第19話 スキル調査開始
スキルについて調べよう。
そう思ったところで、俺は早速行き詰まっていた。
何しろ、何から調べればいいのかが分からない。
Fake it。
分かったフリ。
モノマネスキル。
呼び方だけなら、いくつかある。
けれど、そのどれもが正しい気がしない。
では、何を手がかりに調べればいいのか。
そこから分からない。
分からないことを調べるには、まず何が分からないのかを分かる必要がある。
……最初から詰んでないか、これ。
◇
「というわけで、俺は今、非常に困っている」
昼の食堂。
いつもの席で、俺はそう切り出した。
向かいにはレオン。
その隣にはルーク。
少し遅れて、セレスが盆を持ってやってきた。
「何の話?」
「俺のスキルについて」
「また難しそうな話してるな」
ルークがパンをかじりながら言った。
「難しい話じゃない。難しくなる前に行き詰まってる」
「それはそれで駄目じゃねえか」
「だから相談してるんだろ」
「相談相手の選び方は大事だぞ」
「自分で言うな」
ルークは気にした様子もなく、スープにパンを浸した。
セレスは俺の隣に座ると、盆を置いて首を傾げる。
「スキルの何を知りたいの?」
「それが分からない」
「そこから?」
「そこから」
「思ったより重症ね」
静かな顔で、わりと容赦がない。
「俺としては、自分のスキルが本当に分かったフリなのかを知りたい」
「分かったフリではない可能性があるってこと?」
「たぶん」
「便利ね、たぶん」
「便利だろ」
「今回は少しだけ不便そう」
言い返せない。
実際、不便だった。
何かがありそうなのに、何があるのか分からない。
そういう状態は、分かったフリではどうにもならない。
「スキルについてなら、図書館で調べるのはどうかな」
レオンが言った。
「行った」
「早いね」
「昨日の放課後に少しだけな」
「どうだった?」
「本が多かった」
「図書館だからね」
「分類が分からなかった」
「図書館だからね」
「あと、どれを読めばいいのか分からなかった」
「それは君の問題だね」
レオンが苦笑する。
俺もそこは認めるしかない。
図書館には、スキルに関する本がないわけではなかった。
むしろ、あるにはあった。
技能の分類。
発現の傾向。
系統別の記録。
冒険者における実用例。
それらしい題名の本は、いくつも並んでいた。
けれど、どれも綺麗すぎた。
整理されている。
分類されている。
説明されている。
つまり、俺のスキルとはあまり似ていない。
「マルクスに聞けばいいんじゃない?」
セレスが、何でもないことのように言った。
「嫌だ」
即答した。
「そんな自殺願望はない」
「聞くだけでしょ」
「セレスはマルクスを甘く見すぎてる。あいつは聞いただけで課題を増やす」
「でも、知ってそうなのはマルクスくらいよね」
「正論で人を追い詰めるのやめない?」
「逃げ道を探してる人には、正論が一番効くから」
「怖いな、この優等生」
「褒めても何も出ないわよ」
「褒めたつもりもない」
セレスは少しだけ笑って、スープに口をつけた。
見た目だけなら、静かな優等生そのものだ。
少し離れた席に座っている生徒たちは、たぶん彼女のことをそう見ている。
丁寧で、落ち着いていて、誰に対しても距離感を崩さない優等生。
でも、実際はちょっと違う。
興味がない相手に深入りしないだけだ。
気を許した相手には、わりと遠慮なく刺してくる。
「まあ、聞いた瞬間に課題は増えそうだよな」
ルークが言う。
「だろ?」
「でも聞くしかなくね?」
「お前まで正論側に回るな」
「正論側ってなんだよ」
「俺の逃げ道を塞ぐ側だ」
「それなら、俺はたぶん正論側だな」
「裏切り者め」
「いつ味方になったんだよ」
レオンが小さく笑った。
「一応、僕も当たってみるよ。スキルに詳しそうな生徒と、父にも聞いてみる」
「頼りにしてるぞ、レオン」
「その言い方、もう解決した気でいるね」
「いい友人を持った」
「働く気のない人の台詞だね」
「適材適所というやつだ」
「あなたの適所は、マルクスの前じゃない?」
セレスが涼しい顔で言った。
「やめろ。逃げ道を塞ぐな」
「最初からそこしかないと思うけど」
「そこにあるのは道じゃなくて崖だ」
「じゃあ、落ちないように頑張って」
「突き落とす側の台詞なんだよな」
結局、その日はそこで解散になった。
レオンが当たってくれるなら、少しは何とかなるかもしれない。
首席の優等生で、面倒見もいい。
しかも、妙に顔が広い。
こういう時に頼る相手として、これ以上ない。
俺は少しだけ、明日の昼が楽しみになっていた。
◇
翌日。
同じ食堂の、同じ席。
「マルクスに聞くしかないね!」
開口一番、レオンは言った。
「頼りにならねぇ!」
俺は机に突っ伏した。
「昨日、頼りにしてると言った口でそれを言うのかい」
「期待した分だけ裏切られた気分だ」
「裏切ってはいないよ」
「結果がすべてだろ」
「急に厳しいね」
レオンは困ったように笑いながら、盆を置いた。
「一応、何人かに聞いてみた。父にも当たった。でも、返ってきた答えはだいたい同じだったよ」
「どんな?」
「一般論なら図書館で足りる。けれど、個別の発現や未分類の例を知りたいなら、整理された本では難しい」
「つまり?」
「マルクスだね」
「絶望しかない」
本当に絶望しかない。
想像の中の俺は、すでに三回くらい論破され、追加課題の山に埋もれていた。
「じゃあ、放課後ついてきてくれ」
「嫌だ」
ルークが即答した。
「友達だろ」
「友達だから止めてる」
レオンは苦笑する。
「君自身のスキルの話なら、君が聞いた方がいい」
「正論で殴るな」
「正論側だからね」
「私は行ってもいいけど」
「本当か?」
「でも、私たちがいると、マルクスはその場であなたに答えを出せって言うと思う」
「……言いそう」
「一人の方が、まだ逃げられるんじゃない?」
「それはそれで嫌な助言だな」
その日の放課後。
結局、俺は一人でマルクスのいる教官室へ向かった。
◇
「失礼します」
扉を叩き、中に入る。
マルクスは机に向かって書類を読んでいた。
顔を上げない。
それだけで、もう帰りたくなる。
俺は挫けそうになる気持ちに活を入れ、机の前まで歩いた。
「相談がありまして」
マルクスは、ようやく顔を上げた。
鋭い目が、さらに細くなる。
「続けろ」
続けさせる気があるのか疑わしい声だった。
「スキルについて知りたいんです」
マルクスの右眉が、わずかに動いた。
それだけで、部屋の空気が少し変わる。
「なぜだ」
「自分のスキルが、思っていたものと少し違う気がしてきたので」
マルクスは、しばらく俺を見た。
昨日の講評の時と、少し似た目だった。
嫌な予感がする。
「ようやくか」
「今、ものすごく聞きたくない言葉が聞こえた気がしました」
「ならば聞き流せ」
「聞こえたものをなかったことにするのは、俺のスキル範囲外です」
「その程度のこともできんのか」
「できたらもう少し楽に生きてます」
マルクスは鼻で笑った。
だが、それ以上は茶化さなかった。
手元の書類を机の端へ寄せる。
「図書館には行ったのか」
「行きました」
「成果は」
「本が多かったです」
「成果なし、か」
「そこまで綺麗に要約されると傷つきますね」
「傷つく余裕があるなら続きを話せ」
「……分類されすぎていて、逆に違う気がしました」
マルクスは短く頷いた。
「なら、図書館では足りん」
「やっぱりですか」
「今の図書館にあるのは、整理された知識だ。分類済みのもの。教えるためにまとめられたもの。間違いが少ないもの」
「良いことでは?」
「お前が探しているものが、そこにあるとは限らん」
「……では、どこに?」
「旧館だ」
「旧館?」
聞き返す。
冒険者学校に旧館があることは知っている。
校舎の西側。
今はほとんど使われていない古い建物。
授業で行くことはないし、用事があって近づく場所でもない。
「旧館の奥に、古い資料室がある」
「資料室」
「今の分類に入らなかった報告書、観察記録、失敗した研究、まとめられなかった記録が置かれている」
「つまり、役に立つか分からない物置き場」
「そうだ」
あっさり肯定された。
「そこに何かあるんですか」
「あるかもしれん」
「急に頼りないですね」
「確実な答えが欲しいなら、俺のところに来るな」
「来たくて来たわけじゃありません」
「だろうな」
マルクスは机の引き出しを開けた。
中から、古い鍵を一本取り出す。
「鍵は出しておく。レオンたちも連れて行け」
「一人じゃ駄目ですか」
「お前一人だと、読まずに帰る」
「信頼がない」
「実績だ」
ぐうの音も出ない。
「資料を破損するな。持ち出すな。火を使うな。勝手に整理するな。ほかの部屋には入るな」
「俺を何だと思ってるんですか」
「面倒事」
「分類が雑すぎません?」
「十分だ」
マルクスは鍵を投げて寄越した。
慌てて受け取る。
黒ずんだ金属に、細かい傷がいくつもついている。
思っていたよりも重かった。
「ほかの部屋に入ったら?」
「課題を増やす」
「分かりやすい脅しですね」
「分かるなら守れ」
「はい」
俺は鍵を握り、深々と頭を下げたあと、教官室をあとにした。
負けた気がする。
いや、完全に負けている。
けれど、得るものはあった。
旧館。
古い資料室。
分類されなかった記録。
何が見つかるのかは分からない。
そもそも、何かが見つかる保証すらない。
けれど、少なくとも。
俺のスキル調査は、ようやく始まったらしい。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




