祐紀・奪衣婆に再び呼び戻される。
「う・・うん・・」
祐紀は居心地の良い枕の感触で目覚め、薄目を開けた。
しかし心地よい暖かさに、また目を瞑る。
このまま、もう少し・・寝て・・
?!
はっとして、一気に目が覚める。
そして目を見開き、ここが何処か確認しようとした。
しかし、何故かピントが合わず目の前に何があるか分からない。
そのため、目を何度か瞬かせた。
落ち着いて見ると、目の前に何かある。
あまりに近くにあるから、ピントが合わないことに気がついた。
目の焦点を近くのものに、ゆっくりと合わせる。
すると目の前には、白い着物があった。
よくみると豊かな胸を包んだ着物のようだった。
視線をその膨らみから少しずらす。
すると妖艶な女性の顔が見えた。
ビックリして、思わず上体を起こそうとしたが、女性に額を手で押さえられた。
起き上がることができず、また頭を元の位置に戻した。
「起きたか?」
優しい声に思わず返事をする。
「あ・・はい・・、貴方は?」
「お、そうであった。」
そういうと女性は右手の人差し指で、コツンと祐紀の額を軽く叩いた。
その瞬間、映像が祐紀の頭の中になだれ込んできた。
「ううう! 気持ち悪い!」
「少しの辛抱じゃ、我慢せい・・。」
暫くすると、頭の中に流れ込んでいた画像が止る。
それと同時に自分が何者であったか思い出した。
「どうじゃ、思い出したか?」
「ええ・・。」
「気持ちよかろう、母の膝枕は?」
「母上、この歳でさすがに膝枕は・・。」
「何を恥ずかしがる。やらせてくれねば寂しいではないか・・。」
「母上・・。」
帝釈天は母である奪衣婆の悲しそうな顔を見て溜息を吐いた。
「母上、そろそろ解放してもらえませんか?」
「何をいう。其方と触れ合うことが少ないのじゃ、よいであろう?」
「はぁ・・、仕方ない母上ですね。」
「うむ、そのままでおれ。」
帝釈天は、優しい母の顔を見せる奪衣婆を見つめた。
諦めて、少しの間、このままで居ようと目を閉じた。
母の膝の柔らかさと、暖かさに気持ちが安らぐ。
「そういえば、何時いらいでしょうね、膝枕は・・。」
「ふふふふ、其方が7才くらいまでかのう。」
「そうでしたか?」
「うむ、それ以降は子供では無いと絶対にさせてはくれなんだ。」
「・・・、まあ私も男の子ですから。」
「私は寂しかったぞ?」
母のその言葉を聞き帝釈天は横を向く。
恥ずかしさと嬉しさ、そしてほんの少し鬱陶しいと感じたからだ。
「ところで私を天界に呼び戻した訳は?」
「もう、その話しになるのか、もう少し・。」
「母上、母上も仕事は暇ではないでしょう?」
「・・・つれないのう・・。」
帝釈天は体を起こし、奪衣婆の正面に座り直す。
座り直すとき、少し当たりを見回した。
ここはどうやら母の居間だ。
すこし子供の頃を思い出し、懐かしく感じた。
たぶん、母の臭いが記憶を呼び覚ますのだろう。
大人になろうとも、やはり母は母だ。
膝枕をしてもらったこともあり、すこし照れくさい。
照れ隠しをしながら母に聞く。
「ところで、まだ、人間界に行ったことを怒っていますか?」
「当たり前です。私に何も言わずに転生してしまうなんて!」
「・・・。」
「どれほど母が心配して探したことか!」
奪衣婆は頬を膨らませ、そっぽを向く。
良い歳をして・・と、帝釈天は思う。
しかし、その反面、美貌の母が拗ねる様子は可愛いとも思ってしまう。
とはいえ、拗ねた母の機嫌が直らねば話しが進まない。
「はぁ・・、母上、本当に済みません。降参です。」
「本当に反省しているのですか?」
「はい。」
「嘘です!」
「・・母上。」
このように母が拗ねてしまえば、お手上げである。
なんとか機嫌を取り戻そうと帝釈天は努力を始めた。
あの手、この手で、謝り、感謝をし、褒める。
そして帝釈天が、ほとほと困った顔をした頃、ようやく母が許してくれた。
母も仕事をあまりサボる訳にもいかなかったのであろう。
ただ、まだ甘えたりない雰囲気がダダ漏れであった。
それを帝釈天は見てみない振りをした。
「ところで其方、あの世界で殿なる者にお目通りが叶いそうか?」
「あ~・・・、いえ。もしかして見ていたのですか?」
「当たり前です!」
「まあ、その・・、正直言うと困っております。」
その言葉を聞くと、待ってましたとばかりに奪衣婆は微笑む。
「ふふふふふふ。」
「母上?」
「私が助けてあげます。」
「?」
「殿に会えるよう御神託を授けます。」
「え! ちょ、ちょと待って下さい、それは不味いのでは?」
「大丈夫です。」
「しかし、祐紀として個人の問題に御神託など・・。」
「既に上からの許可も取ってあります。」
「えっ?・・、お手数をかけました。」
「何を他人行儀な。私は其方の母ですよ!」
「はぁ・・、有り難とうございます。」
そう言うと奪衣婆はまた拗ね始めた。
「なんですか、その御礼は?」
「あ、いや・・その・・。」
「もう! 母がどれだけ苦労して許可を取ったかわかりますか!」
「え? はぁ・・。」
「嬉しいなら、もっと喜んだ笑顔を母に見せなさい!」
「・・いや、そう言われても、驚く方が大きくて・・。」
「もう貴方という子は!」
「いや、母上、感謝しております! この通りです!」
帝釈天は頭を深く下げる。
感謝の気持ちを込めて。
その様子を見て拗ねていた奪衣婆は、しばしポカンとした。
そして満面の笑みになる。
「うん、よし、喜んでくれたなら。」
「ありがとうございます。」
帝釈天は顔を上げ、奪衣婆の顔をみると微笑んだ。
そして二人して、照れ笑いをする。
「それで母上、御神託とは?」
「教えません。」
「え?」
「すこし焦らしてから教えます。」
「・・・母上、私で遊ぶのは・・、その・・。」
「まだ、足りません。」
「母上・・・。」
「あ、それと、あちらに戻れば帝釈天の記憶と能力は封印します。」
「またですか・・。」
「当たり前です。市が解脱するのにズルをさせません。」
「あ、バレてました?」
「誰の母だと思っているのですか!」
「・・・分かりました、では戻りますね。」
「もう、戻るのですか?」
「母上、後ろを見てから言って下さい。」
母は後ろを見た。
母の側に仕える者が、困った顔をして先ほどからジッと待っている。
「申し訳御座いません、奪衣婆様、あの、そろそろ・・。」
「はぁ・・仕方ありませんね、今、いきます。」
「だめです、今、ご一緒に。」
「いや、直ぐに行きますから。」
「だめです。」
「そんな、せっかく息子が来ているのですよ?」
「またの機会にして下さいませ。」
「ケチ!」
「いかように仰って下さって結構ですよ。」
「・・・。」
側仕えの言葉に負けて、奪衣婆は帝釈天の方を向いた・・が・・。
帝釈天はもう居なかった。
「あ! 逃げた!」
奪衣婆は、そう言って一瞬怒ったが、直ぐに笑顔になる。
「まったくあの子は・・仕方ないか・・。」
そう言うと奪衣婆は印を結んで、何やら呟いた。
そして、立ち上がりながらボソリと呟いた。
「帝釈天としての記憶と能力は使えなくしました。
頼みましたよ市を・・。」
奪衣婆は踵を返すと、溜息を吐きながら仕事に戻っていった。




