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第23話 正解らしさ

翌日。


俺は、自分のスキルについて真面目に考えていた。


真面目に考えていたのだが。


「分からん」


結論は、それだった。


旧館の資料室で見つけた記録。


いくつもの勢力をまとめ、航路と制度の基礎を作った人物。


その観察記録には、ある時期を境に失敗が消えた、と書かれていた。


見えていないはずのものまで含めて判断しているみたいだ。


レオンは、そう言った。


状況の把握。


判断の再現。


そう言うと、なんだかすごい能力みたいに聞こえる。


だが、それを俺のスキルに当てはめようとすると、途端に分からなくなる。


俺にあるのは、Fake it。


分かったフリ。


どう考えても、立派な言葉とは相性が悪い。


「つまり、何も分からないわけだが?」


食堂の席で、俺はそう言った。


目の前には、レオンとルークとセレスがいる。


いつもの席。


いつもの朝。


ただし、話題だけが少し今朝は真面目だった。


「何ができるか、より先に」


レオンは水の入った杯を置いた。


「何ができないかを考えた方がいい」


「できないこと?」


「そう。できることだけを見ていると、都合よく解釈できてしまうからね」


言い方が妙に研究者っぽい。


父親の影響だろうか。


「たとえば、天気は分からないんだよね?」


「分からないな」


「自然現象には反応しない」


レオンは指を一本立てた。


「物の場所は?」


「試したことない」


「じゃあ試そうぜ」


ルークが妙に楽しそうに身を乗り出した。


「俺がこれを隠す。アレンが当てる」


そう言って、ルークは自分の皿の横にあった豆を一粒つまんだ。


「食べ物で遊ぶなよ」


「検証だろ」


ルークは豆を握り、両手を背中に回した。


「よし、どっちだ?」


右手と左手が俺の前に差し出される。


どちらも同じように握られていて、見た目では分からない。


当然だ。


俺のスキルは、手の中身まで教えてくれるほど親切ではない。


俺は少しだけ目を細めた。


Fake it。


分かったフリ。


俺は分かっている、という顔をする。


分かっているフリなら、昔から得意だった。


「右」


ルークが右手を開く。


空だった。


「外れ」


左手から豆が出てくる。


「ほら見ろ。やっぱり透視じゃないな」


「誰も透視だとは言ってないだろ」


「でも、ちょっと期待した」


セレスが、ほんの少しだけ椅子を引いた。


それから、何度か同じことを試した。


右。


左。


右。


右。


左。


ルークは豆を隠し、俺はそれらしい顔で答える。


結果は、ひどいものだった。


当たった回数は、半分にも届かない。


二択なのに。


確率に負けている。


「これ、目ぇつぶって選んだ方が当たるんじゃね?」


ルークが言った。


「試してみるか?」


「やめろ。余計に傷つくだろ」


レオンは苦笑しながら、机に置かれた豆を見た。


「少なくとも、隠された物の位置を当てる力ではなさそうだね」


「まあ、俺が豆の場所を当てられるなら、もっと楽な人生を選んでる」


「どんな人生だよ」


「落とし物探し専門家とか」


「地味だな」


ルークが笑う。


セレスは黙ったまま、しばらく俺とルークの手元を見ていた。


それから少しだけ首を傾げる。


「もう一回やってみて」


セレスが言った。


「今度は、ルークがアレンに選ばせたい方を決めて。豆を握るのはどちらでもいいわ」


「つまり、豆が入ってない方を選ばせてもいいってことか?」


「ええ」


「それ、意味あるか?」


「分からないわ。だから試すの」


そう言われると、反論しづらい。


ルークはもう一度、豆を背中に回した。


「じゃあ、いくぞ」


両手が差し出される。


右か、左か。


俺は見る。


豆の位置は分からない。


それはさっきと同じだ。


けれど、さっきとは違う感覚があった。


ルークは、豆を隠している。


でも、それとは別に、俺に選ばせたい方がある。


当てろ、ではない。


こっちを選べ。


そんな感じが、妙に引っかかった。


「左」


俺は言った。


ルークが一瞬だけ、嫌そうな顔をした。


それから左手を開く。


空だった。


「外れ」


右手から豆が出てくる。


「また外れじゃねえか」


「ちょっと待って」


レオンが口を挟んだ。


「ルーク。今、アレンにどっちを選ばせたかった?」


ルークは少しだけ黙った。


「……左」


「豆は右にあったのに?」


「引っかけようと思って」


レオンはすぐには結論を出さなかった。


机に置かれた豆を見て、少しだけ考える。


「もう何回か試そう」


「またかよ」


「今度は、豆の場所と、選ばせたい方を毎回変えて」


「面倒くさくなってきた」


「最初に乗ったのは君だよ」


「なら、最初に降りてもいいだろ」


ルークは文句を言いながらも、豆を握り直した。


右手。


左手。


豆がある方。


豆がない方。


選ばせたい方。


選ばせたくない方。


何度か試すうちに、妙なことが分かってきた。


豆の場所を当てようとすると、俺は普通に外す。


それは変わらない。


けれど、ルークが本気で俺にどちらかを選ばせようとした時だけ、感触が変わった。


豆がどこにあるかは、相変わらず分からない。


それでも、ルークの「こっちを選べ」という感覚だけは、妙に引っかかる。


逆に、ルークが適当に片方を思い浮かべただけの時は、何も分からなかった。


思っているだけでは駄目。


こちらに選ばせようとした時だけ、変な重みがつく。


そんな感じだった。


「つまり」


レオンがゆっくり言った。


「アレンは豆の場所を当てているわけじゃない」


「外してるからな」


「でも、ルークが本気で選ばせようとした時、その誘導には反応している」


「誘導?」


「うん。内心を読んでいるわけではないと思う。ただ思い浮かべただけの時は、何も分からなかったんだろう?」


「ああ」


「でも、ルークがアレンに選ばせようとした時は違った」


レオンは豆を指で軽く弾いた。


「相手の考えそのものじゃない。相手が場に出したものに反応しているのかもしれない」


場に出したもの。


その言い方は、少しだけ分かるようで、やっぱり分からなかった。


「思っているだけなら見えない」


セレスが静かに言った。


「でも、選ばせようとした時点で、どちらかへ傾くのかもしれないわ」


傾く。


見えているわけではない。


俺は、さっきの感覚を思い出す。


右でも左でもない。


豆の場所でもない。


こっちを選べ。


そういう流れが、目の前に置かれている感じ。


それは言葉ではない。


表情でもない。


でも、何もないわけでもなかった。


「正解じゃなくて」


セレスが続けた。


「正解に見せたい方、なのかもしれないわね」


正解に見せたい方。


その言葉は、少しだけ気持ちが悪かった。


気持ちが悪いくらい、しっくり来た。


Fake it。


分かったフリ。


俺は、本当の正解が分かるわけじゃない。


でも、誰かが用意した正解らしさには、引っかかる。


誰かが、こちらに選ばせようとしているもの。


誰かが、こう動くだろうと期待しているもの。


誰かが、そう見せたいと思っているもの。


それなら、少しだけ分かるのかもしれない。


「つまりさ」


ルークが急に真面目な顔をした。


「アレンって、賭け事に強いんじゃね?」


「なぜそうなる」


「だって、相手が選ばせたい方が分かるんだろ? じゃあ読み合いには強いじゃん」


「それは違うと思う」


レオンがすぐに言った。


「賭け事には、相手の意図だけじゃなくて、偶然や確率が混じる。豆の場所が分からないなら、カードの位置も、サイコロの目も分からない」


「夢がないな」


「夢で済ませると危ないからね」


レオンは少しだけ真面目な顔になった。


「アレンが拾っているかもしれないのは、結果じゃない。相手が作った誘導や、選ばせたい答えだ」


「でも、イカサマには強そうじゃね?」


「それはあるかもしれない」


「あるのかよ」


「相手の意図が誘導だと分かるなら、ね」


レオンは俺を見る。


「ただし、そこを間違えると危ない。拾ったものが誘導だと分かることと、それが正解だと分かることは違う」


拾ったものが誘導だと分かることと、それが正解だと分かることは違う。


その言葉は、妙に重かった。


「つまり、俺は賭け事で稼げないってことか」


「そこを残念がるの?」


セレスが言った。


「楽できる道があるに越したことはないだろ」


「潰れてよかった道だと思うわ」


「でも、イカサマには強いかもしれないんだろ?」


ルークがまだ諦めていない顔で言う。


「見破る方なら、可能性はあるね」


レオンが答えた。


「じゃあ、賭け場の用心棒とか」


「楽できる道から遠ざかってないか、それ」


俺が言うと、ルークは少し考えた。


「……たしかに」


「その時点で候補から外せ」


ルークは笑った。


笑いながら、また豆を指の上で転がす。


軽い会話のはずだった。


でも、俺の中には、さっきの言葉が残っていた。


拾ったものを、正解だと思い込んではいけない。


正解が分かるわけではない。


結果が見えるわけでもない。


けれど、人が用意した誘導には何かが引っかかる。


その感じは、あまり気持ちのいいものではなかった。


「でも、大きな手がかりだと思う」


レオンが言った。


「どこが?」


「正解を当てる力ではない。少なくとも今の段階ではね」


レオンは指先で机を軽く叩いた。


「でも、人が場に置いた意図や期待には反応する。なら、アレンのスキルは、状況そのものを見るというより、人が作った状況に反応しているのかもしれない」


人が作った状況。


それなら、少し分かる。


天気は分からない。


豆の場所も分からない。


でも、人がいると話が変わる。


思惑がある。


期待がある。


警戒がある。


誘導がある。


口に出していない意図がある。


俺の分かったフリは、そこに引っかかる。


「ただし」


レオンは続けた。


「これは危ない」


「危ない?」


「相手が作った正解らしさにも反応する、ということだから」


俺は嫌な顔をした。


「つまり、誘導に引っかかりやすいってことか?」


「可能性はある」


「最悪じゃねえか」


「でも、分からないよりはいい」


セレスが静かに言った。


「選ばされていると分かれば、少なくとも疑えるもの」


疑える。


正解が分からなくても、疑うことはできる。


それは、今まで考えていなかった使い方だった。


「まあ」


ルークが椅子にもたれた。


「よく分かんねえけど、アレンは人の思わせぶりには強いってことだな」


「まとめ方がひどい」


「でも間違ってなくね?」


「否定しきれないのがさらに嫌だ」


セレスが小さく笑った。


レオンも笑う。


俺だけが、少しだけ複雑な気分だった。


分かったフリ。


Fake it。


その名前は、自分でつけたものだ。


適当に。


半分やけくそで。


けれど、もしかすると。


それは、思っていたよりも嫌味なくらい的を射ているのかもしれない。


その時の俺は、まだ分かっていなかった。


予想が外れたことより、どう外れたかの方が大事だったのだと。


そして、その外れ方が、次の演習で妙な形で役に立つことになる。


役に立つ、というより。


俺を、また少しだけ面倒な場所へ連れていくことになる。


ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

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