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第18話 分かったフリ

翌日。


肩の痛みは、まだ残っていた。


着替える時に袖を動かすだけで、木剣を受けた場所が鈍く疼く。


演習用の上着には、衝撃を逃がす補助魔法がかかっているはずなのに。


それでも痛いものは痛い。


顔を洗い、適当に服を着替えれば、授業が始まる。


昨日の演習がどうだったところで、朝は普通に来るのだ。


食堂でパンをかじり、ルークのどうでもいい話に適当に相槌を打ち、午前の講義を一つ受けた。


いつも通りの時間が、いつも通り流れていく。


昼休み。


俺は校舎裏のベンチに座って、空を見ていた。


雲が、ゆっくり流れている。


晴れているのか、曇っているのか。


どちらとも言えない空だった。


こういう時、空模様を読めるスキルでもあれば便利なのだろう。


もちろん、俺にそんなものはない。


俺にあるのは、Fake it。


分かったフリ。


名前だけなら、空模様どころか人生の正解まで分かりそうな響きなのに、実際はそうでもない。


そもそも、スキルというものは、だいたい分かりにくい。


魔法と違って、目に見える形で現れるとは限らないからだ。


炎が出るわけでも、水の槍が飛ぶわけでもない。


本人にしか分からない感覚として出ることの方が多いものだ。


その意味では、補助魔法に少し似ている。


似ているが、訓練すれば誰でも習得できるものではない。


そこが、魔法との大きな違いだった。


目がいい。


耳がいい。


剣を握ると、剣筋のずれに気づきやすい。


そういうスキルは、身体強化に近い。


けれど、身体強化が全身を押し上げるものだとすれば、スキルはもっと偏っている。


目だけ。


耳だけ。


剣を握る時の感覚だけ。


一部だけが、妙に鋭い。


怪我の治りが少し早い、というスキルもある。


それは治癒魔法に似ている。


ただし、自分にしか作用しない。


誰かの傷を癒せるわけではない。


だからスキルは、魔法よりずっと個人的だ。


使える者にしか分からない。


使えない者には、何が起きているのか分かりにくい。


セレスのスキルも、そうだ。


本人は、真視と言っていた。


正式な名前なのか、セレスがそう呼んでいるだけなのかは知らない。


そもそも、スキルに名前なんてあってないようなものだ。


自分に何ができるのか。


それを他人に説明するために、便宜上そう呼んでいるだけの場合も多い。


ただ、真視という名前はかなり分かりやすかった。


普通なら見落とすような違いを拾う。


人の動き。


視線。


呼吸。


魔力の乱れ。


セレス本人には、もっと別の見え方をしているのかもしれない。


けれど、端から見ている俺にも、使いどころは分かる。


戦闘でも、索敵でも、観察でも役に立つ。


控えめに言って、かなりの当たりスキルだ。


では、俺のスキルはどうか。


Fake it。


分かったフリ。


……不遇すぎないか。


俺は大きく息を吐きだし、ベンチの背もたれに体重を預けた。


雲は相変わらず、ゆっくり流れている。


Fake itなんて呼んでいるのは、俺だけだ。


俺がそう呼んでいるのは、結局、それが一番しっくり来るからだった。


分かっているような顔をする。


それっぽく頷く。


何かを察したように黙る。


すると、周囲が勝手に「あいつは分かっている」と良い方向に勘違いしてくれる。


それが俺のスキル。


少なくとも、俺はそう理解している。


ただ、周囲は少し、別の見方をしているらしい。


相手に合わせるのが上手い。


場に馴染むのが早い。


それっぽい顔で、それっぽい反応を返す。


だから、モノマネスキル。


そんな雑な呼び方をされることがある。


けれど、俺は別に誰かの動きを真似られるわけじゃない。


顔つきや声色をそっくり写せるわけでもない。


まして、相手の技を見ただけで再現できるなんて、そんな便利なものでもない。


ただ、場に合わせて分かった顔をする。


すると、場の方が勝手にこちらを都合よく解釈してくれる。


それだけだ。


……それだけ、のはずだった。


昨日のことを思い返す。


二度目の演習では、自分なりに反省を踏まえて、やれることはやったつもりだった。


けれど、マルクスの講評が進むうちに、胸の奥に残っていた違和感が大きくなっていった。


そして、口を衝いて出た。


状況介入、と。


あの瞬間、形にならない何もかもが、妙に噛み合った気がした。


順番に考えたわけじゃない。


理屈を積み上げたわけでもない。


ちゃんと理解出来たから言った、というより。


言ってから、そういうことだったのかと思った。


やっていたこと。


やるべきだったこと。


やれていなかったこと。


それらが明確な形になる前に、答えにたどり着いたようなあの感覚。


だが。


俺は。


俺は、何をきっかけにそこへ至ったんだ?


……ふと、ひどく都合のいい考えが浮かんだ。


もしかして。


Fake itは、状況を瞬間的に理解するスキルなのではないか?


その場で起きている何かを、感覚的に掴む。


誰が無理をしていて、どこに負担が寄っていて、何をすれば少し余裕が生まれるのか。


そういうものを一瞬で拾う、天啓みたいなスキル。


そう考えれば説明もつくし、かなり格好いい。


Fake itなんていう、誰にも浸透しない名前で呼ぶ必要もない。


もっと別の呼び方があってもいい。


状況把握。


戦況理解。


場面掌握。


なんだったら、そのまま「天啓」なんて呼んでもいい。


……さすがにそれは少し偉そうか。


でも、もしそうなら話は変わる。


不遇どころか、かなり使える。


補助術士としても悪くない。


いや、悪くないどころか、かなり向いているのではないか。


俺は今まで、自分のスキルの価値を見誤っていたのかもしれない。


そう思いかけて、すぐに首を横に振った。


いや、待て。


それなら、天気くらい分かってほしい。


以前もそう言えばあった。


朝から空は綺麗に晴れていて、雲も薄い。


風も穏やか。


どう考えても、雨が降るようには見えなかった。


俺は何の疑いもなく外へ出た。


十分後、土砂降りになった。


当然、傘はない。


全身ずぶ濡れで寮に戻った俺を見て、ルークは笑いすぎて床に転がった。


もしFake itが、状況を瞬間的に理解する天啓スキルなら、せめてあの時に発動してくれ。


天啓というなら、空模様くらい教えてくれ。


俺はもう一度、空を見る。


今日の空も、晴れるのか曇るのかよく分からない。


もちろん、雨が降るかどうかも分からない。


天気は分からないらしい。


つまり、自然が相手だと歯が立たないということだ。


地面が滑るかどうかだって、踏んでみるまで分からないってことだろう。


なら、俺がこれまで分かったフリをしてきた「状況」とは何だ。


そこで、考えの向きが少し変わった。


自然にそこにあるものではない。


人がいない場所では、俺のスキルはほとんど意味を持たない。


空に向かって分かったフリをしても、雲は気を利かせてくれない。


石ころに頷いても、道は開かない。


けれど、人がいる場所ではどうか。


教室。


食堂。


訓練場。


面倒な話し合い。


誰かが怒っている時。


誰かが黙っている場面。


誰かが、誰かに何かを期待している状況。


そういう場所でだけ、俺の分かったフリは妙に効く。


人がいる。


思惑がある。


感情がある。


利害がある。


期待がある。


警戒がある。


言わない言葉がある。


表に出せない本音がある。


それらが見えないところでせめぎ合って、場の流れを作る。


もしかして。


それが、俺の拾ってきた「状況」なのか。


Fake itは、ただ分かった顔をするだけのスキルじゃない。


分かった顔をするために必要なものを、どこかで拾っている。


そうでなければ、俺はそもそも何を分かったフリしていたんだ。


何もない場所で、分かったフリはできない。


場に合っていなければ、ただの間抜けだ。


人が作る場。


そこに混ざった思惑や感情や利害。


見えないところでぶつかって、表にほんの少しだけ漏れ出すもの。


それらを拾って、分かったフリに変えてきたのだとしたら。


俺のスキルは、思っていたよりもずっと複雑なものなのかもしれない。


単純に便利なわけではない。


でも、単純に不遇でもない。


考えれば考えるほど、頭の中で渦を巻いていく。


スキル。


魔法。


補助術士。


状況。


Fake it。


分かったフリ。


どれも、まだ形にはならない。


手を伸ばせば届きそうで、掴もうとすると水の中で形を変える。


思考の海に深く潜り込み、俺は溺れそうになっていた。


その時だった。


「おーい。生きてるか?」


聞き慣れた声に、思考が水面へ引き戻される。


顔を向けると、校舎の角からルークが歩いてくるところだった。


手には紙袋を持っている。


食堂のものだろうか。


少し甘い匂いがした。


「……たぶん」


「その返事、死にかけてる奴のやつだろ」


ルークはそう言いながら、遠慮なく隣に腰を下ろした。


「ほら」


膝の上に、紙袋が置かれる。


「何これ」


「食堂で余ってたやつ。もらってきた」


「俺に?」


「お前、朝から変な顔してたからな」


ルークはそう言って、勝手に袋を開ける。


中には、小さな焼き菓子がいくつか入っていた。


形は少し欠けている。


たぶん、売れ残りだ。


けれど、まだ少し温かい。


「変な顔ってなんだよ」


「考えすぎて、魂だけどっか行ってる顔」


「戻ってきてるだろ」


「たぶんな」


「そこは断言しろよ」


そう返しながら、俺は焼き菓子を一つ取って口に入れた。


「……スキルのことを考えてた」


言うと、ルークが少しだけ目を丸くした。


「お前の?」


「俺以外のスキルを、校舎裏で一人で考えてたら怖いだろ」


「まあ、それはそう」


ルークも焼き菓子を一つ取って、口に放り込んだ。


「でもお前、考えてる時って本当に返事遅いよな」


「そうか?」


「今も三回くらい呼んだ」


「……聞こえてなかった」


「だろうな」


ルークは紙袋を揺らし、残った焼き菓子を俺の方へ寄せた。


「考えんのはいいけどよ」


「うん」


「考えすぎて止まんなよ」


何気ない言葉だった。


たぶん、ルークは今の俺のことを言っただけだ。


けれど、俺には別の意味にも聞こえた。


作戦中に、考えすぎて動けなくなる。


それでは本末転倒だ。


「……それ、わりと大事なこと言ってるかもしれないぞ」


「え、マジで?」


「たぶん」


「そこで保険かけんなよ」


ルークが笑う。


俺も少しだけ笑った。


答えはまだ出ていない。


Fake itが何なのかも、状況が何なのかも、はっきりとは分からないままだ。


ただ、分かったフリの奥に、何かがある。


そのことだけは、少しだけ分かった気がした。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

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