第四十六話 「生還」
一晩が明けた。
ノートが家に着いたのは22時ぐらいだった。
誰もいなくなった家で独り。
彼はただ、暖炉の前にロッキングチェアに腰を掛ける。
近くのテーブルには数冊の本。
先程書庫から持ってきたものだ。
その近くには小瓶が一つ。
内容物は絶えず銀河の色を放つ。
充分な休息は取れない。
だがもう時間はない。
「…そろそろか。」
小瓶を握り締め、そのまま持ち上げる。
「なんだ。もう行くのか?」
声の主は背後から現れた。
レスムだ。
「! …なんだお前か。」
「なんだとはなんだ。俺はそこそこ心配してるんだぞ?」
「そりゃありがたいな。しかもわざわざ送り出しの言葉まで述べてくれるとは。」
「俺はジュース一本の件忘れてないからな?」
「あぁそれか。
なに、俺が死ぬ事なんざ無いさ。」
「だといいがな…。」
沈黙が走った。
けれど今となってはそれさえ愛おしい。
「ノート。一つ忠告しておくぞ。」
「?」
「お前は完璧な人間だ。だからこそ、失敗の後は気をつけろよ?
失敗の後ってのは案外気が抜けるモンなんだ。」
「あぁ。分かってるよ。」
小瓶のコルクを力技で抜く。
その中身を、頭から被った。
液体に見えるが実際には触感など無く、
ドライアイスの気体を被っている感覚である。
徐々に指先から光が溢れ出す。
勢いを保って全身が光に包まれた。
「じゃあな。相棒。」
「こういう時は『じゃあな。』じゃない。
『またな。』だ。」
ノートの返答は、微笑みだった。
いずれノートの光は、淡く空へと溶けていった。
……
…
「……ート……ノ…!…ノート!!」
意識と視界が戻ってくる。
見上げた先には天井があった。
更にそれを遮る顔があった。
意識がおぼつかない。
あやふやな記憶が導き出したのは、クロブという名だ。
「…クロブ…?」
「おぉ!!大丈夫か!?
おいレド!!ノートが目ェ覚ましたぞ!!」
その言葉を聞きつけた男が駆けてくる。
「…ノート!大丈夫ですか!」
「もう…意識戻ってるって言ってんだろ…。
大丈夫だ。俺は。」
体を起こしてみると、そこはいつの日かの会議室だ。
時が止まっていたかのように何も変わっていない。
「…そっち、なんか進展あったのか?」
「寧ろ悪化してる。」
「どんな状況だ?」
「この国を出ようものなら死体すら残らない。」
「相当だな。」
「順を追って説明しよう。」
まずお前が城を出た直後だった。
街にネガモルトが大量発生したんだ。
現場の駆けつけると、そこにいたのはガルフィスだった。
ヤツは一言聞いてきた。
「ノートはどこだ?」
とな。
返答に迷ってると、何を察知したのかヤツは闇に溶けていった。
多分お前を探しに行ったんだろうな。
そしてその日は平和になった。
問題は今朝だ。
またネガモルトの大群が押し寄せてきたんだ。
前日の比じゃない量がな。
そしたら数時間前、お前が城の前に倒れてるって話でな。
「んで、今に至ると。」
「あぁそうだ。」
「今の街の戦況は?」
「兵士達がフルで活躍中だ。が、結構押されてる。」
言葉に便乗するかのようにクロブの言葉を遮る木を叩く音が響いた。
そしてドアは大きく開いた。
「レド様!!怪物がもう城の前まで到達しそうです!!」
「ほらな?」
「城の前って…ネガモルトはそんな強い魔物じゃないだろ?」
割って入るレドは言う。
「それがなんかおかしいんだ。」
「何が?」
「ヤツら…確実にレベルアップしてる。」
「おいおい、じゃあなんだ?ヤツらを強化する方法も研究済みだっていうのか?」
「恐らくそうだ。もし前に戦った龍より遥かに強いやつらが大群で襲いかかってきたなら…」
絶望的な戦況。
まさに生き地獄。
ここから机上のチェスをひっくり返すには、一つの手段しかなかった。
「…もう一度、あの城に向かうんだ。」




