第九十二話 脱け殻
23層です!
今回の相手は殻の硬い奴。刀が通らない相手に、2人がどう手を付けるかの回です。
あと、前回の夜の約束がどうなったかも、少しだけ。
読んでもらえたら嬉しいです!
階段は谷の壁の中を回りながら下りていて、段の数は22層へ下りた時より少なかった。
降りきった所で、湿った風が顔に当たった。
岩場だった。台地のように平らではなく、足元は砂利で、そこらじゅうに裂け目が走っている。狭い物は跨げる幅で、広い物は底が見えない。裂け目の縁は黒く濡れていて、その黒い口から湿った風が上がってきていた。
ミアは階段の口に立ったまま、しばらく風を読んでいた。
「……横は読めるわ。遠くまで通ってる」
「下は」
「下から来る物は読めない。裂け目の数だけ風が散ってるの。砂利の下は、尚更ね」
ミアは写しを出して23層の所を指でなぞり、大百足、硬い、砂利が動く、と読んでから畳んだ。
「書いた組は2つ。2つとも、斬れなかったとは書いてないわ。硬いとだけ」
「斬れたなら、どこを斬ったか書いてくれてもよさそうなもんだがな」
「書けるくらい余裕があれば、書いてたでしょうね」
ミアは荷を下ろして、階段の口のすぐ脇の岩陰に腰を下ろした。
「今日は下りないわ」
「まだ朝だぞ」
「あんた、昨日から腹を押さえて歩いてるでしょ。胸当ても凹んだまま。そのまま硬いのと当たる気?」
言い返す材料は無かった。HPは52で、上限の半分にも届いていない。
「下り口の脇なら、上からも下からも来ないもの。1日ここで戻す」
ミアはそう決めて、矢筒を膝に置いた。
休みの日は長かった。
胸当てを外して、凹んだ所を岩に当てて石で叩いた。鱗は割れていないが、尾の跡の形に沈んだままで、叩いても半分しか戻らない。ミアは何も言わずに矢の羽根を一本ずつ指で直していた。
昼が暮れて夜になり、ミアが紐に結び目を足した。49。この層に入って最初の1つで、22層の48に続く数だ。
火を小さくした後、俺は刀を持って立った。
「向こうの岩で振る。こっちには向けない」
ミアは頷いただけだった。
火の明かりが届く端に、腰の高さの岩があった。ミアのいる方を刃の向かない側にして、伸びろとは思わずに振る。線は付かない。もう一度振る。付かない。
闇刃、と頭の中で呼んで振ると、岩に筋が1本付いた。
呼ばずに振る。付かない。呼んで振る。付く。
呼ばずに振った20本ほどは、どれも線を付けなかった。昨日の夜は10に1つ勝手に付いたのが、今夜は1つも無い。
火の所へ戻ると、ミアは起きていて、俺の顔を見てから刀を見た。
何も聞かなかった。
聞かれなかったので、俺も言わなかった。
2日目の朝、結び目は52になっていた。HPは56。
裂け目を跨ぎながら歩くと、砂利が靴の下で鳴る。音が裂け目の中へ落ちて、下の方で小さく返ってきた。
昼前に、ミアが足を止めた。
「前。……大きいわ。動いてない」
砂利の上に、長い物が横たわっていた。
近づくと、それは殻だった。俺の背丈の3倍はある長さで、節が幾つも繋がっていて、節ごとに脚が2本ずつ生えている。頭の所には鎌のような牙が2本。全部が薄い茶色で、中は空だった。
刀の柄で叩くと、鉄を叩いた音がした。
「脱け殻ね」
「これで脱け殻なら、本体はもっと硬いって事か」
「脱いだって事は、脱いだ本体が近くにいるのよね」
ミアは殻から目を離して、周りの砂利を見た。
「風じゃ分からないわ。……砂利を見てて。動いたら言って」
殻の頭の方へ回り込もうとした時、足の下で砂利が沈んだ。
沈んだのではなく、盛り上がった。
少し先の砂利が持ち上がって、その下から鎌の牙が2本出てきた。殻と同じ形で、色が濃い。牙の後ろから頭が出て、節が1つずつ砂利を押し退けながら上がってくる。
鑑定を向けた。
大百足 Lv48
HP:3,600/3,600
スキル:硬殻 Lv3/毒牙 Lv3/潜行 Lv2
「48。HPは3,600だ。バジリスクより厚い」
「それで硬殻の3なら、矢は無理ね。あんたの刀は」
「試す」
体の半分が砂利から出た所で、百足が頭を低くして走ってきた。脚の数が多い分、見た目より速い。
牙が来る前に横へ出て、通り過ぎる背中の節に刀を振り下ろした。
火花が散って、刃が滑った。殻の上を横へ流れて、砂利に落ちそうになる刀を手首で止める。手応えは岩甲熊の岩の板と同じで、皮どころか殻に傷も付いていなかった。
「滑る。熊と同じだ」
「節の間は?」
百足が向きを変えて戻ってきた。体を折り曲げて、頭がこちらを向く。曲がった所で、節と節の間が少しだけ開いて、黄色い皮が見えた。
見えたが、刃を入れる前に閉じた。
牙が来た。右へ避けると、左の牙が外套の肩を掠めて鱗で止まり、止まった所から何かが垂れて外套の布が焦げた。毒だ。鱗の上を滑って、中には入っていない。
矢の音がして、百足の頭の横の殻で弾かれた。
「立たない! 殻は無理よ!」
「節の間だ。曲がった時だけ開く」
「曲がった時なんて、一瞬じゃない」
一瞬なら、一瞬で入れればいい。
百足が頭を上げた。上から牙を落とすつもりで、体の前の方を持ち上げて立つ。立った分だけ腹側の節が伸びて、節の間が開く。背中側は閉じたままで、腹側だけが開いていた。
牙が落ちてくる前に、その腹の下へ踏み込んだ。
開いた節の間に刃を入れる。皮が裂けて、黄色い物が出た。
百足が体をうねらせて、腹を砂利に戻す。閉じた。裂けた所はもう節の下で、刃が届かない。
上から牙が来て、転がって避けた。砂利が肩に食い込む。
もう1度立たせれば、同じ所が開く。
起き上がって百足の正面に立った。頭が低いままこちらへ来る。横へ出ずに、牙の届く手前で止まると、百足が頭を持ち上げた。
腹が伸びて、節の間が開く。さっき裂いた所が黄色く覗いている。
同じ筋へ、2度目の刃を入れた。
皮の無い所に刃が通って、節の奥の柔らかい物まで届いた。百足が頭を落とす前に横へ抜けると、落ちた牙が砂利を噛んで、そのまま動かなくなった。
体が端から砂になった。
【大百足を討伐しました】
【経験値 +900】
砂の中に、拳より大きい黒い魔石と、牙が1本残った。
「腹か」
ミアが矢を拾いながら言った。弾かれた矢は矢尻が潰れていなかった。
「立った時に腹が開くのね。背中は開かないのに」
「背中の殻は重なってる。腹は重なりが浅い」
「それ、写しに書いてくれればよかったのに。硬い、だけじゃなくて」
ミアは砂の中に手を入れて魔石を拾い上げ、拾った途端に手を引いた。
「痛っ」
手の甲に、親指ほどの黒い物が付いていた。ミアが払うと砂利に落ちて、そこで初めて、砂の周りが動いているのに気づいた。
蟻だった。親指ほどの大きさの、岩の色をした蟻が、百足の砂に向かって砂利の間から出てきている。1匹や2匹ではなく、砂の縁が黒くなるほどだ。
鑑定を向けると、Lv20と出た。1匹なら踏めば済む数字で、数を数える気にはならなかった。
「死骸に集まるのね」
「砂になっても、まだ匂いがするのか」
「分からないわ。……魔石は取ったから、離れましょ」
ミアの手の甲には、小さい傷が1つ付いているだけだった。
噛まれた所を舐めてから、ミアは袋の口を縛った。
その夜は裂け目から離れた所で火を焚いたが、蟻は火を越えて来た。
寝ていると、荷の方で砂利が鳴った。起きて灯りを向けると、食い物の袋に蟻が列を作って登っていて、袋の底に穴が開いている。干し肉の塊が1つ、袋の外に引きずり出されて黒く覆われていた。
払ったが、肉は食えなくなっていた。
「死骸だけじゃないのね。食べ物にも来るんだわ」
ミアが袋の穴を縫いながら言った。
「荷は上に吊るわ。あの岩の上なら、登ってくる前に気づける」
人の背丈ほどの岩の上に荷を上げ、縄で縛った。蟻は岩の根元まで来て、そこで列を乱して散っていった。
結び目は56。火から離れた岩で、刀を振った。呼ばずに振る20本に、線は付かなかった。
ミアは起きていた。今夜も何も聞かなかった。
3日目。
道は裂け目の1つに落ち込んでいた。砂利の斜面が途中で切れて、その先は岩の壁で、壁の下に底が見える。深さは人の背丈の4倍ほどで、底にも砂利があった。
「下りるのか」
「道はそこしか無いわ。両側の裂け目は底が見えないもの」
縄を岩に掛けて、俺が先に下りた。
底に足を着けた途端、砂利が鳴った。俺の足音ではなく、少し先の砂利が盛り上がって沈む音だ。
もう1つ、別の所で鳴った。もう1つ。
「ミア、下りるな」
上からミアの声が落ちてきた。
「3つ。砂利の音が3か所で動いてるわ。風じゃなくて音で分かる」
「3匹だ。1匹目で腹を2度斬るのに、牙を2度避けた。3匹は無理だ」
「上がって。回るわ」
縄を登っている間、下の砂利が追いかけるように鳴った。登りきって縄を引き上げると、底の砂利が3か所、盛り上がったまま止まった。
回り道は、裂け目の縁に沿って半日かかった。
4日目は、蟻の道を横切った。
砂利の上を、黒い帯が流れている。幅は人の足で3歩ほどで、どこから来てどこへ行くのか、両端は裂け目の中に消えていた。
「跨げる幅じゃないわね」
「止まらなければ登ってこないだろ」
「それ、試した人がいるの」
「今から試す」
帯の中へ足を入れた。靴の上を蟻が流れて、踏んだ分だけ潰れて、残りは構わずに流れていく。3歩で抜けて、靴に残った数匹を払った。
ミアも抜けてきた。髪の先に1匹付いていて、俺が取ろうとして手を伸ばすと、ミアが先に自分で払った。
結び目は64。HPは64まで戻っていた。
5日目。
道は裂け目の縁を通っていて、片側は底の見えない口、片側は岩の壁だった。砂利が無く、足の下は岩だ。
「ここなら、下から来ないわね」
「砂利が無いからな」
来たのは、横からだった。
裂け目の壁を、百足が這い上がってきた。脚を岩に掛けて、体を壁に沿わせて、音も無く縁まで来て頭を出す。ミアの風は裂け目の中を読めない。気づいたのは、牙が縁の岩を噛んだ音でだった。
2匹目は1匹目より一回り大きかった。鑑定を向ける暇は無く、向けなくても分かっていた。
縁から体を引き上げて、岩の上に乗る。乗った勢いのまま頭が来た。
横へ出る。背中の殻に刀を当てても意味は無い。腹だ。立つまで待つ。
百足は立たなかった。頭を低くしたまま、体を横に振ってきた。節の繋がった体が鞭のように岩の上を薙いで、避けきれずに脇腹に入る。
岩の上を転がって、裂け目の縁で止まった。
HP55/103。
縁の向こうは底が無い。転がる方向が反対なら、落ちていた。
起きた時には、百足の頭がもうそこにいた。牙が落ちてくる前に、こちらから懐へ入った。腹の下だ。立っていない腹は節が閉じていて、刃は殻で滑る。
滑った刃を、牙の付け根へ回した。頭の節と胴の節の間。そこも閉じている。
「レン、離れて!」
ミアの声で、腹の下から転がり出た。
百足が頭を持ち上げた。俺を見失って、上から探すつもりで立ち上がる。
腹が伸びて、節の間が開いた。
開いた所へ、矢が入った。
1本目が節の間に立って、百足が体をうねらせる。立ったまま、下ろせない。矢が刺さった節が曲がらず、腹が伸びたままになっている。
2本目が、その隣の節に立った。
「開いてるわ! 今よ!」
矢の立った2つの節の間へ、刃を入れた。皮が裂ける。もう1度、同じ筋。
百足が頭を落とす前に、節の奥の柔らかい物が切れた。頭が岩に落ちて、牙が1度だけ岩を噛んで、砂になった。
【大百足を討伐しました】
【経験値 +900】
膝を突いて、脇腹を押さえた。胸当ての横の、鱗の無い所に入っていた。骨は折れていない。
「矢で節を止められるのね」
ミアが矢を抜きながら言った。2本とも矢尻は無事だった。
「刺さったままだと曲がらない。曲がらなければ閉じない」
「ならこの殻の相手は、節を数える事にするわ。立った時に、何番目が開くか」
「数えられるのか」
「1匹目は腹の、頭から5つ目と6つ目だった。今のも同じ所に刺さったわ」
俺は数えていなかった。ミアは数えていた。
砂の周りに、もう蟻が出てきていた。魔石を拾って、離れた。
6日目。
裂け目の縁の道は、夕方に下りに変わった。岩の壁に段が刻まれていて、裂け目の底へ向かって下りている。底まで下りた所に、階段の口があった。
砂利は無く、岩だけだった。蟻も来ない。
その口で火を焚いた。結び目は夜になって72。
「21層からここまでで18日。残り22日」
「25層の主まで、あと2層か」
「2層で22日なら、まだ余るわ」
ミアはそれだけ言って、矢を数えた。減っていない。23層では1本も失っていなかった。
火から離れた岩で、刀を振った。
呼ばずに振る。付かない。呼んで振る。付く。呼ばずに振る。付かない。
20本を越えた所で、刀を下ろした。この層に入ってから5晩、勝手に付いた線は1本も無い。1晩で済む物だとは思っていないが、5晩続けば、5晩分の事は言える。
火の所へ戻ると、ミアは起きていた。弓を膝に置いて、短くなった髪を肩の後ろに回している。
俺の顔を見て、それから刀を見た。
「……今日は、出なかった?」
この層に入ってから、初めて聞かれた。
「出なかった。この層に入ってから1度も」
ミアは少しだけ黙って、それから頷いた。
「明日も振って」
「振る」
ミアは寝床に横になって、火に背を向けた。寝床は昨日と同じ所で、火から遠くも近くもなかった。
落ちた髪は戻らない。それでも、聞くようにはなった。
刀を鞘に戻して、火の番に座った。
23層、読んでいただきありがとうございます!
大百足は殻が硬くて刀が滑る相手でした。開くのは腹の節の間、それも立った時だけ。
矢で節を止めるのを見つけたのはミアで、節を数えていたのもミア。レンは数えてませんでした。
そして毎晩の刀振り。約束は約束なので、ちゃんと続けてます。
次回も穴の続きです。しばらくお付き合いください!




