02
なん……だと……?
こういうときに私の後ろに隠れるのではなくて世良君の後ろに隠れるのか。
私が知らないだけでこの二人、前々からお友達だったんじゃ……。
「俺は椿勝人、よろしく」
「……よろしくお願いします」
ああでも、彼にくっついていることで声量は普通に聞こえるレベルになってくれている。
なら、いいか。
そもそも、ここでの私はおまけみたいなものだから動くべきではないし、来てくれるとも思わないし。
「静井……でいいか?」
「……はい」
んー怖がっているようには見えないかな。
元々、彼女はこういう喋り方なのだ。
「先輩はでかすぎて怖いよな」
「……怖くないよ?」
「そうか? なら、相手をしてやってくれ。先輩な、寂しがり屋なんだ」
「……そうなの?」
「おう」
やっぱりお似合いなのは彼の方か。
椿先輩はガシガシと頭を掻いてから「必要なかったみたいだな」と。
「静井、なんとかその間を作らないようにできないか?」
「……私も変えたいと思っていたから世良君を困らせないためにも頑張りたい」
「お、じゃあ頑張ろうぜ」
空気を読んで離れた方がいいのかな?
困ったような顔をしている椿先輩の腕を掴んで歩き出す。
「世良ってああいうところがあるんだよなあ。でも、別に女子にだけ優しいってわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
そう聞きつつも意外でもなんでもないなあと。
だって普段一緒にいる子達は男の子ばかりだ。
そのうえで楽しそうだし、世良君が用事でグループから離れても「あいついい奴だよな」と言われているぐらい。
「ああ、だから男子の友達も多かったよ」
「周りからしたらありがたい存在ですね」
「宇藤的にはどうなんだ?」
「私は世良君が来てくれることは嬉しいですけど、静井さんと仲良くしてほしいと考えているので少し複雑な気持ちになります」
「あの子も世良のことは気に入っていそうだったからなー」
今度、これまで静井さんとどう過ごしてきたのかを聞きたい。
振った振られたの関係でなければ答えて……くれるよね?
「暑いし、ジュースでも飲むか。宇藤、なにがいい?」
「それなら私はこれでお願いします」
「おう」
お財布を出してお金を渡そうとしたら「いいよ」と言われたので渡しておいた。
「ぐぇ、そ、そんな押し付けるようにしなくてもいいだろ……?」
「駄目です」
「はぁ……分かったよ」
こういうことはちゃんとしておかなければならないのだ。
後から請求されても困るからみたいに疑っているわけではないからそこは誤解しないでもらいたい。
「セミが元気だなあ」
「そうですね」
部活に強制的に入らなければいけない中学で暑くてやばかった頃が懐かしい。
でも、活動自体は好きだった。
どうしても汗臭くないか不安になっただけでね。
「こうなってくると心配なのは宇藤だな」
「私、ですか?」
「自分の決めたルールで気持ちよく世良と過ごせていないかもしれないからさ」
自分の決めたルールで大変になることはある。
一緒にいる時間が極端に短くても分かってしまうものなのだろうか?
「あ、結局は甘えてしまっていますからね」
「はは、それならいいけどな」
無視なんかしたくないし、話しかけられたら普通に相手をさせてもらうしかない。
〇〇さんと仲良くなってほしいという願望は出していくべきではないから、来てくれるならこのままだ。
まあ、静井さんの中になにかがあれば我慢できなくなって自分で動くだろう。
「椿先輩は大学――就職希望なんですね?」
「おう、だからこの夏は頑張らないとな」
椿先輩はこちらの頭に手を置いてから「なるほどな、お前は他人の心配をしている場合じゃないぞって言いたいんだろ?」となにか変な勘違いをしているみたいだった。
「違います、せっかくこうして話せたのにあと半年ぐらいで椿先輩が学校から去ってしまうことが寂しいだけです」
「おーいおい、流石に寂しいは言いすぎじゃないか?」
「そうですか? どうせなら可能な限りは長く一緒にいたいですけど」
「違う意味で心配になってくるよ」
違う意味で、とは。
「お、あっちも終わったみたいだな」
「世良君だけですね」
静井さんは帰ってしまったのかな。
こっちに向かって歩いてきている世良君をぼうっと見ていると何故かそのまま攻撃された。
「ちゃんと約束を守ってくれよ」
「いやー静井さん的に二人きりの方が話しやすそうだったからさー」
「それでもだ、受け入れてここに来たんなら守ってくれ」
そうだな、彼の方が正しいか。
形だけでも「ごめん」と謝っておいた。
「それ、くれよ」
「え、も、もう口をつけちゃったから」
「少しだけでいいんだ」
「ま、まあ、世良君がいいならいいよ?」
彼は上手く飲んでから「ありがとな」と言って笑った。
あんまり笑わない子なのに思わず笑みがこぼれてしまうぐらいには美味しかったのだろうか?
「あー空気を読んだ方がいいか?」
「なに変なことを言っているんですかって、先輩が変なのはいつものことか」
「俺、もうそういうの照れ隠しという風に判断しているんだ。だから、そんなことを繰り返されても可愛いだけだな」
積極的な椿先輩と少し怠そうにしながらもしっかり相手をする世良後輩。
同性同士の恋愛本なんかを集めてにやにやしているわけではないけど、この二人に限って言えばそういうのもいいかなと。
危険だ、暴走して漏らしてもらわないように気を付けないといけない。
「異性に興味を持たれないからって同性に走るのはどうかと」
「可愛げがねー……」
ああでも、やっぱりなんか素直になれない彼が可愛かった。
「う、宇藤さん」
なん――はいいとして、こんなことが起きるなんて思っていなかったから思わず立ち上がりそうになってしまった。
世良君クリニックはすごい効果だ。
「はい、宇藤星です」
あれ、いまの結構格好いい声だったかも。
もし私が同性にモテる女の子だったらいまので相手を惹きつけていたかもしれない。
「……最初の頃、上手く対応できずにごめんなさい」
「ああ、あれは急に話しかけた私が悪かったからいいんだよ」
世良君とは普通に話せていたからそこに乗っかろうとしてしまったのが間違いだった。
よかった点は私がそれで彼女を悪く言うような屑みがある人間ではなかったということだ。
自分の行動のせいでいつまでも「あー!」とか「うわー!」とか叫ぶことにはなってほしくないからね……。
「本番のときに助けてもらって……」
「えっ、もしかしてもしかしてっ、世良君に!?」
あ、いかん……と分かっていても無理だ。
「え? いえ……宇藤さんに……ですけど」
「え?」
ああ、そういうことか。
まあ、余裕がないときは人間違いとかもしてしまうよなあ。
「二人で話しているなんて珍しいな」
「静井さんが人間違いをしちゃっているみたいでねー」
「人間違い? 静井、その話もう少し詳しく教えてくれないか?」
「う、うん」
言っておくけどね、受験本番のときの私は最悪だった。
問題を解いていくのすら大変だった。
あのときの思い出はトイレで吐いたことで、無事に終わってお友達と「やったー!」みたいに盛り上がることもなかった。
冗談抜きでどうやって帰ったのかも分からない、気が付いたらお家にいたぐらいなのだ。
なんで合格できたのか……。
「ああ、それは確かに宇藤だな」
「ははは、私なんて面接試験の先生相手に『お父さん!』とか言っちゃったぐらいなんだよ? 人を助けていられるような余裕なんかなかったって」
いつだって余裕がある彼とは違うのだから。
ああでも、自分が基準になりすぎて周りの人も同じようにできると考えてしまうのは危険だな。
「俺、見ていたんだ。だから、俺は宇藤に興味を持った」
「ま、マジ……?」
「おう、マジだ」
や、やだもう、なんか真剣な顔に見えて心臓が……って、ないないない。
私がドキドキしたって仕方がない。
私は他の人と他の人が仲良くしているところを見てドキドキしたいのだ。
だって自分がその対象だったら心臓が疲れてしまうから……。
まだまだ生きていかなければならないのだからここで過労させてはいけないのだ。
「まあでも、いざ実際に一緒にいるようにしたら残念なところばかりだったがな」
「うぐはあ!?」
こいつぅう!
「ふふ」
「え、ちょ、そこで笑うって酷くない……かい?」
「ご、ごめんなさいっ」
「はは、面白いな」
なにも面白くないわ!
くそぉ、彼は女心を弄ぶような悪い男の子だったのだ。
こんな存在相手に一瞬だけでもドキッとしてしまったことが恥ずかしい。
「べーっ」
「あらら、何故か不機嫌だな」
知るかもう!
休み時間は一人で過ごすに限る。
だってそうでもなければゆっくり見ることもできないじゃないか、と。
どこでもいい、女の子で遊んでしまうような子から離れられればね。
「いいところはどこかなー」
あれ、椿先輩と女の人だ。
邪魔するのも申し訳なくて戻ろうとしたら「いい加減にしなよ!」と女の人の大きな声が聞こえてきて固まってしまった。
どうしたどうした、もしかして既に彼女がいる身なのに自由に行動しすぎたとか……?
「はぁ……他人のことで真剣に動けるのはいいけどね、あんた流石に柑奈のこと放置しすぎでしょ」
や、やっぱりそうなのか。
というか、声量を下げたはずなのにここからも聞こえるってすごいな、それとも私の耳がいいだけ? ではない。
盗み聞きはよくない、だけど向こうへも戻りたくない。
「おい、逃げる必要はないだろ」
「しーっ」
「ん? ああ、先輩達だな」
「し、知っているの?」
「ああ、あの女の先輩は武藤梨里先輩だな」
元彼女さんとかでありませんように!
そういうドロドロな感じはいらないのだ。
「こっちに来る、離れるぞ」
「え、あ、ちょー」
彼がいる状態なら別に近づかれてもよかったけどなあ。
「宇藤と武藤、似ているな」
「それはそうだね」
「もしかしたら話すようなこともあるかもしれないな」
ないない。
いま椿先輩に近づくのは危険だと分かっているからだ。
なので、全く心配する必要はなかった。
「宇藤さんっ」
うひょーっ、まさかこんなときがくるとはね。
あ、いまは男の子達と別れて女の子グループはバレーをやろうとしているところだ。
でも、ボールが怖いのか静井さんがすぐにこっちにくっついてくる。
ふへへ、こういうのいいよね、男の子の世良君にくっつくよりは自然さ。
「もー静井は怖がりすぎ」
「で、でも、夏のいまでもボールが腕に当たったら痛いですよね?」
おお、これもいいところだ。
別にみんなに対してハキハキ話すのが無理だったわけではないらしく、こうして普通の子らしいやり取りができている。
「いや、そういうスポーツだから……」
「そ、そうですけど……」
「ま、宇藤がある程度できるみたいだからよかったけどね」
うーん、なんとか打ち返せているだけだ。
これならバドミントンの方がいいかな。
ダブルスなんかに目を向けなければ失敗をしても自分が悪いだけで終わるから。
「はーい、始めるよー」
まあでも、少し格好いいところを静井さんに見せてやるか!
「いてて……」
「大丈夫か?」
試合形式のときは寧ろ静井さんの方が動けていたぐらい。
いやだけどさ、バレー部の子のアタックがそのままおでこにぶつかるとかある……?
どれだけ運がないのかという話だ。
「これ見てよ」
「はは、赤いな」
「笑い事じゃないんだから、もう少しズレていたら鼻血ブシャーだったからね?」
「じゃあ、冷やすか。ちょっと付いて来い」
ああ、余計なことを言わなければよかった。
四時間目が体育で今日こそ静井さんとお弁当を食べようとしていたところだったのに。
「ほら、ハンカチ濡らしたから」
「え、それ……」
「一回も使っていないから大丈夫だ」
「そうじゃなくて世良君が困っちゃうでしょ?」
既に顔を洗ってある程度スッキリしている身としては申し訳ない。
「無理やり持たされているだけだからな、このまま使わずに洗いに出すよりいいだろ」
「やっぱりやめておく――冷たっ!?」
じゃなくてっ、あんまり絞られていなかったせいで顔がべしゃったんだけど!
「大袈裟なやつだな、夏の水なんてぬるいだろ」
「わっ、く、口に――ん!?」
「これでいいだろ」
いやなんでそこは手で止めようとするのん……?
他人の、しかも異性の口になんかよく触れられるな。
「どうだ?」
「さ、さっきよりマシになったかな」
いやもう大人の対応ができすぎでしょ私。
彼に対してはたまにではなくて結構な回数子どもみたいなところを見せてしまっているけど、今回のこれは高く評価されてもいいところだった。
「髪、伸びたよな」
「はは、急だね?」
「長いのは淑やかな女子の方が似合っているだろうから――」
「どうせお淑やかじゃないですよーだ!」
ああ、だから彼にとって静井さんはいい存在だと。
なんかやたらとお弁当を食べるときがお上品というかなんというか。
あと、声音が綺麗なのもね。
「でもまあ、宇藤が静かだと調子が狂うからな」
「よかったね、もう夏休みで一ヶ月ぐらいは見なくて済むんだから」
「は?」
「は? ってなに? その通りでしょ」
高校生になって初めての夏休みだけど、どうしようかな。
両親はいないし、やっぱり一人で何回も外にいくしか楽しめないよね……?
「俺はいくぞ」
「マジ?」
「おう」
「じゃ、じゃあさ、なんとか静井さんも誘えるようにしておかない?」
「俺、静井の連絡先を知っているからな」
きたー!
なんだいなんだい、こちらを傷つけるばかりではなくてこういうところがあるから彼といるのはやめられないね!
「言っておくが、静井から聞いてきたわけじゃないからな」
「きたー!」
「は、はあ? よく分からないやつだな」
いやいや、分かっていないのは彼の方だ。
だってそれはつまり彼が動いたということ。
どういう理由でかは分からないけど、もう先程のことなんか忘れて彼の最高なところしか見えていなかった。




