第46話:微笑む聖女と、隠蔽されたデッドロック
大聖堂の重厚な扉が開かれた瞬間、俺は確信した。ここは、聖域などではない。数千年の間、一度もガベージコレクションが行われなかった、"情報の産業廃棄物処理場"だ。
正面の祭壇に、一人の女性が立っていた。この国の人々が慈悲の母と仰ぐ聖女、セラフィナ。純白の法衣を纏い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる彼女の背後には、神々しい後光が差している。
だが、俺の【極清鑑定】は、その微笑みの裏側にある絶望的な不潔さを、容赦なく暴き立てた。
【極清鑑定:深層リソーススキャン・オーバードライブ】
網膜が、焼けるような赤黒いログで埋め尽くされる。
【警告:観測史上最大級のデータの不整合を検知】
【対象:聖女セラフィナ(個体名:情報のゴミ箱)】
【状態:重度汚染・構造的腐敗・暗号化された負の遺産の集積体】
【詳細解析ログ:】
1.【負のキャッシュの蓄積:過去15年間、彼女が行った"癒やし"の正体は、患者の苦痛を消去することではなく、自身の内側にある"隔離ディレクトリ"への一時的な移動であると判明。現在、その容量は99.9%を超過。内側で数万人の病魔と悪意が、未圧縮のまま腐敗し、情報の黒カビを発生させています】
2.【デッドロックした感情:自身の苦痛を"自己犠牲"という名の低質なパッチで強引に隠蔽。結果として論理回路が完全に破綻しており、微笑みの裏では絶え間ないエラーコードが悲鳴を上げています】
3.【情報の不法投棄:彼女が放つ"聖気"の正体は、内側で収まりきらなくなった負のデータが、発酵して漏れ出した有毒な蒸気です。周囲の信者は、この毒素を浴びてトランス状態に陥っているに過ぎません】
【結論:彼女は聖女ではありません。人間の形をした、情報のブラックボックス……いいえ、ただの"腐った善意の煮凝り"です。即時のフォーマット、および周辺3キロメートルの強制滅菌を推奨します】
「……おえっ。ひどすぎる。これは、魔法ですらない」
俺は、聖女セラフィナを指差し、絞り出すような声で言い放った。
「……おい、聖女。お前、自分の内側が黒カビの胞子で真っ黒なことに気づいていないのか? 癒やし? 救済? 冗談を言うな。お前がやっているのは、掃除をサボってゴミを全部クローゼットに押し込み、その上から綺麗な布を被せて"片付いた"と言い張っているだけの、悪質な隠蔽工作だぞ。その癒やしは、膿んだ傷口の上に、純白のシルクを幾層にも重ねて隠しているだけだ。シルクを剥ぐたびに、中から饐えた発酵臭と、黒く変色した情報の膿が溢れ出すのが見えるんだよ。鼻が曲がるぞ。この情報の不法投棄女」
聖堂内に、凍りつくような沈黙が流れた。信者たちが、信じられないものを見る目で俺を睨みつける。聖女セラフィナも、その美しい微笑みを凍りつかせ、震える声で返した。
「……何を、おっしゃるのですか? 私は、苦しむ人々の痛みを受け入れ、代わって神に祈りを……」
「祈り? 笑わせるな。お前が神に送っているのは、ただの"未処理エラーの転送申請"だろうが。しかも、その申請はすべて拒否されている。神もお前の不衛生さには愛想を尽かしているんだよ。その証拠に、お前の内側にある"負のキャッシュ"は、今この瞬間も腐敗して、饐えた臭いを撒き散らしているぞ」
俺の言葉は、冷徹なナイフとなって、聖女の張り付いた微笑みを切り裂いた。彼女の背後に見える"後光"が、俺の指摘と同時に、どす黒い霧へと変色していく。
「……っ。ああ……あああああ!!」
聖女が頭を抱えて崩れ落ちた。彼女が耐えきれず漏らした吐息からは、実際に黒い煤のような魔力の塵が舞い、周囲の石床を瞬時に腐食させていく。隠蔽されていた"汚れ"が、アレンの指摘という名のスキャンによって、ついに表面化し始めたのだ。




