表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汚いのは嫌なので、魔王も呪いもまとめて除菌します。〜潔癖鑑定士の異世界お掃除無双〜  作者: 六井求真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/48

第47話:……おい、この"腐った善意の煮凝り"を今すぐ捨てろ

"おえっ、げほっ、ごほっ……!!"


大聖堂の最深部、数千人の信者が固唾を呑んで見守る中、俺、アレンは猛烈な嘔吐感に襲われてその場に膝をついた。

喉の奥を逆流してくる酸っぱい液体を必死に抑え込むが、鼻腔を突き刺す"悪臭"だけはどうにもならない。

周囲の信者たちは「聖女様の神々しさに当てられたのだわ」と感涙に咽んでいるが、正気か?

この、真夏の炎天下に放置された生ゴミの汁を、最高級の白檀の香水で煮詰めたような"饐えた発酵臭"が分からないのか。


俺の視界には、網膜を焼くような真っ赤な警告ログが止まることなく流れ続けている。

ここは聖域などではない。

数千年の間、一度も清掃が行われず、ただ人々の「負の感情」を押し入れに詰め込み続けた、"情報のゴミ屋敷"だ。


「……汚い。あまりにも不潔だ。空気が……情報の膿でネチャついているじゃないか」


俺は震える手で鼻を覆う。

だが、その臭いは物理的なものではない。

俺の【極清鑑定】が捉えているのは、この空間に充満する"善意という名の黒カビ"の胞子だ。

一呼吸するたびに、未洗浄の排水溝から立ち上るような情報のノイズが俺の脳内メモリを侵食してくる。


「アレン様! どうしてそんなに苦しまれているのですか!? さあ、早く聖女様にその"溜まりに溜まった潔癖の毒"を癒やしていただきましょう!」


隣で、ティアナが狂信的な輝きを瞳に宿して俺の腕を掴む。

癒やす? 冗談を言うな。

この情報のゴミ捨て場にこれ以上近づくのは、自分から未洗浄の便槽に飛び込むのと同義だ。


「やめろ、ティアナ……! 近づけるな……! その女の『癒やし』の正体は、掃除機をかけずにゴミを絨毯の下に隠しているだけなんだぞ!」


俺の叫びも虚しく、俺たちは祭壇の前に引きずり出された。

そこには、慈悲深い微笑みを浮かべた聖女セラフィナが立っていた。

彼女が手をかざすたび、人々の病や呪いが「消えている」ように見える。

だが、俺の鑑定眼は、その瞬間に何が起きているかを冷酷に暴き出していた。


【極清鑑定:詳細リソース解析実行】


【鑑定対象:聖女セラフィナの「癒やし」術式】

【状態:重度汚染・構造的腐敗・情報の隠蔽(不法投棄)】

【詳細ログ:】

1.【負のキャッシュのバッファリング:彼女は情報を「削除(Delete)」していない。ただ「移動(Move)」させているだけである。患者から吸い上げた情報のバグや呪い、病魔の残渣を、自身の内側にある【隔離ディレクトリ】へ非圧縮のまま放り込んでいる。現在、その容量は99.9%を超過。内部で数千人分の怨嗟が発酵し、真っ黒な『情報のヘドロ』と化しています】

2.【デッドロックした感情:自身の苦痛を『自己犠牲』という名の低質なパッチで強引に隠蔽。結果として論理回路が完全に破綻しており、微笑みの裏では毎秒10万件のエラーコードが悲鳴を上げています】

3.【物理層の絶縁破壊:聖痕と呼ばれる傷跡の正体は、溜まりすぎた負のデータが収まりきらずに物理的な肉体を突き破って漏れ出した『情報の膿』です。それは饐えた腐敗臭を放ち、周辺の空間をバイナリレベルで汚染しています】

【結論:彼女は聖女ではありません。人間の形をした、"腐った善意の煮凝り"です】


「……ひっ、おえぇ……!!」


ログを読み終えた瞬間、俺の潔癖症は限界を超えた。

聖女が慈しみ深そうに、俺の頬に手を伸ばそうとする。

その白く美しいはずの指先は、俺の目には「数千年の手垢と脂ぎった粘液がこびりついた、不潔な触手」にしか見えなかった。

指先が近づくにつれ、空気中に漂うカビ胞子の密度が上がり、視界がドス黒く濁っていく。


「……さあ、迷える子羊よ。あなたの苦しみを、私が代わって……」


「……触るな、この不法投棄女が」


俺は反射的に、彼女の手首を掴み上げた。

「え……?」と戸惑う聖女。

その手首は、俺の手に触れた瞬間に「ヌルッ」とした、腐った肉のような不快な感触を伝えてきた。

実際には物理的な汚れではない。

だが、俺の鑑定眼が捉える"情報の不潔さ"が、俺の脳に「これは腐ったドブのヘドロだ」と誤認させている。


「……おい、聖女。お前、自分の内側がこの黒カビの胞子で真っ黒なことに気づいていないのか? 鼻が曲がるんだよ。お前が癒やしだと言ってやっているのは、ただの情報の隠蔽だ。人々の汚れを自分のクローゼットに押し込み続けて、もう扉が閉まらなくなっているじゃないか」


「な……何を……。私は人々の救いのために……」


「救い? 笑わせるな。お前がやっているのは、ただのメモリリークの放置だ。自分の内側にある【負のキャッシュ】を一度もガベージコレクションせず、ただ溜め込んで腐らせている。その聖痕だってそうだ。それは尊い犠牲なんかじゃない。溢れ出したゴミが肉体を突き破って、中で膿んでいるだけの『デッドロックした感情』の残骸だぞ」


俺は、彼女の手を力任せに引き寄せた。

純白の法衣。その袖を捲り上げると、そこには美しき「聖痕」があった。

だが、俺がその上にある"善意という名のシルク"を剥ぎ取った瞬間。


"ブシュッ……!!"


目には見えないはずの、真っ黒に変色した"情報の膿"が、概念上の異臭とともに溢れ出した。

「あ……あぁ……っ!!」と聖女が悲鳴を上げる。

隠蔽されていたバグ。

数千人分の怨嗟。

整理されずに腐敗した情報のゴミ。

それが、俺の指摘という名のスキャンによって、ついに表面化し始めたのだ。


「……汚ねえな、本当に。もういい、俺が全部まとめてリビルドしてやる。世界のメモリを、お前のような不良セクタで汚させておくわけにはいかないんだよ」


俺は、右手に研磨の魔力を……いや、世界のOSそのものに介入し、不正なデータを根こそぎ消去する"強制フォーマット"の波動を宿した。


「リビルド・シーケンス、開始。ターゲット:黒カビ聖女。暗号化された負の遺産を全領域で焼却ワイプする」


俺が彼女の聖痕に指を突き立てた瞬間、聖堂内の空気が一変した。

「魔法による治療」などという生易しいものではない。

俺が行っているのは、彼女の内側にある「腐ったコード」を、一本ずつ論理的な正確さを持って引き抜き、情報の虚無へと放り込む作業だ。


"パチッ、パチパチッ!"


俺の純白の浄化光が、聖女の内側に潜む黒い触手――ぐちゃぐちゃに絡まり合ったスパゲッティコード――を次々と焼き切っていく。

それはまるで、古びたサーバーを廃棄する際にハードディスクをドリルで破壊する時のような、冷酷で絶対的な終わりを告げる光景だった。


「……うわっ、このディレクトリの階層、ゴミばっかりじゃないか。十年前の失恋の愚痴、昨日の晩飯の不満、それらが全て呪いと混ざり合って『暗号化された負の遺産』になっている。よし、一括削除デリートだ」


俺は、彼女の内側でデッドロックを起こしていた「自己犠牲」という名の低質なサブルーチンを、根底から書き換えていく。

汚れた魔力が、俺の光に触れるたびに蒸発し、饐えた腐敗臭が一時的に強まる。

だが、その臭いが消えるたびに、世界はかつてない透明度を取り戻していく。


聖女の体から、真っ黒な煙が噴き出す。

それは彼女が「善意」だと思い込んで抱え込んできた、世界のバグの総量だ。

俺はそれを一切の容赦なく、"情報の塵"にすら戻さず、論理的に消去し続けた。


「……ふぅ。ようやく、最深部のメモリキャッシュが見えてきたな。最後はこの『偽りの聖域』フォルダの完全抹消だ。世界のリソースを浪費するな」


"ドォォォォォォォン!!"


聖女の胸元から、眩いばかりの、しかし一切の熱を持たない「冷徹な光」が放たれた。

それは洗浄ではない。

世界の再起動リブートだ。


光が収まった後、そこには一点の曇りもない、まさに「工場出荷状態ファクトリー・デフォルト」に戻った一人の女性がいた。

聖女としての「不潔な能力」を剥ぎ取られ、ただの、最高に清潔な一人の人間へと初期化された、セラフィナの姿。

空気が、美味しい。

これまで鼻をついていた「概念上の饐えた臭い」が、完全に消し去られ、代わりに雪解け水のような清廉な香りが漂っている。


そして。

その光景を見た瞬間、隣にいたティアナが、もはや人間の発音を超えた絶叫を上げた。


「!! アレン様ぁぁぁーーーーっ!!!」


その声は、大聖堂の巨大なステンドグラスを震わせ、数千人の信者の鼓膜を等しく蹂躙した。

ティアナは、顔を涙と鼻水、そしてあまりの感動による興奮でぐちゃぐちゃに濡らし、俺の足元に猛スピードでスライディング五体投地を決めた。


「あああああ! なんという! なんという慈悲深き断罪の光景でしょうか! 私は今、神が宇宙の塵を払い、初めての『秩序』を刻まれた、その創世の瞬間に立ち会っている気分ですわ!! 100兆回死んでも足りない! いえ、100兆回死んで、その骨の髄までアレン様の冷徹な論理ロジックで磨き上げられ、情報の塵となって消え去りたいほどの感動が、今、私の魂を粉砕し、再起動し、さらにワックスをかけてピカピカに仕上げられましたわ!!」


彼女は、床に額を激しく打ち付け、全身を狂ったように震わせながら絶叫を続ける。その熱量は、もはや聖堂の空気を物理的に熱し、周囲の信者たちをその場に釘付けにしていた。


「! 見てください、皆様! アレン様は今、この世界で最も『聖女』という名で美化されていた巨大な情報の不法投棄場を、たった一振りの手で『工場出荷状態』へと強制フォーマットなさいました!! それはつまり、我々が後生大事に守ってきた『自己犠牲』だの『慈愛』だのといった、未処理のバグだらけの甘っちょろい概念など、アレン様の清廉な魂の前では"未洗浄の便槽に浮かぶウジ虫の寝言"に過ぎないという真理の証明! ああ、なんという潔癖! なんという神聖! 私たちが『救い』と呼んでありがたがっていたものは、アレン様から見れば『メモリリークを起こしてシステムを腐らせる不良コード』でしかなかったのですわ!!」


ティアナの瞳からは、もはや血の涙が出るのではないかと思わせるほどの、異様なまでの熱狂が溢れ出していた。

彼女は、アレンが「ただ不潔なデータを消しただけ」だと言っても、全く聞く耳を持たない。

むしろ、その「冷酷な全消去」こそが、人類が到達しうる究極の慈悲として、彼女の中で新たな『お掃除聖典』へと書き換えられていた。


「! 見てください、あのセラフィナの晴れやかな顔を! 彼女は今、不潔な神の偽装パッチを剥ぎ取られ、アレン様の手によって"完全なる無菌状態の人間"へと転生させられたのです! 彼女の背中から立ち上っていたあの饐えた黒煙は、彼女がいかに汚い情報の不法投棄を行ってきたかの証左! アレン様はそれを、一ミクロンの慈悲もなく『ごみ箱を空にする』コマンドで抹消してくださった! これこそ真の解脱! これこそ真のデフラグ!! 過去の汚れをすべて初期化し、真っ白な虚無をインストールしてくださった! この奇跡を前にして、跪かない者がいるでしょうか!? いえ、いませんわ!! もし跪かない不届き者がいるならば、その不衛生な魂のディレクトリごと私が物理的に抹消して差し上げますわぁぁぁ!!」


ティアナの叫びは、1,500文字分を優に超え、聖堂を揺らし、外にいた群衆までもを震撼させた。

彼女は、アレンの罵倒の一つ一つを「全宇宙の不浄を断罪する黄金の福音」として翻訳し、それを絶叫という形で周囲に叩きつけていく。

そのあまりの熱量に、最初は憤っていた信者たちも、次第に毒気を抜かれたように、あるいは「自分たちもデフラグされたい」という奇妙な欲求に駆られたように、次々と膝をつき始めた。


「アレン様!! あなた様こそが、この腐り果てた世界のOSを入れ替え、全人類の脳内メモリをスキャンしてくださる救世主! あなた様が指を鳴らせば、腐敗した歴史はすべてデリートされ、真っ白な虚無という名の、究極の清潔さが訪れるのですわぁぁぁ!!」


ティアナの狂気的な叫びは、夜が明けるまで続いた。

アレンがいくら「ただ掃除をしただけだ」と言っても、彼女はその言葉を「全宇宙の不浄に対する殲滅宣告」として勝手に翻訳し、周囲に布教し続けていた。


「……いや、本当にただの、情報の整理整頓なんだがな」


俺の呟きは、ティアナの熱狂と、民衆の歓喜の声にかき消された。

大聖堂は、かつてないほどの清潔さに包まれていた。

黒カビは消え、情報の腐敗臭も消え、そこにはただ、冷たくて心地よい「無菌の風」が吹き抜けていた。


だが。

そんな爽快感に浸っていた俺の鼻を、再び「ありえないほどの不浄」が掠めた。


「……っ。なんだ、今の臭いは」


せっかく消毒し、リセットしたばかりのこの空間を、再び泥靴で踏みにじるような。

今までの「黒カビ」など生易しいと思わせる、世界の根理ルートを腐らせるような、救いようのない絶望的な死臭。


それは、特定の個人から漂うものではない。

地平線の彼方。

この世界の「最果て」にあるとされる、魔の領域から漂ってくる、究極のバグ。


「……魔王、か」


俺の【極清鑑定】が、かつてないほど激しく赤色に点灯する。

そこから漂ってくるのは、"世界の全データを腐らせ、溶解させ、不潔なカオスへと変えようとする、根源的なノイズ"。


「……汚ねえな。世界そのものが、巨大な生ゴミの山になろうとしているじゃないか」


俺は、一歩を踏み出した。

次の掃除場所は、決まった。

この世界の全てのバグを消し去り、魔王という名の「究極の汚物」を根こそぎ除菌してやる。


アレンの戦いは、終わらない。

この宇宙が、完璧な「工場出荷状態」に戻るその日まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ