第11話 考えた跡
答えが見えた。
そう思った翌日、俺たちは早速つまずいていた。
理由は単純である。
昨日見つけた答えを、紙に書こうとした瞬間、急に胡散臭くなったのだ。
「攻撃盾って、字面だけで勝てそうだよな」
ルークが机の上に身を乗り出しながら言った。
場所は教室の隅だった。
朝の授業が始まる前。
俺たちは昨日決めた再編成案を、紙にまとめようとしていた。
提出するなら、当然、文章にしなければならない。
マルクス相手に口頭説明だけで済ませようなどという考えは、命知らずのすることである。
「強いかどうかはともかく、正式な職能ではないことは書いておいた方がいいだろう」
レオンが冷静に言った。
「なんでだよ。いずれ正式になるかもしれねぇだろ」
「それを今、教官に主張する必要はないと思う」
「夢がねぇなぁ」
「夢ではなく、提出物だ」
レオンはさらりと言った。
正論である。ルークは不満そうだったが、反論はできないらしい。
「では、ルークはこうかしら」
セレスが紙を覗き込みながら言った。
「職能は剣士。役割は攻撃盾。敵の攻撃を直接受けるのではなく、剣撃によって敵の行動を制限し、味方への攻撃機会を減らす」
「おお」
ルークが目を輝かせた。
「なんか、すげぇちゃんとしてる」
「ちゃんと書いているもの」
「俺の攻撃盾が立派になってる」
「あなたのではないわ」
「いや、俺のだろ」
「今は、あなたの役割ね」
「そう、それだ」
ルークは満足げに頷いた。
単純である。だが、悪くない。
本人がその気になっているなら、それだけで大きな意味がある。
ただ、少しだけ引っかかるものはあった。
攻撃盾。
言葉だけ聞けば、たしかに強そうだ。
ルークも気に入っている。たぶん、かなり気に入っている。
けれど、その言葉の中には、前に出るという響きがある。
受けるのではなく、攻めて止める。
それはルークらしい。
ルークらしいからこそ、間違えればそのまま突っ込むだけになってしまう。
けれど、今ここで水を差すほどのことでもない。
少なくとも、今はまだ。
「セレスは?」
俺が聞くと、セレスは自分の欄に視線を落とした。
「職能は軽剣士。役割は観測」
「観測士じゃなくていいのか?」
ルークが首を傾げる。
セレスは少しだけ考えた。
「観測士は正式な職能として存在しているわ。私が言っているのは、それに近い役割を担うという意味よ」
「なるほどな!」
「本当に分かった?」
「何となく!」
「不安ね」
セレスはそう言って、自分の欄へ視線を戻した。
観測。
攻撃盾や火力に比べると、ずいぶんと地味な言葉だった。
けれど、簡単なことではない。
セレスには時々、俺たちには見えていないものまで見えているように思える瞬間がある。
ただ、それを言葉にしたところで、俺たちがすぐ動けるとは限らない。
昨日の俺たちは、そこで少しだけ噛み合わなかった。
それでも、整理としては分かりやすい。
神官がいないからといって、誰かがいきなり神官になれるわけではない。
盾士がいないからといって、ルークが盾士になるわけでもない。
観測士がいないからといって、セレスが観測士に登録するわけでもない。
足りない職能そのものを埋めるのではなく、足りない機能を今いる4人で分担する。
俺たちが昨日見つけた答えは、そういうものだった。
「レオンは?」
「剣士。役割は火力」
レオンは自分の欄を見ながら言った。
「前に出て、敵を崩す。そこは大きく変えない」
「強い」
ルークが言った。
「文字にしても強い」
「僕としても、少し物騒に見えるね」
「実際物騒だからいいんじゃねぇか?」
「そういうものか」
レオンは真面目に頷いた。
そこは流してもよかったのではないかと思う。
「で、アレンは?」
ルークが言った。
俺は手元の紙を見た。
一応、欄はある。
職能は補助術士。
そこまではいい。
問題は、役割である。
昨日、俺は言った。
レオンが攻める場所を作る。
ルークが敵の行動を阻害する。
セレスが見つけた危険を拾う。
その3つが噛み合う場所を作る。
言葉にすれば、たぶんそういうことだ。
だが、紙に書こうとすると途端に怪しくなる。
噛み合う場所を作る。
何だそれは。
自分で言っておいて、なんだかフワっとしている。
非常によろしくない。
「戦況を作る、でいいんじゃねぇの?」
ルークが言った。
「それ、偉そうなんだよ」
「じゃあ、いい感じにする係」
「却下」
「分かりやすいのに」
「分かりやすさにも限度がある」
レオンが少し考えてから言った。
「状況設計、というのはどうだろう」
「急に難しくなったな」
ルークが顔をしかめる。
「でも、近いと思うわ」
セレスが言った。
近い。
そう言われても、すぐには頷けなかった。
状況を設計する。
響きだけなら、確かに格好いい。
けれど実際には、レオンをどこへ出すか、ルークに何を邪魔させるか、セレスの言葉をどう拾うかを決めることになる。
つまり、味方の動きに口を出す役だ。
格好いい、で済ませられるほど気楽なものではなかった。
「戦う前に想定を作る。戦っている間は、私が拾ったズレを受けて修正する。危険が大きくなれば撤退を決める」
「それは昨日、アレンが言っていたな」
レオンが頷く。
「なら、役割は状況設計と戦況判断。あるいは、撤退判断も含めるべきかもしれない」
撤退判断。
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ胸の奥が重くなった。
勝つための役割なら、格好いい。
守るための役割も、分かりやすい。
危険に気づく役割も、必要だと分かる。
だが、撤退を決める役割というのは、妙に重い。
誰かが行けると思っている時に、下がれと言う。
誰かが勝てると思っている時に、諦めろと言う。
誰かが助けたいと思っている時に、間に合わないと判断する。
それを俺がやる。
嫌な予感しかしない。
いつものようにそう思ったのに、今回は少しだけ笑えなかった。
「アレン?」
レオンがこちらを見た。
「いや」
俺は紙を見直した。
「必要なら書く」
「必要なら、ではなく、必要だと思うわ」
セレスが言った。静かな声だった。
「私が危険に気づいても、それをどう扱うかを決める人が必要だもの」
「自分で決めてもいいんだぞ」
「決められる時は決めるわ。でも、私が見たものを全部私が処理するなら、昨日の決意が無駄になるわ」
全部、自分で支えに行かない。昨日、俺がセレスに言ったことだ。
言った本人が、今さら重さから目を逸らすのはどうなのか。
非常によろしくない。
「分かった」
俺は頷いた。そして紙に書いた。
補助術士。
役割、状況設計。
戦況判断。
観測情報の整理。
撤退判断。
書いてみると、やはり重い。
「これ、俺だけ仕事量多くないか?」
「今さらだろ」
ルークが即答した。
「お前、いつも何か色々やってるじゃん」
「雑にまとめるな」
「じゃあ、すごく色々やってる」
「雑さが増しただけだ」
ルークは笑った。
少しだけ、空気が軽くなる。
俺はたぶん、こういうルークの軽さに何度も救われている。
本人には決して言わないが。
「では、これで提出しよう」
レオンが紙を整えた。
字面だけ見ると、なかなか立派だ。
立派すぎて、逆に不安になる。
けれど、昨日よりは、自分たちが何に失敗したのかが見えている。
少なくとも、考えた痕跡分くらいは。
紙の上では、何とでも言えるのだ。
問題は、それをマルクスがどう見るかだ。
それが通用するかどうかを知るまで、もうそれほど時間はなかった。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
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