第48花 7人のダリア
【候補数:7】
その文字が、頭から離れなかった。
夕暮れの旧校舎。
ダリアは階段に座り込んだまま動かない。
顔色が悪い。
今までずっと余裕を崩さなかった彼女が。
本当に初めて怯えていた。
「7って何」
スズランが小さく聞くがノートは答えない。
ただページを開いたまま。
沈黙している。
「……知らない」
ダリアが言った。
「でも」
額を押さえる。
「見える」
またその言葉だ。
「何が見えるんだ」
アスターが聞く。
ダリアは目を閉じた。
「私がいる」
「……は?」
「違う私」
声が震えている。
「泣いてる私」
「怒ってる私」
「誰も知らない私」
呼吸が浅くなる。
「知らないのに知ってる」
その感覚は。
スズランが体験していたものと似ていた。
「二重記憶……」
スズランが呟く。
「違う」
ダリアは首を振った。
「2つじゃない」
ゆっくりとダリアが顔を上げる。
「7つある……」
空気が凍る。
アスターは言葉を失った。
スズランも黙る。
7つ……
それはもう。
記憶のズレなんて規模じゃない。
人格が7つあるのと同じだ。
「意味分かんないでしょ」
ダリアが笑う。
でもその笑顔は壊れている。
「私も分かんない」
そして。
「でも1つだけ分かる」
ノートを見る。
「全部、本当に存在した」
ぞっとする。
「存在した?」
「うん」
ダリアはノートを指差した。
「これね」
ページを睨む。
「未来を見てるんじゃない」
沈黙。
「最初から違ったんだ」
アスターの背中に寒気が走る。
「何言ってる」
「未来予知じゃない」
ダリアが言う。
「可能性の観測」
その言葉は――
どこかで聞いた気がした。
ノートの文字。
分岐。
固定。
観測。
全部繋がる。
「だから」
ダリアは笑う。
「7人いる」
「私が選ばなかった未来が」
「全部ここにいる」
スズランが息を呑む。
「じゃあ私も……?」
ノートが反応した。
ページがめくれる。
ばさっ。
新しいページ。
そこには。
【観測者:スズラン】
【候補数:2】
全員が固まった。
「2人?」
スズランが呟く。
その瞬間。
頭を押さえた。
「っ……!」
膝をつく。
視界が揺れている。
「スズラン!」
アスターが支える。
その時だった。
「やっと見つけた」
知らない声だった。
全員が階段の上を振り向く。
そこには誰かが立っていた。
女子生徒で制服姿。
でも。
知らない。
見たことがない。
なのに。
どこかで知っている。
「誰だ」
アスターが言う。
その女子生徒は笑った。
そして。
「ひどいなあ」
首を傾げる。
「昨日まで同じクラスだったのに」
空気が止まった。
昨日。
同じクラス。
そんな人はいない。
はずだ。
でも。
胸の奥で何かが引っかかる。
図書室。
空席。
消えた誰か。
「まさか」
アスターの喉が鳴る。
女子生徒は笑う。
「思い出した?」
そして。
ノートが。
初めて赤く光った。
灰色でもない。
黒でもない。
真っ赤な文字。
【固定失敗個体を確認】
その下。
【削除対象が残存しています】
全員の血の気が引いた。
女子生徒だけが。
嬉しそうに笑っていた。
「ねえ」
一歩。
階段を下りてくる。
「私を消したの、誰?」
その言葉で。
世界はさらに一段、壊れた。




