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クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう  作者: shiyushiyu


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第51花 笑えなくなった理由

 夜十一時過ぎ。


 机の上のノートを見つめたまま、アスターは一文字も書けずにいた。


 【固定猶予 72時間】


 その文字だけが頭から離れない。


 ダリア。


 あと三日。


 それまでに選ばなければならない。


 そんなことを考えていると、スマートフォンが震えた。


 画面を見る。


 ダリア


 初めてだった。


 彼女から電話がかかってきたのは。


「……もしもし」


 返事はない。


 ノイズだけが聞こえる。


「ダリア?」


 数秒後。


 ようやく小さな声がした。


『……起きてた』


「起きてる」


『そっか』


 また沈黙。


 普段のダリアなら、こんな間は作らない。


 軽口を叩いて、相手の反応を楽しむ。


 それが彼女だった。


『ねえ』


「何だ」


『……眠れない』


 その一言が、胸に引っかかった。


 ダリアが弱音を吐く。


 そんな姿を、アスターは一度も見たことがない。


『少しだけ』


 声が震える。


『来てくれない?』


 二十分後。


 住宅街の小さな公園。


 街灯に照らされたブランコが、風もないのに揺れていた。


 その片方に、ダリアは座っていた。


 制服のまま。


 鞄も足元に置いたまま。


「来たんだ」


 笑う。


 でも、その笑顔はいつもの半分も力がなかった。


「来るだろ」


「優しいね」


「違う」


 アスターは首を振る。


「放っておけなかっただけだ」


「……それが優しいんだよ」


 ダリアはブランコをゆっくり揺らした。


 きい、と鎖が鳴る。


「今日は笑わないんだな」


「笑えない」


 即答だった。


「今までなら笑えたんだけどね」


 空を見上げる。


 星は少ない。


 雲に隠れている。


「ねえ、アスター」


「ん?」


「私って、どんな子に見える?」


 不思議な質問だった。


「どんな、って」


「正直に」


 少し考える。


「何考えてるか分からない」


「うん」


「全部見透かしてるみたいで」


「うん」


「……強いやつ」


 ダリアは少しだけ笑った。


「ありがと」


 でも、その笑顔はすぐ消える。


「全部、違うよ」


 静かな声だった。


「私ね」


 胸に手を当てる。


「今、七人いるの」


 アスターは黙って聞く。


「朝起きるとね」


 目を閉じる。


「弟がいる記憶がある」


 少し間を置く。


「でも同時に、一人っ子だった記憶もある」


 また間。


「海を毎日見て育った私もいる」


「この街から一歩も出たことがない私もいる」


「小さい頃、犬を飼ってた私もいる」


「猫しか触ったことがない私もいる」


 笑う。


 笑うしかない、という笑い方だった。


「全部、本物なんだよ」


 その言葉に、アスターは返事ができなかった。


「どれも私の思い出」


「どれも私の家族」


「どれも私の人生」


 声がかすれる。


「でも」


 ノートを見てしまった日から。


「全部が同時にある」


 ダリアは自分の頭を指差した。


「だから最近、人の顔を見るのが怖い」


「どうして」


「この人、本当は初めて会う人かもしれないって思うから」


 アスターは息を呑んだ。


 それは。


 世界そのものが信用できなくなっているということだった。


「私ね」


 ダリアはブランコを止めた。


「ずっと強がってた」


「……」


「だって怖がったら終わりだもん」


 少し笑う。


「笑ってたら、少しだけ誤魔化せるから」


 その笑顔は、痛々しかった。


 今までのダリアの言動が、全部違って見える。


 世界を面白がっていたんじゃない。


 壊れていく自分を見ないために、笑っていただけだった。


「ねえ」


 ダリアがアスターを見る。


「七人の私のうち」


 小さく息を吸う。


「六人は、もう消えるかもしれない」


 72時間。


 その数字が頭をよぎる。


「もし」


 彼女は視線を落とした。


「一人だけ残るなら」


 長い沈黙。


「私は消えてもいい」


 アスターは思わず声を荒げた。


「そんなこと言うな!」


 ダリアが肩を震わせる。


「なんで!」


「なんでそんなこと簡単に言える!」


「簡単じゃない!」


 初めて。


 ダリアが感情を爆発させた。


「怖いよ!」


 涙がこぼれる。


「消えたくない!」


「忘れられたくない!」


「でも!」


 声が震える。


「どれが私なのか分からないの!」


 公園に泣き声だけが響く。


「残るのが私じゃなかったら?」


「残った子が『ダリア』って呼ばれても」


「それ、本当に私なの?」


 アスターは何も言えなかった。


 その問いに答えられる人間なんて、この世界にいない。


「ねえ、アスター」


 涙を拭いながら、ダリアは笑おうとした。


 うまく笑えなかった。


「私」


 小さな声。


「本当は、笑うの疲れた」


 その一言が、何よりも重かった。


 アスターはゆっくりと隣のブランコに腰を下ろす。


「ダリア」


「……なに」


「俺は」


 言葉を選ぶ。


「どれが本物かなんて分からない」


 ダリアは黙って聞いている。


「でも」


 アスターは彼女を見る。


「今、ここで泣いてるお前は、本物だ」


 ダリアの瞳が大きく揺れた。


「だから」


 静かに続ける。


「俺は、お前を見捨てない」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ダリアは声を殺して泣いた。


 初めて。


 誰にも見せたことのない涙だった。


 その夜。


 部屋に戻ったアスターは、ノートを開く。


 灰色のページ。


 新しい文字が、一行だけ増えていた。


 【観測結果:対象の感情変化を確認】


 その下に。


 これまで一度も現れなかった言葉が浮かぶ。


 【固定条件を更新します】


 アスターは息を止めた。


 世界は。


 人の心にまで反応し始めていた。

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