陽の国・神殿にて
陽の国は多神教である。
多数の神様が居り、そのうちの一柱の女神様を最高神としている。
神殿では、その最高神の女神様だけを祭り崇拝している。
多神教の国家としては少し歪な宗教である。
そして、この神殿で祭られている女神様であるが・・
古では、女神様の御名を口にし祈りを捧げていた。
しかし、時代とともに女神様の御名を人が呼ぶ事は畏れ多いとされた。
そのため、聖典、及び民間の言い伝えまでも、女神様の御名が消えたのだ。
今では女神様の御名がどうであったか分からなくなっている。
そして神殿にある女神像のお顔にはベールが掛かっている。
これも人々が目にするのは畏れ多いという宗教的配慮からだ。
民間で祭られている像も同様である。
まるで、誰かが意図的に女神様の御名とお顔を抹消したかのようだ・・・。
そして、陽の国の御神託であるが、御神託は巫女に授けられる。
巫女の中でも、特に霊力が強い者が姫御子という位につく。
姫御子になるのは、只一人だけである。
市は幼き頃から姫御子を務めている。
このことから、いかに市の霊力がすぐれているか分かる。
陽の国の御神託は、神様への祈りを捧げている時に授かる。
御神託は、頭の中に突然イメージとして現れるのである。
その時におぼろげではあるが神様の姿が浮ぶ。
それと同時に神様が何をして欲しいのかがイメージとして伝わるのだ。
その時、神様は自分がどういう神なのかイメージをさせない。
漠然と女神か男神かだけが伝わる。
また、御神託の内容から、どのような神様なのか結び付けることはできない。
雨を司る神様が、山の男神様からの御神託を伝えたりする事などがあるからだ。
なぜこのように、神様が自分の素性を隠すように御神託をするのかは分からない。
神様の御心は、人間などに推し量ることは所詮できない。
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姫御子は神殿で女神に祈っていた。
”女神様、あの御神託を実行するにはどうすればいいのでしょうか?”
そう一心に姫御子は女神様へ祈る。
しかし、女神様は姫御子の声にはこたえない・・。
姫御子である市は心細く不安だった。
御神託で受けた自分が解脱するとどうなるのだろう?
それに解脱と言われても、解脱とは何かがわからない。
この国には仏教の思想がない。
それなのに、奪衣婆は市に自分が使えていた時の記憶を与えていないのである。
いや、与えていないというか所々抜いて与えているというべきだろう。
その意図するところは、奪衣婆と閻魔大王にしか分からないであろう。
ただ、姫御子は御神託を受けた時の事で気がついていない事がある。
姫御子が神殿で崇拝している最高神とされる一柱の女神。
そのお顔も、御名も誰も知らない。
それなのに、御神託を授かる時に目にした女神様が、最高神であると疑わなかった。
普通はそうは思わない。
女神様は数多存在するのだ。
つまり、姫御子である市は最高神である女神を知っていたことになる。
その事実に気がついていないのだ。
市が今回の御神託で戸惑っているのは解脱という事だけではない。
姫御子は陰の国で御神託を受けた。
他国で受けるなど聞いたことがない。
それに、今まで経験したことのない御神託だった。
気を失って受ける御神託など。
しかも、御神託を授かるとき、女神様の御前に居たような気がしてならない。
しかし、よく覚えていないのだ。
思い出そうとすればするほど、記憶が遠くに逃げていくようだ・・。
何故、私は女神様の御前に居た気がするのだろう?
女神様の御前に招かれ、直接御神託をいただくなど畏れ多く、あり得ないことだ。
妄想するだけでも畏れ多い・・。
そう思いながら御神託の内容を反芻していた。
「女神様・・、何故、陰の国の祐紀様に私を助けるように・・。」
そう呟いて、ハッと我に返る。
「すみません、女神様・・私・・。」
その時だった、神殿のドアが開く音が聞こえた。
市がドアの方を振り返ると、ドアの側に神官が立っている。
その神官は市と目が合うと、ニヤリとしたように見えた。
背筋がゾッとする。
神官は、軽く市に挨拶をすると神殿の中に入ってくる。
「これは、これは姫御子様、お祈り中でしたか・・。」
市はこの神官が嫌いだった。
この神官は市に取り入ろうとしたり、市を自分の思うように操ろうとしている。
これは、姫御子が神殿や、権力者への影響が大きいので不思議ではない。
そして、何より権力者と繋がっており影で何やら人に言えない事をしているようだ。
黒い噂も後を絶たない。
市から見たこの神官の印象もよくない。
信者に対し尊大であり、神殿にいながら女神様を信じていないからだ。
しかし上位神官であるため無碍にもできない。
この神官の対処を間違えると、神殿での権力争いや、政権の道具とされる。
緊張が走った。




