陽の国・神殿にて 2
神官は姫御子のすぐ近くまで来て微笑んだ。
姫御子である市も、笑顔を返す。
「朝の礼拝で御座いますか?」
「はい。」
「いつも熱心に礼拝なさっておりますね。」
「ええ、巫女の勤めですから。」
神官は笑顔を絶やさない。
しかし、目は何か獲物を見つけた時の獣のように見える。
姫御子の背筋に冷や汗が流れる。
いつも姫御子は早朝のこの時間に礼拝をしている。
この時間は、神官が神殿に来るには早すぎる時間だ。
今まで人に会ったことなどない。
だから安心して、いつものように神殿にきて礼拝をしていたのだった。
それにしても可笑しい。
今日、神殿に入るとき周りに誰もいなかった。
そしてこの神官は、上位神官である。
この時間に神殿に来るなどあり得ない。
それに、神殿に入ってきて私を見ても驚いた様子がない。
あたかも私が此処にくるのを見計らっていたかのようだ。
私の頭の中の警鐘が鳴り止まない。
この神官と二人だけでいるのが怖い。
早々に適当に挨拶をして、ここを立ち去ろうと考えた。
そんな姫御子の行動を察したのか、神官は姫御子に話しかけてくる。
「そういえば陰の国にいかれたんですよね?」
「え?・・、はい。」
「陰の国で倒れたとお聞きしましたが?」
「ええ、疲れが出たようです。」
「ほう・・疲れで倒れたのですか?」
そう言って神官は意味ありげに姫御子の顔を見る。
何が言いたいのだろう、この神官は?
「あの、倒れたことが何か?」
「いえ、ちょっとした噂を聞いたので。」
「はて、どのような?」
「姫御子様のお耳に入れるのは憚れるのですが・・。」
姫御子は神官の思わせぶりな発言を聞き、いやな予感がした。
へたに噂を聞くと意見を聞かれ、誘導されそうだ。
何かに巻き込もうとしていると感じた。
噂は聞かないでおこう。
「そうですか、それでは・」
「その噂なんですが、陰の国での《《よからぬ噂》》です。」
姫御子は、しまったと思った。
こちらが噂話を聞きたくないと言おうとするのを想定していたようだ。
まさか私の話しを遮り、強引に話してくるとは思わなかった。
それも絶妙のタイミングで。
ただ、姫御子である私の話を遮ったなら非礼にあたる。
この非礼を理由にして、早々にこの場を立ち去ろうかと一瞬考えた。
しかし直ぐにこの考えを捨てた。
もしそのようにしたら非難を逆手に取られそうだ。
ここで事を大げさにされ、この場に他の神官を呼んだら面倒なことになる。
彼は弁が立つ。
いかに自分にそのような意思がなかったか、訴えるに違いない。
そのために、微妙なタイミングで話しをかぶせたのだろう。
言葉を遮っていないと惚けられられたらどうしようもない。
もし、そのようになった場合は私に非難が向けられる。
私が権力を笠にきているという印象を与えたことになる。
それに、ここは神殿だ。
いくら姫御子とはいえ、神官の方に多少なりとも分がある。
私としても神殿内での諍いはさけたい。
最高神官である養父に迷惑をかけたくはない。
姫御子は諦めて、神官の話を聞くことにした。
「はて、陰の国のどのような噂ですか?」
「なんでも陰の国は、我が国を良く思っていないとか。」
「いえ、そのような事はないと思いますが?
そうでなければ成人の義に呼ばれません。」
「姫御子様はお優しい。
その優しさを利用したのではありませんか?」
「どういう意味ですか?」
「もし、姫御子様を略奪しようと、呼び寄せたとしたら?」
「え!? 何ということを貴方は言うのですか!」
「いえ、私ではなく、これは噂ですよ。」
神官はあくまでも噂として姫御子に話す。
「陰の国で、しかも成人の義で姫御子様が倒れる。」
「・・・」
「なんか仕組まれたように見えてしまいますね。」
「ですから、それは違います。」
「ほう、どう違うのですか?」
「あれは、慣れない旅路で疲れたのです。」
この神官は旅路で疲れて倒れたということを先ほど私から聞いたはずだ。
それに陰の国に同行した者達に箝口令(※1)がしかれ、疲れによるものとされている。
それなのに、このネチっこい追求は陰の国の陰謀にしたいかのようだ。
「食事に何か変わった事はありませんか?」
「いいえ、有りません。」
「飲み物は?」
「私が食したもの、飲み物はあらかじめ毒味役が確認しております。
貴方は我が国の毒味役をお疑いですか?」
「あ、いや、そういう訳ではありませが・・。」
「では、疑う根拠はなんですか?」
「え! いえ・・、私は姫御子様の御身を心配して・・」
「ですから陰の国は私を国賓として迎えてくれています。」
「しかし・」
「それとも貴方は陰の国の陰謀だという証拠を持っているのですか?」
「うっ!・・。」
「神官である貴方様が噂など気にかける必要はないと思いますが?」
「・・・失礼しました。」
「では、もういいですか?」
「ただ、その噂は真実味があるんですよ。」
「え?」
神官は姫御子の反応に少し口の端が上がる。
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※1: 箝口令
話してはいけないという命令




