第一の逸脱
三話目
内容を二話目の修正に合わせ直しました。スイマセン。
金や愛の祈りと命の祈りは違った。
切迫感が、音として歪んでいた。
場所は日本。
病院の集中治療室。
年齢は――六歳。
脳内出血。
原因不明。
医者の言葉は慎重で、親の顔は限界だった。
ー助けてください。
ー神様。
ーお願いします。
母親の祈りは、声にすらなっていなかった。
ただ、毎秒、胸の奥で叩かれている感じだ。
俺はベッドの横に立っていた。
できることは分かっている。
病変を消す。
血管を修復する。
神経を元に戻す。
理屈としては簡単だ。
どんな病気も怪我も「なかったこと」にできる。
それが可能だということも、最初の一ヶ月で思い知らされている。
宝くじを当てることもできる。
オリンピックで金メダルを取らせることもできる。
凡人に天才的な才能を与えることも、可能だ。
……全部、可能だ。
問題は一つだけ。
それをやってはいけないというだけだ。
ここで何もしなければ、俺は正しい。
正しい神様代理人だ。
……でも。
ベッドの上の小さな胸が、浅く上下する。
母親は、泣いていない。
泣き尽くした顔だった。
俺は――
息を吐く癖が、まだ残っていることに気づいた。
やれやれ。これが一回目、か。
俺は、そっと因果に触れた。
後押し、なんて生易しいものじゃない。
直接だ。
脳内の出血が、存在しなかったことになる。
損傷した神経が、最初から無傷だったことになる。
モニターの数値が安定する。
医師が首を傾げる。
奇跡だ、という言葉が飛ぶ。
感謝の声が上がった。
世界は、何事もなかったように帳尻を合わせる。
だが、その揺れに、俺は気づかなかった。
初めてだったからだ。
世界が、何かを調整したことにも。
――今回で一回目だ。
神様の声が、初めて、はっきりと響いた。
――可能なのは知っている。
――だからこそ、やるなと言っている。
怒ってはいない。
叱ってもいない。
事実を、並べているだけだ。
――ルール破りが、見逃されたわけではない。
――三度までは不問とする。
なるほど。
――四回目にやったとき、お前は懲戒免職だ。
免職。つまり。――死ぬ。
脅迫だろ、それ。
そう言いかけて、やめた。
俺は病院の屋上に立って、夜の街を見下ろした。
救った。
確かに救った。
後悔は――今のところ、ない。
だが分かっている。
次も。その次も。
同じ顔をした祈りを、俺はきっと拾ってしまう。
三回目までは、許される。
四回目は、終わり。
……この仕事、
性格が悪いどころじゃないな。




