EP 7
禁断の扉、クラウスの覚醒
「……よし。それじゃあ、この『ゲーセン』の主にご挨拶といこうか」
俺は腰のフライパン(ミスリル製)を構え、地響きを立てて開く巨大なシャッターを見据えた。
イグニスが拳を鳴らし、クラウスが剣の柄に手をかける。
警備ドローンたちが一斉に動きを止め、シャッターの奥から現れる『巨大な影』に道を譲った。
ゴゴゴゴゴゴ……プシューーーッ!!
重厚なスモーク演出と共に、ついにその姿が露わになる。
「な、なんだあれは……! 巨大な……女の魔神!?」
イグニスが目を剥いた。
スモークの中から現れたのは、全高五メートルはあろうかという巨大な少女の姿。
頭にはネコミミ、体にはフリルのついたエプロンドレス(メイド服)。
その魔神が、鼓膜を破らんばかりの甘ったるい声で叫んだ。
『お帰りなさいませぇー! ご主人様、お嬢様ぁっ♡』
「「「…………は?」」」
俺たちは完全に拍子抜けして、構えていた武器を下ろした。
「……ただの立体映像の看板じゃねぇか」
「ホロ……? 幻影魔法の一種か? しかし、この破壊力(声のデカさ)は……!」
シャッターの奥に広がっていたのは、ピンク色のネオンと、ファンシーな家具で統一されたメルヘンチックな空間。
そして入り口のアーチには、キラキラした文字でこう書かれていた。
【 メイドカフェ・リラクゼーションエリア(※セーフティーゾーン) 】
「セーフティーゾーン……つまり、安全地帯か」
俺が呟くと同時に、ワラワラと奥から等身大の自動人形たちが現れた。
彼女たちも全員、完璧なメイド服を着ている。
「ご主人様たち、外のゲームで暴れすぎちゃダメですよぉ? さあ、こちらでお休みください♡」
メイドロボの一人がウィンクをすると、追ってきていた警備ドローンたちは『ピガッ』と音を立てて引き返していった。
どうやら、このエリアには警備システムが介入できないルールらしい。
「助かった……! 休憩できるのね!」
「もう足がパンパンよ〜」
キュララとキャルルが安堵の声を上げ、ピンク色のソファーに倒れ込む。
俺たちもそれに続き、ひとまず休憩を取ることにした。
◇
「ご主人様♡ 冷たいおしぼりとお水です♡」
席につくや否や、メイドロボたちが完璧な笑顔と無駄のない所作でおしぼりを提供してきた。
俺やイグニスは「お、おう、サンキュー」と適当に受け取ったが……一人だけ、様子のおかしい奴がいた。
「…………」
クラウスだ。
彼は、メイドロボが恭しくおしぼりを差し出したままの姿勢で、雷に打たれたように固まっていた。
「……ど、どうしたんだ。これは……」
「クラウス? おしぼり、受け取らないのか?」
「い、いや……彼女たちの、この『無私の奉仕』……。己の身を低くし、ただ主人のために尽くすその姿勢……。こ、これは……!!」
クラウスの瞳が、何かとんでもない真理に気づいてしまったかのように見開かれる。
「――『究極の騎士道』ではないか……!!」
「「は?」」
俺とイグニスは思わず声が揃った。
「見ろ、リアン! 彼女たちの所作には一点の曇りもない! 常に主人の快適さを優先し、見返りを求めない! 僕たち騎士が目指すべき『忠義の姿』がここにある!!」
「いや、ただのプログラムされたロボットだぞ」
「プログラムだとしても、この精神性は本物だ! ああ……僕は今まで、剣を振るうことばかりに囚われていた! 真の護衛とは、この『メイド』のような存在になることだったのか!」
完全に解釈違いを起こしている。
生真面目すぎる優等生が、異文化に触れて脳の処理が追いつかず、バグを起こしたらしい。
そこへ、別のメイドロボが料理を運んできた。
リーザが追加で頼んだ(お湯の代わりにメダルを使った)オムライスだ。
「お待たせしましたぁ♡ 特製オムライスです! 今から、もっと美味しくなる『魔法』をかけちゃいますね♡」
メイドロボが両手でハートの形を作る。
「ご主人様もご一緒に! せーのっ! ……萌え萌え〜、キュンッ♡」
「も……萌え萌え……キュン……ッ!?」
クラウスが胸を押さえて後ずさった。
その顔は、致死量のダメージを受けたかのように真っ赤に染まっている。
「な、なんだこの胸の高鳴りは……! 僕の心臓が、早鐘のように打っている……! これが『萌え』……!? 騎士の闘気をも凌駕する、未知の力……!」
「クラウスくん、顔がだらしないわよ。配信に乗せられないわ」
「……リアン様、このオムライスも美味しいですわ!」(※リーザはカップ麺の汁を飲みながらオムライスを食べている)
完全にカオスだ。
「メイドとは……素晴らしい。ご主人様と呼ばれるたびに、僕の中の何かが満たされていく……。そうだ、僕は今日から『メイド騎士』を名乗ろう」
「やめとけ、実家(伯爵家)が泣くぞ」
デレデレに顔を崩し、メイドロボに「君のそのエプロンのフリルは、どういう防御効果が?」などと真顔で質問し始めたクラウスを見て、俺は深くため息をついた。
予算ゼロのサバイバルを乗り越え、泥水すすって戦った俺たちのリーダーが、古代のメイド喫茶で陥落した。
ダンジョン、恐るべし。
「……さて、ご主人様たち♡」
クラウスの相手をしていたメイドロボのリーダー格(声が一番アニメ声)が、にっこりと微笑んだまま、声のトーンを一つ落とした。
「当店の『無料休憩時間』は終了です。……これより先は、延長料金をいただくか、お帰りいただくかになりますが……」
メイドロボの目が、ギラーン! と赤く光る。
「メダルをお持ちでない不良客の皆様には、当フロアの『最高責任者』と遊んでいただきます♡」
奥の扉が開いた。
そこから現れたのは、先ほどの巨大看板娘……ではなく。
無骨な鉄の装甲に身を包み、腕に無数の『コントローラー(ジョイスティックやボタン)』を装備した、異形の戦闘ロボットだった。
「……ようやくお出ましだな。『GM』さんよ」
俺は白衣を翻し、前に出た。
クラウスは使い物にならない。イグニスたちはゲームのルールを知らない。
ここから先は、前世でコントローラーを握り潰すほどゲームをやり込んだ、『元・重度のゲーマー』である俺の独壇場だ。




