がまっすぐだ。


腹立たしいくらいに。


「敵意すごかったな」


ルークが言った。


「愛されてるな、俺」


「刺されるぞ」


「それは困る」


レオンが苦笑した。


セレスは少しだけ眉を下げる。


「でも、カイルの言葉も分からなくはないわ」


「だろうな」


俺は掲示板をもう一度見た。


自分の名前がある。


それを当然と受け止められるほど図太くはない。


カイルが納得できないのも分かる。


それでも、この四人で行けることになった。


だったら。


「行くしかないだろ」


俺は言った。


ルークが笑う。


「だよな」


レオンが頷く。


その時、マルクスが資料を手に取った。


「該当班には、出発までに確認しておく課題を出す」


嫌な言葉が聞こえた。


課題。


やはり、何かは増えるらしい。


「対象区域、管理航路、採取対象、撤退基準。班ごとに調べてこい」


マルクスは淡々と言った。


「冒険者に必要なのは、剣の振り方だけではない。行き先も知らずに現場に出る馬鹿から死ぬ」


言い方は相変わらずだった。


でも、正論だった。


周囲では、通常実地訓練に名前が載った班が騒いでいる。


二枚目に名前がなかった班が、少し悔しそうにこちらを見る。


その視線を受けて、ようやく分かる。


俺たちは、ちゃんと選ばれたのだ。


俺は隣を歩く三人を見る。


レオン。


ルーク。


セレス。


誰も、下を向いていなかった。


マルクスの釘は刺さっている。


けれど、刺さったまま足を止めるほど、俺たちは素直ではない。


それでいい。


たぶん、それでいいのだ。


冒険者を目指すなら。


俺たちは、掲示二枚目に書かれた名前を背に、説明を聞くために前へ進んだ。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

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