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第10話 組み直すもの

授業の内容は、ほとんど頭に入らなかった。


黒板に書かれた文字は見えている。

教官の声も聞こえている。


だが、その意味が頭の中で形になる前に、別の言葉が割り込んでくる。


誰かを入れ替えろ。


足りない職能を補完しろ。


考えずに続けることだけは許さん。


非常によろしくない。


こちらとしても、考えていないわけではない。

むしろ考えすぎて、授業がほぼ素通りしている。


これはこれで問題なのだ。


「アレン」


隣から小さな声がした。


ルークだった。


「今、何ページだ?」


「知らん」


「お前もかよ」


「お前よりは、分かっている顔をしていた自信がある」


「意味あんのか、それ」


「ない」


ルークは小さく舌打ちした。


実に分かりやすい。


前の席では、レオンが真面目にノートを取っている。


さすがである。


ただ、いつもより筆の動きが少し遅い。


たぶん、レオンも全部が頭に入っているわけではない。


セレスは背筋を伸ばして座っていた。


いつも通りに見える。


だが、時折、視線が黒板から少しだけ外れる。


あれも、別のことを考えている顔だ。


つまり、全員だ。


全員が授業を受けているふりをして、別のことを考えている。


実によろしくない。



放課後。


俺たちは、実技場裏の空き区画にいた。


授業で使うには狭く、剣を振るには少し窮屈で、だからこそ人が少ない場所だ。


空は相変わらず曇っている。


昼に見た時よりも、雲が低くなった気がした。


ルークは置かれていた木箱に腰を下ろし、何度目か分からないため息をついた。


「で、どうすんだよ」


誰もすぐには答えなかった。


リシアには断られた。


治癒魔法を扱える神官を新しく入れるのは難しい。

盾士を探すにしても、都合よく空いている生徒がいるとは思えない。


結局、話はまた最初に戻ってくる。


誰かを入れ替えろ。


その言葉だけが、頭の中でずっと残っていた。


「なぁ、アレン」


ルークがこちらを見た。


「お前のお得意のモノマネで、何とかならないのかよ?」


「Fake itな」


俺は反射的に訂正した。


「あと、そんな便利機能があってたまるか」


「だってお前、試験のヤマ当てるの妙に上手いじゃん。そんな感じで今回もどうか一つ」


「答えがある試験と一緒にすんな」


口にしてから、少し遅れて、その言葉が頭の中に残った。


答えがある試験。


そもそも、そんなものは一種の未来予知じゃないか。

そんな壊れスキルなら、是非とも欲しい。


そう悪態をつきかけて。


止まった。


「あれ?」


ルークが首を傾げる。


「どうした、アレン?」


「ん、いや……ちょっと待って」


何かが引っかかった。


本当に小さな引っかかりだった。


けれど、一度気づくと、喉元に刺さった小骨みたいに無視できない。


「何だこれ。今、何か引っかかった」


「何が?」


「分からない」


「分からないのかよ」


「分からない。けど、たぶん大事なことだ」


俺は腕を組んだ。


答えがある試験。


答えがない現場。


マルクスは言った。


考えずに続けることだけは許さん。


つまり、正解を当てろとは言っていない。


考えろと言った。


なら。


「……再編成って、何だ?」


自分でも、少し変な問いだと思った。


ルークが眉をひそめる。


「今それ聞く?」


「今だから聞いてる」


「組み直すってことだろ」


「何を?」


「何をって……パーティを?」


「パーティの何を?」


ルークは口を開けたまま止まった。


レオンが、少しだけ顔を上げる。


「メンバーとは限らない、ということかい?」


早い。


さすがである。


その言葉で、頭の中にあった曖昧な輪郭が少しだけ形になった。


「そう」


俺は頷いた。


「俺たちは、再編成をメンバー変更だと思った。誰かを抜いて、誰かを入れることだと思った」


「違うのか?」


ルークが聞く。


「普通はそうだと思う。教官も、たぶんそのつもりで言ってる」


「じゃあ駄目じゃねぇか」


「でも、パーティは人の集まりだけじゃない」


俺は言った。


「誰が何をするか。その役割の組み合わせも、パーティの形だ」


セレスの視線が、静かにこちらへ向いた。


「役割を組み直す、ということ?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


「今、思いついたばかりだからな」


正直、自信はない。


ただ、何かが見えた。


俺が考えたというより、どこかにある答えの輪郭を、指でなぞったような感覚だった。


気持ち悪い。


けれど、悪い気持ち悪さではない。


「問題は、誰と誰が組むかだけじゃない」


俺は続けた。


「何ができて、何ができないかだ。前に出る力と、場を見る力はある。けれど、守る力と立て直す力が足りない」


3人が黙って聞いている。


「だったら、考えるべきなのは、誰を外すかじゃない。今いる4人で、守る力と立て直す力をどう作るか、でもいいはずだ」


口にしてみると、かなり無茶に聞こえた。


でも、誰かを外すよりは、ずっとましだ。


「まず、レオン」


俺は言った。


「お前は火力だ」


レオンが少しだけ瞬きをした。


「火力?」


「前を崩す役。敵を倒す役。勝ち筋を作る役」


俺は言った。


「ここを変えたら、たぶん全部崩れる」


レオンは少し黙ったあと、静かに頷いた。


「僕が前に出ること自体は正しい、と教官も言っていた」


「そう。だから変えない」


問題は、その後だ。


レオンが崩せない相手が出た時。

レオンが前へ出られない時。

その瞬間に、形を失う。


そこを埋める役がいる。


俺はルークを見た。


ルークは嫌そうに眉を寄せた。


「俺を見るな」


「まぁまぁ」


「俺は盾士になる気はねぇぞ」


「盾士になれとは言ってない」


「でも、今そういう目だった」


「まぁな」


「認めんなよ」


ルークが立ち上がりかける。


「盾持って前で受けろって話なら、俺じゃなくていい」


「受けろとは言ってない」


「じゃあ何だよ」


少し苛立ちを見せるルークの言葉に、俺は答えた。


「攻めて止める」


ルークの眉が動いた。


「……攻めて止める?」


「敵の攻撃を受けるんじゃない。敵に攻撃をさせない。剣撃の圧で前を塞いで、味方に手を出させないんだ」


ルークは黙った。


さっきまでの嫌そうな顔が、少しだけ変わる。


「つまり、剣で弾幕を張るってことか?」


「言い方は雑だが、まあ近い」


「盾で受けるんじゃなくて、攻撃で盾の役割をする」


俺は言った。


「言うなれば、攻撃盾だ」


「攻撃盾」


ルークがその言葉を繰り返した。


「正式なジョブ名じゃないぞ。今、俺が勝手に言っただけだ」


「攻撃盾……」


ルークはもう一度呟いた。


それから、急に顔を上げた。


「気に入った!!」


早い。


「今のでいいのか」


「いい! 盾って聞くと地味だが、攻撃盾なら話が違う」


「単純だな」


「名前は大事なんだよ」


セレスが少しだけ口元を緩めた。


「ひょっとしたら、いつか本当に職能名になるかもしれないわね」


ルークの目が分かりやすく輝いた。


「だろ!?」


「まだ決まっていないわ」


「いや、決まった。俺は今日から攻撃盾だ」


「早い」


「こういうのは早い方がいい」


ルークは完全に乗っていた。良いのか悪いのかは分からない。


だが、嫌々盾役を押しつけられるよりはずっといい。


「つまり」


レオンが言った。


「ルークは攻撃によって敵の動きを抑える。僕が崩せない相手や、味方に攻撃が向いた場面で、前線を乱させない」


「そんな感じだ」


俺は頷いた。


「ただし、倒すための攻撃じゃない。止めるための攻撃だ」


「なるほどな!」


ルークが言った。


「本当に分かったのか?」


「何となく!」


「不安しかない」


「でも気に入った」


「そこは揺るがないのか」


「揺るがねぇ」


まあ、今はそれでいい。


次はセレスだ。


「セレスは」


俺が言う前に、セレスがこちらを見た。


「私は、何をすればいいのかしら」


「見る役」


「今も見ているわ」


「ただ見るだけじゃない」


俺は少し考える。


セレスの役割は俺と似ている。


だからこそ、ここは間違えてはいけない。


「セレスは、崩れる前に気づく役だ」


「崩れる前?」


「レオンが押し切れない兆し。ルークが止めきれない兆し。俺の指示が遅れている時。敵が何かを隠している時」


俺は言った。


「そういう、まだ形になっていないズレを最初に拾う」


セレスは黙って聞いていた。


「俺は全体を組む。でも、全部を最初に気づけるわけじゃない」


それは仕方ない。仕方ないが


「俺が作った想定から、何がズレているのか。どこが危ないのか。それを一番最初に見つけるのがセレスだと思う」


「観測士、ということかしら」


セレスが言った。


「たぶん、それが近い」


「攻撃盾よりは地味ね」


「攻撃盾の語感が強すぎるんだ」


ルークが胸を張る。


「だろ?」


「褒めてない」


「いいじゃねぇか。観測士も格好いいだろ」


ルークが言う。


「全部見えてる感じがする」


セレスは少しだけ考えた。


「全部は見えないわ」


「そこ真面目に返すのかよ」


「でも、見落とさないようにすることはできる」


セレスの声は静かだった。


「崩れの兆しを見る。必要なら、アレンに伝える。あるいは、私が先に動く」


「そう」


俺は頷いた。


「ただ、全部自分で支えに行かない」


セレスの指先が、わずかに動いた。


「……それをやると、私まで崩れるから?」


「そういうこと」


「ええ。そうね、その通りだと思うわ」


少しだけ、悔しそうだった。


けれど、反論はしなかった。


「だから、セレスは気づく。俺に渡す。必要なら自分も動く。でも、全部は持たない」


セレスは小さく息を吐いた。


「分かったわ」


短い言葉だった。


だが、今はそれで十分だった。


「で、アレンは?」


ルークが聞いた。


「俺は」


少し言葉に詰まる。


場を見る。

声を出す。

帳尻を合わせる。


それが危ういと言われた。


なら。


「俺は、戦況を作る」


3人が黙った。


自分で言っておいて、少し大きく出すぎた気がした。


「いや、言い方が偉そうだな」


俺は額に手を当てる。


「崩れてから無理やり合わせるんじゃなくて、最初からこう動くって形を作る」


「司令塔、ということかい?」


レオンが聞いた。


「そんな格好いいものじゃない」


「でも、近いと思うわ」


セレスが言った。


「アレンが声を出すと、私たちは動きやすくなるもの」


「それが危ないって言われたんだが」


「だから、場当たり的に支えるのではなく、先に決めておくのでしょう?」


セレスは嬉しそうに言った。


「崩れてから合わせるのではなく、崩れた時にどう動くかを決めておく」


その言葉は、俺の中にすっと入ってきた。


「それだ」


俺は頷いた。


「俺は、戦う前に想定を作る。戦っている間に、セレスが拾ったズレを見て修正する。ズレが大きくなりすぎたら、撤退を決める」


言いながら、少しずつ形になっていく。


「レオンが攻める場所を作る。ルークが止める場所を作る。セレスが見つけた危険を拾う」


俺は息を吐いた。


「それが、俺の役割だと思う」


ルークが少し黙ったあと、言った。


「つまり、俺たちをいい感じに動かす係か」


「まとめ方が雑だな」


「合ってるだろ?」


「だいたい合ってる」


「ならいいじゃねぇか」


よくはない。


だが、今はそれでいい気もする。


「回復手段は?」


レオンが聞いた。


当然の問いだった。


「そこは、まだ足りない」


俺は正直に言った。


「薬と道具だけでは駄目だって言われたし、神官もいない。それは解決してない」


「じゃあ、やっぱ駄目じゃねぇか」


「でも、完全に埋める方法がないなら、被害を出さない形を作るしかない」


俺は言った。


「怪我をしない前提じゃない。怪我をする前に崩れを止める。怪我をしても、そこから逃げる手順を決める。誰が担ぐか、誰が足止めするか、誰が撤退経路を見極めるか」


言いながら、頭の中に少しずつ形ができていく。


「搬送訓練はAだった」


レオンが言った。


「簡易野営はBだったが、搬送は悪くなかった」


「そう。俺たちは回復できない。でも、運ぶことはできる。逃げることはできる。崩れ切る前に撤退することはできる」


「それは、立て直す力に含まれるのかしら」


セレスが言った。


俺は少し考えた。


「少なくとも、倒れた味方をその場で治す力ではない」


俺は答えた。


「でも、死なせずに場から引き剥がす力ではある」


セレスは小さく頷いた。


「教官はなんて言うかしらね」


「さぁな」


「でも、これが私たちの考え抜いた答えだわ」


ルークが立ち上がった。


「じゃあ、決まりだな」


「何が?」


「レオンがぶった斬る。俺が攻撃盾で止める。セレスが見つける。アレンが何かいい感じにする」


「最後が雑すぎる」


「合ってるだろ?」


「だいたい合ってるのが腹立つ」


レオンが小さく笑った。


セレスも、ほんの少しだけ口元を緩めた。


解決したわけではない。


足りないものが、急に埋まったわけでもない。


神官はいない。盾士もいない。

俺たちは欠陥パーティだと言われたままだ。


それでも。


さっきまで見えなかった答えの輪郭が、少しだけ見えた。


レオンは火力。


ルークは攻撃盾。


セレスは観測。


俺は、その3つが噛み合う場所を作る。


「再編成案を出せ、だったな」


俺は言った。


「次の実習までに」


レオンが頷く。


「なら、まとめよう。教官に提出できる形にする必要がある」


「書くのか?」


ルークが嫌そうに言った。


「当然だろ」


「口でいいじゃねぇか」


「マルクス相手にそれは危険だ」


俺は即答した。


「絶対に突っ込まれる」


「だよなぁ」


ルークは天を仰いだ。


「面倒くせぇ」


「死ぬよりはましだ」


俺が言うと、ルークは黙った。


その言葉は、軽口のつもりだったが、言ったあとで少しだけ重くなった。


その時に死ぬのは、お前だけとは限らない。


考えずに続けることだけは許さん。


マルクスの声が、まだ耳に残っている。


「……まあ、やるか」


ルークが言った。


レオンが頷く。


セレスも頷いた。


俺も頷いた。


誰かを外すことが答えだとは、もう思えなかった。


俺たちは欠けている。


なら、欠けたまま進むのではなく。


欠けた場所を見つけて、役割を組み直す。


それが、今の俺たちに出せる答えだった。


ようやく、前に進むための形が見えた気がした。


ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!

筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;

この物語を少しでも気に入っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の凄まじいモチベーションになります。

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