EP 5
音速の連打、太鼓の達人(物理)
「こっちだ! 早く来い!」
鳴り響く警報サイレン(エラー音)から逃れるように、俺たちはゲームフロアの奥へと駆け込んだ。
イグニスのパンチングマシーン破壊事件からわずか数分。すでにこの『古代遺跡』における俺たちのマナーは最悪の部類に入っている。
「はぁ、はぁ……。まったく、君たちは加減というものを知らないのか!」
「ガハハ! 機械がヤワすぎるのが悪いんだろ!」
説教するクラウスと、全く反省していないイグニス。
そんな二人をよそに、ウサギ族のキャルルが、ピカピカと光る巨大な筐体の前でピタリと足を止めた。
「ねぇねぇリアン! これって打楽器だよね? どうやって遊ぶの?」
キャルルが指差したのは、大きな二つの『和太鼓』がドカンと据え付けられたリズムゲーム機だった。
画面には、デフォルメされた可愛い太鼓のキャラクターが楽しそうに飛び跳ねている。
「ああ。画面の右から流れてくる『音符』に合わせて、タイミング良く太鼓の面や縁を叩くゲームだ」
「ふーん! リズム感と動体視力が試されるわけね! ウサギ族の私にピッタリじゃない!」
キャルルはピョンと跳ねて、太鼓の前に立った。
彼女の持ち味は、マッハを超えるとも言われる圧倒的な『素早さ』だ。
「よし、やってみな。一応、備え付けの『バチ』があるから……」
「バチ? そんなプラスチックの棒じゃ、私のスピードにはついてこれないよ」
キャルルは俺が差し出したバチをスルーし、腰から自身の愛用武器――『ミスリル製ダブルトンファー』をシャキーン! と抜き放った。
「えっ」
「『マイバチ』ってやつでしょ? これなら私の全力に耐えられるわ!」
「いや、耐えられないのは太鼓の方だ! 筐体を壊す気か!?」
俺のツッコミを無視し、キャルルは素早くメダルを投入した。
『ドンッ! 曲を選んでね!』
軽快な音声と共に、選曲画面が現れる。
キャルルは迷うことなく、カーソルを一番右の『極悪難易度』のフォルダに合わせた。
「えーと、難易度は……『鬼』! これが一番やりがいありそう!」
「おい馬鹿、やめろ! その曲(BPM300超えのボス曲)は人間が叩けるように作られてない――」
『フルコンボ、目指すドン!』
ゲームがスタートしてしまった。
スピーカーから、鼓膜を突き破るような超高速のヘヴィメタルが流れ出す。
そして画面には、もはや一本の『線』にしか見えないほど密集した音符の群れが、猛スピードで右から左へとなだれ込んできた。
「「「ひっ……!?」」」
あまりの密度に、クラウスやキュララが息を呑む。
だが、キャルルの赤い瞳は、その音符の隙間を完璧に捉えていた。
「……ふっ。止まって見えるわ」
キャルルがトンファーを構えた。
そして、最初の音符が判定枠に重なった瞬間。
「シィィィッ!!」
ドドカカドドカカドドカカドカッ!!
キャルルの腕が、完全に『ブレ』て消えた。
残像すら見えない。
あるのは、空気を切り裂く風切り音と、ミスリルが太鼓の面を叩き据える爆音だけだった。
「な、なんだあの速さは……!? 剣の素振りでも、あそこまでの連撃は不可能だぞ!」
「キャーッ! キャルルちゃんカッコいい! 弾幕エグい!!」
クラウスが驚愕し、キュララが配信カメラをドアップにする。
画面の判定は、全て最高評価の『良』。
コンボ数が、100、200、500と、凄まじい勢いでカンストに向かっていく。
キャルルはもはや音楽を聴いているのではなく、自身の刻むビートで空間を支配していた。
ババババババババッ!!!
太鼓から、打撃音ではなく『銃撃戦』のような音が鳴り響く。
そして、曲のラスト。
画面を埋め尽くす怒涛の長連打ゾーン(連打した分だけ得点が入るアレ)。
「うおおおおおっ!! 仕上げのぉぉぉ!! 『バニー・ガトリング』!!」
キャルルのトンファーが限界を突破した。
摩擦により、太鼓の面から白い煙が上がり始める。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
『……フルコンボ、だドン!!(震え声)』
曲の終了と同時に、リザルト画面が表示された。
【 SCORE: 9999999 】(NEW RECORD!)
【 MAX COMBO: 1500 】
「ふぅ……。いい汗かいたわ」
キャルルは額の汗を拭い、トンファーをクルクルと回して腰に収めた。
やり切ったアスリートのような、爽やかな笑顔だ。
だが。
「……キャルル。お前のトンファー、見てみろ」
「え?」
彼女のミスリル製トンファーの先端は、摩擦熱で真っ赤に焼け焦げ、ジュゥゥゥと白煙を上げていた。
そして、肝心の『和太鼓』の筐体は――
「…………」
ボロッ……。
太鼓の革(強化合成樹脂)が完全に破れ、中の配線がむき出しになってショートしていた。
バチバチッ! と火花が散り、筐体全体が哀愁を漂わせて沈黙する。
「……あ、あれ? 叩きすぎちゃった……?」
「叩きすぎだ馬鹿野郎!! だから備え付けのバチを使えと言ったんだ!!」
俺は頭を抱えた。
パンチングマシーンに続き、音ゲーまでも破壊。
この『古代遺跡』の被害総額は、すでに天文学的な数字になっているはずだ。
「ヒャッハー! すげぇぞキャルル! 俺様もあの太鼓ぶっ壊してぇ!」
「壊すな!!」
『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』
『警告。筐体ノ深刻ナ破損ヲ複数検知。防衛レベルヲ上昇シマス……』
再び、先ほどよりも一段と大きなサイレンがフロアに鳴り響いた。
天井の照明が赤く点滅し始める。
「や、ヤバいわリアン! 完全に怒らせちゃったみたい!」
「君たちのせいだろうが! ああもう、騎士の誇りが台無しだ! 逃げるぞ!」
クラウスの悲鳴を合図に、俺たちはさらにフロアの奥へとダッシュした。
だが、全員で走り出そうとした時、俺は一人足りないことに気がついた。
「……ん? リーザはどこだ?」
振り返ると、赤色灯の点滅するフロアの隅で、四つん這いになって床を這いつくばっている王女の姿があった。
「リーザ! 何やってるんだ! 早く来い!」
「あっ、リアン様! 見てください! ここにも金貨が落ちてますわ!」
彼女の腕の中には、他の客(古代人)が落としていったであろうメダルが、山のように抱えられていた。
この緊急事態に、ハイエナのような執念で床のメダルを拾い集める王女。
彼女の視線の先には、『景品交換所』と書かれた煌びやかなカウンターがあった。
そしてそこには、彼女が探し求めていた『伝説の保存食』の姿が……。
「……たく、どいつもこいつも欲望に忠実すぎるだろ」
俺はため息をつきながら、リーザの首根っこを掴むためにUターンした。




