EP 6
床を這う王女、カップ麺への執念
「あ、これもお宝! あっちにもお宝! ……じゅるり、入れ食い状態ですわぁ!」
警報が鳴り響き、赤いランプが回転するカオスなフロア。
逃げ遅れた俺が視線の先で捉えたのは、ドレスの裾を泥(というかゲーセンの埃)で汚しながら、四つん這いになって床を這い回る王女の姿だった。
「おい、リーザ! 何やってるんだ、早く逃げるぞ!」
「ああっ、リアン様! 来てはいけませんわ、ここは私の『聖域』ですもの!」
リーザは両腕いっぱいに、ジャラジャラと鈍い光を放つメダルを抱えていた。
彼女が這いつくばっているのは、メダルゲームが密集するエリアだ。
筐体の隙間、椅子の下、あるいはカーペットの綻び。そこには長年、歴代の冒険者たちが落としていった「忘れ物」が、掃いて捨てるほど落ちていたのだ。
「拾っても拾ってもメダルが湧いてきますわ! 伝説の『黄金郷』は、こんな足元にあったんですのねぇ!」
「ただの『落ちメダル』だろ! 王女のプライドはどうした!」
俺が呆れて叫ぶが、彼女の耳には届かない。
今のリーザにとって、目の前の銀色の円盤は「食べ物」に直結する魔法のチケットにしか見えていない。
「ビーッ! ビーッ! 侵入者、オヨビ器物破損者ヲ排除シマス……」
天井から、球状の警備ドローンが数機、ウィーンと降りてきた。
その銃口(と言ってもゴム弾っぽいが)が、這いつくばるリーザに向けられる。
「しまっ……! リーザ、危ない!」
「――邪魔ですわッ!!」
バキィッ!!
リーザが反射的に、手近にあったメダルの入ったバケツを振り回した。
遠心力の乗った重量級の打撃がドローンを直撃し、警備メカは火花を散らして『UFOキャッチャー』の景品出口へと叩き落とされた。
「……たく、食い意地が張った時のこいつは、魔王よりタチが悪いな」
俺は溜息をつき、リーザの首根っこを掴んで強引に立たせた。
「ひゃうっ!? ま、待ってください! あと三枚、あそこに『レジェンド』な輝きのメダルが……!」
「いいから来い! ほら、あそこのカウンターを見ろ!」
俺が指差したのは、フロアの奥にそびえ立つ、ガラス張りの巨大なショーケース。
そこには、この施設の『景品交換所』があった。
「あ……あぁっ! あれは……!!」
リーザの動きがピタリと止まった。
彼女の瞳が、一点を凝視して金色に発光する。
ショーケースの最上段。
スポットライトを浴びて神々しく鎮座していたのは、白いプラスチック製の容器。
赤い文字で力強く書かれた、見覚えのあるロゴ。
【 伝説の保存食:神麺〜醤油味〜 】
必要メダル:10,000枚
「……やっぱりあったか」
俺は苦笑した。
前世で何度も見た、あのフォルム。
この世界の住人からすれば「古代の魔法の食べ物」かもしれないが、俺からすればただの懐かしのジャンクフードだ。
「あれですわ……! あれこそが、私が夢にまで見た『お湯を入れるだけで天国に行ける』という伝説の麺……!」
「レートが高いな。一万枚か」
「足りませんわ! まだ五千枚くらい足りませんわぁぁ!!」
リーザが絶叫し、再び床に這いつくばろうとする。
だが、その時。
「――景品交換、受ケ付ケマス」
カウンターの奥から、エプロンをつけた自動人形がヌッと現れた。
店員ロボだ。
「リーザ、今のうちに拾ったメダルを全部出せ! 足りない分は……リリス! お前の『黄金のウンチ』を見せろ!」
「えっ、あれを!? 嫌ですわ、これは私の幸運の……」
「いいから! ほら、ロボ! この『謎の黄金アイテム』も査定に入れろ!」
俺はリリスが持っていたキーホルダー(ガチャのハズレ)を奪い取り、メダルの山と一緒にカウンターへ叩きつけた。
ロボの目が赤く点滅し、高速で査定を始める。
『メダル……4,800枚。不明ナ黄金オブジェクト……レア度SS、査定額5,200枚。合計10,000枚。承認シマス』
「ええっ!? あのウンチ、そんなに価値があったんですの!?」
「『SS(最高に・シュール)』だったんだろうな」
ウィィィィン……。
ガラスケースが開き、ロボが丁寧に『カップ麺』を取り出した。
そして、それは恭しくリーザの手に捧げられた。
「……あ……あぁ……」
リーザは震える手で、その白い容器を抱きしめた。
三日三晩何も食べなかった修行僧のような、神々しい表情だ。
「手に入れましたわ……。ついに、ついに……!」
「感動してるところ悪いが、まだ終わりじゃないぞ」
俺は近くにあった『給湯コーナー』を指差した。
そこには、魔法(電気)で沸かされた熱湯が出る蛇口があった。
「お湯を入れなきゃ、それはただの硬い乾燥物だ」
「あっ、そうですわね! リアン様、やり方を教えてくださいまし!」
俺は慣れた手つきで蓋を半分まで剥がし、中の乾燥具材(エビや謎肉)を確認した。
……うん、品質は保たれている。
蛇口をひねり、内側の線まで熱湯を注ぐ。
「……三分待て。いいか、絶対に開けるなよ」
「さ、三分……!? そんなに長い間、この『香ばしい匂い』に耐えろというのですか!?」
蓋の隙間から、醤油と香辛料の混ざった、あまりにも暴力的なジャンクの香りが漂い出す。
それは美食の限りを尽くした王女ですら、膝を屈するほどの誘惑。
「……二分……。もう二分経ちましたわよね……?」
「まだ十秒だ。落ち着け、クラウスとイグニスが警備ロボを食い止めてくれてる間に食べるぞ」
「「オラァァァ!! 早く食えよぉぉ!!」」
背後では、クラウスが魔法剣でロボを払い、イグニスがドローンを素手で握り潰して時間を稼いでいた。
配信用のカメラを回すキュララも、「早く! 実食シーン撮らせて!」と急かしてくる。
ピピピッ。
「……よし、三分だ。開けていいぞ」
「いただきますわぁぁぁ!!!」
リーザが蓋を豪快に引き剥がし、備え付けの割り箸(これも古代遺産)を割った。
湯気と共に、黄金色の縮れ麺が姿を現す。
ズルズルッ! ズルルルルッ!!
「――ッッ!!!」
一口食べた瞬間。
リーザの全身がビクンと跳ね、背景に宇宙が広がった(キュララの演出エフェクト)。
「……美味しい……。何ですのこれ、信じられませんわ……!」
「だろ?」
「麺が……麺が縮れているから、スープをこれでもかというほど連れてきますの! そしてこの『謎の肉』! 噛めば噛むほど、未知の旨味が溢れ出しますわぁ!!」
リーザは涙を流しながら、一心不乱にカップ麺を啜り続けた。
三ツ星シェフである俺が、丹精込めて作ったカツカレーの時よりも感動している気がするが……まあ、この『ジャンクの完成度』には勝てない時もある。
「ふはぁ……! ごちそうさまでしたわ……!!」
最後の一滴まで飲み干し、リーザは空の容器を掲げて満足げに微笑んだ。
その顔には、一ミリの悔いもなかった。
『警告。フロアマスター・プロトコル、起動。排除対象ヲ特定シマシタ』
しかし、宴の終わりを告げるように、床が激しく振動し始めた。
フロアの奥、巨大なシャッターが開き、そこから蒸気を吹き出しながら巨大な影が姿を現す。
「……あーあ。ゆっくり味わう暇もなかったな」
俺は腰のフライパンを握り直し、現れた『巨大な敵』を見据えた。
「おい、お腹いっぱいになったか? リーザ」
「はいっ! 力がみなぎってきましたわ!」
「よし。……それじゃあ、この『ゲーセン』の主にご挨拶といこうか」
最深部のフロアマスター。
その正体は、俺たちの想像を絶する『遊びの達人』だった。




