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第12話 机上では死なない

昼休み。


俺たちは職員室横の小部屋に呼び出された。


呼び出された、というより、こちらから提出に行った結果、そこで待てと言われた。


非常によろしくない。


小部屋は狭かった。


机と椅子がいくつか置かれているだけで、余計な装飾はない。


窓から差し込む光も弱く、空気まで少し硬い。


しばらくして、マルクスが入ってきた。


手には、俺たちの再編成案がある。


「座れ」


俺たちは素直に座った。


マルクスは椅子に腰を下ろすと、無言で紙を読み始めた。


沈黙が落ちる。


紙をめくる音だけが、やけに大きく聞こえた。


ルークがそわそわしている。


セレスは静かに座っている。


レオンは背筋を伸ばし、真正面を見ていた。


俺はというと、早く何か言ってほしいような、何も言わないでほしいような、よく分からない気分だった。


やがて、マルクスが紙から目を上げた。


「昨日の今日で、よくまとめたな」


意外な言葉だった。


ルークが少し顔を明るくする。


「じゃあ――」


「褒めてはいない」


早い。


ルークの顔が戻った。


実に分かりやすい。


マルクスは紙を机の上に置いた。


「発想としては悪くない」


今度は俺たち全員が少しだけ反応した。


悪くない。


マルクスの口から出ると、それだけでかなりの高評価に聞こえる。


「ただし、紙の上では死なない」


空気が一段重くなった。


マルクスは淡々と続ける。


「レオン」


「はい」


「火力として前を崩す。これは妥当だ。お前の強みを殺す必要はない」


「はい」


「だが、火力を勝ち筋にすることと、火力に依存することは違う」


レオンの表情がわずかに引き締まった。


「お前が崩せる相手なら、お前たちは勝てる。これまでの実習で結果が出ていたのは、その部分が大きい」


「……はい」


「では、お前が崩せない相手ならどうする。お前が前に出られない状況ならどうする。お前が前に出た結果、後ろが崩れるならどうする」


マルクスの問いは静かだった。


だが、逃げ場がない。


「それを考えない火力は、ただの突出だ」


レオンは黙って受け止めた。


「ルーク」


「はい」


「攻撃盾」


マルクスがその単語を読み上げた瞬間、ルークの背筋が少し伸びた。


「正式な職能ではない」


「分かってます」


「本当に分かっているか?」


「……多分」


「分かっていない返事だな」


「すみません」


ルークが珍しく素直に謝った。


マルクスは紙を指で叩いた。


「発想は悪くない。盾士のように攻撃を受け止めるのではなく、剣撃で敵の行動を制限する。お前の性格と適性を考えれば、盾を持たせるよりは現実的だ」


ルークの顔が少し明るくなる。


「だが」


すぐに止められた。


「倒すための攻撃と、止めるための攻撃は違う」


ルークの顔から勢いが消える。


「お前は目の前に倒せそうな敵がいたら、倒しに行く」


「……行きますね」


「そこを変えろ」


マルクスは短く言った。


「攻撃盾を名乗るなら、敵を倒すことより、敵に仕事をさせないことを優先しろ」


ルークは少しだけ黙った。


それから、ゆっくり頷いた。


「分かりました」


今度は、さっきより真面目な声だった。


マルクスは次にセレスを見た。


「セレスティア」


「はい」


「観測」


セレスは静かに頷いた。


「観測士に近い役割を担う、という整理か」


「はい。私は観測士ではありません。ですが、崩れる前の兆しを拾う役割は担えると思います」


「見ることはできるだろう」


マルクスは言った。


「お前はよく見ている。判断も早い」


そこで褒め言葉が終わらないのが、実にマルクスである。


「だが、見えているだけでは意味がない」


セレスの目が少し細くなった。


「見たものを、誰に渡す。どの言葉で渡す。いつ渡す。渡した後、お前はどう動く」


マルクスの問いが続く。


「危険だ、では遅い。違和感がある、では足りない。現場で必要なのは、動ける情報だ」


動ける情報。


その言葉が、頭に残った。


セレスも同じだったのだろう。少しだけ考えるように視線を落とした。


「分かりました」


短い返事だった。


だが、何を考えるべきかは見えているようだった。


そして、最後にマルクスは俺を見た。


来た。


嫌な予感しかしない。


「アレン」


「はい」


「お前は何だ」


予想していた。


予想していたが、実際に聞かれるとやはり困る。


「補助術士です」


「職能を聞いているわけではない」


「ですよね」


言ってから、少しだけ後悔した。


だが、マルクスは特に反応しなかった。


「この再編成案では、レオンが火力。ルークが攻撃盾。セレスティアが観測。そこまでは分かる」


マルクスは俺を見据えた。


「で、お前は何だ」


重い。


紙には書いた。


状況設計。

観測情報の整理。

前線維持の補助。

撤退判断。


言葉だけなら、並べられる。


でも、それを自分の役割だと腹の底から言えるのかというと、まだ少し怪しい。


「俺は」


言葉が止まった。


3人の視線を感じる。


レオンの視線はまっすぐだった。

ルークは黙っている。

セレスは、静かに俺を見ていた。


逃げるな。


そんなことを言われたわけではない。


けれど、そう見えた。


「俺は、その3つが噛み合う場所を作ります」


マルクスは黙っている。


「レオンが攻める場所を作る。ルークが止める場所を作る。セレスが見つけた危険を拾う」


昨日と同じ言葉だ。


だが、今は少しだけ重く感じる。


「戦う前に想定を作って、戦っている間にズレを直す。危なくなったら、撤退を決める」


口にするたび、嫌になる。


撤退を決める。


それはたぶん、格好いい役割ではない。


「勝つためだけじゃなくて、生きて帰るために、形を作る」


そこで、ようやく言葉が止まった。


小部屋の中が静かになる。


マルクスはしばらく俺を見ていた。それから、短く言った。


「曖昧だな」


ですよね。


心の中で即答した。


「お前の役割は、聞こえはいい。だが、実体が見えにくい」


「はい」


「指示役なのか。補助役なのか。撤退判断役なのか。状況を読む役なのか。全部をやるつもりなら、真っ先に潰れる」


胸の奥が少しだけ冷えた。


お前が一番危うい。


あの言葉が、今になって形を持った気がした。


たぶん、ここだ。


「お前は、自分が帳尻を合わせれば何とかなると思っている」


「……思ってはいないです」


「なら、思っていない動きをしろ」


返す言葉がなかった。マルクスの言葉は正しい。俺は、無意識にそうしている。


ズレたものを拾う。

崩れた場所を支える。

何とか大丈夫そうに見せる。


それで上手くいっていたから、余計に危ない。


「再編成案としては、悪くない」


マルクスは言った。


「だが、お前たちはまだ役割を紙に書いただけだ」


誰も何も言わなかった。


「役割を決めることと、役割を果たすことは違う」


その言葉は、重かった。


昨日見つけた答えが、否定されたわけではない。


けれど、答えだと思ったものは、まだ入口でしかなかった。


「特にアレン」


「はい」


「お前の役割が曖昧なままなら、この案は崩れる」


「はい」


「ルークは目の前の敵を倒しに行く。セレスティアは見えたものを抱え込む。レオンは前に出る。お前はそれらを全部拾おうとする」


マルクスの視線が鋭くなる。


「その結果、最初に潰れるのはお前だ」


何も言えなかった。


ルークが何か言おうとして、やめた。


レオンも黙っている。


セレスは、俺ではなく、机の上の再編成案を見ていた。


たぶん、言葉の意味を噛み砕いている。


「だから」


マルクスは紙を持ち上げた。


「3日後の実技演習で試す」


俺たちは顔を上げた。


「内容は?」


レオンが聞いた。


「救援と撤退だ」


その言葉に、俺は少しだけ息を止めた。


討伐ではない。


突破でもない。


救援と撤退。


マルクスは、最初から俺たちの勝ち筋を封じるつもりだ。


「想定はこうだ。味方側の拠点に、敵と誤認された負傷者が捕虜として拘束されている」


「味方側の拠点、ですか?」


ルークが聞いた。


「そうだ」


マルクスは淡々と続ける。


「その捕虜は、表向きは敵側の人間だ。だが実際には、こちらが敵方に送り込んでいた密偵である」


小部屋の空気が、少しだけ変わった。


「密偵であることは機密だ。拘束している番人にも知らされていない。事情を明かして解放を求めることはできない」


「つまり」


レオンが静かに言った。


「味方に捕らえられている味方を、味方に事情を明かさず救出する、ということですか」


「そういうことだ」


マルクスは短く答えた。


「番人も味方だ。だが、事情を知らない以上、お前たちの行動を妨害する。演習上は敵役として動く」


「でも、味方なんですよね?」


ルークが眉をひそめる。


「そうだ。だから傷つけるな」


ルークは露骨に嫌そうな顔をした。


「めちゃくちゃ面倒じゃないですか」


「現場は面倒だ」


即答だった。反論の余地がない。


「目的は、捕虜となっている対象を救援し、全員で撤退することだ。討伐点はない」


「討伐点がない?」


ルークが聞き返す。


「そうだ」


マルクスはルークを見た。


「妨害役を突破しても、対象を救えなければ失敗だ。目的を見失うな」


ルークが黙った。


実に分かりやすい。


「対象を救援できなくても失敗。情報を漏らしても失敗。番人を傷つけても失敗だ」


「……条件、多くないですか」


「現場は親切ではない」


これも即答だった。


非常によろしくない。


だが、言っていることはよく分かる。


この条件なら、敵を倒せば終わり、という話にはならない。


レオンが強くても、斬れば失敗する相手がいる。

ルークが前に出ても、倒してはいけない相手がいる。

セレスが見えていても、伝えなければ意味がない。

俺が全部を拾おうとすれば、たぶん真っ先に詰まる。


つまり、俺たちが紙に書いた役割が、本当に役に立つのかを試す課題だ。


嫌な予感しかしない。


「レオン」


「はい」


「お前がいくら強くても、番人を斬れば失敗だ。相手を排除することと、目的を果たすことは違う」


「はい」


レオンの表情が引き締まった。


「ルーク」


「はい」


「お前は敵を倒すな。止めろ。動かすな。仕事をさせるな」


「……はい」


「攻撃盾と言うなら、そこを間違えるな」


ルークはいつものように軽口を返さなかった。


思ったより難しいことを言われていると分かっているのだろう。


「セレスティア」


「はい」


「対象の状態、番人の視線、撤退経路の危険。見えるものは多い。だが、見えたものを抱え込めば遅れる」


「はい」


「必要なのは、動ける情報だ」


セレスは静かに頷いた。


「分かりました」


「アレン」


「はい」


「お前が全員を支えようとしたら、その時点で終わりだ」


胸の奥に、重いものが落ちた。


「誰を動かすか。何を捨てるか。どこで退くかを決めろ」


何を捨てるか。


その言葉だけ、妙に重く聞こえた。


救援と撤退。


それは、誰かを助ける課題だ。


けれど、全部を拾おうとすれば、たぶん全員が動けなくなる。


助けるために、何かを捨てる。


考えただけで、嫌な汗が出そうだった。


「分かりました」


声は出た。


理解はしている。


マルクスの言っていることは、たぶん正しい。


けれど、理解したことと、腹が決まることは別だった。


マルクスは俺たちを一通り見た。


「正解ではない」


再編成案の紙が、机の上に戻される。


「だが、考えた跡はある」


その言葉に、ほんの少しだけ空気が変わった。


認められたわけではない。合格でもない。


ただ、完全に切り捨てられたわけでもない。


それだけで、少しだけ息がしやすくなった。


「なら、証明しろ」


マルクスは短く言った。


「その役割で、本当に生き残れるのか」


誰もすぐには返事をしなかった。


紙の上の答えは、紙の上でしかない。


そんな当たり前のことを、今さら突きつけられている。


けれど、不思議と昨日ほど重苦しくはなかった。


何を試されるのかは見えた。何が足りないのかも、少しだけ見えた。


見えたなら、考えられる。考えられるなら、まだ終わりではない。


「やります」


最初に答えたのは、レオンだった。


「やるしかねぇだろ」


ルークが続いた。


「ええ」


セレスも頷く。


3人の声を聞いてから、俺も頷いた。


「やります」


マルクスはそれ以上何も言わなかった。


ただ、再編成案の紙を俺たちに返した。



小部屋を出てから、ルークが小さく息を吐いた。


「紙の上では死なない、か」


「嫌な言葉だな」


俺が言うと、ルークは肩をすくめた。


「でも、あの人が言うと説得力ありすぎるんだよな」


それはそう。反論の余地がない。


廊下に出ると、窓の外に実技場が見えた。


3日後、あそこで俺たちの答えが試される。


レオンは火力。


ルークは攻撃盾。


セレスは観測。


俺は、その3つが噛み合う場所を作る。


そう決めた。


けれど、マルクスは言った。お前は何だ、と。


その問いだけが、まだ胸の奥に残っている。


答えは出した。


でも、出した答えを形にできるかは、まだ分からない。


分からないまま立ち止まっていても、何も変わらない。


なら、やってみるしかない。


紙の上に書いた俺たちの答えが、本当に答えになるのか。


それは、3日後の実技場で試されることになった。

ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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