第27話 成果報告
食堂に戻ると、三人はまだ同じ席にいた。
ルークの煮込みは、ほとんどなくなっている。
レオンの杯も空に近い。
セレスは、俺の皿を自分の方へ寄せていた。
パンが残っている。
無事だった。
かなりありがたい。
俺が席に戻ると、三人の視線が一斉に向いた。
俺の顔を見ている。
自分でどんな顔をしているのかは分からないが、なんとも言えない顔なんだろう。たぶん。
「……何て顔してんだよ」
ルークが言った。
「俺にも分からん」
「本人が分かんねえ顔で戻ってくんな」
「マルクス帰りだぞ。分かる顔で戻れると思うか?」
「思わねえな」
即答だった。
「それで?」
レオンが少し身を乗り出す。
俺は、少しだけ考えてから言った。
「二つある。まず朗報。俺たちは、解散しなくていいらしい」
三人の空気が、一瞬止まった。
ルークが目を瞬かせる。
レオンは静かに息を吐く。
セレスは、ほんの少しだけ目元を緩めた。
その反応を見て、俺はようやく理解した。
俺だけではなかった。
やはり、三人もそこを気にしていたのだ。
「そして、もう一つ。悲報」
緩みかけた空気が、そこで止まる。
「俺の問題が増えた」
今度は、俺以外の三人がなんとも言えない顔になった。
「……なんだそりゃ」
ルークが困惑気味に言った。
「確認しに行ったんだよな?」
「行った」
「で、問題が増えた?」
「増えた」
「なんだそりゃ」
「俺もそう思う」
「どういうことだよ」
ルークは困ったような顔のまま、匙を皿に置いた。
レオンが、少しだけ考えるように目を細める。
「増えた、というのは?」
「正確には、増えてないらしい」
「らしい?」
「元からあったものが見えただけだってさ」
ルークの顔が、さらに嫌そうになった。
「もっと悪いな」
「俺もそう思う」
「だから、お前が思うなって」
セレスが静かに口を開いた。
「何て言われたの?」
俺は少しだけ黙った。
そのまま口にすると、またマルクスの前に立たされている気分になりそうだった。
だが、言わないわけにもいかない。
「一瞬の余裕を作るだけなら、もうできる。問題は、その先だって」
三人が黙った。
「その余裕で、誰に何を選ばせるか。俺はそこまで作れていない、と」
言葉にすると、改めて嫌な話だった。
できていないことを、自分の口で言うのは、なかなか気分が悪い。
ただ、言わなければ見えない。
見えなければ、また同じところで引っかかってしまう。
セレスの視線が、静かに細くなった。
言葉の奥にあるものを、確かめるような目だった。
「誰が、何を選べるか」
「そう」
俺は頷いた。
「状況そのものを見るんじゃなくて、その状況で誰が何を選べるかを見る。次はそこらしい」
ルークは椅子の背にもたれた。
「また面倒なこと言われてんな」
「本当にな」
「でも」
レオンが静かに言った。
「次の段階へ進む、ということでもある」
「たぶん」
俺は短く答えた。
たぶん、そうだ。
マルクスは、解散させる理由はもうないと言った。
少なくとも、この四人で続けることまでは否定されていない。
でも、それで終わらせる気はない。
あいつは、安心させる時でさえ、必ず次の釘を刺してくる。
本当に性格が悪い。
いや、教官としては正しいのかもしれない。
それがまた嫌だった。
「他には?」
セレスが聞いた。
「パーティは、駄目ではない」
俺は、マルクスの言葉をできるだけそのまま戻した。
「でも、駄目ではないことと、勝てることは違う。勝てることと、生き残れることも違う」
三人の表情が、少しだけ変わった。
さっき緩みかけた空気が、そこでぴたりと止まった。
「……嫌な続きを付けるなよ」
ルークが言った。
「マルクスの言葉だからな。だいたい後味が悪い」
「でも、分かるわ」
セレスが言った。
その声は、落ち着いていた。
「昨日、私たちは負けた。でも、それだけで終わりではない。勝てる相手と、勝たなければならない相手は違うもの」
「急に重いこと言うなよ」
ルークが顔をしかめる。
「さっきまで煮込みの話してたんだぞ」
「先に重い話を持ち帰ったのはアレンよ」
「俺か」
「ええ」
否定できなかった。
レオンが少し笑う。
「でも、マルクスの言葉は厳しいけれど、筋は通っていると思う」
「どのへんが?」
ルークが聞いた。
「僕たちは、昨日の演習で少しは形を示した。だから、解散する理由はなくなった」
レオンは一度言葉を切った。
「でも、形があることと、それで勝てることは別だ。まして、実戦で生き残れるかどうかは、もっと別の話になる」
「……まあな」
ルークは不満そうにしながらも、否定はしなかった。
こいつは軽いようで、そういうところは外さない。
自分の身体を前に出す役目を、軽く見ていない。
だからこそ、分かるのだろう。
勝てるかどうかと、生き残れるかどうかは違う。
たぶん、俺よりも。
「つまり」
ルークは俺を見た。
「パーティは続けていい。でも、お前はまだ全然足りねえって言われたわけか」
「ざっくり言うとそうなる」
「ざっくり言わなくても、ひでえな」
「本当にな」
「で、お前は何て返したんだよ」
「考えますって」
「真面目か」
「Fake itは地雷臭がしたからな」
ルークは納得したように頷いた。
マルクス相手に軽口で返すには、命がいくつも必要だ。
俺の命は一つしかない。
今のところ、大切に扱いたい。
セレスが、俺の皿を少し押し戻した。
「パン、残しておいたわ」
「本当に助かる」
「ルークが一度見ていたから」
「おい」
ルークが顔を上げた。
「見てただけだろ」
「見ていたわね、物足りなそうに」
「見ていたね」
二人から言われて、ルークがむくれる。
「見るくらいいいだろ」
「前科がある」
「ねえよ」
「あるわ」
「あるね」
「お前ら、今日やけに息合うな」
「パーティだからね」
レオンがさらりと言った。
ルークは一瞬だけ黙った。
それから、少し気まずそうに皿へ視線を戻す。
「……まあ、そうだな」
短く言って、煮込みの残りを口に運ぶ。
少し冷めていたのか、顔をしかめた。
「冷めた」
「俺のせいか?」
「お前のせいだろ」
「まあ、それはそうね」
「セレスまで」
「話を持ち帰ったのはアレンだから」
「正論で殴るのはやめよう」
俺は残っていたパンを手に取った。
冷めている。
少し硬い。
だが、ちゃんと味はした。
昨日負けても、昼は来る。
怒られても、飯は残る。
問題は片づいたようで、片づいていない。
でも、少なくとも。
この四人で続ける理由は、まだ残っている。
それは、悪くない。
と言うより、思った以上に気分はいい。
「で」
ルークが言った。
「午後は何だっけ」
「知らない」
俺は答えた。
「午前の講義も半分聞いてなかったしな」
「お前、真面目な顔で何してんだよ」
「真面目に別のことを考えてた」
「一番駄目なやつだろ」
レオンが苦笑する。
セレスが静かに言った。
「午後、何か通達があるとは聞いたわ」
「通達?」
俺は眉をひそめた。
嫌な予感がする。
この学校で、通達という言葉が明るかったことはあまりない。
「内容は?」
「まだ」
「誰から?」
「マルクス教官から」
俺は、食べかけのパンを見た。
さっきまでマルクスのところにいて、今戻ってきた。
そして午後も、またマルクスから何かがあるらしい。
つまり、昼飯を挟んでも、マルクスは終わらないらしい。
「……今日、マルクス多くないか?」
「多いな」
ルークが真顔で頷いた。
「朝から聞きたい名前じゃねえし、昼に聞く名前でもねえ」
「午後にも聞くらしい」
「最悪だな」
「本当にな」
俺はパンを口に入れた。
冷めていて、少し硬い。
でも、ちゃんと味はした。
解散しなくていい。
それは分かった。
勝てるかは別。
生き残れるかも別。
それも分かった。
そして午後には、たぶんその続きを聞かされる。
昼休みというものは、もう少し休ませる時間ではなかっただろうか。
「まあ」
ルークが匙を置いた。
「解散しなくていいなら、今日はそれでいいだろ」
「軽いな」
「お前に言われたくねえよ」
それはそうだった。
レオンが席を立つ。
「行こうか。通達なら、遅れない方がいい」
「マルクス相手に遅れるのは嫌だな」
「怒られる理由を自分から増やしたくはないわね」
セレスの言葉に、俺は深く頷いた。
本当にその通りだ。
俺たちは盆を片づけ、食堂を出る。
昨日負けた。
今日、解散しなくていいと言われた。
でも、勝てるとは言われていない。
生き残れるとも言われていない。
なら、次に来るものは、たぶんその話だ。
食堂のざわめきが背中に遠ざかっていく。
俺は、隣を歩く三人を見た。
レオン。
ルーク。
セレス。
この四人で続けていい。
まずは、それだけ分かった。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
分からないが、少なくとも。
今度は、一人で聞きに行くわけではない。
それだけで、少しだけましだった。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




