煉獄統一編ーーー煉獄うなぎとバトル
目に飛び込んできたのは、どこまでも続く砂、砂、砂。
それと『アホかっ!!』と、意味もなく怒鳴りたくなる焼けつく乾いた空気。
「大天使だかなんだか知らないけど……。まったく……乱暴ねぇ。心太、大丈夫かい?」
「うん。大丈夫……たぶん」
俺、婆ちゃん、ファウスト、ベルクはお互い近い距離で転がっていた。
ただ、ガブリエルは背を向けて立ったまま、我関せずといった様子で黙っている。
そして、さらに。
部外者が1名。
「いや……あのさ……なんでいるの?」
目の前にあの部屋に居なかったはずの人間が1名。
オールバックの髪型に、立襟の(カソック)姿。無駄に涼しげな目。
そんな目をしてても、俺とファウストに対しては暑苦しい執着心をもった―――。
「……驚きました」
唖然として呟いたのはエクソシストの加藤 陸。
驚いたのは俺だよ。
「なんでいるの? 何があったの? どうして着いてくるの? 何、ストーカーなの? うんそれは知ってた」
「……! 待って下さい! 誤解です」
俺が立て続けにちょっと罵倒すると、この期に及んで弁明しようとする加藤。
どんな弁明を聞いても誤解なんかじゃない、という自信があるけど、何が起きたのか気になるからしゃべらせてみよう。
「私は”偶然に”心太さんのマンションの前にいました。すると、人間から邪悪な気配へ変貌していく魔力を感じてですね―――」
偶然に、って言葉を強調するあたりがストーキングしてる自覚が見える。
「―――その後すぐに漲る聖なる力が! 私は居ても立っても居られず、気づけば洗井さんの部屋へ飛び込んでました。すると、気づいたら……」
言って加藤は辺りを見回す。
「……ここに居たと」
「はい……」
流石に自分の行動に気まずくなったのか、がっくりと項垂れる加藤。
そんな中で。
聞こえるか聞こえないかぐらいの声が。
(じゃ、あとよろしく)
ぽそっ……と呟いたのは人見知り大天使、ガブリエルだった。
……一言残して大天使は姿を消した。
「……は?」
あまりの素っ気なさにファウストとベルクが二人して盛大なため息をつく。
すると。
『あ〜……まず大丈夫だとは思うが、皆、無事か?』
どこからかルシファーの声が響い……いや、直接頭の中で聞こえる。
魔力かなんかで話しかけているみたいだ。
「サタン様……。私達を拉致同然の転送をした張本人、ガブリエル様がどっか行きました」
ベルクが冷静に刺々しく雑すぎる報告をする。
どっか行きました、だなんて投げやりな口調をこの彼から初めて聞く。
ベルクにしては珍しく怒っているのかな?
『すまん……』
そんなベルクに対して素直に謝る魔界のトップ。
いや、ゆるゆるじゃねーか、お前らの上下関係。
本当に昔魔王だったりしたのか?
などと疑っていると、ルシファーがもはやなし崩しでいいや、このまま話ちゃえな勢いで煉獄をざっくりと解説し始めた。
聞いていて、ところどころ腹が立つくらいにツッコミたくなるが、我慢して頭の中に刷り込む。
煉獄。
――ってのは、異世界のとある惑星にそれっぽい名前をつけた世界らしい。
それっぽいってのは、ちょっとやさぐれた世界観が名前に欲しかったと。
そこを神が、ちょちょっといじくって、なんとか生きていけそうな場所にしたのだとか。
そこに天国とも地獄とも行き先が決まらない、いわば生きてきて善行や悪行の決定打がない魂を、肉体をもたせて放り込む場所にしたのだとか。
そして、そこに閉じ込めて魂を洗えりゃいいな、と。
そんなシステムを作るのに惑星をいじった。
まぁ、どデカい留置所。島流しだ。
そこにどんどん最初は、再生を必要とする魂……ちょっぴり汚れた天使、悪魔、人間や魔物を送っていたんだと。
ただ、一つ、その煉獄について、神にすっげぇ落ち度があった。それで問題が浮上。
その問題が。
いや……先住民いてるやん……。
なんだそうだ。
しかもかなりの多民族。
エルフによく似てる一族や、鳥人ハーピーにめちゃくちゃ似てる一族だの、牛、豚の顔立ちで二足歩行のちょっと野蛮寄りな一族だの、と。
ファンタジー世界に出てくるテンプレ主要民族がいる事に、まさかの神達が気づいて無かったという……。
「うん……居るじゃん」
「ホントだねぇ……居るねぇ……」
とのこと。
まったくもって「いや! あんた神様でしょうが! 早よ気づけや!!」
である。
当然、先住民達は激オコ。
そりゃそーだ。
いきなり、住んでる惑星が奇妙に化けて、その後、ちょいヤサぐれな奴らが送られて来るわ来るわ……で。
これで戦争するなという方が無理ってもんだ。
その戦争がまたかなりややこしい。
普通なら、先住民達VS送られて来た者達。
となるのが当たり前だと思う。
が、そうはならなかった。
まず、先住民達の間で、真っ向から意見が分かれた。
「フザケンナボケが! 攘夷だ!! 皆殺しだ!」
なんて幕末の長州藩みたいな事を言い出す連中と、
「いやいや、中には話の分かる奴もいるよ? それも結構な人数が。だから無駄なしばき合いはやめて、彼らを交えてそして代表者を選出してまずルールを決めよう」
と、あくまでも理性的に纏めようとする連中や、
「……いっそのこと、我々は何もせずに奴等同士で殺し合いをさせたらどうだ? それで残った者共を支配すればいいのではないか?」
蠱毒にかけた上で、その生き残りを奴隷化する、なんて悪魔みたいな事を言い出す一族など、本当に多種多様な意見が出た。
それで議論を重ねる内に、先住民達同士が不穏な空気となり(ここら辺で神も初めて知ったのが、コイツら先住民達は過去に何度も戦争をしていた)やがて。
「あぁ……? テメ、俺に言ってんのか? 上等だゴラァァァァ!!」
ある一族代表がそんな事を言うと。
「上等だとコラ? 俺達に勝てるつもりかよ? 泣かすぞテメェェェ!!」
と、どっかの一族がまた返す、と。
「普段大人しい者を怒らせたらどうなるか……。お前らまとめてひき肉にしてやんよ?」
と、ややこしそうな一族が受けて立ち、ついには皆、平等に揉めに揉めて……。
世界大戦が勃発。
その為、一時は惑星の人口の6割が死滅する事態にまで発展した。
これに困ったのは、他の誰でもない。
そう。神のおじちゃんだった。
元々、再生を本懐とした場所のはずなのに、スクラップ工場になってしまったのだから、たまったものではなかった。
その事態の終息と後始末を天使達が総出で任されたが、あまりの仕事量に疲弊しきってしまった。
なので。
次に白羽の矢が立ったのが、ルシファーが率いる魔界チーム。
この一件がきっかけとなり、神の天界側とルシファーの魔界側が手を結ぶ事になり和解が成立。
そして、結果。
死滅しかけた魂を修復して人口を戻そうと、神が煉獄に誕生させたのが。
「生命源泉ですか」
そう訊いたのはファウストだ。
『そうだ。いやぁ……あの時の戦争には本当にまいった。どうにもキリがなくてなぁ……。一部の下級天使と同じく下級悪魔がついでに喧嘩をおっ始めるわで……』
「サタン様、それは何処に? 今、我々がいる場所から遠く離れ……」
『すまん。それが、私も知らぬ』
「「「「は?」」」」
おいおい……オッサンよ。
「いや………めっちゃ勢いよく言ってたじゃ……」
「神しか知らぬのだ。どこからか漏れて悪用されたら困ると言ってな。他の誰も知らぬ」
「じゃあ探しようがねぇ!!」
「心配するな。神はちょくちょくお忍びでそっちへ行っている。今も天界にはおらぬらしい。なので……もしかすると、だ」
ルシファーの言葉を婆ちゃんが繋ぐ。
「神を見つけて、それで聞き出すのかい?」
「まぁ、そういうわけだ。その後で、反乱を企てる反逆者達を淘汰し、その後は……まぁお前達の好きにすればいい」
「好きに? え?」
えらくざっくばらんな事を言う。
『見事、反乱を抑えたらお前達にその煉獄はやる。気に入らぬならそれ相応の報酬と引き換えにする』
「え……なんで? なんかいきなり破格な話じゃない?」
『あぁ。破格だろう? いや、まぁ……煉獄にはトラウマが沢山あってな、天界と魔界の者達の皆、正直あまり関わりたく……』
ルシファーがそう、言い終わる前に。
ズ ド ン ッ!!!
俺達がある目の前の地面が、爆ぜた。
「え?」
地面を突き破って何かが飛び上がった。そして砂埃の中に異様で巨大な影が見える。
それが徐々に姿を現す。
ぬらりと光る体表。
裂けたように広がる口。体長は……20メートルはある―――。
「うなぎ……?」
間違いない……うなぎだ……。
人間を丸ごと収めても余裕のある―――っていうか今、まさに飲み込まれている奴が、そいつの口から下半身をぶら下げている。
「いや! デカ過ぎ……! それにここ砂漠だろ!」
呆然と呟く俺の前で、それは再び砂の中へと潜った。
―――ごくん。
遅れて、飲み込む音が響く。
周囲の皆を見回す。
誰だ? 飲み込まれたのは。誰が欠けてる?
婆ちゃん、ファウスト、ベルク……あれ?
全員……いる?
あ………!
「加藤が飲まれた!?」
「ずいぶんと大きいな……桁が違う」
飲まれた加藤の事は気にもせずに婆ちゃんが呟く。
「サンドイールか……。こんなモノまでいるのか?」
「一応、高級食材です。雑食で極めて獰猛です」
ファウストとベルクが冷静に言った瞬間。
ズドンッ!!
また地面が咆哮を上げる。
それは俺のすぐ隣で……。
「うおぉぉぉぉぉ!?」
跳び上がったそれの口が、視界いっぱいに広がる。
牙はない。
だが、逃げ場もない。
吸い込まれるような圧力。
「いきなりメインアトラクションかよ!!」
とっさに飛び退く。
砂に足を取られ、転がる。
そのすぐ横を、巨大な顎がかすめた。
バシャッ!!
砂が波のように弾ける。
「走れ!!」
ファウストの声。
皆が一斉に逃げる。
だが―――。
ズドン! ズドン! ズドン!!
次々に砂が爆ぜる。
これ……1匹や2匹じゃない。
まるで“地面そのものが捕食者”だ。
「無理ゲーだろこれ!!」
「だから言ったろ、煉獄だって!」
「説明不足にも程がある!!」
そのとき。
俺の足元の砂が―――沈んだ。
「……あ……れ?」
沈んだだけで何も起きない。
音が止んだ。
奇妙な静けさ……は、一瞬だった。
足が掬われる激しい振動が起きる。
次の瞬間。
「来る来る来る来る来る!!」
ゴッソリと足元の砂地が消え失せる。
真下から狙いを定められた。
横へ。
そう思うも、蟻地獄に入ったみたいに体は渦穴の中。
もう、間に合わない。
ヤバい。
砂時計の真上に立ってる気分だ。
その時、ネバついた暗闇が、一気に迫り上がってきた……。
「――ーもぅ、遅いよ? 心太。立体裁断……!」
ひゅん、と風が走ると同時だった。
突然、視界の天と地が逆さになった。
誰かが俺を突き飛ばしたんだ。
その衝撃で俺の体は空中で反転し、今から頭で着地する手筈となり……そんな上下逆さ世界の視界で、イヤ〜な光景が目に映る。
口を開いた巨大なウナギの頭部が、ブッツリと切られて飛んでいく光景。
アレ……でも、これヤバくね?
2メートル近い頭が俺の方へと向かって……。
「おわっっっっ!!」
足をジタバタさせながらもがく。
……健闘虚しく俺は見事に頭からズボッ!と着地。
「ブハッ!」
ちょっと埋まった頭を、地面から引き抜く。
そんな俺の真横に、巨大頭部がドスン! と落下した。
後、ぬらりんと転がる。
「おわっっっ!! ヤバかった……」
そして、振り返れば。
そこに凛と立っていた黒髪をなびかせた “少女” 。
……もとい俺の婆ちゃんだ。
「悪魔になったんじゃろ? それくらい綺麗に避けんか」
「いや今の無理だろ!?」
「慣れじゃ」
「慣れたくねぇ!!」
その背後で、さらに砂が盛り上がる。
まだ終わらない。
むしろ、ここからが本番だとでも言うように、三匹のウナギが姿を現す。
婆ちゃんは、楽しそうに笑った。
「ほれ。煉獄観光の始まりじゃ」
「命が軽すぎる!!」
再び、砂が爆ぜる。
俺の絶叫が、空を裂いた。




