06
「あ、静井さんだ」
一人でこっちに向かって歩いてきている。
でも、約束をしているわけでもないし、挨拶程度で別れることになっても寂しくなるだけだから道を変えることにした。
まあ、私の方は暇で仕方がなかったから一人で歩いていただけだから自由だ。
「どこにいこうかなー」
「宇藤さん」
え、はや。
そうか、見えてから変えたせいで逃げているみたいに判断されてしまう危険もあったか。
この少し冷たくも見える顔はそこからきているのかもしれない。
「いま丁度宇藤さんのお家にいこうとしていたところだったので大きく離れてしまう前に会えてよかったです」
「そっか」
「でも、いまわざと変えましたよね?」
ひぇ、こわあ……。
「あー今日は世良君と約束をしていてぇー」
「嘘ですよね、世良君は用事があって一緒にいられないと言われましたから」
え、なに? そういうのもいちいち言うようにしているのん?
それなのに未だに名前で呼んでいないとか、それぞれの進め方があるのだとしても流石にゆっくりやりすぎではないだろうか。
私と違って高校に入って初めて出会ったというわけでもない、なにをしているのかと言いたくなる。
「ふっ、降参だ。私のことはいくらでも自由にしてくれれば――」
「はい!」
ね、熱烈ぅっ!
んーだけどなんだろう。
彼女のこちらを見る目がなんか……。
「あのさあ、いつまでも逃げていてもあれだから聞いちゃうけどさ、静井さんって世良君のことどう思っているの?」
「お友達としては好きな人です」
「なるほど」
「でも、宇藤さん――星さんは違います!」
え、本人は覚えてもいないのに本番のときにちょろっと助けられただけで気に入ってしまったということ……?
「んー敬語を使い続けるようなら嫌かなあ。なんか途中から世良君に対しても敬語を使うようになっちゃってさあ、気になっていたんだよねえ」
「それは……」
「もしかして私にだけじゃない、みたいにしたかったのかな?」
ああ……頷かれてしまった。
それでよく世良君に「敬語はやめろよ」と言われなかったな。
「私と仲良くしたいなら敬語はやめて」
「うぅ……」
「ま、別に敬語をやめなくたって話せなくなるとかじゃないんだけどさ」
というか、私がもう彼女と話せないのは嫌だからね。
離れようとしたって足を引っ掴んででも止めてやるさ。
「せ、星さん」
「んー」
「……ともっと仲良くなりたい」
なんでこうなった。
「他の人と仲良くしてほしい!」と自分優先で動いていなかったからなの?
普通はそうやってなにもしないでいる内に周りがくっついてめでたしめでたしとなるところでしょ。
別に私はたまにでも話せたらそれでよかったのに。
「そんな顔をしないっ、お家にいこう!」
「う、うん」
まあ、〇〇と仲良くしたいと考えて動くのは悪いことではない。
不安でどうしようもないときに助けてもらえて嬉しかった、だからいまこうなっていると片付けよう。
「あ、連れてきたはいいけど、ここには若い子が好むお菓子とかないんだよね。やっぱり買いにいこう――いいって?」
「うん、私もあんまりお菓子とか食べないから」
「だから細いのか。でも、静――風だとご飯も食べていなそうで気になるよ」
私は毎晩、必ずおかわりしている。
お菓子はなくても父がよくアイスを買ってきてくれているから食後にそれも食べる。
お風呂に入ってスッキリして、夜更かしは眠たくなるだけだからしないけど、最近の生活は起きては食べて夜になったら寝て、の繰り返しだ。
「そ、それが結構……おかわりとかしちゃって……」
「えっ、意外」
「そのうえでアイスとかも食べちゃうから……お肉が……」
「細いから気にしない!」
細いうえでお胸もあるなんて最強ですやん。
やっぱり積極的に物理的接触をしていくのは少し微妙なものの、それでもたまに有効活用する程度なら引かれずに上手く使えたはずなのだ。
でも? 同性の私に対してだと効果が――あ、いや、あるか。
「ほら、私のお腹を見てよ」
「細い……ね?」
「風のも見せて?」
うん、私よりも身長が小さいのもあって余計に細く見える。
これ以上は危険だ、そもそもその思考自体が危険だから止めなければならない。
「は……ずかしいよ……」
「私からすればあんなに大胆な水着を着て遊べていたんだから十分だよ。いい? ちゃんと三食しっかり食べること、ダイエットとかしたら怒るからね?」
「だ、ダイエットは最初からできないから……」
「それでいいんだよ」
よし、これで一見「拒食症か……?」とぶつけたくなるようなガリガリ娘にならずに済みそうだ。
「そういえば課題どれぐらい終わった?」
「……全くできていないんだ」
「え、それも意外なんだけど」
「ど、どうすれば星さんと仲良くできるのかを考えていたら全く集中できなかったの」
私と仲良くする方法? そんなの私のところに来てくれればいい。
そんなことで真剣に悩んでしまう、考えてしまう彼女も可愛かった。
そうなると私の周りには可愛い子や人ばかりがいるということだった。
「おーい?」
「……悪いな」
「いやいいけどさ、どしたの? なんかやたらと疲れた感じだけど」
今日も課題をやって休むか―となったところで世良君がお家にやって来た。
でも、今日は遊びたい感じではないらしく、ぐでーんと寝転がっているだけだ。
「はぁ、今日は泊まらせてくれ」
「いいよ?」
「悪い……」
うーん、調子が狂うな。
この様子だとなにかから逃げてきたというところかな? やたらと拘っていたから柑奈さんかな。
「静井がな……」
「風が?」
あ、風はこちらのことを気にしていても彼は違ったと?
「あれ、いつの間にか名前で呼ぶようになったのか。それで静井がさ、女子から絡まれていて――」
「はっ? 許せない!」
いまからでも間に合うだろうか、なんて考えている場合ではない!
「ま、待て待て、女子達ならもう帰っていったよ。あと動いたのはいいんだが、静井のやつは何故か全然気にしていないようでさ」
「そ、そうなの?」
「おう、それどころかにこにこ楽しそうで怖く感じたぐらいだ」
それなら彼の早とちりだったのかな。
普通にお友達で、今度一緒に遊ぶ約束なんかをしただけかもしれない。
だってそうだよなあ、悪い意味で絡まれているのににこにこ笑みを浮かべていたら流石の私でも怖くて逃げる。
「で、それをなんとかするために走っていたらこうなった」
「あ、そういう……でも、その割にはいい匂いだけど」
「そりゃ汗まみれの状態で宇藤の家になんかいけるわけがない、シャワーを浴びてきたよ」
「だ、だったらお家で休んだ方がよかったのでは……?」
少しぐらいの汗なら――いや、大量の汗をかいていてもシャワーを浴びてもらえばよかっただけだ。
ただ、どうしたって自分のお家、お部屋の方が休めるだろうからぶつけているだけで。
「……いまは宇藤の顔が見たかったんだよ」
え、可愛い。
「宇藤の顔を見ても怖く感じたりはしないからな、それどころか『なにやってんだこいつ……』と呆れる方が多いから助かるんだ」
前言撤回、可愛くない。
疲れているところでなければ強制的に立たせて帰らせるところだ。
それでも、暇人からすれば時間つぶしのためにいいので横に寝っ転がっておくことにする。
「それこそ宇藤はいい匂いだな」
「あ、最近ボディーソープが変わったんだよ、なんかお母さんの趣味が変わってね」
「ふーん」
「あらやだ、イケない妄想をしてしまったの? 駄目な男の子ね」
嫌いな匂いではないから自分で元のやつを買ったりはしないでいる。
「いや、宇藤のお母さんとは全く話したことがないからさ」
「そっか、そういえばそうだね」
母の説明をするときは「男の人より男の人っぽい女の人」と言っておけばいい。
もっとも、本人に届いたら私はぐるぐる巻きにされて吊るされることになるけど。
やっぱりいつになっても乙女なのだ。
「今日、話してみるか」
あ、そっか、泊まるのか。
女の子扱いされていないのか、男の子版の風パターンなのか。
普通に受け入れたけど、これって例えば乙女の梨里先輩的にはどうなのか。
「――ということがあったんですけど」
「あんた馬鹿でしょ」
「はい……馬鹿です……」
こんなことを気にしているのは確かに馬鹿だ。
「そうじゃなくて、別にあんたは世良のことを意識しているとかじゃないんでしょ? だったら気にするのはおかしいじゃない。私が馬鹿って言ったのはあんたが自分の言ったことを忘れているからよ。それとも、本当はなにかあるの?」
「私としては乙女の梨里先輩的にどうなのかを知りたかっただけです」
「んーなんとも言えないところね。勝人とは前々から一緒にいるから泊まる、泊まらせるぐらいは普通にしていたし」
け、経験値が高い発言だあ。
「待たせたな」
「あ、おかえり」
「宇藤のお母さんがすぐに入ってほしいってさ」
ぷふ、無表情で「お母さん」呼びが可愛い。
悶え死なせたいのだろうか? 基本がこれだから大変だ。
「うん。じゃあ、梨里先輩そういうことなので」
「んー」
しっかり洗って、湯舟につかる。
「星、開けるよ」
「うん」
彼のお母さんと言われても信じてしまいそうなぐらいには無表情の母だった。
「あんたはやっと世良君を連れてきたね」
「なんか前々から知っていたみたいな言い方だけど……」
「実際、春頃に荷物を持ってくれたことがあったからね」
えぇ、ならなんで世良君は無駄な嘘をついたのか。
一時間以上会話をしていなければノーカウントっ、みたいに変えているのだろうか。
「世良君とお母さん、怪しいね」
「怪しいのは星だよ」
え、なんで……?
でも、それには答えずに「長くつからずに早く出な」と残して洗面所から出ていった。
謎だった、が、夏に長くお風呂にお世話になるなんて無理だからすぐに出たのだった。
「静井さんさーやっぱり世良君のこと好きでしょ」
「いえ、優しくしてもらっていますが特別な感情などはありません」
「嘘でしょ、あの日だってすぐに世良君が来てくれたぐらいだし、怪しいんだよね」
あ、これは頼まれたわけではない。
今回も歩いていたらたまたまそういう現場に遭遇してしまったのだ。
おかげで離れることもできずに小さな壁に張り付いているしかなくなった。
漫画やアニメのキャラクター達みたいに「明らかに見えているでしょあれ……」とツッコまれそうなぐらいに顔は出せないからいまどんな表情をしているのかも分からなくて怖い。
「世良君ならお家にいると思いますよ、そんなに興味があるのならいってみたらどうですか?」
「邪魔しない?」
「はい、絶対にしません」
あれ? これ……。
世良君と一緒にいるのはなにも彼女だけではない、私だってあの子の優しさで時間は増えていく一方だ。
となれば、彼女に絡んでいるあの子からすれば面白くないわけで……。
「静井さんにはなにもないって分かったよ」
「はい、分かってもらえて嬉しいです」
「じゃ、宇藤さんの家を教えて」
きたー……。
「すみません、宇藤さんのお家の場所は知らないんです」
「それなのに世良君の家を知っているってやっぱり変じゃない?」
あーいい加減面倒くさくなってきた。
あとね、運動不足の私にとってこの低く小さい壁に張り付いているのはなかなかに厳しいのだ。
私のお家を知りたいだって?
「だったら付いてくればいいよ!」
「えっ、星さん!?」「うわ!?」
くふふ、私のお家に来たところで冷たい麦茶ぐらいしか出てこないけどね。
「あー……やっぱりいいかな」
「いや、ちょっ、来てよ!」
「宇藤さんだからなあ……」
え、なになに? 私って実は問題児みたいに見られていたとか? もしそうなら悲しいどころの話ではないけど。
「静井さん、なんかうざ絡みしてごめんね?」
「いえ、それに気になる人の周りに魅力的な人が沢山いて不安になってしまう気持ちは分かりますから」
「ああ、静井さんも苦労しているんだね……」
なんか解決してしまった。
謎の子は最後に私の肩に触れてから歩いていった。
まさか「迷惑かけるんじゃないよ」とか母みたいなことを言外に伝えようとしていたとかかな……。
「まさか星さんがいるなんて思わなくて……」
「歩いていたらたまたまね」
「なんか恥ずかしいな、それとああいうことを聞かれる度に世良君を無駄に振ることになっちゃうから……世良君的に『勘弁してくれ』となるよね……」
でも、違うことは違うと言わなければ周りの行動はエスカレートしていくだけだ。
いまみたいに解決するのは非常に稀、好きな相手が関わっていれば冷静でいられる子、人は少ない。
仮に好きな人が関わっていても冷静でいられる、無駄に敵視する人なんていないと言うことができれば一番だけど、現実はそんなに簡単ではないのだ。
「今日みたいな静井はいいな」
おいおーい……。
「絡まれてもこの前みたいににこにこしていなくてよかった」
「今日はほら、星さんがいてくれたから……」
「はは、俺のときとは違うということだよな」
それはまあ、仮に好意がなくても余程気に入っているとかでもなければ異性が相手のときと同性が相手のときでは変わってくる。
だから彼だって椿先輩といられているときは本当に楽しそうだからね。
「む、風が絡まれることになるのは世良君がこうしてすぐに来ちゃうからじゃない?」
「ふふ、そうかも」
「お、おいおい……というか、静井も急に敬語に戻したりするなよな」
「今更!?」「ふふ、今更だね」
「はぁ……厄介な二人だわ」
手強いぐらいがいいと思う。
そんな相手を頑張って頑張って頑張って、なんとか振り向かせられたときはもうそれだけでやばいだろう。
「星さん」
「ん? ――え」
ま、まさか押されるとは思わなかった。
とはいえ、完全に転んでしまう前に「仲いいのか?」と彼が受け止めてくれた。
「せ、星くん、ふ、二人の仲が進展したらまた会おう」
えぇ、あれ私の真似なの……?
「待ちなさい!」
「きゃあっ、な、なんでこっちに!?」
「当たり前でしょうがっ、空気を読んで離れようとしない!」
まだ三人で一緒にいるぐらいがいい。
あと、私と仲良くしたいくせに矛盾している行為はやめてもらいたかった。




