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九枚目: 例え火の中水の中草の中スカートの中

「ようこそ、アイラインへ!」


 街の入り口に着いた途端どこからか若い女の声が聞こえてきた。カツトは首を傾げ「アイライン?」と反復しながら声のした方を見ると、カツト達に向け挨拶をしたと思われる女が立っている。

 そんな彼女へ向けて、カツトは挨拶を返そうとする。……だがカツトの思考はそこで止まった。

 それはカツトがコミュニケーションに障害や問題があり円滑に他人と会話をすることが出来ない“コミュ障”だからではない。

 むしろつつがなく変態行為を行う為、自分には人一倍のコミュ力が備わっているとさえ思っている。

 そんな自称コミュ力の塊カツトの思考が停止してしまったのは、彼女の姿を見て驚いたからだった。

 中肉中背、黒髪長髪、黒眼で浅黒の肌。高くも安くもなさそうなシャツとスカート。こう言えば人間カツトとなんら変わりのない、没個性的な一般人。

 だが、そんな彼女の顔にはカツト達にはないあるものがあった。


「三つ……目……!?」


 双眸だけでなく、額にも同じ色と形をした瞳がついていたのだ。


「あまり物珍しいものや見所なんてない街だけど、いいところだからゆっくりしていってね!」


 三つの瞳を細め快活な笑みを浮かべながらお辞儀をすると、彼女は再び街の外へと向き直る。


「どうしたのじゃ? そんな空想上の生き物をナマで見たような顔をしてからに」


 指を差しながら開いた口が塞がらず口をパクパクとさせているカツトに向かって、エリザは怪訝そうな目を向ける。


「ああああアレ、アレアレ!」


「アレ? ……あぁ、アレは“サードア”と呼ばれる三つ目が特徴の種族じゃ。それがどうかしたのかの?」


「三っ……!? え、アレもヒトなのか!? 特殊メイクとかでなく!?」


 エリザがちらりと見ると、サードアの彼女は手持ち無沙汰気味に自分の髪を触っていた。

 どうやら誰かが来るまで、ひたすら入り口で待機しているらしい。


「なんじゃそれは? ……よく解らんが、アレが彼等の一般的な姿じゃぞ。あの三つの瞳で街の入り口から危険なモノが入って来ないよう、監視もしておるのじゃ。まぁ、彼女に挨拶をされたという事はワシ達が危険じゃないと判断された事じゃから、安心するのじゃ」


「なるほどなるほど、俺たちは安全だって判断され――って危険だろ! お前の電撃は危険だろ! アレの威力、スタンガンとかの比じゃなかったぞ!」


「スタ……? その、スタなんとかがどれほどの威力かは知らぬが、ワシの小雷撃エクスタの威力なんぞ、ここでは知れておるぞ」


「なん……だと……!?」


 昏倒するくらいの威力だったというのに、エリザが“当たり前”と言った事にカツトは軽く身震いをした。


「信じられねぇ……。正直、まだ手の込んだドッキリか夢だと思ってるんだけどよ、これってマジで現実なんだよな?」


「最初にも言ったじゃろう。ここはお主にとって、異なる世界――異世界アンダーガーデンじゃと。おっ、ちょっとあっちを見てみぃ。面白いものが見れるぞ」


 言って、エリザが入ってきた方へと指を差すのでカツトも視線を向ける。そこには先ほどの彼女が相も変わらず立っていた。

 しかし、何やら様子がおかしい。カツト達に挨拶をした時のようなフランクさはなく、全身から殺気を醸しだし、まるで“ここから先は誰一人として通さない”とでも言いたげに仁王立ちをしている。


「な、何が始まるんだ?」


「いいから見ておれ。ちょうどいい具合に、住民も集まってきたみたいじゃな」


「……のわっ!?」


 いつの間にかカツト達の周りには人だかりが出来ており、全員が期待を顔に浮かべながら、彼女の背中に視線を送っている。


「なんじゃお主、さっきから変な声ばかり上げよってからに……」


「いや、だっておま、これ!」


 カツトが驚いたのは住民が突然現れたからではなかった。いや、それもあるのだが、一番驚いた理由は皆の視線を集めている彼女同様、全員が三つ目だったのだ。

 男も、女も、子供も、年寄りも。

 髪型や体型や服装こそ違ってはいたが、彼等も三つ目(サードア)族なのだろう。

 しかしカツトは、何というか、お化け屋敷やモンスターハウスのど真ん中に入れられたような、恐怖と驚愕が綯い交ぜになったような気分に支配されかけていた。


「落ち着け……落ち着けよ俺……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」


 目を白黒させつつも何故かラマーズ法で息を整えるカツト。そんなカツトの事をサードア達は物珍しそうに一瞥するが、直ぐに興味を目前の彼女へと移す。


「あぁ言い忘れておったがの、ここアイラインは主にサードア達が暮らしておるぞ」


「それを早く言えよ! びっくりするだろうが!」


 遅すぎる情報提供に、思わずカツトは声を荒らげてしまう。


「むぅ……聞かれんかったから言わんかっただけじゃし、そんなに声を荒らげる事もなかろう」


 頬を膨らまし、エリザはむすっとしてしまった。すると、周囲のサイクロ達が一斉にカツトを睨みつけた。


「うぉっ!? な、何かご用でせうか……?」


 大量の瞳に睨まれ、カツトは身じろぎ一つ出来ずに固まってしまう。

 彼等の“おぅこら、幼気な女の子に怒鳴るたぁ、どういう教育受けてんだ?”とでも言いたげな熱い視線を四方八方から浴びているのだ。萎縮するのは当然の事だった。


「あっ、きたよ!」


 ――その時、観客の中にいた一人の女の子が指を差し、カツトやエリザ、周りにいたサードア達が一斉に彼女を見やる。

 そこには別の()()が立っていた。


「あれは――アバレチョトツか、まぁホーリィなら大丈夫だな」


 住民の一人がそんな声を上げる。カツトは彼女の前に立ってるのが猪だと気づいた。

 しかしその姿はカツトが知っている猪とは大きくかけ離れていた。

 体長はゆうに五メートルを越え、口から上向きに生えた二本の牙はそれぞれに荒々しい棘がついており、先端は鈍く光っている。

 あんな巨大な猪なんて、見た事どころか聞いたことすらない。


「ブゴッ! ブゴッブゴッ! ブゴーーッ!」


 鼻息を荒くし体を二、三度震わせたアバレチョトツは鋭い眼光を彼女に向けると雄叫びを上げた。

 突進をする気なのだろう、アバレチョトツは前脚で地面を何度か擦ると頭を下げ、攻撃の構えをとる。


「ホーリィおねーちゃーん! がんばれー!」


 カツトの横で女の子が叫び、それを聞いた周りの住民達も口々に応援を送る。


「頑張れよー! ホーリィー!」


「今日もいっちょ頼むぜー!」


「ホーリィさーん! 俺だー! 結婚してくれー!」


 口々に飛ばされる応援を聞き、彼女、ホーリィは振り返らずに右手を突き上げた。

 その頼もしい後ろ姿に、再びギャラリーから歓声が湧く。


「ハァァァァァァァッ…………!!」


 ホーリィは両手を前に突き出し、唸るような声を上げた。

 すると全身から赤く眩い光が溢れだし、それが一際輝いたかと思うと真っ赤な光がホーリィの体を包み込む。

 煌々と輝く真っ赤な光は離れていても眩しく、つい目を瞑ってしまいそうになる。だが、どうしてか解らなかったが、カツトはその光に目を奪われてしまった。

 やがて全身を包んでいた光はホーリィの両手へと移動し収束を始める。

 そして一際輝いたかと思うと、光はの手の中で透き通るような赤縁あかぶちのメガネへと変化した。

 ホーリィはそれをかけると、改めてアバレチョトツと対峙する。


「ま、まさか……あの人、あんなにデカい猪を相手にしようってのか!?」


「ふふん、まぁ見ておるのじゃ」


 何故か得意げにしているエリザを横目で見つつ、カツトはホーリィを注視する。

 元いた世界ではたかだか一メートルの猪ですら、突進した時の衝撃は一トンにもなるのだ。何メートルもある巨大な肉塊をホーリィの身一つで受け止めれるはずがない。

 だが――、


「まぁ、ホーリィなら余裕だな!」


「あぁ、ホーリィなら安心だ」


「ホーリィさぁぁぁぁん!! ほ、ほ、ホァァァァ!!」


 どうしてだろうか? 心配するカツトをよそに、この場にいる住民達は皆がホーリィの勝利を確信していた。

 その時、


「ブゴォォォォォーーッ!!」


 空気を震わせる雄叫びと共に口から大量の涎を零しながら、アバレチョトツは弾けるように地面を蹴った。

 巨大な走る肉塊と化したアバレチョトツ。あれだけの巨体にぶつかられでもしたら、怪我どころか肉片一つ残らないかもしれない。

 ホーリィとアバレチョトツの差はみるみるうちに縮まっていく。激突するまでもう数秒もかからないだろう。

 カツトは考え得る最悪の出来事を想像して思わず目を伏せた。


 ――が、それは杞憂だということをカツトは思い知ることになる。


「天に還りなさい! 中炎槍フレアローーッ!!」


 瞬間、ホーリィの目から大量の炎が吹き出した。

 吹き出した炎はメガネを透し一つに纏まると極太の光線となり、先端を矛のように鋭く尖らせアバレチョトツへと放たれる。

 アバレチョトツは野生の本能で、ホーリィの攻撃が危険だと察したのか進路を反らそうと体を右へ傾けた。


「逃がさないっ!」


 しかし、それとまったく同時にホーリィも顔を左に反らし、アバレチョトツの巨体は炎に包まれた。

 とてつもなく高温なのか、アバレチョトツは体に炎を纏い断末魔の苦しみに満ちた雄叫びを上げながら右往左往する。

 が、最後には「ブゴォォォォォ…………」と力なく一鳴きしその場に崩れ落ちた。


「眠りなさい……安らかに……」


 ホーリィはアバレチョトツを一瞥すると、溜息を吐く。

 掛けていたメガネは粒子のように何処かへと消え去り、後には彼女の大きな瞳だけが残された。


「な、なんだありゃあ……!?」


 三つの瞳から炎が出て、それがメガネを透すと光線になる。完全に自分が元いた世界の原理や理屈などを超越した出来事をまのあたりにして、カツトの口から声が漏れた。


「やったぁー! おねーちゃんがまたやっつけたぁー!」


「流石だぜ、ホーリィーーッ!」


「キャー! ホーリィさァァァァん! 素敵ィー! 抱いてー! 俺の事をグチャグチャにしてぇー!」


 途端、ホーリィの元へ向けて住民達がどっと押し寄せる。

 そして口々に褒め称えると、ホーリィを胴上げしだした。


「ちょ、ちょっとヤメてってば! マズいから! ()は特にマズいからぁ!」


 ホーリィは何故か顔を赤らめながら、スカートを必至に抑えている。けれども住民達はそんな事お構いなしに、ホーリィを胴上げし続けた。

 そんな光景をカツトは呆然と眺める。……と言うより、目の前で起きた現象が理解できなかった。いわゆる“あ、ありのまま起こった事を話すぜ……!”状態である。


「ほら、だから言ったじゃろう? ワシの小雷撃なんて目じゃない、とな。ちなみにココ、アイラインでは女子供を蔑ろにするヤツはああやって燃やされるからの。注意するんじゃぞ。――さて、いいものも見れたし、改めて腹ごしらえでもするかの」


 ふふん。と無い胸を張りドヤ顔をしたエリザは、ニヤニヤしながら街の奥へと歩き出す。

 カツトはそんなエリザと胴上げされ続けているホーリィを交互に見て生唾を飲み込むと、


「……ここではもっと慎重にセクハラしないとな」


 自分にだけ聞こえるよう一人ごち、エリザの後を追った。




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