第17話 一拍を作る
マルクスの笛が鳴った。
今度こそ、演習終了の音だった。
張り詰めていた緊張が、少し緩む。
肩が痛い。
最後に木剣を受けた場所が、鈍く熱を持っていた。
それでも、今回は番人役に笛を吹かせなかった。
救援対象も無事に連れて戻った。
レオンも、セレスも、ルークも無事だ。
もちろん、俺も。
一回目と同じ轍は踏んでいない。
そう思った時だった。
「合格とはいえない」
マルクスの声が落ちた。
実技場の空気が止まる。
「は?」
ルークが顔を上げた。
「いや、戻れただろ。番人役の笛も鳴ってねえ」
「確かに、救助は成立した」
マルクスは、ルークの言葉を否定しなかった。
「番人役の笛も鳴らなかった。対象もお前たちも戻ってきた」
マルクスが続ける。
「一回目とは違う。レオンは前に出すぎず、ルークは番人役の動きを止めていた。セレスも必要な情報を送り続けた」
一つずつ、事実だけが並べられる。
褒められているはずなのに、胸の奥がザワつく。
マルクスの視線が、最後に俺へ向く。
「アレン」
「はい」
「お前の役割はなんだ」
答えは、すぐに浮かんだ。
全体を見る。
状況を判断する。
必要な指示を出す。
一回目の俺ができなかったこと。
二回目で、少しだけできたこと。
そう答えればいいはずだった。
「……全体を見て、必要な指示を出すこと」
言い終えた瞬間、喉の奥に何かが引っかかった。
マルクスは頷かない。
「それは手段だ」
短い言葉だった。
けれど、その一言で、胸の奥で燻っていたものを揺らされた気がした。
「お前は補助術士だ。指示役ではない」
マルクスの声が続く。
「声で動かすだけなら、補助術士である必要はない」
その言葉に重なるように、さっきの場面が頭を駆け巡る。
救援対象の歩みが遅れ、レオンの肩が沈んだ瞬間。
番人役に食らいついたまま、戻れなくなりかけたルークの背中。
セレスの声を聞きながら、それでも他を確かめたくなった自分。
ばらばらだったはずの場面が、同じ形をしているような気がした。
マルクスが、次の言葉を吐こうとする。
その前に、俺の中で何かが噛み合い、気づけば、俯いたまま片手を上げていた。
マルクスの声が止まる。
分かった。
分かってしまった。
ずっと引っかかっていたもの。
結果は残せたのに、勝った気がしなかった理由。
「……状況介入」
実技場が静かになる。
マルクスが、片眉だけをわずかに上げた。
「続けろ」
俺は息を吸った。
「俺は、ずっとこれでいいのかって思ってた」
言葉にするほど、胸の奥が重くなる。
それでも、止まらなかった。
「前よりは、指示を出せたとは思う。任せることも、少しはできた」
そこで、一度言葉が途切れる。
足りない。
それだけでは、足りない。
「でも、俺は状況を変えていない」
レオンが黙ってこちらを見ていた。
セレスも、何も言わない。
「救援対象の歩みが遅れたなら、一歩分だけでもレオンの負担を軽くするべきだった」
さっきの場面が戻ってくる。
レオンの肩に、半歩遅れてのしかかった対象の身体。
止まりかけた歩み。
そこに生まれた一呼吸。
「ルークが戻れなくなりかけたなら、戻るための間を作るべきだった」
番人役に食らいついていたルークの背中。
前のめりに流れた体勢。
戻れと叫んだだけの自分。
「セレスが状況を伝えた時も、俺はさらに自分で確かめようとしてしまった」
役割は決めていた。
状況を拾うことは、セレスに任せた。
なら、セレスの言葉だけでよかったはずだ。
それなのに俺は、その根拠まで確かめようとしていた。
任せると決めたものを、もう一度、自分で確かめようとしていた。
その間にも、俺にできることはあった。
たぶん、そういうことだった。
「補助術士の役割は、正しい指示を言うことじゃない」
言ってから、手が少し震えていることに気づいた。
「詰まりかけた戦況に、一拍の余裕を作ることなんだと思います」
マルクスは何も言わなかった。
否定も、肯定もしない。
ただ、続きを待っている。
「俺は、それをしていない」
今度は、顔を上げた。
「俺は、補助術士が何をする役なのか、分かってなかったんだと思う」
言い終えても、胸の重さは消えなかった。
けれど、形の分からない不安ではなくなっていた。
マルクスは、しばらく黙っていた。
その沈黙の間、ルークでさえ何も言わない。
やがて、マルクスが小さく息を吐く。
「半分だな」
「……半分、ですか」
「ああ」
マルクスの目は、まだ俺を見ている。
「そこに気づいた。それで半分だ」
残りの半分は、聞かなくても分かる気がした。
「次は、やれ」
短い言葉だった。
だからこそ、重い。
「今回、救助は成立した。だが余裕はない。どこか一つ崩れれば、番人役の笛が鳴るか、対象を置いていくか、お前たちの誰かが戻れなくなっていた」
誰も否定しなかった。
否定できなかった。
「戻れたことを理由にするな」
ルークの眉が、少しだけ動く。
「戻れたことと、次も戻れることは違う」
今度は、ルークも何も言わなかった。
たぶん、分かっていたのだ。
番人役を押さえた時、自分が戻れなくなりかけていたことを。
マルクスの視線が、俺たち全員へ移る。
「一週間後、最終確認を行う」
一週間。
短い。
やるべきことは分かった。
けれど、それを本当にできるのかは、分からない。
「そこで答えを出せ」
マルクスの声が、実技場に響く。
「お前たちが、その歪な編成で冒険者としてやっていけるのか」
誰も口を開かない。
「役割を果たすという言葉に、実態を伴わせられるのか」
木剣を握る指に、また力がこもる。
全体を見ること。
指示を出すこと。
任せること。
それだけでは足りない。
戦況を変えること。
詰まりかけた戦況に、一拍を作ること。
「はい」
返事は、自然に出た。
レオンの声が重なる。
セレスの声も続く。
少し遅れて、ルークも短く返事をした。
一週間後。
そこで、答えを出す。
いや。
出すだけでは足りない。
選んだ答えを、正解にしなければならない。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
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