第四十五話 「月が照らす頃」
「来てみろよ。腰抜け。」
「大将は最後まで動かねえよ。
おいお前ら!!さっさとソイツを殺れ!!」
男の掛け声で、一斉に部下が走り出す。
その手には鉄パイプやらバットやらが握られている。
「なるほど…いわゆるヤクザみたいな輩か。」
そう言って握り締めた右手を掲げる。
次にその手を胸に当てる。
一つ深い呼吸をする。
それほど煽っているから、心は揺らめいていた。
それを正そうとした。
「俺は喧嘩などしたくない。
だが喧嘩を売られた時、誰かを守る時、
そん時は動かなきゃな…」
手は空を割いた。
瞬時に指輪は盾へと変化する。
銀の装飾に囲まれた巨大な盾。
大きさで言うなれば、特捜部が突撃する時のような盾に近い。
「金属は重いぞ…!!」
力の限り持ち手を握り締め、振りかぶる。
敵との距離は数十メートル。
「そこだ!!」
彼にとってその瞬間はスローモーションだった。
外すことはありえない。
見事に盾は敵の頭を仕留めた。
咲き乱れる紅い花。
間違いなく即死だ。
「一体何をしている?
盾は一方向しか守れないんだぞ!?
多方から同時に攻めろ!!」
指揮官の男が声を荒げる。
「なら強制的に一方向にすればいいのさ!」
重量のあるそのコアを背に掲げ、真上の空へと逃れる。
「重い物ってのは、重力を味方に出来るんだ。
どういうことか、分かるか?」
「!! 避けろ!!」
「遅いね。」
金属の隕石共に、レスムは落下していく。
ゆうに時速80キロは超えている。
「! 撃てーッ!!」
弾丸が何十発も放たれる。
だが勿論貫通することはない。
「自らは動けない。だがアンタらには動けるのか?」
そうして何人かの頭にまとめて直撃した。
マトモに当たったら骨折では済まない。
首は有らぬ方向へ折り曲がっていた。
残るは四人だ。
「…まだだッ!突撃ーッ!!」
がむしゃらにバットを振り回す連中。
だがもうそれは、本当に意味のない行動だ。
金属が風を切る。
次第にそれは紅く染まっていく。
男の汗が滴り落ちる頃、手下は全員地に膝を付けていた。
「なっ…!」
レスムは目線の先を変え、最後の獲物を見つめる。
一般人とは思えない程の身体能力。
重なって、そこには猛獣の眼。
男は怯えた。
動けはしない。
一歩一歩、男へ近付く。
踏み込む砂の音が響く。
冷汗が落ちる。
そしてそれは地に着いた。
「クソったれーーーッッ!!!」
1メートルの至近距離。
男はナイフを突き刺す。
瞬時にレスムは盾を指輪へ戻す。
レスムの右肩は後方へ退いた。
そしてナイフは空に直線を描く。
「!!」
「大したことないな。お前。」
男が差し出した右腕を掴み、勢いのまま頭部へ指輪を付けた拳を叩きつける。
鈍い音が篭り、痛みが頭を突き抜ける。
口から醜く紅い花弁が散る。
脳震盪と骨折で済めば良いかもしれない。
彼の腕力ではあり得ないが。
男の体は宙を半回転して頭から落ちた。
意識不明になっていたことは言うまでもない。
……
…
「…あぁなんだ。もう終わったのか。」
ノートの前には少女とレスム。
辺りは真っ赤に染まった道路。
それ以上その光景を理解しようとは思わなかった。
「ダイラは無事だったのか?」
「大丈夫だ。
ま、結構悲惨な光景見せちゃってるけど。」
「…まあいい。とりあえず送り届けよう。」
「そうだな。家はあっちだ。」
ノートとレスムは歩き出した。
だがダイラは動かない。
「? どうした?もしかしてまだ怖いか?」
「…ううん、大丈夫。」
「ならいいんだけどさ?」
ノートは少女から何かを感じ取っていた。
それは怯え…というよりは悲哀だった。
……
…
見渡す限りの住宅地。
住宅の明かりが一層増し、活気を感じつつある。
道路側に植えられた木が、街の若さを表している。
「なんか、人多いな。」
「どうやらこの街ができた所為で、人口が殆ど此処に集中したようだな。」
スマホに映ったダイラの情報を眺めている。
先頭には先程の血塗れの体験記。
その一個前には夢の中の話。
さらにその下には、母親の名前。
この情報量の多さでは、街の情報を探し出すのも一苦労である。
「ダイラ。この辺りの記憶あるか?」
「うん。私がいた所。」
「てことは間違いなさそうだな。
情報によると、あの家のようだが。」
指差したのは何の変哲もないレンガの家。
明かりはついていない。
「んー…寝てるのか?」
「娘一人家出中なのに?」
「だよなぁ…」
深く考え込んでいると、何か足音が聞こえ始めた。
誰かが前から歩いてくる。
月の光に照らされ、ぼんやりとしかその姿を見る事が出来ない。
「…!!」
少女の顔に、火が灯った。
「お母さん!!」
「え!? お母さん!?」
少女は駆け出す。
もうこちらを見向きもしない。
次第に相手の顔がより照らされていく。
女性であることが分かる。
そこでノートは気付いた。
「……はは…
なんだ…そういうことか。」
その顔を見ただけで、彼は全てに気付いた。
一人でに辻褄が合い始めていた。
「? なんだよ?『そういうこと』って?」
俯きかけた顔をどうにか起こす。
絶対に何か言わなければいけない。
けれど言葉は出てこようとしない。
「アイツ……」
精一杯喉を広げた。
油断すれば雫さえ落ちるひととき。
彼は言った。
「俺の嫁だ。」
「!? あの前から来てるあの人か!?
だ…だが、ダイラの母親の苗字はお前とは…
…まさか!!
情報は新しい順に並べられる…!
つまりあの人には…!」
ダイラはまだ5歳。
他の男との間で出来た子にせよ、ノートは何年も研究所に籠って研究をしていたから、娘がいることを知らなかったのだ。
面識がなかったのだ。
「………そういことなら……尚更良かった。」
「…どうする?このまま突っ立ってたら相手、来るんじゃないか?」
走り去っていく少女の背中を見つめる。
そこからは、何かを感じざるを得なかった。
「……帰るぞ。」
「…それがお前の答えなら…俺は止めないさ。」
急ぎ足で、すぐ先にあった曲がり角を曲がる。
ノートの声に力が無かったのを分かっていた。
さっきまで立っていた地面に雫の跡があったのも気付いていた。
けれど、レスムは何も言わなかった。
ノートは月明かりの仮面を被って去っていった。




