第50花 6人目のダリア
【候補数:7 → 6】
その数字は、残酷なほど静かだった。
誰も触っていない。
誰も選んでいない。
それなのに――
その数字は減った。
そして、階段にはもう誰もいない。
さっきまでいた女子生徒の姿は消えていた。
声も。
気配も。
存在した痕跡すら。
「……名前」
スズランが呟く。
壁に手をついている。
「思い出せない」
涙が落ちる。
「何も思い出せないのに……」
唇が震える。
「すごく……悲しい」
アスターは何も言えなかった。
悲しい。
それだけが残っている。
記憶は消えた。
名前も消えた。
でも……
感情だけが残った。
まるで――
世界が処理しきれなかったエラーみたいに……
「帰ろう」
ダリアが言った。
その声に全員が振り向く。
ダリアは、いつものダリアだった。
笑っている。
落ち着いている。
だからこそアスターは気づいた。
「お前」
ダリアの顔を見る。
「震えてるぞ」
沈黙が流れた。
ダリアの笑顔が少しだけ止まる。
「見ないでよ……」
その声は驚くほど小さかった。
ダリアのこんな弱い声は初めてだった。
「平気じゃないのか?」
というアスターの問いにダリアは即答した。
「平気なわけないじゃん」
その瞬間。
彼女の仮面が崩れた。
「7人いたんだよ……」
声が震える。
「私が」
拳を握る。
「7人いたの」
その目に、初めて恐怖があった。
「なのに今は……」
震えながらダリアがノートを見る。
「6人になった」
沈黙。
「次は誰?」
その言葉が重い。
「どの私が消えるの?」
ダリアは、無理やり笑おうとするが失敗した。
下手な笑顔のまま質問を繰り返す。
「どれが本物?」
誰も答えられない。
アスターも。
スズランも。
そして。
ダリア自身も。
誰も分からない。
「帰る」
彼女は立ち上がった。
「今日は一人にして」
階段を上っていく。
その背中が小さい。
今までずっと大きく見えていたのに……
初めて、普通の女子高生に見えた。
やがてダリアの姿は消えた。
静寂が訪れた。
「アスター」
スズランの声にアスターがはっとする。
「私」
スズランは言うか迷っているように見えた。
「ダリアのこと、怖いと思ってた」
その声はとても小さかった。
「でも……」
夕日を見る。
「今は違う」
アスターは何も言わずにスズランの言葉を聞いている。
「助けたい」
その言葉に胸が痛む。
なぜなら。
それは。
かつて自分が抱いた感情と同じだったから……
助けたい。
ただそれだけなのに。
助けるたびに世界が壊れていった。
「……スズラン」
「うん」
「助けたら」
言葉を探す。
「もっと悪くなるかもしれない」
スズランは少し考えた。
そして――
「じゃあ」
笑った。
「見捨てるの?」
答えられなかった……
その時、ノートが震えた。
鞄の中で勝手に。
震える手でゆっくり開く。
アスターとスズランが同時に見る。
灰色のページに新しい文字が浮かび上がる。
【次回固定対象】
その下に名前が1つ大きく表示されていた。
【ダリア】
血の気が引いた。
さらに文字が増える。
【固定猶予】
【72時間】
そして最後の一文。
【未固定の場合、候補は順次消滅します】
アスターとスズランは息をのんだ。
候補……
それはつまり、
残り6人のダリア。
72時間後から。
1人ずつ消える。
スズランが息を呑む。
「これ」
声が震えている。
「助けないと」
アスターはノートを見つめた。
72時間。
残り3回のうち。
最初の1回。
それを使う時がついに来てしまった……
ページの最下部。
今までなかった選択肢が現れる。
【第1固定を実行しますか?】
【YES】
【NO】
そしてその下に小さく。
【対象:ダリア】
と書かれていた。




