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第16話 見えない場所

開始の合図が鳴った。


「全員、身体強化。使いすぎるなよ」


俺の声に、レオンたちが短く頷く。


次の瞬間、薄い魔力がそれぞれの身体を巡った。


最初に動いたのはレオンだ。


一歩目から速い。けれど、さっきのように、ただ前へ飛び出すだけの速さではない。


踏み込んだ足をそのまま流さず、相手の剣を受ける寸前で、半歩だけ角度を変えた。


木剣が鳴る。


乾いた音が、実技場に響いた。


俺は思わず、レオンの剣先を追いかけそうになる。


押しているのか。押されているのか。次に、どこへ向かうのか。


見て確かめたい。


そう思った瞬間、視界の端でルークが動いた。


床を蹴る音は、そのまま続かない。


途中で、靴底が床を踏みしめる音に変わった。


妨害役が一人、こちらの横を狙っているのが分かる。


ルークなら届く。


いつものルークなら、たぶん突っ込んでいただろう。


けれど、今は動かない。


肩に力を込めているのが分かる。前へ弾け出しそうな身体を、必死にこらえているのだ。


俺は大きく息を吐いた。


レオンを見たい。


ルークも見たい。


けれど、その二つを追えば、ほかが抜ける。


「右奥」


セレスの声がした。


短い。


けれど、それでこと足りた。


俺は右奥を見る。


救援対象へ向かう道を塞ぐ位置に、敵が一人立っている。


そのさらに後ろ、柱の影に、番人役がいた。


まだ構えているだけだが、指はもう笛にかかっていた。


一回目の俺は、ここで全てを言おうとしていた。


ルーク、笛。


レオン、対象。


セレス、奥。


言葉だけが増えて、誰の足も軽くならなかった。


俺は奥を見たまま、口を開く。


「ルーク、笛」


「分かってる!」


返事より早く、ルークの足音が変わった。


力強く前へ出る。


けれど、番人役へ一直線に突っ込んだわけじゃない。


笛を持つ腕の方へ回り込んでいる。


木剣が鳴る。


一度、二度。


笛は鳴らない。


今はそれでいい。


「レオン」


俺は前を見る。


剣先を追いかけそうになる視線を、レオンの背中へとずらす。


肩は沈んでいない。足も流れていない。


前へ出る力は残っている。


けれど、さっきのように相手をねじ伏せにいく背中ではなかった。


レオンは、相手の剣を正面から弾かず、受けて流している。


それだけで相手の身体が、半歩だけ横へずれた。


救援対象へ向かう隙間が、ほんの少し開く。


「対象まで、二歩。左を空けるな」


「承知した」


返事は短かった。


その短さのまま、レオンの足が動く。


木剣がもう一度鳴る。


強く叩きつける音ではない。


相手の力を横へ流して、自由にさせない。そんな音だ。


救援対象の前に、わずかな隙間ができる。


胸の奥が、少し緩みかけた。


その瞬間、意識がそこへ持っていかれる。


本当に通れるのか。


ルークは笛を止められているのか。


セレスは何を見ているのか。


確かめたい。


確かめれば、安心できる。


「左、来る」


セレスの声が少し低くなった。


俺は左側に意識を切り替えた。


妨害役が一人、こちらの背後へ回り込もうとしているのが見えた。


救援対象ではなく、こちらの撤退経路を潰すつもりなのだろう。


まずい。


そこを抑えられたら、全てが終わる。


レオンが救援対象に届いても、ルークが笛を吹かせなくても、戻れなければそれで終わってしまう。


俺は一歩、後ろへ下がった。


逃げるためではなく、視界を広げるためだ。


左から回り込んでくる妨害役の足が見える。


前では、レオンが救援対象の手前で相手を押さえている。


視界の端で、ルークの身体が低く沈んでいた。

番人役に食らいついている。


救援対象は、まだ動けていない。


出口は見えている。


けれど、そこへ戻る道の真ん中へ、妨害役が入り込もうとしていた。


あそこを取られたら、レオンたちは戻れない。


対象を連れたまま、出口の手前で詰んでしまう。


「セレス、対象」


「前。足、遅れる」


即答だった。


俺は救援対象を見る。


レオンが肩を支えている。


けれど、対象の足が半歩遅れていた。


次の一歩が出ない。


遅れた身体が、レオンの肩にのしかかる。


「レオン、止まれ」


レオンが足を止めた時、妨害役が一撃を放つ。


レオンは相手の木剣を正面で受け止め、肩で救援対象の身体を支える。


対象の足が、半歩遅れて止まった。


倒れることはない。


だが、その一拍が、致命的とも思える猶予を与えてしまう。


「ルーク! 笛!」


セレスの声が飛んだ。


番人役の手が、笛を持ち上げる。


間に合わない。


そう思った瞬間、ルークが飛び込んだ。


「させるかよ!」


全身を一本の矢のように使い、最速の片手突きで番人役の腕と顔の間に差し込む。


木剣はそのまま背後の壁を打ち、縫い付けるような形で番人を止め、笛は、口元の手前で止まっていた。


番人役の細い息だけが漏れる。


笛は鳴ってはいない。


間一髪だ。


しかし、ほっとする間もなく気づいてしまう。


ルークの体勢が悪い。


飛び込んだ勢いのまま、身体が前のめりに流れている。

番人役の腕は押さえているが、足に体重がかかっていない。


あのまま押さえ続ければ、笛は鳴らない。


でも、ルークが戻れない。


「レオン、戻れ!」


再度、レオンに指示を飛ばす。


レオンは救援対象を支え直すが、すぐには動き出せずにいる。


一度立ち止まったことで、無理に動けば対象の足がもつれる可能性があるからだ。


だが、遅れれば番人役が今度こそ笛を吹いてしまう。


「急ぐな。止まるな」


自分で言って、無茶だと思った。


けれど、レオンは足を止めなかった。


速さを落としたまま、救援対象の肩を支える。


セレスが状況を伝える。


「右、段差」


「分かった」


救援対象の足が、段差を越える。


その瞬間、番人役が腕を引いた。


笛が、また口元へ近づく。


ルークの木剣が、その手首を弾いた。


二度目も鳴らない。


だが、その分だけルークの戻りが遅れる。


少しずつ生じたズレが大きな焦りへと繋がっていく。


嫌な予感がする。


その時、左の妨害役が、俺の横を抜けようとした。


だめだ。ここを通すわけにはいかない。


俺は咄嗟に木剣を横に伸ばした。


相手を倒すためじゃない。通る幅を消すために。


妨害役の足が止まる。


一瞬だけ。


その一瞬でレオンたちが後ろへ、出口方向へと抜けた。


「ルーク、戻れ!」


今度は迷わず叫んだ。


ルークが歯を食いしばる。


まだ番人役の腕を押さえている。


押さえ続ければ、笛は鳴らない。


けれど、それでは戻れない。


ルークの肩が一度だけ震えた。


次の瞬間、番人役の腕を弾き飛ばし、その反動で後ろへ跳ぶ。


完全には止めてはいない。


でも、笛を吹く姿勢も崩した。


番人役が笛を構え直すまで、ほんの一拍。


それだけあればいい。


ルークがこちらへ全力で戻ってくる。


肩で息をしながら、後ろを一度だけ睨んだ。


番人役は、まだ立っている。


笛は鳴らせなかった。


けれど、倒してもいない。


ルークは舌打ちして、木剣を握り直した。


レオンも、セレスも、救援対象も、出口へ向かえる位置にいる。


俺は左の相手から一歩離れた。


「撤退する!」


今度は、迷わなかった。


レオンが救援対象を誘導し、セレスがその横につく。


ルークが俺の隣に戻った。


ここからは戻るための戦いだ。


木剣が何度も迫る。


押し返そうとすれば、足が止まる。


倒そうとすれば、隊列が崩れる。


だから、受ける。ずらす。半歩下がる。


もう一度、受ける。


隣でルークの木剣が跳ねた。


「くそ、面倒くせえな!」


「文句は出しても、前には出るなよ!」


「おまっ、上手いこと言ったとか思ってんじゃねーよ!?」


言いながら、ルークの木剣が妨害役の足元を塞ぐ。


笑う余裕があるわけじゃない。


ただ、出口が近いことは分かっている。


ここで勝つ必要はない。


ここで崩れず逃げ切れれば俺たちの勝ちだ。


その時、妨害役の一人が、俺とルークの間を抜けようとした。


「させねーよ?」


ルークが俺の方へ詰め、妨害役の木剣を上から叩き落とす。


同時に、俺も相手の胸元へ木剣を突き出した。


妨害役の身体が止まる。


俺とルークは、同時に半歩下がった。


その瞬間、背後からセレスの声が飛んできた。


「対象、到達! アレン、こっちは越えたわ!」


いつもの落ち着いた声より、少しだけ高い。


あとは、俺たちだ。


「聞こえたか、ルーク」


「聞こえてるよ!」


「じゃあ帰るぞ」


「最初からそのつもりだっての!」


目の前の妨害役は、まだ踏み込んでくる。


ルークが牽制する。


俺はその隙に半歩下がる。


もう少し。


あと一歩。


そう思った瞬間、肩に衝撃が来た。


妨害役の木剣が入った。


痛みで足が止まりかける。


「止まんな!」


横からルークが木剣を振り、相手の追撃を払う。


言われるまでもない。


俺は歯を食いしばって、半歩下がった。


足の裏が、出口ラインを越える。


ルークも続いて下がる。


妨害役の木剣が、もう一度伸びた。


けれど、届かない。


その瞬間、マルクスの笛が鳴った。


今度こそ、演習終了の音だった。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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