プロローグ
人間には二種類いる。
生まれながらにして特別な人間と、そうでない人間だ。
例えばレオン・ヴェルクみたいな奴。
剣を握れば強い。
勉強をすれば首席を取る。
顔も良い。
性格も良い。
教師からの評価は高く、女子からの視線はもっと高い。
将来はきっと英雄になるんだろうな、と誰もが思っている。
俺もそう思う。わりとマジで。
一方、俺は違う。
アレン・ヴァイス。
17歳。
冒険者養成学校二年。
将来の夢はほどほどに稼げる冒険者。
得意なことは場の空気を読むこと。
特技は分からないことを分かった顔でやり過ごすこと。
おかげで怒られることは少ない。
代わりに、なぜか面倒事だけは着実に増えていく。
一応、俺にもスキルはある。
この世界でスキル発現者というのは、そこそこ珍しい。
珍しい、というだけで人は勝手に期待する。
剣が強くなるとか。未来が見えるとか。
魔法が凄くなるとか。危険を察知できるとか。
なんかこう、いかにも冒険者向きのやつを。
だが、俺に発現したのはモノマネスキルだった。
周囲の反応は、だいたい同じだった。
ああ。よりによってそれか。スキル発現者なのに、もったいないな。
そういう顔。
別に馬鹿にされているわけではない。少なくとも露骨には。
ただ、期待された分だけ、着地が微妙だったというだけだ。
正直、俺だって思わなかったわけではない。
折角なら、もう少し凄いやつがよかった、と。
だが、損をしているわけでもない。
モノマネスキルは、使えないスキルではないのだ。
分かっているように振る舞う。
慣れているように振る舞う。
怖がっていないように振る舞う。
大丈夫そうに振る舞う。
相手が期待している反応を返す。
そういうことには、わりと使える。
要するに、俺のスキルは声真似や形態模写というより、そう見えるように振る舞う力だった。
だから俺は、自分の中ではこのスキルをこう呼んでいる。
Fake it。
それっぽくやる。
出来るフリをする。
分かっているフリをする。
何とか取り繕う。
うん。モノマネスキルよりは、だいぶ格好いい。
問題は、まったく浸透していないことだ。
ルークなどは今でも普通に、
「お前のモノマネ、便利だよな」
などと言う。
そのたびに俺は、
「Fake itな」
と訂正する。
そしてそのたびに、
「はいはい、モノマネな」
で流される。
人生とは理不尽である。
だから自分が特別だなんて、考えたことは一度もない。
今だってそうだ。
◇
「七大陸に共通する特徴を述べろ」
教室が、静まり返った。
嫌な種類の沈黙だった。
誰かが当てられるまで続く、あの息の詰まる静寂。
そして大抵の場合、その「誰か」は最初から決まっている。
マルクス・ヴァンハイト。
生徒たちからは陰で「蛇」だの「死神」だの「歩く追試」だのと呼ばれている教官は、獲物を探すような目で教室を見渡した。
もちろん本人の前では誰も言わない。
命が惜しいからだ。
社会的な意味で。
「どうした」
低い声が響く。
「誰も答えられんのか」
誰も手を挙げない。当然だ。七大陸に共通する特徴など考えたこともない。
文化も違う。
思想も違う。
歴史も違う。
共通点を探せと言われても困る。
俺は、いつもの顔をしていた。
分かっている顔。正確には、分かっている人間がしそうな顔。
この顔をしていると、大抵の教官は俺を指さない。
分かっていない奴を探すなら、もっと分かりやすく目を泳がせている奴がいるからだ。
つまり、賢明な生存戦略である。
だが、今日の教官はマルクス・ヴァンハイトだった。
マルクスの視線がこちらへ向いた。
嫌な予感しかしない。
「アレン」
来た。
「はい」
「答えろ」
「嫌です」
教室に小さな笑いが広がる。マルクスは笑わない。
「なぜだ」
「嫌な予感しかしないので」
「正しい判断だ」
褒められた気が全くしなかった。
「だが答えろ」
最悪である。
俺は仕方なく考える。いや、考えたというより時間稼ぎだ。
「言葉とか」
「他は」
「文字とか」
「他は」
「……」
「他は」
しつこい。本当にしつこい。その執念をもっと別の方向に向けられないものだろうか。
例えば害獣駆除とか。そもそも最後、俺まだ考えてたよね!? 重ねやがって。
そんなことを考えているうちに、ふと違和感が浮かんだ。
「……共通し過ぎなんじゃないですかね?」
教室が少し静かになる。マルクスの目が細くなった。
「何がだ」
「七大陸です」
俺は肩を竦めた。
「だって交流が始まったの百年くらい前ですよね」
「そうだ」
「なのに普通に言葉、通じるじゃないですか」
誰かが眉をひそめる。俺自身も上手く説明しろと言われると困る。
ただ何となく、変だと思っただけだ。
「神聖大陸の人も機巧大陸の人も、普通に会話してるし」
「文字も大体読めるし」
「だから昔はもっと近かったんじゃないか、と。……というか」
マルクスは何も言わない。
だから続ける。
「元は一つだったとか」
静寂。
数秒。
それから笑い声が上がった。
「は?」「一つ?」「大陸が?」「何言ってんだ」
当然の反応だ。俺だってそう思う。なにせ適当に口から出ただけだ。
文句は俺の口に言ってくれ。
だが。
一人だけ、笑わないヤツがいた。
レオンだ。学年首席。誰もが認める優等生。
そのレオンが、椅子を鳴らして立ち上がっていた。
「どこでそれを知った」
「何を?」
「原始大陸説だ」
聞いたことのない単語だった。
「何それ」
「とぼけるな」
「いや、本当に知らない」
レオンの表情が揺れる。
普段の落ち着きが、どこかへ消えていた。
「その説は一般公開されていない」
今度は教室がざわつく。
「は?」
俺も同じ気持ちだった。
「七大陸は元々一つだったという最新の仮説だ」
「へぇ」
「僕も先日父から聞いたばかりなんだ」
いや知らんて。本当に知らない。初めて聞いた。
聞いた上で言うけど全く興味がない。
だがレオンは納得していない。そしてマルクスも。
「座れ、レオン」
低く、何かを押し殺すような声が教室に響いた。
レオンは不満そうな顔をしたが従った。
その後の授業内容はほとんど覚えていない。
理由は簡単だ。
マルクスがずっとこっちを見ている。
怖い。
本当に怖い。
◇
放課後。
校庭を歩きながら、俺は今日の出来事を思い返していた。
『原始大陸説』
うん、知らない。そんなもの知ってるはずがない。
なんだったら今でも興味がない。
なのに何となく、その時急に思いついたのだ。
まぁ、たまにある。
適当に選んだ問題が試験に出たり、勘で曲がった道が近道だったり。そういうやつ。
今回もその延長だろうと思っていた。
ただ、マルクスとレオンが妙に食いついてきたことだけが、なんとなく引っかかっていた。
「おい」
背後から声が飛んできた。振り返るまでもない、悪友ルーク・ガルドだ。
お前、俺が指された時に嬉しそうな顔をしていたこと、忘れないからな。
「何した」
「何もしてない」
「嘘つけ」
「本当に」
「レオンがお前探してるぞ」
「嫌だなぁ」
「マルクスも探してる」
「もっと嫌だなぁ」
ルークが吹き出した。
「また面倒事拾ったな」
「拾ってないし、またってなんだ」
「毎回そう言う」
否定できなかった。
ルークは俺の横に並び、にやにやしながら顔を覗き込んでくる。
「それで? 今日もモノマネで切り抜けようとしたわけだ」
「Fake itな」
「出た」
「出たってなんだ」
「自称正式名称」
「暫定正式名称だ」
「誰も呼んでねぇだろ」
「俺が呼んでる」
「自称じゃねーか」
否定できないのが腹立たしい。
「でも便利だろ。分かったフリの顔するやつ」
「便利ではある」
「だろ?」
「便利ではあるが、格好良くはない」
「じゃあ、やっぱFakeなんとかだな」
「Fake it」
「はいはい、モノマネな」
こいつ本当に友達か?
◇
養成学校三階、教官室。
マルクス・ヴァンハイトは誰もいなくなった校舎の窓際に立っていた。
その手には一冊の論文。
『原始大陸仮説に関する再考察』
発表からまだ二ヶ月。一般公開前の研究だ。
まして養成学校の生徒が知るはずもない。
マルクスは、校庭を歩く少年の背中を静かに見下ろした。
アレン・ヴァイス。
どこにでもいそうな少年。少なくとも本人はそう思っている。
授業中、あの生徒は分かっている顔をしていた。
だが、理解している顔ではなかった。
理解している人間の顔を、していた。
分かっていない顔をしている生徒はまだいい。
分からないものを分からないと顔に出せるなら、止められる。確認させられる。叩き直せる。
本当に危険なのは、分かっている顔をする生徒だ。
そういう者は、現場で確認を怠る。周囲も「あいつは分かっている」と思い込む。
誰も確認せず、誰も止めず、全員死ぬ。
マルクスはそれを知っている。
だから指名した。
だが、返ってきた答えは、ただの分かったフリでは片づけられなかった。
知識ではない。暗記でもない。かといって推論にしては、飛躍が大きすぎる。
ならば――
お前は何を見ている。
窓の向こうでは、当の本人がルークに引きずられながら購買へ向かっていた。
世界の秘密など欠片も知らずに。
もっとも、本人に伝えたところで迷惑そうな顔をして
「やだなぁ、それが俺になんの関係があるんです?」
とか言うのだろうが。
マルクスは論文を閉じた。
アレン・ヴァイス。
お前は何を見ている?
口元が、僅かに歪む。
「面白い」
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
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