08
「大量確保完了っ」
「でも、結構時間がかかっちゃったね」
「確かに、一時間ぐらいかかるとは思っていなかったよ」
おまけに壮也はへろへろだし、時間以上になにかが削られたみたいだ。
まあ、これだけあれば食いしん坊のお腹も不満をこぼしたりはしないはずだ。
「ふぅ……こういうときは女子の方が強いのかもな」
「お疲れ様。ささ、どんどん食べてよ」
「あとでちゃんと金を請求してくれ」
「まあ、覚えていたらね」
だってお祭りはレシートなんてないし、食べていたらそっちに夢中になって値段のことなんてどこかに消える。
ここに来ておいて「これ高くない?」みたいに言うのもアホらしいからこのままなしになる可能性が高いかな。
「ラムネとかかき氷とか冷たい物はこっちにあるぞ」
「おおっ、暑い夏には炭酸がいいよね!」
しゅわしゅわで喉を苛めたときはお酒好きの人達の気持ちが分かるような気がする。
もっとも、炭酸なんかとは違うと言われてしまいそうだけど。
「結局、武藤先輩は先輩に誘われて乗っかったな」
「そりゃそうだよ、あそこで断るようならあの奇麗なおでこに攻撃を仕掛けていたね」
「でも、これだと柑奈さんだけ一人で可哀想な気が……」
「ああ、椿さんならあそこにいるぞ」
あ、い、いたんだ。
手招きしてみると「聞いてください宇藤さーん!」と泣きついてきた。
「……ぐす、だけど邪魔をするわけにもいかないのでこれでいいと思います」
「梨里先輩が素直になってくれてよかったです」
「あの……私も参加していいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
頭を撫でてみたら「ありがとうございます」と笑みを浮かべてくれたけどこれは……。
やっぱりすごいな、薄暗い場所でも隠せないぐらいの魅力がある。
「星さん、流石にそれはどうかと思うよ?」
「はいはい、そんなに怖い顔をしないの」
「うわーんっ、私にはしてくれていないのにー!」
「でもさ、私達は抱きしめるぐらい普通でしょ?」
頭を撫でるよりもよっぽどすごいことをしているのだ。
冷静になった方がいい、そうでもなければ楽しい時間も終わってしまう。
自分のせいでそうなるのが一番きついのだ、思い返したときに死のう、とまではいかなくても引きこもりたくなる類のダメージとなってしまうから。
「あ、そういえばこの前、梨里さんにもしていましたよね」
あれ、一階だったのにどうやって……。
「は?」
「ひぃ!? せ、世良さん助けてください!」
「お、俺を頼られても困りますが!」
「まあまあ、だから風も――いたたっ、折れる折れる折れる!」
……自分がされて嫌なことを相手にするなというやつか。
梨里先輩、この前はごめんなさい。
「していいのは壮也さんか私だけ、分かった?」
「はは、ちゃっかりしているなあ」
「でも、邪魔をしていないのに星さんが頑張ってくれないから困るんだよ……」
「私と壮也がお付き合いを始めたらこんなこともできなくなっちゃうかもしれないんだよ? だったらいまのこの状態は風にとってお得だと思うけど」
自分の欲求に従うならそうでも難しいということか。
好きだな、彼女みたいな子がお友達でよかった。
「そうだけどっ……星さんには……」
「幸せになってもらいたい?」
頷かれてしまった。
うーん、私としてはいまのこの状態で幸せだからなあ……。
「あ、あれ、もしかして宇藤さんと世良さんは……」
「いまはお互いが気になっている状態です」
すぐに答えることができなかった。
ただ、私にもこんな乙女らしいところがあったのかと感動しているところもある。
「そ、そうなんですか? すぐに否定をしないということは風さんの言う通りなのかもしれませんね」
「はい、私はずっと側で見てきているので分かるんです」
なんなら途中は彼女と二人きりの時間が多かったぐらいだ。
「うぅ、なんか『どこかにいけ』と言われているような気が……」
「え? 全くそんなことはありませんよ?」
「ひぃ!? し、失礼しますぅ!」
「ああっ、なんで逃げられちゃったんだろ……」
怒りながらも笑みを浮かべていたりすると普段のそれも怪しく見えてくるというやつだ。
私だって柑奈さんの立場だったら走り逃げているところだと思う。
「ここにいてくれればよかったのにな」
「こういうときに自分が一人だったら寂しいから確かにそうかも」
「俺ももう慣れたからな」
彼女を止めたときみたいに動くべきだったと後悔してももう柑奈さんは近くにはいない。
今度、私の方からいってみることにしよう。
「そういえば壮也さん、さっきはなんであんなに慌てていたの? そんなに私って怖いかな?」
「い、いや、風はいつも通りだ」
「はは、だよね。だからさ、次はあんなに慌てないでくれるとありがたいかな」
まあ、これまでは抑え込んでいたということだから素でいられているのならいいか。
当然、こちらにも同じような感じだったから次からは気を付けるとぶつけておいた。
「それじゃあこれで」
「泊まりにこない? このまま解散は寂しいよ」
「ごめん、お祭りまでは許可してもらえているけど……」
「……分かった、じゃあまたね」
空気を読もうとしているだけなら引っ掴んで連れていくところだけど、そうではないみたいだから諦めるしかない。
「……壮也も?」
「星が求めているなら付き合うぞ」
「いいのっ? それなら私のお家に――いや、壮也のお家にいくよ」
両親にもたまには完全に二人きりでゆっくりしてほしい。
あとは……彼にとってやりやすさが変わってくるからかな。
そろそろはっきりとしてもらいたい。
なにもないならないでいいから。
「別に無理をしなくてもいいよ」
「ううん、壮也のお家がいいの」
「そうか、じゃあ服とか取りにいかないとな」
お世話になるのも違うからとりあえずは上がってもらい、待ってもらっている間にお風呂は済ませてきた。
このぽかぽかしている状態は危険で、座ると移動できなくなるからすぐに移動した。
「部屋か客間か、どっちがいい?」
「壮也が私って決めてくれているならお部屋がいい」
「じゃあ……部屋だな」
彼もお風呂に入らなければならないから一人で待っている間は床に張り付いていた。
あ、乙女みたいに足をばたばたさせて「さっきのって!」と一人で興奮しているわけではなく……はしゃいでいたのと、それなりに長く並ぶことになったのが影響して体力が減っていたからだ。
ベッドみたいに柔らかくなくてもここに寝転べるだけで幸せだった。
「それだと痛いだろ、下からクッションを持ってきたわ」
「お、おかえり」
「おう、結構早く戻れたよな?」
うん、もう少しぐらい時間をかけてくれた方がよかった。
今更ながらに少しずつ……。
「風呂から上がった後でもしっかり考えてくれていてよかったよ。正直、色々薄かったりしたら……やばいからな」
「そ、そんなに違う?」
「そりゃそうだろ」
落ち着け、私らしくいなければならない。
「後で布団を持ってくるよ」
こういうとき、気にならないからとベッドで一緒に寝ないか、みたいに誘うのはよくないのだろうか?
切り替えるとこう、ね? 同じお部屋でも少し距離があることが寂しく感じる。
「ここでいいよ」
「流石にそれはな……」
こういうときはからかうぐらいでいいのだ。
「静井に嫉妬したのか?」みたいに言っていたときのことを思い出してほしい。
あ、「お部屋を選んでもべ、別々でだからね!?」みたいに慌ててあげなければいけなかったのか。
「もう歯を磨いてあるから大丈夫、おやすみー」
でも、もうそのターンは終わってしまったから強引に進めていくしかない。
「待て待て、まだ寝ないでくれよ」
「夜更かしなんてやめるべきよ」
「だってまだ二十一時前だぞ?」
ふむ、暗闇が怖いとかはなくても彼が起きてくれるまで時間をつぶすのは大変か。
仕方がないから体を起こして床にまで戻った、そうしたら「あ……」とまだなにか足りないところがあるみたいだった。
「嫌だったわけじゃないよ」
「いや……星が気にならないなら……」
「はは」
んー彼ならこちらに余裕を与えないぐらいに攻め攻めになるのかと思っていたんだけどなあ。
これならまだ前の方が積極的だった。
名前呼びのときもそうだし、女の私よりも可愛いところを何度も見せてなにがしたいのか。
「な、なんだよ?」
「壮也って可愛いね?」
「は、はあ?」
こんなの数十センチの距離でさえもったいない。
もっと近くにいなければ見落としてしまう。
「ち、近いだろ」
「そうかな?」
「……俺はあんまり近づかないでくれと言われたときは言うことを聞いたが」
「え、近かったよ?」
「ま、マジ?」
えぇ、わざとではなかったのか。
人が汗をかいたときばかりにそうしてきたのにこれって……。
あ、まあ、汗をかいたときぐらいしか「近づかないで」は言わないけどさ。
「あれじゃあまるで汗臭いのが好きとでも言わんばかりの距離だったね」
「汗臭くなかったから……」
「ふふ、気に入りすぎて基準がおかしくなっちゃったんじゃない?」
もうこの話はこれで終わりでいいか。
ここで正直になられすぎてズバズバ言葉で刺されても悲しいだけだ。
「私的にはさ、よく風の魅力に負けなかったなって言いたいかな」
「ふっ、受験のときの星はインパクトがありすぎたんだ」
「もう余裕なかったでしょ?」
「ああ、酷かったな。でも、風に話しかけているときは笑顔でさ、その笑顔がいいと思ったのもあるんだよ」
酷いときに頑張って笑おうとしてもいつものそれとは程遠いもののはずだ。
それをいいと感じてしまうのはそういう顔をさせて困らせたい趣味がある子ということかな。
「あ、そういえば私を積極的に困らせていたもんね」
「全くそんなつもりはないが」
「いやいや、上げてから落とすことを何度もしていましたよね?」
本人の言う通り、試験のときから気に入っていたとしたらあれは逆効果すぎた。
一度上げた分が余計に酷く感じるのだ。
「……星には悪いが、そうしておかないと怖いだろ?」
「いや、普通に褒めるだけにしておいてくれた方がよかったんだけど……」
「悪い……そうできればよかったんだが」
いや本当に慣れていそうな彼が恋愛においては弱かったとは。
可愛いから抱きしめておいた。
「あ、熱いな」と今日は無駄に下げてきたりはしなかったから続けておいた。
「んー」
全然起きてくれない。
スマホなんかに意識がいかないように置いてきたから時間も――なんだ、私が早く起きすぎただけか。
とはいえ、学校がある平日ならそろそろ「ふぁ……」とあくびをしながらお腹を掻きつつも体を起こすところだけど。
「健全だなあ」
なんかこう……好きな女の子が積極的に他の女の子といさせようとしていたぐらいだし、溜まっていた不満を一気にぶつけるとかすればいいのに。
お祭りみたいな大きなイベントの後にその相手がお家に泊まってくれるとか手を出す流れでしょ普通。
まあでも? こと恋愛に限って言えば弱いと分かってしまったわけだから求めすぎるのも酷というやつかもしれない――と、未経験の女はそう片付ける。
「……もう起きていたのか」
「あ、おはよう」
「おう……ふぁ……」
うん、そこは合格。
いまからなにかするわけにはいかないから一旦は帰ることにした。
入浴や歯磨きをしてきたのはいいけど、持ってくるのを忘れてしまっていたからだ。
「ただいまーっと」
「おかえり」
「あれ、お母さん早起きだね?」
「あたしはいつもこの時間には起きているからね。それよりあんたは世良君とどうだったの?」
親としては気になるか。
「ゆっくり話して寝ただけだね」
だけど残念、言えることはこれだけだ。
どう頑張ってもそれだけ、一緒に寝たことなんかはなにも意味がない。
「それだけ?」
「うん、神様に誓ってそれだけ」
「はぁ……私の娘はヘタレだね」
母がこういうことを言うのはいつものことなので気にせずに洗面所へ。
「って、お母さんは私が壮也のことを好きだと思っていたのかな」
「そうだよ」
「うぉっ……む、娘に直接確認する前にその考えは危なくない?」
母の前でも〇〇さんと世良君が仲良くしてくれると嬉しい的なことを言ってきたはずなのに。
「そうなんだね」と答えつつもその内では「あんたが頑張りな」と思っていたのかもしれない。
「だってあんた、毎日帰ってくる度に世良君の話をしていたでしょ」
「えーそれだけで好き判定はちょっと……」
「で、いまは?」
「……いやもう壮也がいてくれないと嫌だけどさ」
「ふっ」
うわあ、これはまた梨里先輩みたいなことを……。
「でも、あたしはまた風ちゃんに来てもらいたいところだけどね」
そういえばやたらとハイテンションだったなあ。
敬語モードだった風をすぐに変えさせた、途中からは風の方がハイテンションだった。
「それなら大丈夫、何回でも連れてくるよ」
「ありがたいことだね」
そう、あの二人が相手をしてくれるのはありがたいことなのだ。
だから感謝の気持ちを忘れてはならない。
「世良君がいなかったらあの子でもよかったかもしれないね」
「お、それはどうして?」
「あんたを見るあの子の目や顔を見たらそう思ってね」
なかなかに鋭いな母は。
あ、壮也からメッセージが、どうやら待ちきれずにお家の前まで来てしまったみたいだ。
ささっと顔を洗ったり、歯を磨いてから外にいこう。
不安な気持ちにはなるべくさせたくなかった。




