第15話 三分
3分。
言葉にすると短い。
けれど、実際に与えられると、短いどころではなかった。
俺たちは開始位置の近くで、小さな輪を作っていた。
誰も、すぐには話し出さない。
マルクスの講評は、まだ全員の中に残っている。
レオンは正しいところで止まった。
ルークは止めた後、倒しに行った。
セレスは見えていたのに、動ける形にできなかった。
俺は、全部を見ようとして、判断を止めた。
どれも、たぶん一つずつ見れば間違ってはいない。
だから余計に厄介だった。
間違ったことをしたなら、直せばいい。
でも、俺たちがしたのは、それぞれにとって自然なことだった。
自然に動いて、失敗した。
なら、次は自然に身を任せたままではいけない。
「勝とうと思うなって、何だよ」
最初に口を開いたのは、ルークだった。
不満そうだった。
けれど、さっきより声は低い。
怒っているというより、自分の中でどう処理すればいいのか分からないのだろう。
「たぶん、倒し切るなってことだと思う」
俺は言った。
「相手を倒すんじゃなくて、そこに留める。動かせないようにする」
「倒した方が早いだろ」
「早い。でも、倒しに行く一歩で、ルークの立つ場所がズレる。さっきみたいに」
「……分かってるよ」
ルークは苦い顔をした。
「気持ちよく入ったと思ったんだよ。あれで止められたって」
言い訳のようで、言い訳だけではなかった。
実際、あの一撃で妨害役は止まった。
けれど、その分だけルークの位置が奥へ流れた。
「止めることと、倒しに行くことは違う」
俺が言うと、ルークは反論しかけて、結局やめた。
「……分かってる」
けれど、木剣を握る手は緩めなかった。
「次は、間違えねぇよ」
「具体的には?」
俺が聞くと、ルークは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……前を塞ぐ」
「前って?」
「前は、前だろうがよ」
「そこを決めないと、また立つ場所がズレる」
ルークは眉を寄せた。
「妨害役の前に立つのか、番人へ続く道を塞ぐのかで違うだろ」
たぶん、面倒くさいと思っている。
俺も思っている。
けれど、ここを曖昧にしたままだと、また同じことになる。
「番人へ続く道」
ルークは少し間を置いてから言った。
「妨害役を倒しに行くんじゃなくて、そいつが奥へ入れない場所に立つ」
「それならいいと思う」
正解かどうかは分からない。
でも、さっきよりは、ルークが何を止めるべきかが見えてきた。
「気持ちよくはないけどな」
「分かる。でも、今回は倒すより、通さない方が大事だ」
「……面倒くせぇな」
ルークは不満そうに息を吐いた。
けれど、目は逸らしていなかった。
レオンが口を開く。
「僕は、番人の前で立ち止まってしまった」
「倒しちゃいけない状況では仕方ないだろ」
俺は言った。
「でも、その後どうするべきかまでは決めてなかった」
レオンは少しだけ目を伏せた。
「……想定が甘かった」
それから、ルークへ向き直る。
「次は、僕が止まる時に右を空ける。ルークが入る隙間を残すよ」
「俺?」
ルークが顔をしかめる。
「いや、待て。俺、どこから入るんだよ。番人の真正面はレオンが塞ぐだろ」
言われて、言葉が止まった。
そこを決めていない。
「右からだ」
俺は言った。
「レオンが斬れない相手の前で立ち止まったら、ルークは右から入る」
「右って、俺から見て右か? レオンから見て右か?」
まずい。
3分しかないのに、右と左で詰まっている。
「進行方向に向かって右」
セレスが、迷わず言った。
「向きがずれたら、また遅れるわ」
「それで」
俺は即答した。
助かった。
「進行方向に向かって右。レオンが立ち止まったら、そこから番人に寄る」
「で、番人の笛を止める」
ルークが言った。
「どうやって?」
レオンが聞く。
ルークは少しだけ黙った。
「……手元を狙う」
「強くやりすぎると傷つけてしまうよ」
レオンが言った。
ルークは顔をしかめる。
「じゃあ、手首を押さえる」
「押さえるだけなら、いけると思う」
レオンの言い方には、少しだけ迷いがあった。
それが正解かどうかは、誰にも分からない。
けれど、ここで立ち止まれば、また何も決まらない。
「ルーク」
俺は聞いた。
「できるか?」
ルークは嫌そうに笑った。
「やるさ。できるかじゃなくて、やれって言ってくれ」
その言葉に、少しだけ息が詰まった。
任せる。
さっきマルクスに言われたことが、いきなり目の前に来た気がした。
「セレス」
俺は言った。
「番人が腰に手を伸ばしたら、ルークに言ってくれ」
「それだと、多分遅いわ」
セレスは小さく首を振った。
「手が腰に向いた時には、もう笛に届く。さっきも、下がる動きと一緒に手が動いていた」
セレスの声は静かだった。
静かな声なのに、そこだけは引く気がないらしい。
「止めるなら、その一歩目」
「確証がなくても?」
「確証を待ってたら、間に合わないわ」
言われて、喉の奥が詰まった。
確かにそうだ。
笛が見えた時には、もう番人の手はそこに届いている。
そこからルークを動かしても、間に合わない。
けれど、番人が下がっただけでルークを動かせば、今度は早すぎるかもしれない。
ルークが動けば、道が空く。
道が空けば、妨害役が奥へ入るかもしれない。
そこをレオンが追えば、また番人の前が空く。
一つ決めようとすると、別の穴が見える。
時間だけが削られていく。
「……下がったら、言ってくれ」
俺は言った。
セレスの視線が、まっすぐ俺に戻る。
「いいのね?」
「確定してからだと遅いからな」
自分で言って、少し怖くなった。
確定していない情報で、仲間を動かす。
間違えば、一気に崩れる。
でも、確定を待てば、たぶん間に合わない。
セレスは少しだけ間をおいて、それから静かに息を吐いた。
「分かったわ」
「合図は?」
ルークが聞いた。
「複雑だと俺、多分迷うぞ」
「ルーク、笛」
セレスが言った。
ルークは短く息を吐いた。
「……それなら分かる」
「番人が下がったら、それで動いて」
「見えてからじゃ遅いんだろ」
ルークは木剣を握り直した。
「なら、それでいい」
セレスはすぐには返さなかった。
たぶん、言葉の短さと誤解の危うさを量っている。
「番人が下がったら、ルーク、笛」
やがて、セレスが言った。
「救援対象が動いたら、まず方向だけ。奥、右、左。それで足りなければ、名前を呼ぶわ」
「助かる」
本当に助かる。
見えているものを全部説明されても、俺は処理し切れない。
方向だけなら、次に動く相手を決められる。
自信はない。
でも、少なくとも、さっきよりは動ける気がした。
レオンが言う。
「救援対象が動いたら、僕は追う。それでいいかい?」
「もちろんだ」
俺は頷いた。
「奥へ移されたら、その時点で終わる」
「僕の剣で進めない時は?」
レオンが聞いた。
「斬れない相手に当たった時とか、傷つけてはいけない相手を前にした時とか」
「レオンはそこで無理をしない。すぐにルークとスイッチしてくれ」
レオンは少しの沈黙のあと、頷いた。
「……分かった」
納得したのか、飲み込んだだけなのかは分からない。
それでも、迷いは顔に出さない。
レオンはすぐにルークへ向き直った。
「あとは頼む」
「おう」
短い返事だった。
それで十分だった。
俺は息を吸った。
まだ決めていないことはある。
見落としていることも、たぶんある。
けれど、これ以上拾えば、今度は何も決められなくなる。
セレスが、小さく口を開いた。
「ルーク、笛。レオン、対象。撤退路、危険」
短い言葉が、順番に置かれていく。
それだけで、さっきよりずっと動きやすく聞こえた。
長ければ迷う。
迷えば遅れる。
なら、今はこれでいい。
完璧な情報ではなくても、次に誰が動くかは分かる。
「それで頼む」
俺は頷いた。
次は、俺の番だった。
いや、最初から俺の番だったのかもしれない。
全部を見るのはやめる。
そう決めるだけなら簡単だ。
けれど、何を見ないのかまで決めなければ、たぶんまた同じことになる。
妨害役への対応は、ルークに任せる。
救援対象の動きは、セレスとレオンに任せる。
番人の笛を止めるのは、セレスとルークに任せる。
なら、俺は。
俺は、戻る道を潰させない。
救援しても、戻れなければ失敗だ。
それは、さっき一番見落としていたことだった。
勝つことでも、突破することでもない。
救援対象を連れて、全員で戻ること。
そこだけは、俺が外さない。
そう決めても、視線は勝手に余計なものを拾おうとする。
妨害役がどこへ抜けるか。
番人の手が笛に届くか。
救援対象がどちらへ動くか。
レオンがどこまで踏み込むか。
ルークがどこに立つか。
全部を見たい。
全部を拾っておきたい。
拾っておけば、安心できる気がする。
でも、それをやろうとして失敗した。
なら、今は捨てるしかない。
捨てた分は、誰かに任せるしかない。
セレスが俺を見ていた。
急かす目ではなかった。
言葉を選ぶ時間を、黙ってくれている。
「アレン」
「何?」
「大丈夫?」
短い問いだった。
答える前に、少しだけ息が詰まる。
たぶん、今の俺は、大丈夫そうな顔をしていない。
「大丈夫」
いつものように言いかけて、少しだけ止まった。
大丈夫なフリをしても仕方ない。
少なくとも、今は。
「……たぶん、さっきよりは」
セレスは小さく頷いた。
「それで十分だと思うわ」
その言葉で、少しだけ息がしやすくなった。
「3分だ」
マルクスの声が飛んだ。
決めたことを反芻する間もなく、マルクスは開始位置を指した。
「配置につけ」
俺たちはもう一度、開始位置へ向かった。
さっきと同じ実技場。
同じ木箱。
同じ布幕。
同じ番人。
そして、警報が鳴れば終わる状況も同じだった。
条件は何も変わっていない。
変わったのは、俺たちが今度の答えを、完成したものだとは思っていないことだった。
正解かどうかは分からない。
それでも、今度はそれぞれが、自分の役割を途中で手放さない。
俺は息を吸った。
視線を、戻る道へ置く。
そうして、2回目の演習が始まった。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




