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祐紀、朝餉と共に。

 祐紀(ゆうき)寺社奉行(じしゃぶぎょう)佐伯(さえき)の別宅に来てから数日が経った。


 朝の水垢離(みずごり)を終え、与えられていた自室に戻ると朝食が用意されている。

ここの女中は良く気がついて、身の回りの世話をよくしてくれて居心地がよい。

祐紀は女中のお紺(おこん)に礼を言い、朝食を食べ始めた。


 しかし、途中で箸が止る。


 「殿と御老中の方々に、一介の神官が会うのはやはり難しいか・・。」


 そうボソリと呟くと、開け放たれた障子から庭園をぼんやりと眺めた。

その時、ゆっくりと視界がぼやけ始める。


 「あ、れ・・。」


 目眩が、次に襲ってきて、思わず箸を落とした。

そして意識を無くし倒れこんだ。


 その様子を見て、お紺が悲鳴を上げた。

祐紀は固く目を閉じ、ピクリとも動かなかった。


----


 佐伯は寺社奉行所で部下を集めて会議を開いていた。

建前は寺社での争いについての意見調整ということになっている。

実際は、先日の料亭で出会った間者のその後の報告を聞いていたのであった。


 「で、かの者達は料亭で儂らが離れに向った後、どうしておった。」

 「慌てて奉行の後を付いていきましたが、離れの場所を見て諦めた(よし)に。」

 「まあ、そうであろうな・・、あそこに忍び込むのは無理じゃ。」

 「そして、部屋に戻り何やら相談をした後、帰路につきました。」

 「ふむ。」

 「帰路の途中、例の庄屋の家に立ち寄っております。」

 「頭領の所に寄ったわけか・・・。」

 「はい。庄屋の家の周りは手の者で固めており、忍び込めませんでした。」

 「まあ、仕方あるまい。」

 「立ち寄った者は、その後、マタギ姿に戻り洞窟に戻りました。」

 「ふむ、そうか、特に進展はなしか・・。」

 「ええ、その日は。ですが翌日に洞窟から神主の姿で二人が出てきました。」

 「?!・・。」

 「その者達は、祐紀様の神社に向いました。」

 「ほう・・。」

 「探りを入れたところ、修行のため来たということです。」

 

 それを聞いて、佐伯は笑い出した。


 「はははははは、それは傑作だ!」

 「御奉行?」

 「彼奴等(あやつら)、自分から火の中に飛び込むとはな、くくくくく。」

 「?」


 「祐紀の養父はのう、腹黒い狸ぞ!、彼奴からの報告が楽しみじゃ。」

 「あの、佐伯様?・・」

 「ふふふふ、よいか、あの神社の事は放っておけ。」

 「え? しかし・・」

 「よいのじゃ、分かったな。」

 「・・・はい・・。」


 「洞窟には神社に向った以外の間者が、まだおるのか?」

 「はい、まだ3人ほど。」

 「そうか、結構な間者がいたのだな・・。」

 「はい、おそらく庄屋の所と会わせると12人になります。」

 「なめられたものよのう、我が国は。」

 「御意・・。」


 「まあ、それでも彼奴(やつら)らの動向が掴めたのは僥倖(ぎょうこう)じゃったがな。」

 「ほんに祐紀殿のお陰ですね。」

 「うむ。」


 「ところで御奉行、祐紀殿を我らに貰えませぬか?」

 「ふん! 貰えるならばとっくに手を打っておるわ!」

 「無理ですか・・。」

 「お主、あの親爺と交渉してみるか?」

 「え?」


 「儂はゴメン(こうむ)る、祐紀は欲しいが、彼奴(あやつ)を敵になどしたくはないわ。」

 「それほどのお方なので?」

 「ああ・・、彼奴は怖ろしいぞ、頭がきれるだけではないぞ。」

 「・・・。」

 「まあ、この件はよい、ともかく庄屋と洞窟の監視を続けよ。」

 「御意。」


 その時だった、佐伯の元に知らせがきたのは。

廊下から慌ただしく足音がし、佐伯のいる部屋に近づいてきた。

やがて、障子の前で立ち止まり、廊下に座る気配がする。

そして佐伯に声をかけてきた。


 「御奉行様、よろしいでしょうか?」

 「何事か?」

 「至急会いたいと別宅の者が来ております。」

 「別宅?」

 「はい、何でも祐紀殿の件だと申しております。」

 「何! 使いの者をここに連れて参れ!」

 「ははっ!」


 そう言うと知らせの者は慌ただしく玄関へと戻っていった。


 「皆の者、他に何かあるか!」

 「いえ、ありませぬ。」

 「よし、解散じゃ。」

 「はっ!」


 解散の合図に一部の者は天井から姿を消し、一部の者は障子を開け堂々と職場に戻った。

やがて慌ただしく歩く二人の足音が、佐伯の部屋に向って来た。

佐伯の元に来ると、障子越しに声をかける。


 「御奉行様、使いの者を連れてまいりました。」

 「ふむ、入れ!」


 佐伯の言葉に、使いのものは障子を開け部屋に入る。

佐伯は、使いのものが障子を閉め始めると同時に声をかける。


 「祐紀がどうした!」

 「はい、1刻ほど前(2時間前)に倒れられました。」

 「何!倒れた?」

 「はい。」


 「何が起きたのだ?」

 「それが・・、その・・。」

 「どうした、状況を説明せよ。」

 「その、朝餉(あさげ)を食べている時に、突然倒れたと女中が言っております。」

 「朝餉の時に?」

 「はい。」


 「医者は呼んだか?」

 「はい。医者に診せましたが、原因はわかりませぬ・・。」

 「う・・ぬ、で、病名は!」

 「いえ・・、それが、その・・」

 「えええい、はっきりと申せ!」

 「医者の話ですと、ただ寝ているだけだと・・。」

 「へっ?・・・・」


 佐伯は思わず変な声を上げた。

それはそうであろう、病気かと心配すれば寝ているだけなどとは。


 「その、朝餉の最中に寝てしまったようだと・・。」

 「どういうことだ・・。」

 「わかりませぬ。病気では無さそうだとしか。

 そして、ただ眠っているだけということでした。

 ですが、どうしても起きないのです?」


 「起きない?・・・。」

 「はい、医者も様子をみるしかないと。」

 「では、今は案ずる状態ではないということか。」

 「はい。ただ数日このままですと衰弱してしまうと。」

 「・・・そうか。」

 「いかが致しますか・・。」


 佐伯は困惑しながらも、考えた。

医者が眠っているだけというなら、そうなのだろう。

しかし、起きないというのは異常だ。

・・・。

もしや・・?。

祐紀の能力に関係しているのではなかろうか?

佐伯は、はっとした。


 「(ふみ)を書くので、祐紀に養父に届けてくれぬか?」

 「わかりました。」

 「しばし、待ってくれ・・。」


 佐伯は文を書くため書斎に向った。


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