コミュ障の大天使。ボクはガブリエル
空気に、亀裂が入った。
耳鳴りのような音が、じわじわと部屋を満たす。
冷蔵庫のモーター音が止まり、時計の秒針が止まり、
空気そのものが“固まった”。
そして。
ローテーブルの上。
光が、落ちてきた。
それは“差し込む”ものではない。
“降る”でもない。
“叩きつけられてくる”ような光だ。
視界が白く焼ける。
しかし、まぶしさとは違う。
目を閉じても、脳の内側から照らされる。
「……っ、なんだこれ……!」
腕で目を覆う。
ファウストの顔から、いつもの余裕が消えていた。
「我は……苦手な部類の光だ―――」
やがて光が、形を持ち始めた。
輪郭。
影。
質量。
そして―――羽。
光そのものが羽の形をしている。
ゆっくりと、足がテーブルに触れた。
コン、と。
ただそれだけの音で、
部屋の“現実”が一段階引き上げられる。
心太は、恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは―――人の形をしていた。
だが、人ではない。
白い衣。
長くてうねうねとした金の髪。
なんともまた男女見分けがつかない中性的な顔立ちだ。
しかも尋常じゃないくらいに整った顔。
大天使キターーーーーーー!
……って、ならなかった。
見た目はイメージ通り。
ただ一つ。
気がかりな事がある。
仕草、挙動が、思っていた印象と違うなぁ。
ジー……って俺がガブリエルを見ているとルシファーが。
「名前は知っているだろう。私の弟であるガブリエルだ」
と、紹介する。
が。
紹介された当天使は、玄関先の方へ向いて座っている。
そしてたぶん、親指をずっと噛んでいる。
「……ガブリエル。せめて皆にちょっとぐらい挨拶でもしたらどうだ?」
ルシファーにそう促された弟は、一言も発しない。
背を向けたまま、こちらを振り向く気配も一向にない。
うん。
立派だ。
大変に、とっても立派に、病んでおられる……。
そう。
俺のガブリエルに対しての想像と違う点。
ガブリエルはドコミュ障でした……。
確か……この大天使って、神の言葉や意志を伝えたり、受胎告知するって天使だったような……。
そりゃ……こんなんが神のメッセンジャーだったら、誤解を生んで喧嘩になるわ。
伝わってなかった事とか、めっちゃあったんだろきっと。
「なぁ、ガブリエル。いい加減に機嫌を直せ……」
ルシファーが宥めようとすると、またボソボソと何か言い出した。
(なんだよ、兄さんが行けばいいだろ……。何でボクがこんな奴らを連れて行かなきゃ……ならないんだ……)
注。ガブリエルさんはめっちゃくちゃ小声です。
……って、大天使、今、こんな奴らって言いましたか?
「だからそれは何度も話し合ったではないか。煉獄を探らせている天界達にお前が神からの伝言を直接だな……そのついでに彼らを……」
(知らないよそんなの……。ボク、知らない人と一緒に行動とか無理だから。例え一瞬でも、無理だから……)
「無理とか今、言うな! だいたいお前がそんなだから、受胎告知の時に手の動きのみで伝えようとして全く伝わらず、そのせいでマリアは馬小屋で出産するハメにまでなったんだぞ! 身に覚えもない者にジェスチャーだけで受胎したなどと伝わるわけがなかろうが!」
ガブリエルの肩が、ぴくりと震えた。
親指を噛む音が、少しだけ強くなる。
あの、ダ・ヴィンチの絵ってそんなシーンだったのか……。それに救世主の生誕裏話がダダ漏れ……。
(今、その事、蒸し返す……? もう絶対無理……無理無理無理……)
ボソボソと、壊れたラジオみたいに同じ言葉を繰り返し始めた。
あ、これヤバいやつだ。
俺は本能で察した。
「……ねぇルシファーさん。これ大丈夫なやつ……?」
「……いや、あまり良くない兆候だな」
やっぱり良くないのかよ。
その瞬間だった。
―――ピシ。
さっきと同じ音が、今度はもっと近くで鳴った。
ガブリエルの背中のあたり。
空間そのものに、細い亀裂が走る。
「……え〜と、何か起こってるよ?」
俺が問いかけている最中に亀裂が増える。
一本、二本、三本。
まるでガラスが内側から押し割られていくみたいに。
(やだ……もうやだ……早く終わらせたい……)
その声に反応するように。
光が、“滲み出た”。
さっきみたいに降ってくるんじゃない。
空間のヒビから、漏れてくる。
「待てガブリエル、それは―――」
ルシファーが言いかけた瞬間。
ガブリエルが、ぎゅっと目を閉じた。
(―――もういい!)
すると。
“世界が裏返った”。
―――――――――――――――――――――――
音が消えた。
床が、消えた。
空気の感触が、消えた。
代わりにあったのは―――
落下。
「うおおおおおおおおおお!?」
俺は叫んでいた。
視界は、真っ白と真っ黒がぐちゃぐちゃに混ざっている。
上も下もわからない。
ただ、落ちている。
俺、ファウスト、ベルク、婆ちゃん、そしてガブリエル。
「これは強制転移か……。座標は無い……な」
ファウストが状況を冷静に見極める。
気づけばルシファーの姿がない。
あんのオッサン自分だけ避けやがったな。
(ごめん……ごめん……ごめん……)
ガブリエルは、目を閉じたまま謝り続けていた。
いやお前ぇぇぇぇぇ! 目を開けろよ! 落下してる俺達の事コントロールしろよ!
そして。
ドンッ―――!!
地に叩きつけられた。
次に俺たちが叩きつけられたのは。
―――焼けた砂の上だった。




