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第24話 正解では足りない

そしていよいよ、三回目の演習日が来た。


あの日、レオンたちに検証へ付き合ってもらってから、俺は自分なりにスキルと向き合ってきた。


これだ、と言い切れるほどではない。


それでも、その場にいる誰かの意図へ目を向けると、以前よりFake itが引っかかるようになった気はする。


気がする、だけかもしれないが。



「三度目だ」


訓練場に立ったマルクスは、相変わらず声が低かった。


目の前には、俺たち四人。


アレン・ヴァイス。


レオン・ヴェルク。


ルーク・ガルド。


セレスティア・アルト。


その向こうに、もう一組の班が並んでいる。


今回は、魔物役の人形ではない。


同学年の別班との対抗演習だった。


「目標は単純だ」


マルクスが、訓練場の中央を指す。


石の台座がある。


その上に、赤い札が置かれていた。


「中央の札を確保し、自陣まで持ち帰れ。相手も同じ条件だ。制限時間は十分。相手を倒す必要はない。だが、妨害は許可する」


「倒さずに止めろってことか」


ルークが小声で言った。


「今回見られるのは、力押しじゃないってことだね」


レオンが小さく返す。


「分かりやすく嫌な演習だな」


俺がそう言うと、ルークが小さく笑った。


マルクスの目がこちらに向く。


俺たちは全員、黙った。


「魔法の使用は許可する。ただし、殺傷力の高いものは禁止だ。補助、妨害、防御、拘束までに留めろ」


補助。


その言葉に、俺は意識を向けた。


前回の演習で、俺が作るべきものは分かった。


一拍の余裕。


問題は、その一拍の先だった。


「相手班の指揮は、カイル・レイフォードだ」


マルクスがそう言った時、相手班の先頭に立つ生徒が一歩前に出た。


整った姿勢。


乱れのない制服。


まっすぐこちらを見る目。


ただ、その目は、俺ではなくレオンへ向いていた。


「レオン・ヴェルク」


カイルは、レオンに向かって言った。


「君とは、一度演習で当たりたいと思っていた」


「僕もだよ、カイル」


レオンは穏やかに答える。


知り合いなのか。


そう思ったところで、カイルの視線が俺に移った。


空気が、少しだけ鋭くなる。


「それから、アレン・ヴァイス」


「俺も名指しか」


「当然だ。お前の噂は聞いている」


「いい噂なら歓迎する」


「分かった顔で場をやり過ごすのが上手い、という噂だ」


歓迎できない方だった。


カイルの表情は動かなかった。


「俺は、お前のその軽さが嫌いだ」


はっきりと言われた。


あまりにはっきり言われたので、逆に感心しそうになった。


「レオンほどの人間が、なぜお前と組んでいるのか理解できない」


カイルはそう言うと、一瞬だけレオンへ視線を戻した。


敬意があるのは分かる。

その分、俺がそこにいるのが気に入らないらしい。


次の瞬間、あとは興味ないとばかりに背を向けていた。


「なるほど。嫌われてるわけじゃなさそうだ」


横でルークが目を剥いた。


「お前、今のどっからどう見ても嫌われてたじゃねーかよ」


「嫌いなのは俺じゃなくて軽さだろ」


「屁理屈だろ、それ」


「初対面だぞ。悪しざまに嫌われてたまるか」


「おいアレン、そういうとこだぞ?」


俺は肩をすくめた。


「ここ数日、Fake itを磨いた俺だぞ? 間違いないね」


本気さの欠片もない声でそう言って、俺は正面へ向き直った。


開始位置に立つ。


訓練場は広い。


中央の台座まで一直線に走れば最短距離だ。


だが、途中には低い壁や木製の障害物が置かれている。


見通しは悪くない。


一方で、遮るものは多い。


札を取るだけなら、短期決戦だ。


取って、戻る。


それだけ。


だが、その「それだけ」を相手が黙って見ているはずがない。


「全員、身体強化。強めに。一気に行くぞ」


俺の声に、三人が短く頷く。


「不足は俺が補う。飛ばしていい」


次の瞬間、それぞれの身体に魔力が巡った。


ルークが足を鳴らす。


レオンが剣の柄に手を添える。


セレスは、相手班の配置を確かめる。


俺は息を吐いた。


補助魔法を用意する。


強くかける必要はない。


強くかければ、魔力を食う。


今必要なのは、足りない一瞬に差し込む補助だ。


相手が動く。


こちらも動く。


その間に、置く。


止まりかけた流れに、一拍を作る。


それが、今の俺の仕事だ。


問題は、その一拍の先だった。


「始め」


マルクスの声が飛んだ。


ルークが飛び出した。


速い。


強めの身体強化を乗せた分、初速が違う。


レオンが半歩後ろから続く。


俺は二人の斜め後ろ。


セレスは少し距離を取り、全体を見られる位置へ入った。


相手班も動く。


カイルは走らない。


中央へ出る仲間に短く指示を飛ばし、自分は後ろで全体を見ている。


先に札へ走ったのは、こちらだ。


だが、先手を取れた感じはしなかった。


相手の配置が、すでにこちらを待っている。


中央へ最短で進む道。


右から抜ける道。


左の遮蔽物を使う道。


その全部に、薄く手が伸びているように見える。


「左、空いてるぞ!」


ルークが言う。


左側の遮蔽物は、確かに空いている。


札までの距離は少し長いが、視線を切れる。


普通なら、悪くない。


けれど。


空いているというより、空けられている。


「左は駄目だ」


俺は言った。


「誘われてる感じだ」


「また感じかよ」


ルークはそう言いながら、もう右へ体を向けていた。


「外したら文句言うぞ」


「外してなかったら?」


「もっと早く言えって文句言う」


「理不尽だな」


レオンが俺の言葉を引き継ぐ。


「右から行く。ルーク、速度は落とさないで。アレン、補助を」


「了解」


俺はルークの足元へ、薄く補助を差し込む。


強化ではない。


踏み込みの負荷をほんの少しだけ逃がす。


ルークの身体が、右へ滑るように曲がった。


「お、いいなこれ!」


「調子に乗るなよ」


「無理だな!」


その瞬間、相手の一人が地面に手をかざした。


土魔法。


地面が盛り上がる。


ルークの進路を塞ぐつもりだ。


俺は魔力を薄く伸ばした。


止めるほどの力はない。


ただ、土が盛り上がる流れに、斜めから引っかける。


土壁の発動が、一拍だけ乱れた。


「跳べ!」


俺が言うより早く、ルークはもう地面を蹴っていた。


「言うの遅え!」


「跳んでるならいいだろ!」


「まあな!」


土壁の端を蹴り、ルークがさらに前へ出る。


相手の妨害役が、反射的にルークへ身体を向けた。


その隙を、レオンは逃さなかった。


ルークが開けたわずかな進路へ、レオンが滑り込む。


相手の妨害役が、レオンの前に出た。


剣は抜かない。


半歩、レオンの進む先へ身体を置くだけ。


それだけで、台座までの最短の線が消えた。


だが、レオンも止まらない。


最短を塞がれたなら、次に短い道を選ぶだけだ。


身体強化を乗せた踏み込みで相手の肩を避け、半歩外から台座へ滑り込む。


「正面、詠唱」


セレスの声が通った。


相手の一人が拘束魔法を準備している。


ルークがそのまま突っ込めば、足を取られる。


「ルーク、三歩待て!」


「三歩って何だよ!」


言いながら、ルークは止まった。


止まったというより、足を踏み直した。


その一拍で、俺は補助魔法を差し込む。


ルークの膝にかかる負荷を逃がす。


急停止の反動が、僅かに軽くなる。


同時に、相手の拘束魔法が空を切った。


「助かった!」


ルークが叫ぶ。


札はまだ中央にある。相手は崩れていない。


だけど、確かにこちらが飲まれかけた流れを止めた。


その手応えはあった。


レオンが札へ手を伸ばす。


相手の妨害役が割り込む。


右側に、逃げ道のような空間が開いた。


こっちへ抜けろ。


そう言われているような気がする。


「レオン、右は罠!」


レオンは足を止めるのではなく、剣の柄で相手の腕を払うように押し、左へ身体を入れ替えた。


札までの道が開く。


いける。


レオンの指が、赤い札に触れた。


「取った!」


ルークが叫ぶ。


「まだだ!」


札はレオンが取った。


だが、自陣へ戻らなければ勝ちではない。


そして、カイルはそこで待っていた。


「退路を塞げ!」


カイルの声が飛ぶ。


相手の二人が同時に動いた。


一人が土魔法で、こちらの帰還路を狭める。


もう一人が、セレスの視線を切るように土煙を上げた。


上手い。


札を取らせて、戻り道に先手を置いていた。


「セレス!」


俺は叫びながら、土煙に向けて魔力を散らす。


風ではない。


視界を完全に晴らすほどの力はない。


少しだけ、土煙の濃い部分を削る。


セレスの視線が通る。


「左後方、拘束」


セレスの声。


レオンが反応する。


だが、遅い。


札を持っている分、動きがわずかに重い。


俺はレオンの足元へ補助を入れようとした。


その時、正面が空いた。


自陣へ向かう最短の道。


普通なら、そこへ走る。


けれど、その空き方が妙だった。


開いたのではない。開けられている。


こっちへ来い。


そう言われているような気がした。


「正面は――」


言い切る前に、ルークが前へ出た。


「こじ開ける!」


ルークなら、そうする。


カイルはたぶん、それを知っていた。


正面の隙間に、魔法陣が走る。


拘束ではない。


足止めでもない。


ほんの僅かに踏み込みを鈍らせる妨害。


ルークの身体が、半歩だけ遅れる。


半歩。


ただ、それだけ。


だが、札取りではそれで十分だった。


レオンがルークに合わせようとして、戻る速度が落ちる。


俺は補助を重ねようとした。


ルークの踏み込みを戻す。


レオンの体勢を支える。


崩れかけた土魔法の流れを、もう一度乱す。


セレスの視界を少しでも開ける。


一つずつなら、できる。


でも、全部には届かない。


どれか一つを補えば、別のどこかが遅れる。


全部が後手だった。


相手が敷いた状況に、俺は反応させられている。


主導権はずっとカイルの手の上だ。


「レオン、札を投げろ!」


俺は叫んだ。


レオンが一瞬だけこちらを見る。


投げる先は、ルークではない。


俺でもない。


セレスだ。


セレスなら、今の位置から自陣に近い。


本来、セレスは札を持って走る役ではない。


それでも、今はそこしかない。


レオンは迷わなかった。


赤い札が宙を飛ぶ。


セレスが受け取る。


相手の一人が反応する。


俺はその足元へ、妨害を差し込んだ。


遅らせる。


ほんの一瞬。


セレスが走る。


速くはない。


だが、迷いがない。


ルークが相手を押さえに行く。


レオンが帰還路を切り開く。


いける。


そう思った、その時。


カイルが動いた。


ずっと後ろで指揮をしていたカイルが、初めて前へ出る。


速い。


身体強化を温存していたのか。


いや、違う。


最初から、この瞬間に合わせていた。


セレスの進路。


自陣まであと数歩。


その前に、カイルが割り込む。


剣は抜かない。


ただ、進路を塞ぐ。


セレスが止まる。


止まらざるを得ない。


俺は補助を入れようとしたが、間に合わない。


カイルの足元には、すでに土の段差ができていた。


こちらが動く前に、相手の準備が終わっている。


セレスが横へ逃げる。


そこに、相手の拘束魔法が来る。


札が弾かれる。


赤い札が、地面を滑った。


俺とカイルが同時に動く。


届く。


届くはずだった。


俺の指先が、札に触れる。


だが、握る前に、カイルの手が札を押さえた。


「遅い」


短く言われた。


そのままカイルが札を拾い、反転する。


ルークが追う。


レオンも追う。


俺は最後の補助を入れた。


ルークと地面の間に反発を挟む。


一瞬だけ、距離が詰まる。


だが、相手の一人が身体を入れた。


ルークは抜けない。


カイルが自陣へ戻る。


赤い札が、相手側の台座に置かれた。


「終了」


マルクスの声が響いた。


赤い札は、相手側の台座の上にあった。


あと一歩だった。


そう思った。


そう思った瞬間、自分で嫌になる。


あと一歩、なんて言葉は、負けた側にだけ都合がいい。


届かなかった。


それだけだ。


ルークが舌打ちする。


レオンは息を整えながら、何も言わない。


セレスは札の置かれた台座を見ていた。


誰も、すぐには動かなかった。


その沈黙を、カイルが破った。


「その程度か」


俺は顔を上げる。


カイルは、俺ではなくレオンを見ていた。


「レオン・ヴェルクがいて、その程度しかできないのか」


レオンの眉が、わずかに動いた。


次に、カイルの視線が俺へ落ちる。


「お前、パーティを殺しているな」


空気が、少しだけ冷えた。


ルークが一歩前に出かける。


「おい」


「ルーク」


レオンが止めた。


声は静かだったが、いつもより硬い。


俺は口を開きかけて、途中で止まった。


全部が俺の責任だとは思わない。


思わないが、言い返せるほど外れてもいなかった。


レオンは札を持って戻れなかった。


ルークは押し切れなかった。


セレスは最後の数歩で止められてしまった。


そのどれにも、俺の遅れが混じっていた。


「……随分、言ってくれるな」


ようやく出た声は、自分でも驚くほど低かった。


カイルの目が細くなる。


「足を引っ張るな」


短い言葉だった。


その分、はっきりと刺さった。


「レオン・ヴェルクがいる。あのセレスティアもいる。ルークも、前に出るだけの力はある」


カイルの声が、荒くなる。


「それで、なんで負ける」


俺は何も言えなかった。


「お前だろ」


ルークが一歩前に出た。


「おい」


カイルは止まらない。


「お前が遅い。お前が迷う。お前が分かったような顔をして、結局、何も決められない」


視線が、真正面から俺を刺す。


「補助術士?」


カイルは吐き捨てるように言った。


「パーティを殺してるだけだろ」


空気が冷えた。


「てめえ」


ルークが低く言う。


「ルーク」


レオンが止めた。


その声は静かだった。


だが、いつもの柔らかさはなかった。


俺は口を開いた。


何か、軽く返そうとして、何も出てこなかった。


腹も立つ。


でも。


完全な的外れでもなかった。


「そこまで」


マルクスの声で、カイルは口を閉じた。


だが、視線は最後まで俺から外れなかった。


「不合格だ」


マルクスは、いつものように短く言った。


「だが、前よりは見られる」


「状況判断、魔法の阻害、味方への補助。最低限、仕事はした」


最低限。


その言葉が、さっきのカイルの言葉とは別の場所を刺した。


カイルの言葉は乱暴だった。


けれど、マルクスの言葉は荒くない。


荒くない分だけ、逃げ場がなかった。


「だが、すべてが後手だ」


マルクスの視線が俺に向く。


「状況には介入した。だが、状況を有利にはしていない」


俺は何も言えなかった。


赤い札は、相手側の台座に置かれている。


俺は、全部に手を伸ばそうとした。


伸ばした。


けれど、届いたのは一つずつだった。


一つを補えば、別の一つが遅れる。


一つを止めれば、次の一つが進む。


俺が追いかけている間に、カイルは先に状況を作っていた。


「一拍を作るだけでは足りん」


マルクスは言った。


「その一拍で、誰に何を選ばせるか。そこまで作れ」


誰に。


何を。


選ばせるか。


言葉としては分かる。


分かるのに、手の中には何も残っていなかった。


「補助術士?」


カイルの声が、まだ耳に残っている。


パーティを殺しているだけだろ。


俺は、手を強く握った。


いつもなら、何か一つくらい言い訳が浮かぶ。


なのに、今回は浮かばなかった。


赤い札だけが見えていた。


あと一歩ではなかった。


俺が、届かせられなかった。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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