第25話 ちょっと行ってくる
翌朝。
俺は、いつもより早く目を覚ました。
別に、気持ちよく目覚めたわけではない。
むしろ逆だ。
眠りが浅かったせいで、頭の奥が重い。
身体もだるい。
昨日の演習で走り回った疲れが、まだ残っている。
それでも、目は覚めた。
非常によろしくない。
こういう日は、布団の中で世界を拒絶するに限る。
だが、今日はそれをする気にもなれなかった。
天井を見る。
白い。
当たり前だ。
寮の天井が、朝起きたら急に青空になっていたら困る。
そんなことを考えている時点で、たぶん俺は現実逃避をしている。
頭の中に、昨日の声が残っていた。
お前、パーティを殺しているな。
カイル・レイフォード。
規律正しくて、姿勢が良くて、言うことはだいたい正しくて、ついでにこちらの急所を正確に刺してくる嫌な奴。
あいつの声が、妙に耳に残っている。
腹が立つ。
腹が立つが、言い返せないのがもっと腹立たしい。
俺たちは負けた。
中央の札は取った。
一度は流れを作った。
補助も入れた。
相手の誘導にも、たぶん気づけていた。
だが、勝てなかった。
最後の最後で、カイルの班に奪い返された。
結果だけ見れば、敗北だ。
そして俺は、あの場で何かが足りなかった。
誰を動かすのか。
何を選ばせるのか。
そこまで作れていなかった。
「……重い」
自分で言って、自分が嫌になった。
朝から考えることではない。
朝はもっと、今日は休みにならないかな、とか、食堂のパンが昨日より柔らかいといいな、とか、そういう平和なことを考えるべき時間である。
俺は寝台から身体を起こした。
隣の寝台では、ルークがまだ寝ている。
実に腹立たしいほど気持ちよさそうだった。
こいつの人生には、悩みという概念がないのだろうか。
いや、あるにはあるのだろう。
ただ、寝る時は寝る。
そういうところは、少し羨ましい。
俺は支度を済ませ、部屋を出た。
◇
食堂は、いつも通り騒がしかった。
皿が置かれる音。
椅子を引く音。
朝から元気な連中の声。
眠そうな連中の呻き。
どれも昨日と変わらない。
カイルに負けたからといって、食堂の味が変わるわけではない。
世界は案外、他人の敗北に興味がない。
それはそれでありがたい。
俺は盆を持って、いつもの席へ向かった。
すでにレオンとセレスが座っていた。
レオンはいつも通り、姿勢よく食事をしている。
セレスも静かにスープへ口をつけていた。
いつも通りに見える。
二人の視線がこちらへ向く。
「おはよう、アレン」
レオンが言った。
「おはよう」
「早いね」
「目が覚めた」
「珍しい」
「そこは、健康的だね、くらい言ってくれてもいいんじゃないか」
「健康的には見えないかな」
正直である。
俺が席に着くと、セレスがこちらを見た。
「眠れなかったの?」
「寝たよ」
「浅そう」
「真視って睡眠の質まで見えるのか?」
「顔に出ているわ」
「それは困る」
「出している方が悪いと思う」
厳しい。
俺はパンをちぎった。
昨日より硬い。世界は俺に優しくない。
「ルークは?」
レオンが聞いた。
「寝てる」
「起こさなかったのかい?」
「起こす理由がない」
「授業があるよ」
「それは俺の責任じゃない」
「友達だろう?」
「友達だからこそ、自分で起きる力を信じてる」
セレスが、ほんの少しだけ目を細めた。
「起きないと思うわ」
「俺もそう思う」
「信じていないじゃない」
「信じることと予想は別だ」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
レオンが小さく笑う。
その笑い方で、少しだけ食堂の空気が戻ったように思えた。
そうして1日が始まった。
◇
午前の講義は、冒険者制度についてだった。
正直、内容としては聞いたことがある。
冒険者ランク。
受注できる依頼の範囲。
危険区域への立ち入り制限。
依頼失敗時の報告義務。
そして、任務における達成条件と撤退判断。
どれも大事だ。
大事なのだが、今の俺の頭にはあまり入ってこなかった。
黒板に書かれた文字は見えている。
教官の声も聞こえている。
けれど、意味が形になる前に、別の言葉が割り込んでくる。
お前、パーティを殺しているな。
だが、すべてが後手だ。
ずっと同じ言葉が頭を回っている。
なぜ、あの時。もっと、こうしていれば。
そんなことばかりだ。
俺は机の上で筆を転がした。
昨日の演習を思い出す。
中央の札。
遮蔽物。
相手班の配置。
カイルの視線。
レオンの踏み込み。
ルークの背中。
セレスの短い声。
あの時、俺には何が足りなかったのか。
流れは作った。
間も作った。
でも、その先に誰を置くのかを決めていなかった。
だからカイルにも負けた。
お前が遅い。お前が迷う。お前が何も決められない。
結局、俺か。
俺の未熟さか。
…
……
………
あれ?
俺?
なんだ?これ。ちょっと違わね?
何が違うのかは分からないまま、俺は大きな違和感に震えた。
いや、違わないんだけども。
俺が足を引っ張ったのかもしれないけれど。
それでも、そこか?という心の声が聞こえた気がした。
そもそも、この演習はなんだ。
演習の目的はなんだ?
赤い札を敵に取られず持ち帰ること。
それは演習内容の目的だ。
そもそもなんで、この演習が設定されたんだ?
一気に雲が晴れた気がした。
パーティとして成立することの証明だ。
元々は、欠陥パーティだ、再編成しろと言われたことだ。
いつの間にかパーティの完成度を上げること、つまりは俺の貢献度を上げることに話がすり替わっていたが。
昨日の演習は、負けた。
だが、それ即ちパーティとして欠陥があるということではない気がする。
あれ?問題解決してね?
◇
「という事なんだが、どう思う?」
昼休みの食堂。
俺はいつもの席で、いつもの三人に意見を求めた。
レオンは水の入った杯を持ったまま、少しだけ止まっている。
セレスは静かにこちらを見ていた。
ルークは、肉の入った煮込みを口に運びかけた姿勢で固まっていた。
「……おい、何の話だ。雑すぎねーか?」
「俺の午前中の成果だ」
「いやだから、急なんだよ。こっちは途中参加だぞ」
「最初から説明しただろ」
「したけどよ。お前の午前中を一気に食堂へ持ち込むな。飯が追いつかねえ」
「飯は関係ないだろ」
「ある。俺は今、煮込みとお前の話を同時に処理してる」
「器用だな」
「器用じゃねえから文句言ってんだよ」
ルークは匙を皿に戻した。
不満そうな顔ではある。
けれど、完全に拒んでいるわけではなかった。
レオンが、ゆっくりと杯を置く。
「つまり、昨日の敗北は、僕たちのパーティが成立していない証明ではないんじゃないか。アレンはそう考えたんだね」
「そう、それ」
「そこだけ聞くと、筋は通っていると思う」
「だよな」
俺は頷いた。
思っていたより、声が軽く出た。
朝からずっと胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ場所を変えたからかもしれない。
消えたわけではない。
カイルに負けたことも、俺が足りなかったことも、何も消えていない。
ただ、まとめて同じ箱に放り込むものではなかった。
昨日の負け。
俺の未熟さ。
このパーティが駄目なのかどうか。
それは似ているようで、別の話だ。
それだけで、少し息がしやすくなった。
「でも」
セレスが口を開いた。
「確認は必要ね」
「そうなんだよ」
俺はパンを一口で片づけた。
朝より柔らかい。
昼の世界は少しだけ優しい。
「という事で、行ってくる」
俺は盆を持って立ち上がった。
「軽いな!?」
ルークが声を上げる。
「重く行ったら帰りたくなるだろ」
「軽く行っても帰りたくなるだろ。相手マルクスだぞ」
「それはそう」
「納得すんなよ」
「じゃ、骨は拾ってくれ」
「だから死ぬ前提で行くなって」
ルークの声を背中で聞きながら、俺は片手を上げた。
振り返らない。
振り返ると、たぶん少しだけ足が重くなる。
食堂のざわめきの中を抜けて、出口へ向かう。
皿の音。
椅子を引く音。
誰かの笑い声。
昨日負けても、昼は来る。
悩んでいても、飯は出る。
そして俺は、これからわざわざマルクスのところへ行く。
冷静に考えると、かなり嫌だ。
だが、冷静に考える前に立ち上がってしまった。
たまに、自分の行動力が恨めしい。
それでも足は止まらなかった。
今聞かないと、たぶんまた同じところで引っかかる。
俺は食堂の出口を抜けた。
◇
アレンの背中が食堂の人波に消えてから、しばらく三人は黙っていた。
最初に息を吐いたのは、ルークだった。
「……何だったんだ、今の」
「アレンの午前中の成果、らしいね」
レオンが言った。
「だから、こっちは途中参加だっての」
ルークは不満そうに言い、煮込みを一口食べた。
それから、匙を止める。
「……でも、言われてみればそうだよな」
「ええ」
セレスも頷いた。
「昨日の負けと、このパーティが駄目かどうかは、同じではないわ」
「負けたのは負けたけどよ。それで即、この四人が駄目って話にはならねえ」
「むしろ」
レオンが杯を置いた。
「そこを同じものとして扱っていたから、僕たちは身動きできなくなっていたのかもしれないね」
ルークは少しだけ黙った。
「……ああ。負けたから駄目なのか、足りねえから駄目なのか、そもそもこの四人が駄目なのか。全部一緒にしてた気はする」
「昨日の負けは重いわ」
セレスが静かに言った。
「でも、それだけで、この形を否定する理由にはならない」
「だな」
ルークは短く答えた。
その声には、さっきまでの軽い調子だけではないものが混じっていた。
レオンは、アレンが出ていった方へ目を向ける。
「アレンは、自分の問題として考えていた。でも、混ざっていたのはアレンだけじゃない。僕たちも同じだったんだと思う」
「それで、あいつだけ先に気づいて、勝手に行ったわけか」
ルークは呆れたように言った。
「軽すぎるだろ。マルクスに聞きに行くんだぞ。普通もうちょっと嫌がるだろ」
「嫌がってはいたと思うわ」
セレスが言う。
「でも、逃げる気はなさそうだった」
「何で分かるんだよ」
「そういう顔だったから」
「真視って便利だな」
「真視じゃなくても、少し分かると思うわ」
レオンが小さく笑った。
「そうだね。逃げたい顔はしていた。でも、逃げる顔ではなかった」
「お前ら、アレンの顔に詳しすぎねえ?」
「一緒にいるからね」
「一緒にいるからよ」
また、声が揃った。
ルークは少し嫌そうに二人を見る。
「仲良しかよ」
「パーティだからね」
レオンが言う。
その言葉に、ルークは少し黙った。
それから、皿に視線を戻す。
「……まあ、そうだな」
短く言って、煮込みを口に運ぶ。
少し冷めていたのか、ルークは顔をしかめた。
「冷めた」
「アレンのせいね」
セレスが言った。
「まあ、あいつのせいだな」
「戻ってきたら文句を言うのかい?」
「言う」
ルークは即答した。
「ついでに、何て言われたかも聞く」
「うん」
「ええ」
セレスは、アレンの皿に残っていたパンを見た。
ルークの視線が、自然にそちらへ動く。
セレスが皿を自分の方へ寄せる。
「これは残しておくわ」
「まだ何も言ってねえだろ」
「顔に出ていたわ」
「俺も出るのかよ」
「かなり」
ルークは不満そうに匙を動かした。
レオンが笑う。
食堂のざわめきは、相変わらず続いている。
昨日負けても、昼は来る。
アレンがまた面倒な場所へ向かっていても、食堂はいつも通りだった。
ただ、三人の視線は、時々、食堂の出口へ向いていた。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




