第1話 嫌な予感しかしない
冒険者養成学校には二種類の朝がある。
やる気に満ちた朝と、そうでない朝だ。
もちろん俺は後者である。
◇
「起きろっ、アレン!」
布団が剥がされた。
寒い。
「ルーク。人間にはな、最低限の尊厳というものがあるんだ」
「昼まで寝る予定の奴が言うなよ」
「昼までは寝ない」
「いつまでだ」
「昼前」
「誤差じゃねーか」
ひどい言いがかりだった。
俺はため息をつきながら、仕方なく起き上がる。
窓の外は快晴だった。雲一つない。
こういう日は、外に出るより寝ている方が正しいと思う。
少なくとも俺はそう思う。
「そう言えば」
ルークが唐突に言った。
「お前、まだ生きてたのか」
「殺される要素あった?」
「昨日レオンに目付けられただろ」
「ああ」
「マルクスにも」
「ああ」
「終わったな」
「他人事だな」
「他人事だからな」
こいつ本当に友達か?
ルークはそこで、にやにやしながらこちらを見た。
「で、昨日はどうだったんだよ」
「何が」
「お前のモノマネ」
「Fake itな」
「はいはい、それ」
「雑に流すな」
「死神には通じなかったんだろ?」
「死神って言うな。社会的に死ぬぞ」
「本人いないから平気だろ」
「そういう油断が死を招くんだよ」
「マルクスみたいなこと言うなよ。朝から縁起悪い」
言われてみればそうだった。
「別に通じなかったわけじゃない」
「じゃあ何だよ」
「……たぶん、通じた上で指された」
ルークが一瞬だけ黙った。
「何それ怖い」
「俺もそう思う」
普通の教官なら、分かっている顔をしていれば見逃してくれる。
だがマルクスは違った。
分かっている顔をしていたからこそ、指してきた。
そう考えると、昨日の教室で感じた嫌な予感にも、多少は説明がつく。
説明がついたところで、気分はまったく良くならないが。
「つまり」
ルークが言った。
「お前のFake it、死神には見破られたわけだ」
「見破られたわけじゃない」
「じゃあ何だよ」
「通じた上で、余計に怪しまれた」
ルークは少し考えた。
「それ、失敗より悪くね?」
「言うな」
「モノマネで本物より目立つって、才能だよな」
「褒めてる?」
「珍獣を見る時の褒め方」
「分類が人間から外れてるんだよ」
「細けぇな」
「大事だろ」
朝から、自分の種族について抗議する羽目になった。
◇
実技訓練場には、朝から木剣の音が響いていた。
乾いた打撃音。
踏み込む足音。
誰かの短い掛け声。
二年生ともなると、皆それなりに様になる。
少なくとも、一年前のように木剣に振り回されている奴はいない。
来年には冒険者。
認定資格が取れれば、だが。
ここ冒険者養成学校は三年制ではあるものの、基本的には二年で卒業する。
一年で基礎を学び、二年で実践を積む。
そこで現場に出ても死なないと判断されれば、冒険者ギルドから認定資格が与えられる。
通常ならFランクから始まる冒険者生活を、Dランクから始められるという訳だ。
もっとも、Dランクから始められるということは、それだけ早く自分の命を賭ける環境に放り込まれるということでもある。
得なのか損なのかは、卒業してから考えればいい。
そもそもそんなことは、この養成学校に通うと決めた時から分かっていたことだしな。
「アレン」
声を掛けられ振り向く。
レオンだった。
いた。天才が。
レオン・ヴェルク。
剣術首席、座学首席。つまりは学年首席だ。
教師受け良し。生徒受け良し。顔良し。性格良し。
神様は割と露骨に贔屓する。
「おはよう」
「おはよう」
「少し話がある」
「嫌な予感しかしないなぁ」
レオンが首を傾げた。
「そうかい?」
「そうだよ」
「何故?」
「何故って」
俺は周囲を指差した。
女子生徒がちらちらとこちらを見ている。正確にはレオンを見ているのだが。
「お前さ」
「うん」
「立ってるだけで目立ってる自覚、ある?」
「ある」
「あるんだ」
ないのかと思っていた。
「だが、今は関係ないだろう」
「俺にはあるんだよ」
横でルークが笑っている。腹立つ。
「それで?」
「昨日の件だ」
ほら来た。
「まだ何か?」
「少し気になっていてね」
「何が?」
レオンはすぐには答えなかった。
昨日、教室で見せた動揺はもうない。
いつものように穏やかで、姿勢も真っ直ぐで、声も柔らかい。
けれど。
目だけは違った。これは、納得している人間の目ではない。
「君のことだ」
今度は俺が固まった。
「俺?」
「そうだ」
「原始大陸説じゃなくて?」
「それもある」
レオンは真面目な顔で続ける。
「だが、本当に気になっているのは別のことだ」
嫌な予感しかしない。
「君は昔からそうなのかい?」
「何が」
「根拠もなく正解を引く」
ああ。
「いや」
俺は肩を竦める。
「根拠はあると思う」
レオンの目が細くなった。
「あるのかい?」
「知らないけど」
「……」
「なんとなく」
「それは根拠とは言わない」
「だよな」
俺もそう思う。
レオンは黙った。
責めるでもなく、疑うでもなく、ただ考えている。
こちらを見ているのに、俺の後ろにある何かまで見ようとしているような目だった。
やめてほしい。
俺の後ろには何もない。
たぶん。
「昨日のあれは、知っていたようには見えなかった」
「実際知らなかったしな」
「だから気になる」
「知らなかったなら、普通はそこで終わりじゃないのか」
「普通はね」
爽やかな顔で、普通では終わらせない宣言をされた。
「やはり気になる」
「嫌な予感しかしない」
「君だ」
「それはもう聞いた」
「そうだったな」
何なんだ、この爽やかなのに話が通じない感じは。
レオンは少しだけ笑った。
「もうすぐ実習パーティの編成があるだろう?」
「ああ」
「だから声を掛けに来た」
「何が、だからなんだよ」
「君をもっと知りたいと思った」
沈黙。
横でルークが口元を押さえた。もう笑う準備をしている。
「……言い方っ!」
「何かおかしかったかい?」
「かなりな」
「そうか」
レオンは少し考える。
そして、まったく悪びれずに続けた。
「君となら面白そうだとも思っている」
「悪化したな」
「そうかい?」
「そうだよ」
「難しいな」
難しいのはお前の距離感だと思う。
「昨日のこともある」
「やっぱりそれじゃん」
「それだけではない」
「じゃあ何?」
「君は自分では気付いていないんだろうが」
「なんだよ」
「少し変わっている」
失礼だな。
「褒めてる?」
「褒めている」
価値観の違いを感じた。
「だから」
レオンは真っ直ぐこちらを見た。
「僕と一緒になってくれないか?」
沈黙。
「告白?」
「違う」
即答だった。横でルークが吹き出した。
「違うかぁ」
「違わない方がおかしいだろう」
正論だった。
「じゃあ何なんだよ」
「実習パーティの勧誘だ」
「先に言えよ!」
「今言った」
「今だから遅いんだよ!」
ルークが腹を抱えて笑い始めた。
「お前さ」
俺はレオンを見る。
「なんだい?」
「たまに天然って言われない?」
レオンは少し考えた。
「言われるな」
「否定しないんだ」
「事実だからな」
「事実なんだ……」
何なんだ、本当に。
◇
「私も入るわ」
声がした。
振り返ると、セレスティア・アルトが立っていた。
銀色がかった髪。澄んだ蒼い瞳。真っ直ぐな姿勢。
普段から背筋が伸びていて、妙に育ちの良さを感じさせる同級生だ。
通称セレス。
成績優秀。実技も上位。真面目。隙が少ない。
俺とは色々と違う人間である。
ざわついていた周囲に、すっと沈黙が落ちた。
レオンが俺を誘う。それだけでも目立つ。
そこへセレスが入る。目立たないはずがない。
「え?」
俺の声だけが場違いに響いた。
「実習パーティに参加させて」
「なんで」
「駄目?」
「いや、駄目じゃないけど」
「じゃあ決まり」
「決まるの早くない?」
セレスの表情は変わらない。いや、変えていないつもりなのだろう。
ただ、耳だけは少し赤い。
……多分。
気のせいかもしれない。ということにしておく。
「俺も入るわ」
ルークだった。
「お前はなんなんだよ」
「楽しそうだから」
「帰れ」
「酷くね?」
「酷くない。今の流れで一番理由が雑だったぞ」
「そうか?」
「そうだよ」
「でもさ」
ルークはにやりと笑った。
「レオンにセレスにお前だろ? 面白そうじゃん」
「面白さで人生を決めるな」
「冒険者志望が何言ってんだ」
それはそう。
いや、そうか?
「それに」
ルークはレオンを見た。
「首席様がわざわざアレンを誘うってのは、ちょっと見てみたいだろ」
「見世物じゃないんだよ俺は」
「似たようなもんだろ」
こいつ本当に友達か?
レオンはそんな俺たちのやり取りを、興味深そうに眺めていた。
楽しんでいる、というよりも。何かを確かめているような顔だった。
その顔が、また妙に爽やかだから困る。
「では、決まりでいいかな」
「よくない」
「駄目なのかい?」
「駄目じゃないけど、心の準備というものが」
「準備は大切だね」
「分かるなら時間をくれ」
「どれくらい?」
「三年くらい」
「卒業しているな」
「そうなんだよ」
「では今でいいだろう」
「よくないんだよ」
ルークがまた笑った。
セレスは口元を隠していた。
レオンは首を傾げていた。
何故か俺だけが疲れていた。
◇
「整列」
低い声が響いた。
一瞬で空気が変わる。
マルクス・ヴァンハイト。
今日も機嫌が悪そうだった。いや、多分いつも通りだ。
「二年生諸君」
マルクスが訓練場を見渡す。
「来年のお前たちは冒険者だ」
誰も喋らない。
「冒険者は戦士ではない」
静寂。
「英雄でもない」
さらに静かになる。
「生きて帰る人間だ」
マルクスの言葉はいつも重い。
説教というより経験談に近い。
だから余計に響く。
「今日の実技は対人戦とする」
ざわめきが起こった。
「組み合わせは私が決める」
嫌な予感がした。
本当にした。
昨日からずっとしている。
マルクスの視線が、訓練場をゆっくり動いた。
昨日、教室で向けられた目と同じだった。
弱い生徒を探す目ではない。何かを確かめる目だ。
「レオン・ヴェルク」
来た。
「アレン・ヴァイス」
ほら来た。
訓練場が一瞬で静まり返った。
俺も静まり返りたい。
主に内心を。
「前へ」
「教官」
「何だ」
「人選に悪意を感じます」
「正しい」
認めた。
「認めるんですか」
「認めた方が早い」
「早ければいいってものじゃないですよ」
「冒険者には速さも必要だ」
「そういう話じゃない」
遠くでルークが笑っている。
セレスは目を見開いていた。
レオンは、少しだけ楽しそうだった。
やめてほしい。本当に。
「安心しろ」
マルクスが言った。
「安心材料が見当たりません」
「用意してないからな」
教官室に帰ってほしい。
「二人とも前へ」
レオンが歩き出す。
俺も仕方なく続く。
訓練場の中央へ向かいながら、俺は一つだけ確信していた。
面倒事の匂いがする。
そして嫌なことに、その中心にいるのは多分、俺だ。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。




