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半年後に死ぬらしい俺の家に、ポンコツ悪魔が営業に来た  作者: 友利色良


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26/32

心太、やっと契約する


 しかしーーーーーーー。 


 婆ちゃんの変化は、あまりにもあっけなかった。


「ほら。早く決断をせんか。次はお前だろうに、心太」


「うん、まぁ……そうなんだろうけどさ……」


 いや、分かっていた。分かってはいたが。


 目の前で祖母がここまで“別物”に変わったのを見せられるとねぇ。

 さっきまでの霊体が、肉体をもった艶な姿に変貌。


 婆ちゃん――いや、もう婆ちゃんと呼んでいいのか分からない“それ”が、じっとこちらを見ていた。


 昔と同じ目だ。


 家で味噌汁を出してくれたときと、変わらない目。

 そんな温かい空気をかもし出している。

 ……でも。温かかろうが、優しかろうが、話の中身は「さぁ、アンタもさっさと悪魔におなり」と、毒っぽい。


 あれ?

 さっき気づかなかったけど……婆ちゃんの頭の端っこにコブみたいなのがって……。


「角!? 婆ちゃん角が……めちゃくちゃ短いけど角が生えてるよ!?」


 言うと。


「そりぁそうだろう。悪魔なんだから角だって生えるさ」


 めっちゃあっけらかんと言う祖母。

 これ、赤ずきんの話だったら、主役の赤ずきんは狼に魂売ってるのかな。


「心太」


 静かな声だった。


「お前、まさか、ここで引くのかい?」


「……っ」


 胸の奥が、妙にざわついた。

 怖いのは、正直ある。

 でも、それ以上に―――。


「色んな事を考えちゃうよ……。会社も辞めたら迷惑をかけるし、なんだかんだで今の生活も気にいってるし……」


 俯いて俺が軽く拳を作る、と。


「なぁ……心太よ……」


 冷静で優しい声で誰かが、俺を呼んだ。

 顔を上げると声の主が目の前にいた。美麗な統治者ルシファーだ。


「誰だって初めてというのは怖い。それは分かる。だが考えてみよ……」


 俺の隣に腰を下ろして、ルシファーが寄り添う。

 なんていうか……流石は元天使。優しさに満ちて大いなる慈しみをもった表情だ。ちょっと気おされた俺は。


「は、はい……」


 挙動不審となってしまい、目線をちゃんと合わせられない。

 そんな俺に、ルシファーは。


「報告書に目を通したが、そもそもそなたは、今の生活に執着するほど、大した生活を送っておらぬだろう」


 穏やかな口調でそれはそれはとても優しくささやく。


「え………」


「それに会社に迷惑をかけると言っておるが、そうでもないはずだ……。金融機関の仕事だったな。確か成績も並……いや、それ以下……。そなたの代わりなどいくらでもいる。だから心配するな大丈夫だ。そんな人間の事などは、時間が経てばすぐに忘れる。会社、組織はそなた一人いなくともどうにでもなる―――」


 ヤサシイト、オモッタオレガ、バカデシタ……。

 ひでぇ……なんて事言うんだこの人は……。


 ネェダレカ、ヤサシクソット、ダキシメテ……。

 急に涙が止まらなく……。


「そなた……なんだ、泣いておるのか?」


 ルシファーが俺の顔を覗き込んで不思議そうな顔をする。


「な……泣くわい! アンタなんて事言うんだ!」


 そんな俺とルシファーのやりとりを、婆ちゃんは嬉しそうに笑った。


「ちゃんと約束した通り見守ってくれてたんだねぇ。もうここまで来たんだ。心太、地獄だろうが煉獄だろうが、行ってやろうじゃないか。ん?」


「……上等だよ」


 俺は顔を服の袖で拭い。


「あぁ! 行ってやるよ! それで俺とファウストが助かるんなら行ってやる!」


 もはや自暴自棄。

 でもそんな俺の返事にルシファーは、顔をパァッと明るくさせ。


「よーし! よくぞ言った! そなたには部下が行った借りもある。大盤振る舞いをしてやろう」


「……へぇ。で、代償は? 俺は何を対価にすれば良い?」


「フハハ! いらぬ! 今言ったであろう。借りがあると。ゆえにそなたから対価はとらぬ! 出よ、契約の証人よ!!」


 そのときだった。

 空気が、ひび割れるように歪んだ。

 またしても音もなく、しかし確実な“何か”がそこに現れる。

 黒でも白でもない、色の定義から外れたような影。


「―――契約を望む者よ」


 ルシファーの声が、頭の内側から響いた。

 膝が勝手に震える。


「人の身を捨てる覚悟はあるか?」


「……ちょっと質問いいか」


 俺は声に出して訊く。


「許す」


「悪魔になってもちゃんと飯は食えるのか」


「は?」


 ベルクが吹き出した。

 ファウストが天を仰ぐ。

 だが、ルシファーは一瞬だけ沈黙し―――。


「……当然だ。そいつらちゃんと食っていただろう」


「そっか、そうだな。安心した」


「……もういいか?」


「あ……!」


「なんだ……?」


「あと婆ちゃん見てて思ったけど、若返るのアリなんだな」


「それは……まぁ、条件次第だ」


「じゃあそれも込みで」


「……分かった。もういいか?」


「……ごめん。一個だけ、ちゃんと聞く」


 心太は、ぐっと拳を握った。


「実際に俺は、何を失う?」


 その問いに、ルシファーははっきりと答えた。


「“人としての終わり”だ。戻ることはない。寿命も、価値も、在り方も―――すべてが変質する……が」


「が……?」


「基本的なところは何も変わらん。そなたの祖母にしたように特約スキルも付けてやる」


 まるで保険の勧誘文句だな。


「……って、婆ちゃんにスキルを付けた?」


「左様」


「それってどんな?」


 ちょっとワクワクしながら訊いたら。


「それは楽しみにとっておけ」


 ニヤッと笑うルシファー。

 なんだかちょっと悪そうな笑顔だ……。

 そんなルシファーにファウストとベルクが。


「……スキルとは……なんかずいぶんと気前がよいな?」


「えぇ……。大盤振る舞いですね。何かあったのでしょうか?」


「……お前たち、聞こえているぞ。この青年には魔界として借りがある。それを考慮したまでのことだ。部下の失態を帳消しにしたくてなぁ?」


 ファウストをギロッと睨むルシファー。


「……も、うしわけあり、ません」


 そんなルシファーにファウストが平謝りする。


「じゃあ……お願いします」


 俺が頼むと、ほんの一瞬だけ、ルシファーの気配が変わった。


「……契約成立だ。握手といこうじゃないか?」


 差し出されたその手を俺は取った。


 触れた瞬間―――。


 ずっと控えていた契約の証人が、俺を包み込む。

 

 これは……。

 

 熱とも冷たさとも違う“何か”が、全身を駆け巡る。

 骨が軋み、血がざわめき、意識がひっくり返る。


「――っ、ぐ、あ……!」


 視界が、黒に染まる。

 だが、体のその奥で。

 確かに“何か”が目を開いた。


「ようこそ、同胞よ」


 声が響く。

 自分に今起きているこの感覚で、ようやく理解した。

 

 俺は、もう、引き返せない。


 頭蓋骨の左右が軋む音を立てる。

 頭の内側から何かを押し出す感覚だった。

 あ、これ、角が生えてるな……。

 

 痛み? 苦しみ? 違う。

 それ以外の何か。

 

 そうか。

 これが、変体ってやつか……。

 失いそうになる意識の中で、そんな事を思った。


 そして。

 その時間が終わりを告げた時。

 俺は明らかに人間じゃないモノに変わっていた。

 

 自身の姿をベッドの脇にある全身鏡を見て。


「……悪く、ねぇな」


 そう俺は笑った。


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