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半年後に死ぬらしい俺の家に、ポンコツ悪魔が営業に来た  作者: 友利色良


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悪魔、契約?


「いいね。ベルクどんな方法?」


「一か八かの賭けに近いですが、魂も含め全ての生命エネルギーを回復できる、とされる場所が存在すると……噂ですが」


 落ち着いて淡々と話すベルクに。


「ベルク……まさか……あそこか?」


 怪訝な顔したファウストが聞き返す。


「”煉獄”です」


「……は?」


 思わず間抜けな声が出た。


「いや待て待て待て。煉獄ってあれだろ? 罪人が焼かれたり浄化されたりする、あの“地獄の親戚”みたいなとこだろ?」


「概ねその認識で間違いありません。その煉獄のどこかに生命源泉ライフスプリングと呼ばれる泉があると言います」


 ベルクは相変わらずの無表情で頷いた。


「それは……却下」


 俺は即答した。


「回復どころか消し炭エンドじゃねぇか!!」


「安心してください。完全に焼失する前に出れば問題ありません」


「その“前に”が信用できねぇ………」


 机を叩く俺の横で、ファウストが顎に手を当てて唸る。


「……理屈としては間違っていない。煉獄は“破壊と再生の狭間”だ。生命源泉を探し当て、魂の歪みを焼き切る。さらに補正が加わり純度が上がる」


「焼くって……さらっと怖いこと言うなよ」


「ただし―――」


 ファウストがちらりとベルクを見る。


「帰って来られる保証はない。それに……」


 ファウストは俺と婆ちゃんを見て。


「人間と、霊体のままでは行けぬ……」


 と、肩をすくめた。

 ふと。


「行くよ」


 背後から、やけに軽い声が割り込んできた。

 振り向くと、いつの間にか婆ちゃんが座って煎餅をかじっていた。

 

 霊体なのに……器用だね婆ちゃん。

 ボリボリと小気味いい音を響かせながら、婆ちゃんは。


「煉獄ねぇ。懐かしいねぇ」


 と、遠い目をする。


「行ったことあんの!?」


「若い頃にちょっとね」


「“ちょっと”で済む場所じゃねぇだろ……? でも、人間じゃ行けないって今……」


 俺の問いかけに、婆ちゃんはにやりと笑う。


「それはちょっと力を貸してもらったからね……。それに大丈夫大丈夫。あそこ、聞いてる話ほど大したとこじゃないよ」


「修学旅行の思い出みたいに言わないで?」


「むしろねぇ―――」


 婆ちゃんは指についた醤油をぺろりと舐めてから、あっさりと言った。


「今のあんたらにゃ、ちょうどいい”退屈しのぎ”みたいなもんさ」


「別に退屈はしてないよ?」


 俺がツッコむが、ファウストは笑っていなかった。


「……なるほどな」


「何その“理解した”みたいな顔」


「心太。選べ」


 静かに言われる。


「このまま削れていくか……」


 軽口の余地が、消えた。


「退屈しのぎで可能性に賭けるか……」


 俺は、婆ちゃんを見る。


 婆ちゃんは―――さっきまでの軽さのまま、でもどこか底の見えない目で笑っていた。


「どうする?」


 婆ちゃんの一言が、やけに重く落ちた。


 少しだけ考えて―――俺が口を開きかけた、その時。


「……あぁ、めんどくさいね」


 婆ちゃんが、ぽり、と頭をかいた。


「は?」


「そんなに悩むくらいなら、先に済ませとくよ」


「済ませる?」


 ベルクがわずかに眉を動かす。

 ファウストは、嫌な予感を察したのか、低く呟いた。


「……まさか」


 婆ちゃんは、にやりと笑った。


「私も悪魔になれるんだろ?」


「!!」


 俺、ファウスト、ベルクが言葉を失う。


「“悪魔契約”ってのは……別に霊体だってできるんだろ? アンタ達のトップが許すなら……。ねぇ、ルシファー! 頼みがある!」


「ちょっ……!! 婆ちゃん!?」


 その瞬間。

 空気が――変わった。

 さっきまでの居間の空気が、ぴたりと止まる。

 音が消える。

 いや、違う。

“何かに聞かれている”ような、妙な圧迫感。


「何か……部屋の中が変わった?」


 喉が、ひりついた。

 婆ちゃんは、ゆっくりと立ち上がる。

 その背中が――妙に大きく見えた。

 ふと。

 その隣に凶々しい不穏な黒煙が立ち上がる。

 その黒煙が部屋を満たす。


 と。


 ―――ピンポーン。


「……………は?」


 玄関を見る。 

 すると、ドアの鍵が力なく、ひとりでに開き……。


「フハハ……! 驚いたか? フェイントだ! 私は行儀が良いのだ。ちゃんとこうやって玄関から入る!」


 姿を現したのは、年齢非公開みたいな美麗な魔界の最高位。

 サタンこと、ルシファー……来ちゃったよ。

 

 ただ……本当はえらく陽キャなんだな、この堕天使ひと


「久しいな……九尾弧の子孫達よ」


 俺と婆ちゃんを見てルシファーがとんでもない事を……。


「……………は!?」


 ちょ……今、なんて言った?

 きゅうびこのしそん!?

 俺と婆ちゃんが?


 唖然としている俺とは対照的に、婆ちゃんはさらりと。

 

「久しぶりだねぇ。ルシファー」


 そう言って自分の胸に手を当てて。


「―――ここの二人みたいに、私をアンタの一族にしてくれるかい?」


 その婆ちゃんの言葉に。

 ルシファーが自信に満ちた笑顔で応じた。


「よかろう! その潔さ良し! では悪魔契約においてそなたは何を代償にする?」


「代償かい……対価は―――そうだねぇ」


 婆ちゃんは少しだけ考えて、あっさりと続ける。


「この先の“あたしの時間”、全部でいいよ」


「なっ―――!」


 誰も止める余裕もなく。


「よし! いでよ! 契約の証人よ!」


 ―――その瞬間。

 空間が、裂けた。

 黒でも白でもない、“色のない裂け目”が、婆ちゃんの背後に開く。


 そこから、何かが覗く。

 形はない。

 輪郭もない。

 音もない。


 ただそこにあるのは―――“果てしない力”。

 そう感じた。

 ぞわり、と全身の毛が逆立った。


「この者をたった今より私の配下とする!」


 ルシファーが言い放った。

 次の瞬間。


 婆ちゃんの体が―――光った?

 いや、違う。

“剥がれていく”。

 時間が、めくれるみたいに。

 しわが消える。

 白髪が、するりと黒へ戻る。

 背が伸びる。

 曲がっていた腰が、すっと真っ直ぐに戻る。

 皮膚が張り、骨格が締まり、空気が変わる。


 数秒。


 ほんの数秒で。


 そこにいるのは―――。


「……誰だよ」


 俺の口から、勝手にこぼれた。

 

 長い黒髪。


 透き通るような肌。


 鋭く、それでいて底の見えない目。


 どう見ても―――十七、十八。


 でも。


“中身だけは”、さっきの婆ちゃんのままだった。


「んー……なんだいこりゃ」


 軽く肩を回して、彼女はあざとく笑う。

 その仕草だけが、見慣れた婆ちゃんのままで―――余計に怖い。


「サービスだ。年老いた姿のままでは面白くなかろう」


「……成功、ですね」


 ベルクが静かに言う。


 だが、その声はわずかに硬い。


 ファウストは、珍しく舌打ちした。


「……最悪の手を選んだな」


「いいじゃないか」


 若返った婆ちゃん――いや、もう“婆ちゃん”と呼んでいいのか分からないそれは、楽しそうに言った。


「これで、煉獄への“通行証”はできた」


 ルシファーがぱちん、と指を鳴らす。

 すると。

 さっきの裂け目が、小さく収束し―――。


 黒い、歪んだ“紋章”のようなものが、婆ちゃんの手の甲に刻まれた。


「……おい」


 俺は、ようやく声を絞り出す。


「大丈夫なの?」


 彼女は、くすっと笑った。

 以前と同じ――いや、それ以上に底の見えない笑い方で。


「さぁね」


 一歩、近づいてくる。


 その圧だけで、息が詰まる。


「でも――」


 耳元で、囁かれた。


「面白くは、なるよ?」


 小娘な婆ちゃんはイタズラが成功したように笑った。


「で、心太よ。そなたはどうする?」


 今度は俺の方へ回ってきた。

 ルシファーはとても楽しそうだ。


 最悪のパルプンテ……。


 そんな事態が、俺の頭をよぎった。



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