表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/28

第26話 まったくどういうことだ

職員室横の小部屋へ向かう廊下は、いつもより長く感じた。


別に、廊下が伸びたわけではない。


俺の足が、微妙に行きたがっていないだけだ。


食堂からは、かなり軽く飛び出した。


という事で、行ってくる。


我ながら軽かった。


軽すぎた。


だが、あのくらい軽く言わないと立ち上がれなかった気もする。


冷静に考えれば、これから向かう先はマルクスのところである。


冷静に考えるべきではなかった。


俺は小部屋の前に立った。


扉は、いつも通りそこにある。


何度見ても、入りたいと思わせる要素がない。


頑丈そうな木の扉。

無駄のない取っ手。

中にいるであろう、無駄に厳しい教官。


できれば、このまま踵を返したい。


だが、ここで戻ったら、ルークに一生言われる。


それは嫌だ。


かなり嫌だ。


俺は息を吐いて、扉を叩いた。


「入れ」


返事が早い。


最悪だ。


いた。


俺は扉を開けた。


「失礼します」


部屋の中には、やはりマルクスがいた。


机の上には書類が積まれている。

その前で、マルクスは何かを書いていた。


こちらを見上げた顔は、昼でも相変わらず厳しい。


この人は、食後に少し機嫌がよくなったりしないのだろうか。


しないのだろう。


「何だ」


「確認したいことがあります」


「言え」


短い。


いつも通りである。


俺は扉を閉め、部屋の中に一歩入った。


近づきすぎると逃げにくい。

遠すぎるとそれはそれで怒られそうだ。


俺は中途半端な位置で止まった。


「俺たちのパーティについてです」


マルクスの目が、書類からこちらへ移った。


その時点で、少し帰りたくなる。


「それがどうした」


「昨日、カイルの班に負けました」


「そうだな」


「勝てませんでした」


「見ていた」


「その上で、俺たちは……解散した方がいいんですか」


言った。


言ってしまった。


部屋の空気が止まった気がした。


マルクスは、何も言わずにこちらを見ている。


怒っている、というより。


呆れている。


いや、違う。


何を今さら、という目だ。


目で言うな。


できれば声に出すな。


「お前は」


マルクスが言った。


出した。


「まだそんなことも分かっていなかったのか」


思ったより刺さった。


「……確認です」


「解散させる理由は、もうない」


俺は黙った。


一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。


「……はい?」


「聞こえなかったか」


「聞こえました」


「なら返事をしろ」


「いや、そうじゃなくてですね」


俺は額に手を当てた。


何だ。


何だこれは。


思っていた答えと違う。


いや、悪い答えではない。


むしろ良い答えだ。


良い答えのはずだ。


なのに、何かがおかしい。


「解散しなくていいんですか?」


「そう言った」


「俺たち、昨日負けましたよ」


「だから何だ」


だから何だ。


すごい。


こちらとしては、そこがかなり大きな問題だったのだが、マルクスの中では違ったらしい。


「勝敗は見ていた」


マルクスは言った。


「お前たちは負けた。カイルの班の方が上だった。それは事実だ」


「はい」


「だが、お前たちは何もできなかったわけではない」


机の上で、マルクスの指が書類を一度叩いた。


「相手の動きは崩した。誘導にも気づいた。止まりかけた流れを、一度はこちらに戻した。そこまではできていた」


褒められている気はしない。


事実確認をされているだけだ。


だが、その事実確認だけで、胸の奥が少し緩む。


「強い者を並べただけの寄せ集めではなくなった。少なくとも、そう示すだけの動きはした」


俺は、そこでようやく息を吐いた。


胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ外れる。


この四人でいることまでは、否定されていない。


まずは、それだけでよかった。


「じゃあ、言ってくださいよ」


口が勝手に動いた。


マルクスの目が細くなる。


まずい。


だが、もう遅い。


「一言もそんなこと言わなかったじゃないですか」


「言う必要がなかった」


「ありますよ。かなりありますよ。こっちは結構、重く受け止めてたんですけど」


「重く受け止めることと、正しく受け止めることは違う」


嫌な言葉だった。


しかも、だいたい正しい。


「察するに、お前は、負けたことと、自分が未熟であることと、パーティの可否をまとめて一つにしていたな?」


マルクスは淡々と言った。


「視野が狭い」


刺された。


分かっていたことを、マルクスの声で言われると痛い。


「だから視野が狭いというのだ」


二回刺された。


「……おかしい」


「何がだ」


「パーティの問題を確認しに来たら、俺の問題が増えました」


「増えてはいない。元からあったものが見えただけだ」


「もっと嫌です」


マルクスは表情を変えなかった。


少しは笑ってもいいと思う。


いや、笑われたらそれはそれで腹が立つが。


「お前たちは、駄目ではない」


マルクスは言った。


短い言葉だった。


だが、それだけで少しだけ息がしやすくなる。


「だが、駄目ではないことと、勝てることは違う」


息が止まった。


「勝てることと、生き残れることも違う」


部屋の空気が、さっきより重くなった。


自然大陸。


その名前は出ていない。


だが、そこへ続いているのは分かった。


「昨日のお前は、崩れかけた場面を一度だけ立て直した」


マルクスが続ける。


「それ自体は悪くない」


悪くない。


この人の口から出ると、だいぶ高評価に聞こえる。


だが、ここで喜ぶと、たぶん死ぬ。


「だが、そこで終わっている」


やはり来た。


「一瞬の余裕を作るだけなら、もうできる。問題は、その先だ」


マルクスの声は淡々としていた。


「その余裕で、誰に何を選ばせるか。お前はそこまで作れていない」


俺は黙った。


昨日の場面を思い出す。


中央の札。

ルークの前へ出る力。

レオンの判断。

セレスの声。

相手の誘導。


そして、カイルが最後に場を狭めていった感覚。


俺は、崩れかけた場面を一度だけ立て直した。


でも、そこから誰に何を選ばせるのかまでは作れていなかった。


「次に見るべきものは、状況そのものではない」


マルクスは言った。


「その状況で、誰が何を選べるかだ」


分かった。


そう言いかけた。


だが、喉元で止まった。


まだ分かっていない。


たぶん、ここで分かった顔をしたら、また同じことになる。


「……考えます」


俺がそう言うと、マルクスは短く頷いた。


「そうしろ」


終わり。


そういう空気だった。


俺は頭を下げ、部屋を出ようとした。


扉に手をかけたところで、背中に声が落ちる。


「アレン」


「はい」


「安心したなら、油断するな」


嫌な釘の刺し方だった。


「安心する暇もなかったんですけど」


「ならいい」


よくない。


まったくよくない。


俺は小部屋を出て、扉を閉めた。


廊下に出ると、昼の食堂のざわめきが遠くから聞こえた。


問題は一つ片づいた。


片づいたはずだった。


だが、手元には別の問題が乗っている。


しかも、増えたわけではないらしい。


元からあったらしい。


「……まったくどういうことだ」


俺はそう呟いて、食堂へ戻ることにした。


ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ