第四百二十話 ハンマーカンマー
「ホウリお兄ちゃん!海に行こう!」
「沢山食ったばかりだぞ?休まなくていいのか?」
「うん!」
こんなに綺麗な海に来てるのに、部屋にいるだけなんて勿体ない!早く飛び出したくてウズウズする!
「ノエルが良いなら俺も良いぞ」
「やったー!じゃあ行こう!」
「水着は?」
「もう買ってあるよ!」
温泉に入る前に買っておいたんだよね。ふふふ、ノエルってば準備周到。
「それじゃ日が暮れる前にさっさと行くか」
「はーい!」
水着を入れたバッグを持ってホウリお兄ちゃんと一緒に部屋を出る。
「ホウリお兄ちゃんは水着持ってるの?」
「ああ。用意してある」
「さっすが~」
そんな話をしつつウキウキで1階に降りる。1階はエントランスになっていて、受付とか簡単な売店とかあった。ソファーとかテーブルもあって、ゴージャスな服とかアクセサリーをつけた女の人が座っている。
そんなエントランスの中で一番先に目に着いたのは、受付に人だかりだった。
浴衣を着た男の人と眼鏡をつけた女の人がいて、その前に4人の人たちが横一列に並んでいる。
「何かあったのかな?」
「みたいだな」
海に行きたい気持ちもあるけど、何が起きているのか気になる。
「見に行ってみるか?」
「……うん」
ちょっとだけ様子を見て、その後に海に行けばいっか。
「でも、知らない人に詳しいこと話してくれるかな?」
「そこは問題ない」
ホウリお兄ちゃんは気にしていない様子で、人だかりに近づいていく。
「……おや?そこにいるのはホウリさんですかな?」
「さっきぶりだな。何かあったのか?」
どうやら浴衣の男の人はホウリお兄ちゃんの知り合いみたい。だから大丈夫って言ってたんだ。
「その子は?」
「連れのノエルだ。ノエル、この人たちはさっき知り合った───」
「おっと、紹介は自分でするから必要ないですぞ」
男の人はこめかみに手を置いて横を向いた。
「某の名前はコナッツ・ポート。さすらいの作家ですぞ」
「はじめまして!ノエルはノエル・カタラーナって言います!よろしくお願いします!……って、コナッツ?」
どこかで聞いたことがあるような?
「もしかして?シュークリーム事件とかで有名なコナッツ探偵?」
「ほお?某のことを知っているとは、中々に見どころがありますな?」
コナッツ探偵シリーズは日記の小説だ。作者が体験したことをそのまま書いているみたいで、臨場感が凄いって大人気のシリーズで、学校の図書館にもシリーズが全巻おいてある。
「凄い!コナッツお兄ちゃんがあのコナッツ探偵なんだ!」
「ふっふっふ、そうでしょう?ちなみに、こっちは記録係のリゼ君」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
リゼお姉ちゃんが軽くお辞儀をして、懐からメモ帳とペンを取り出す。
「あれ?リゼお姉ちゃんが助手さんじゃないの?」
「リゼ君は助手ではなく、事件の詳細を記録する記録係をしてくれているのですよ。小説を書くときに見直せるようにね」
「事件捜査のためじゃないんだ?」
「事件のときも役立てますがね。しかし、捜査中は情報を忘れないので、あまり役立っているとは言えませんね」
「事件のことは、少しも漏らさず記録します」
気合十分って感じでリゼお姉ちゃんがペンとメモ帳を構える。
「それで?こんなに人を集めてどうした?」
「探偵が人を集めているのですぞ?事件以外ないでしょう?」
コナッツお兄ちゃんが目を輝かせながら話す。
「え!?事件!?どんな!?」
「窃盗事件ですよ。大富豪のご令嬢の指輪が盗まれたんです」
「なるほどな。それは大事件だ」
「事件だとしたら、助手は誰なの?」
コナッツ探偵シリーズでは巻ごとに助手が変わる。依頼人だったり、事件に巻き込まれた人だったり色々だけど、どの人も良いキャラしてるんだよね。助手の人たちの人気投票もあるくらい、助手の人たちの人気は高い。
「そこなんですよ。今回の助手は誰にしようか決めかねていたところなんです」
「え、じゃあ、ノエルが立候補しても良いの?」
助手になったら小説に登場できる!そしたら人気が出ちゃうかも!?これは海に行ってる場合じゃないね。
ワクワクしながら訪ねると、コナッツお兄ちゃんが困ったように頬を掻いた。
「流石に子供を助手にするわけにはいかないですな」
「ええー!?どうして!?」
「子供は興味の対象が何処かに行きやすいのです。捜査中に勝手に海にでも行かれたら困りますからな」
「ノエルそんなことしないもん!」
「あとは単純に危険なのです。犯人を捕まえる際に怪我でもしたらどうするのです?」
「それは……」
大丈夫って言おうとして言葉に詰まる。魔装とかセイントヒールを説明するには、神の使いについて説明しないといけない。それはちょっと困る。
「それに、事件の結末は子供に見せられないものが多いのですよ」
「………………」
「という訳だから、君は大人しくしておいてくれませんかな?」
「……はーい」
いじわるって訳じゃないくて、本当にノエルを心配してくれている。だから、ノエルも我儘なんて言えない。
「と助手はホウリ君に任せたいのだが、良いですかな?」
「分かった」
「二つ返事とは助かりますな」
「ただし、ノエルも傍にいさせてくれ。長時間1人にするのは心配だ」
「それくらいなら別に良いですぞ。もちろん、捜査の邪魔はしないでくれたまえよ?」
「はーい」
ホウリお兄ちゃんがノエルにこっそりとウインクしてくれる。そっか、これで間接的にノエルも捜査できるようになったんだ。流石はホウリお兄ちゃん。
「おーい探偵さん。事情聴取するならさっさとしてくれないか?」
ホウリお兄ちゃんが助手に任命された途端、並んでいた男の人が不機嫌そうに言った。
「失礼いたしました。改めまして、某は探偵のコナッツ。こちらは今回の助手のホウリ君」
「ホウリです」
「あとの2人は我々の連れだから気にしなくてもいいですぞ。それでは、事情聴取を始めましょうか」
「それより、どういう事件なのか教えてくれよ。何も分からない状態じゃ何も話せばいいのか分からないだろ」
「それもそうですな。それでは、事件のあらましを説明しましょう」
コナッツお兄ちゃんがこめかみを抑えつつ、横を向く。決めポーズなんだろうか?
「このホテルの3階に宿泊しているマダムの指輪が行方不明になりました。恐らく盗まれたものだと考えられます」
「ただ無くしただけじゃないの?」
「恐らくそれは無いでしょう。マダムが言うには、指輪は箱に入れて保管していたそうです。しかし、10分ほど席を外した隙に、箱から指輪が消えたとか。念のため某が部屋の中を探しましたが、指輪は発見できませんでした」
「じゃあ、なんで私たちが呼ばれたのです?」
「アリバイが無いのが、あなた達だけだからです。たった10分ですので、アリバイが無い人も少なくて助かりました」
「具体的な犯行時間は?」
「13時20分~13時31分ですな」
なるほど、その時間帯にアリバイが無いのがこの人達なんだ。
「そういえば、ホウリ君も3階に泊っていましたな?何か変わったことは無かったですかな?」
「隣って言っても別の部屋だしな。それに、その時はコナッツと温泉に入ってたし、何かあっても気づきようがない」
「ノエル君も?」
「ホウリお兄ちゃんと同じ~」
その時間は温泉に入ってたし、事件が起きていたことだって分からなかった。事件の役に立てそうな証言はできそうにない。
「ふむ、それは残念ですな」
「俺たちのことは良いから、容疑者たちに事情聴取したほうが良いんじゃないか?また怒り出すぞ?」
「それもそうですな」
コナッツお兄ちゃんが容疑者さん達に向き直る。
こうしてコナッツお兄ちゃんとホウリお兄ちゃんの捜査が始まったのだった。




