寺社奉行・佐伯 : 殿への説得 3
佐伯は、驚く殿の顔を見ながら、陽の国の姫御子様の事情を語った。
「今、姫御子様はある事情で困っておいでです。」
「困っている?」
「御意。ですから《《陽の国》》を助ける条件で交渉すればよいのです。」
佐伯の言葉を聞いて、殿は一瞬呆けた顔をした。
佐伯は一体どんな姫御子の情報を掴んでいるというのだろう?
そう思い、思わず聞き返した。
「困った事情とはなんだ?」
「御神託に関わることのようです。」
「御神託?」
「はい。」
「姫御子様は御神託で困っておるのか?」
「はい、ですから、その御神託の手助けを打診すればよいのです。」
その言葉を聞いて、殿は一瞬言葉を飲み込んだ。
確かに姫御子を助けることを条件にすれば、姫御子の協力は可能であろう。
殿は佐伯の言い分を理解したと首を縦に振る。
佐伯は、殿が理解した様子に頷き返す。
だが、殿は佐伯を見ていなかった。
佐伯の言った事に引っかかりを覚えたからだ。
そして、ある疑問に辿り着く。
姫御子は霊能力が祐紀と同等以上だと噂されている。
そのような姫御子が御神託で困るものだろうか?
殿はその疑問を佐伯に投げかけた。
「姫御子様の御神託は、《《陽の国》》の内部で解決できるではないか?」
「いいえ、できませぬ。」
「本当か、それは?」
「はい、祐紀がそう申しております。」
「祐紀がか?」
「はい。」
「そうか・・、御神託の事故に祐紀の言は信じられるな・・。」
「御意。」
「しかしだ・・、姫御子様の御神託を我が国で助けることができるのか?」
「はい、祐紀はできると申しておりまする。」
「そう・・なのか?」
「はい。」
「わかった、ならば姫御子様の件、《《陽の国》》に打診をしよう。」
「ははっ!」
「うむ、これで地龍の件は安心だな。」
「姫御子様がお呼びできれば、地龍の件は安心かと。」
「ところで、姫御子様はどのような御神託を受けたのじゃ?」
「殿・・。」
殿は思わず佐伯に御神託のことを聞いたが、佐伯の言葉に我にかえる。
「おお、そうであったな、御神託は関係者以外には話せぬのであったな。」
「御意。」
「では、佐伯よ、《《陽の国》》に出す書状の草案を提出せい。」
「・・・。」
「ん? どうした佐伯よ。」
殿は佐伯の返事がないのと、佐伯が覚悟を決めた顔になったのを見てたじろいだ。
一体、佐伯はどうしたというのだ?
まるで死を覚悟したような感じだ。
「佐伯?」
「実は、姫御子様の御神託を手伝うにあたり問題が一つあります。」
「・・・なんじゃ?」
「祐紀が《《陽の国》》に手伝いに行く必要があります。」
「そう・・なのか? まあ姫御子様が此方にくるのだ、仕方あるまいな。」
「御意。」
「で、祐紀は日帰りか? それとも2,3日の滞在か?」
「はっきりと申せませぬが、短ければ数ヶ月、長ければ数年で御座います。」
「な、何じゃと!!」
佐伯の言葉を聞いて、殿は激怒した。
「何故、それを先に言わん!!」
「・・・。」
「許可など出せるか! この馬鹿者が!!」
殿は凄い形相で佐伯を睨めつけた。
それはそうであろう・・。
ただでさえ唯一無二の霊能力者の祐紀を、他国に出すなど有り得ない事だ。
それを数年も他国へ預けるというのだ。
その間、我が国への御神託はどうするのだ?
祐紀が不在の間、この国に御神託がおりなければ自然災害は防げなくなる。
それに、そんなに長期に渡り《《陽の国》》にいたなら、《《陽の国》》が祐紀を返すのか?
祐紀自体も《《陽の国》》に居たいと思ったらどうするのだ!
祐紀が戻る保証など何も無い。
国のトップとして許せるわけがない。
「では・・、祐紀は《《陽の国》》に出せませぬか?」
「当たり前だ!!」
「ならば、殿、地龍の件は諦めますか?」
「う、ぬ!!」
佐伯の言葉に思わず殿は言葉を詰まらせた。
姫御子の協力が無ければ地龍が放たれる事となる。
地龍なぞ我が国だけで対応できるものではない。
他国の協力が必要だ。
しかし、協力は期待できないであろう・・。
なぜなら地龍は、この国の民のみに恨みを抱いているからだ。
他国が手を出さない限りは、地龍は他国に災害をもたらさない。
それを他国の歴史学者が知っていないはずがない。
自国を危険にさらしてまで、我が国を助ける義理はない。
滅びるのは我が国だけだ。
姫御子に助けを求める以外にはない。
祐紀を《《陽の国》》に行かせるしかあるまい。
自然災害は地龍に比べれば子供の悪戯のようなものだ。
祐紀が姫御子の問題を解決したら、《《陽の国》》から戻ると信じるしかあるまい。
殿は佐伯に怒りをぶつけながら、冷静に物事を整理し判断した。
顔は怒りで真っ赤だ。
握りしめた拳が震えている。
佐伯は、殿から目を離さずにじっと見つめていた。
やがて殿は爪が食い込むほど握りしめた拳を緩めた。
怒りで震えていた肩の力を抜く。
そして、一度目を瞑ると、短い吐息を吐いた。
目を開けると、佐伯に指示を出した。
「よかろう・・、祐紀を《《陽の国》》に派遣しよう。」
「・・・。」
「しかし、だ。 お主、家老達を説得できるのか?」
「・・説得できなければ、この国は滅びまする。」
「そうか・・、既に覚悟は出来ているのか。 まあ、そうであろうな。」
「御意。」
「儂は家老達の前で、其方の味方はできぬぞ?
中立を通すがよいか?」
「はい。分かっており申す。」
殿は佐伯を見つめながら、溜息を吐く。
「本当にお主は国を思って居るのう・・。
家老連中にお主の爪の垢でも飲ませたいものじゃ。」
「いえ、私は国よりも殿に仕えているのですよ?」
「?!」
「まあ、殿と民を秤にかければ、民の方が重いですが。」
「なっ! 馬鹿者、そこは儂が一番だと申さぬか!」
それを聞いて、佐伯は笑い始めた。
殿も、それにつられて笑い出す。
やがてどちらとも無く笑いが止ると、殿がポツリと呟いた。
「死んではならんぞ。」
「?!」
「どうせお主のことだ、家老達の説得が難しければ切腹をしてでも説得するであろう?」
「・・・。」
「死んではならんぞ、よいな。」
「・・・御意。」
佐伯は俯いた。
肩が微妙に震えている。
殿は、そのようすに気がつかない振りをする。
「儂は執務に戻る。 其方は暫くここで休んでから帰るがよい。」
「・・・。」
佐伯は俯いたまま、答えようとするが声が出せない。
声を出そうとすると、嗚咽になりそうで口を開けては閉じた。
「返事はいらぬ。無理をするでないぞ。」
そう言うと、殿は《《秘密の間》》を後にした。




